第6話 貴族に転生した社畜、街に出る。グレイス―三歳


 ――――マハジャール帝国は、魔術師至上主義の国である。


 魔導の才がある者が上に立ち、代々血統遺伝する魔法因子、魔術紋章スティグマがない者は、旧人類魔力なしと呼ばれ差別される傾向がある。


 皇帝の下に居る六大魔道貴族がそれぞれ帝国の領地を納めており、彼らは過去の大戦で帝国を救った大魔術師の祖先とされている。


 【レーテフォンベルグ】

 【アークレイシア】

 【オルタリア】

 【ブレイゲン】

 【マグドーラ】

 【シャーティス】


 六つの魔術の開祖たちは、帝都を囲む六つの領地を統治し、それそれ固有の魔術紋章スティグマを先祖から受け継いでいる。


 また、各家の先祖である英雄が遺したとされる宝具は、一個軍隊を討滅することができる伝説の武具と言われている。


 人の手に有り余る力は、国に災いを運ぶもの。故に、むやみやたらに封印を解いてはならない。


 これは、帝国六代貴族の祖から、代々の先祖へと送った言葉である――――。


「――――……なんだこりゃ」


 分厚い歴史書に書いてあったその内容に、俺は深くため息を溢す。


 専門用語が多くて意味が分からないな。魔術紋章スティグマ? 旧人類魔力なし


 やはりここは、ファンタジー世界なのか?


 中庭の大木に背を預け、本に書かれていた内容に首を傾げていた……その時。


 俺の耳に、聞き覚えのある少女の声が響いてきた。


「あー!! またこんなところで本読んでるーーー!!!!」


 中庭の木陰で本を読んでいると、いつの日かと同じように、二人の少年少女が目の前に現れる。


 オレンジ色の髪のツインテール少女、リシェット。


 茶髪の、何処か気弱そうな様子を見せる少年、オリヴァー。


 先日出会った、父の幼馴染の子供たちだ。


 リシェットは俺の前に立つと、腕を組んでこちらを高圧的に見下ろしてくる。


「本当に暗いやつね、あんた。こんなに晴れているんだから、外で遊んだらどうなの?」


「僕は、本を読むのが好きなんだ。それに……まだ僕はこの世界のことをあまり知らないからね。自分が生きている世界がどういったものなのかを理解するのは、必要なことだと思うよ」


「へんなやつ。ふつー、そんなこと考えないと思うのだけれど。ねぇ、オリヴァー」


「え? ぼ、ボクは……そ、その……グレイスくんのこと、かっこいいと思うよ……」


「はぁ? 何言ってるの、あんた?」


 俺は本から視線を逸らし、前に立つ少年へと目を向ける。


 彼、オリヴァーは、何故か俺のことを……キラキラとした目で見つめていた。


「あ、あの、グレイスくん! 突然だけど……ボクと友達になってくれないかな!」


「え? 友達?」


「うん! ボク、この前、グレイスくんが大人の人たちに堂々と挨拶しているのを見て、とてもかっこいいと思ったんだ! ボ、ボク、臆病だから……君みたいに、常に自信満々で、物事をはっきりと言える人が、すっごく羨ましくて……!! ボクは、君みたいなかっこいい人になりたい!!」


「何言ってるの、あんた? グレイスなんてただの暗いやつじゃない。こんなやつ、かっこいいわけないでしょ」


「グ、グレイスくんはかっこいいよ! い、いくらリシェットちゃんと言っても、これだけは譲れない!!」


「あんた……私に口答えするわけ? へぇ? 痛い目にあいたいわけね?」


「ひぃぃぃ!!」


 オリヴァーはリシェットから逃げると、俺の後ろにある木の背後に隠れた。


 リシェットはその光景にフンと鼻を鳴らすと、俺に指を差してくる。


「勝負よ! グレイス! どっちが上か、はっきりさせようじゃない!」


「は? 上? どういうこと?」


「お父様たちが同盟を組んだ以上、これから私たち三人は、何度も顔を合わせることがあると思うの。なら、私たち三人の中で誰がリーダーなのか、はっきりさせた方が良いでしょ?」


 リーダー、か。実に子供らしい考え方だな。


 目線が同じな分、ついつい彼女たちが同年代である子供だということを忘れてしまうな。


 俺はため息を吐きつつ、本に目を向け、リシェットに対して口を開いた。


「別に、君がリーダーで構わないよ」


「あら、負けを認めると言うこと? 情けない奴。それでもあんた、男なわけ?」


「グレイスくん、それ、何読んでるの?」


「歴史書」


「ちょっと無視しないでよ!!」


「へぇ……歴史のご本かぁ。すごいなぁ。お父様も驚いていたけれど、グレイスくんって本当に頭良いんだね」


「って、待ちなさい。あんた、それ……って」


 リシェットは目を丸くさせた後、ゴクリと唾を飲み込んだ。


「それって三日前、私が読めなかった本……よね? え、まさかそれ、読めるようになったの……?」


「少しだけだけどね」


 俺のその言葉に、リシェットは唖然として、目をパチパチとさせる。


 だが彼女はすぐに腕を組み、不機嫌そうに頬を膨らませた。


「しょ、勝負よ、勝負!! やっぱりあんたと私はどっちが上なのかを決める必要があるわ!」


「勝負って……いったい何をどうやって勝負する気なのかな?」


「今から、レーテフォンベルグの領都に行くの。街に行って、お買い物して帰って来るのよ。大人はみーんな、一人でお買い物、できるんだから」


「か、買い物……?」


 俺はその言葉に、思わず首を傾げてしまう。背後にいるオリヴァーはというと、怯えた声を漏らした。


「だ、駄目だよ、リシェットちゃん!! 子供だけで街に行くのは、危ないよ~!!!!」


「うるさい!! いいからいくの!! あんたたちは大人しく、このリシェット様に従いなさい!!」


 子供というのは……突飛な考えをするものだな。何故、勝負が、街での買い物になるのだろうか。


 でもまぁ、子供の頃って確かに、街に一人で行って買い物するのって怖かったような気がするな。


 はじめてのお〇かい的な感覚と言えば良いのだろうか?


 とにかく、リシェットという少女は、誰よりも大人ぶっていたい年頃なのだろう。


「……まぁ、これも良い機会ではあるか」


 俺もこの世界のことをもう少し、よく知っておきたいからな。


 俺は立ち上がる。そして、そのまま屋敷へと向かって歩いて行った。


「ちょっと、どこにいくの、グレイス!! 勝負から逃げる気!?」


「いいや。子供だけで行くというのはやはり、危険だと思うからね。保護者を連れてくるよ」


「保護者?」


「うん、保護者」


 俺はそう言って、歩みを進めて行った。


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


「―――――お坊ちゃまが新しい本を買いに行きたいと仰ったからついて来たものの……何で、こんなことに……」


 人々が行きかう街の往来を、俺とリシェット、オリヴァー、そして、メイドのモニカは歩いて行く。


 モニカは心底落ち込んだ、しわしわピ〇チュウのような顔をして、一番後ろを歩いていた。


 俺はそんな彼女の隣に並び、そっと声を掛ける。


「ごめんなさい、モニカさん。僕たちの探検に付き合わせてしまって……」


「お坊ちゃまは私のご主人様なので、その命令には何でも従います。ですが……まさか、リシェット様とオリヴァー様もいらっしゃるとは……思いもしませんでした」


「何か問題でもあるのですか?」


「帝国六代貴族であられる、伯爵家、男爵家のご子息のお二人に何かあった場合、私の首が飛びます。リアルな意味で」


「あ、あははは……ごめんなさい。このまま放置したら、リシェットが一人で街に飛び出して行きそうでしたので。保護者は絶対に必要かなと」


「それは賢明なご判断だと思います。お坊ちゃまたちは、上級貴族の嫡子なのですからね。流石に子供三人で歩くのは危険極まりない行為です。昨今は、人攫いなるものもおります故……あぁ、そうでした、人攫い……万が一そんな犯罪者に出会ったら、ただのメイドである私じゃ太刀打ちできませんよぉう……シクシク」


 そう言って静かに泣き始めるモニカ。


 そんな彼女の気苦労を知らずに、目の前にいる二人は騒ぎながら往来を歩いて行く。


「ちょっと、オリヴァー!! 私が前を歩くの!! あんたは一番下っ端なんだから後ろを歩きなさい!!」


「ひぃっ!! ごめんなさい、ごめんなさい……!!」


「ごめんなさいは、一回でいいの!!」 

 

 賑やかなやり取りをしながら、二人は道を歩いていた。


 俺はそんな光景にフッと笑みを浮かべた後、周囲に視線を向けてみる。


(屋敷の外から何回か見てはいたが……ここはまるで中世ヨーロッパのような街並みだな。ここが、父さんが直轄するレーテフォンベルグ領、領都『アルマリア』か)


 そこに広がっていたのは、とても美しい街並みだった。


 西洋風の家屋が所せましと並び建ち、道路には、豚と馬を掛け合わせた奇妙な生物が引く馬車、歩道には電灯が等間隔で並んでいる。


 いや……アレは普通の電灯じゃないな? ガラスの中に、石のようなものが浮かんでいるのが見て取れる。


 もしかして、魔法を照明代わりに使っているのだろうか? 色々と興味深いな。


「というか……さっきから気になっていたけど、何だ、あれ」


 思わず立ち止まり、空を見上げて見る。


 上空には、杖に乗って空を飛ぶ人々の姿があった。


 皆、何食わぬ顔をして、荷物と思しき風呂敷を杖の先端に括りつけながら、家屋と家屋の間をスイスイと飛んで行っている。


 な、なるほど……どうやら俺は本当に、魔法という概念が存在する異世界に転生してしまったようだな……。


 ただの会社員をやっていた俺には、流石に、この光景に動揺を隠せない。


「? どうかなされましたか? お坊ちゃま?」


「どうかしたの? グレイス?」「グレイスくん?」


 気付くと、前方で、立ち止まる俺を不思議そうに見つめる三人の姿があった。


 俺はコホンと咳払いをし、三人の元へと戻って行く。


「あ、い、いえ、何でもありません。今行きます」


 俺はそう答えてみんなの元に戻る。


 そんな俺の姿にリシェットは「どんくさい奴」と憎まれ口を叩き、前を振り向いた。


 ――――その時だった。


 リシェットは街路を歩いていた男にぶつかってしまい、地面に倒れてしまった。


「いったぁーい!」


 盛大に尻もちを付くと、おでこを抑えながら、地面に座り込むリシェット。


 俺はすかさず彼女の元へと近付き、手を差し伸べる。


「大丈夫?」


「え? あ……ありが……フ、フン! これもすべてはあんたがノロノロしているせいよ! このノロマ!」


 頬を紅くしながら、俺の手を握るリシェット。


 そんな光景に、リシェットを突き飛ばしたフードの男は小さくため息を溢すと、そのまま雑踏に紛れ立ち去って行った。


 そんな男の態度に、リシェットは大きく口を開く。


「ちょっと、待ちなさいよ、あんた!! ごめんなさいの一言くらい言いなさ―――もがぁっ!?」


「は、はいはい、リシェット様、無駄なトラブルは避けましょうね~」


 モニカに背後から口を塞がれるリシェット。


 そんな彼女たちのやり取りを呆れた目で見つめた後、俺は去って行った男の背中に再度視線を向けた。


(……入れ墨?)


 男の首元には、背中に繋がっている何かの文様のような入れ墨があったが……よく、確認することができなかった。


 まぁ、どうでもいいことか。日本と違ってこの世界では、入れ墨くらい珍しくもなんともないのだろう。


 俺は首を傾げつつ、皆と共に街路を歩いて行った。


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


「すごーい、何ここー! 遠くにある王都まで見えるわー!」


 街の外れにある、小高い丘の上に作られた展望台。


 そこでリシェットは、柵越しに広がる世界に目をキラキラと輝かせた。


 柵の向こうに広がっているのは、広大な大地と、遠くに見える帝都の街並み。


 帝都の中央には巨大な塔のようなものが聳え立っていた。


 その光景を見つめて、隣に立っていたオリヴァーはぽそりと口を開く。


「あの大きな塔、何なんだろう?」


 その疑問の声に、モニカは静かに答える。


「あれは、帝都にある帝立魔術学校です。お坊ちゃまやオリヴァー様、リシェット様も、16歳になったらあの学園へ通われることになると思いますよ。帝国貴族の殆どは、皆、魔術学校の卒業者なので」


「魔術学校……! フフン、私はいずれ、お父様の跡を継いでアークレイシア家の魔術師として大成するのが夢なの!! 良い、グレイス、オリヴァー! 二人は私の手下なんだから、学校に行ってもちゃんと私のサポートをするのよ!!」


「えぇ!? が、学校でもリシェットちゃんの手下は嫌だよ!!」


「オリヴァー、あんた、グレイスと友達になってからちょっと生意気なんじゃないの?」


「ひぃぃぃ、グレイスくん、助けて!!」


 俺の後ろに隠れるオリヴァー。俺は二人の様子にクスリと笑みを溢し、帝都の街並みを見つめた。


「魔術学校、か。本当にこの世界には、魔法が存在するんだな」


「当然でしょう? この国、マハジャール帝国は、魔術師が統治する国なのだから!」


「そっか。いずれ僕たち三人もあの学校に通って、一緒に魔法を学べたら何だか楽しそうだね」


 俺はそう言って、オリヴァー、リシェットへと順に笑みを浮かべる。


 すると二人は照れながらも、俺に言葉を返してきた。


「うん! ボクもグレイスくんと魔術学校に行ってみたいよ!」


「……当然でしょ。私たちは親同士が同盟を組んだ貴族の子供なんだから。同じ学校に行っても、友達のままよ」


 そう口にすると、リシェットはコホンと咳払いをし、ぷいっと顔を背ける。


 この子、高飛車な言動に反して、中身は普通に友達思いの良い子なのかもしれないな。


「良いこと、グレイス、オリヴァー! 私たち三人で、あの魔法学校の歴史に名を残してやるわよ! これは、約束よ!」


「約束?」


「そうよ! 私たち三人だけの約束! 16歳になったら、一緒にあの魔法学校に入るの!! 破ったら許さないんだから!!」


 リシェットのその言葉に、俺とオリヴァーは笑みを浮かべる。


 そんな俺たち二人に、リシェットはジロリとジト目を向けてきた。


「何? あんたたちのその、小馬鹿にするような顔は?」


「な、何でもないよ、リシェットちゃん」


「うん。オリヴァーくんの言う通り、何でもないよ、リシェットさん」


「……リシェットで良いわよ」


「え?」


「だから……リシェットで良いって言ってるの。い、一応、あんたは私のこ……こんやくしゃ? なんだし」


 そう叫んで、頬を林檎のように紅く染め、口をへの字にするリシェット。


 俺はコクリと頷き、彼女の名前を呼んだ。


「うん、じゃあ、リシェット。これからよろしくね」


「~~~ッッ!! と、特別に許してあげるんだから。ふんっ」


 ますます顔を真っ赤にするリシェット。


 そんな彼女の様子に微笑ましい笑みを浮かべていると、オリヴァーももじもじしながら、俺に声を掛けてきた。


「ボ、ボクのこともオリヴァーで良いよ! グレイスくん!」


「わかったよ、オリヴァー。前にも言ったけど、僕も呼び捨てにしてくれて構わないよ」


「それは……ちょっと、勇気がいるかな、なんて。えへへへ」


「どうして?」


「グレイスくんは、ボクの憧れだから!」


「何よ、それ。あんたまさか、男の子が好き……だなんて、言わないでしょうね?」


「へ、変なこと言わないでよ、リシェットちゃん! ボクは純粋にグレイスくんに憧れているんだよ!」


 ……夕焼け空。俺たちは、そんな何気ない会話を交わした。


 16歳になったら、一緒に魔術学校に入学する。


 この三人でした約束を、将来けっして忘れることはないのだろうと、何故か俺は、そう思った。


 例え、この先に、予期しない未来があったとしても――――。

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