第4話 貴族に転生した社畜、父親の性癖を知る。グレイス―三歳


 リシェットが口にした、衝撃の言葉に固まっていた……その時。

 

 御屋敷からゾロゾロと、四人の大人たちが出てきた。


 その中に居る一人、俺の父である男は、こちらに猛スピードで近寄って来ると―――突如、俺の脇に手を挟み、持ち上げる。

 

 そして、俺の頬に顔を擦り付け、髭をジョリジョリとしてきた。


「おぉぉぉぉ!! 今日も我が息子は可愛いなぁぁぁぁ!!!!! 可愛すぎて食べたいちゃいくらいだ!! んーーーちゅ、ちゅちゅちゅ!!!!!」


「ぎぃやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!! と、父さん、そ、それ、やめてくれぇぇぇぇぇ!!!!!! 怖気が奔る!! 気持ちが悪い!!!!!」


「ん!? グ、グレイス!! お前、今、喋ったのか!?!?!?」


 俺を抱きかかえながら、父はこちらを驚いた様子で見つめる。


 そして……目をウルウルと潤ませて、俺の身体をギュッと抱きしめてきた。


「いつまで経っても言葉を喋らなかったお前が、そんな流暢に言葉を話せるようになるなんて……!! 父さん、嬉しいぞーーーー!!!!!」


「だから、その髭でジョリジョリするの、やめてくれ~~~~!!!!」


 父にもみくちゃにされた後。俺は地面に降ろされる。


 するとその後、オレンジ色の髪をした男と、どこかリシェットに似た雰囲気の女性が口を開いた


「辺境伯。彼が、グレイスくんかい? そんな難しそうな本を手に持って……とても利発そうな子だな」


「そうよね。とっても頭が良さそうな雰囲気がするわ」


「おぉ、これは紹介が遅れましたな、アークレイシア卿、夫人。いかにも、こちらが我が息子のグレイスです。グレイス、挨拶を。この御二方は、そこにいるリシェット殿のご両親だ」


 俺は父に背中を押され、夫婦の前に出る。


 この二人が、さっき少しだけ会話した生意気そうな少女……リシェットの両親か。


 俺は深く頭を下げ、挨拶する。


「お初にお目にかかります。グレイス・キシュア・レーテフォンベルグです」


 なるべく丁寧な言葉を心がけて、二人に挨拶をしてみた。


 一応、貴族の子供だからな。礼節を欠いては何とやら、だろう。


 お辞儀をし、顔を上げると、そこには――――驚いた顔をしている夫婦の姿があった。


 二人は動揺した様子で、父に顔を向ける。


「辺境伯。彼は本当に……三歳児、なのですよね?」


「む、そうだが?」


「驚いた。よく、躾けられた子だ……。こんなに丁寧に、はきはきと、大人にあいさつができるなんて……!」


「ん? いや、別に躾けたわけではないのだが……ま、まぁ、我輩の息子であるからな!! いつの間にか流暢に喋れるようになっていても不思議はなかろう!! ハッハッハッ!!」


 うーん、この父、アホすぎる。


 だけど妙に訝しがられるよりはマシか。ここは、父の能天気さに助けられたと言えるだろう。


「さて。グレイスくん。リシェットから聞いたかい? 婚約の話は?」


 そう声を掛けてくるリシェットの父。俺はそんな彼に「あははは」と、乾いた笑みを溢した。


「ええと……はい。ですが、急な話でしたので、少しばかり面食らってしまいました……」


 俺が照れたように頬を掻くと、リシェットは前に出て、両親へと開口する。


「お父様。私も急でしたので、驚きましたわ。ですが、グレイスくんはとっても優しそうな人ですので……リシェット、ちょっぴり安心しましたの」


 ん、あれ? 君、何その口調? さっきまでの様子とは全然違わないかい?


 雰囲気が変わったリシェットに、隣から訝し気に視線を送っていると……突如リシェットが俺の足をググッと踏みつけて来る。


 そして、こちらに無言の笑みを向けてきた。


 やだ何この子、おじさん怖い……猫被りって奴なのかしら?


 俺がリシェットのその豹変ぶりに困惑していると、残った一人の大人が前に出て俺に声を掛けてきた。


 どこか優男のような風貌の眼鏡の男。彼は、オリヴァーの父親だと、すぐに分かった。


「こんにちは、グレイスくん。僕は、オリヴァーの父親のジェームズ・ベルス・オルタリアです。お父さんとは幼馴染の関係なんだ。よろしくね」


「おっと、私も名乗るのが遅れたね。グレイスくん、先ほど紹介に預かったけど、私はリシェットの父、ルーク・ジセル・アークレイシアです。そして、こっちが―――」


「リシェットの母のジュリアンナです。よろしくね、グレイスくん」


「よ、よろしくお願いします……」


「ハッハッハ! グレイスめ、緊張しているのか? 可愛い奴め!」


 父さんが俺の頭をわしゃわしゃとやってくる。


 さっきメイドのモニカさんに整えてもらったばかりなので、やめてほしい。


「ここにいる、ルークとジェームズは、父さんの幼馴染でな。幼少の頃から一緒に育った大親友なんだ。我がレーテフォンベルグ家と、アークレイシア家、オルタリア家は、古くから友好的な関係を築いている間柄。だから……お前たち三人も、幼馴染として仲良くなってくれたらと、父さんはそう思っているぞ」


「……婚約の話は今、知ったのですが……こちらの意志を無視して、ずいぶんと勝手ではないですか? 父さん」


「む、む……た、確かに、性急な話だったかもしれないな。だが、グレイス! リシェットちゃんは可愛い女の子だろう! 将来きっと美人さんになること間違いなしだぞ!」


「結婚というものは、相手との相性というものがあると思います。顔で決めるものではないかと」


「む、むむむ……。グレイス、耳を貸せ」


 そう言って、父が顔を近づけ、耳打ちしてくる。


「アークレイシア夫人である、ジュリアンナ殿をよく見てみろ。とんでもない……お胸をお持ちだろう?」


「は?」


 父の言葉に従い、ジュリアンナさんに視線を向けてみる。う、うむ……確かに、でかい。


「いいか、グレイス。将来、リシェットちゃんも、ああなる可能性が大きい、ということだ。なかなかいないぞ、あのように大きな胸の女性は!」


「いや、幼馴染の奥さんの胸見て何言ってるんですか、父さんは……正直引きますよ」


「う、うるさい! 三歳児に言われたくないわい!」


「母さんも、胸が大きかったのですか?」


「…………うん」


 駄目だこいつ、ただのおっぱい星人だ……。


 この世界のことはまだ何もよく分からないが、自分の父親がただのエロ魔人だということだけは分かりました。


 何だその情報……この世で最も一番いらないのだが……。

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