竜人拳・紅

黒い波の出所、そこに立っていたのは御前試合でルロイにやぶれた青年だった。


「なんでこんなことしたのか

さっさと話してもらえるかしら?」


「あぁジェリア、来てくれたんだね。

さぁ今ここで僕の愛を届けようじゃないか。」


ジェリアの声を聞いた途端、

恍惚とした表情を浮かべペラペラと話し始める青年。

しかしどこか脈絡がなく、問いに対する答えも成立していない。


「そんなことはどうでもいいの。

聞き方変えるわ、アンタが黒幕ってことでいいのよね?」


ジェリアが丁寧にも再度聞いたというのに

恍惚とした表情を浮かべたままなにも返さない青年。


(あ、これは…)


端正な顔に青筋を浮かべジェリアは青年の元へと突き進む。

青年が気付いた時には遅かった。

あたり一帯に響き渡るほどに大きくピシャリと音が鳴った。


「アンタ、腐っても竜人族だから平気でしょ?

で?なんでこんなことしたのかしら?」


ジェリアが青年の頬を張ったのだ。

それはそれは強く。

それはさすがに応えたようで青年はわなわなと顔を上げた。


「なんで?僕は君のために…

君は強い竜人族が嫌いだったんだろ?

だったらそいつらがいなくなれば僕を見てくれるって…」


「そんなこと誰が言ったのかしら?

アンタは私が未来に繋ぎたかったものを壊そうとしたのよ。」


青年がつまづき、尻もちをつきながらも後ずさる。

それを問いかけながら静かに追いかけるジェリア。


「ほ、本物のジェリアがそんなこと言うはずない…

お前はジェリアの偽物だ。偽物なんだ!!」


叫ぶと同時に青年の影が濃くなった。


「ジェリア!!」


すかさずジェリアが飛んで下がる。

さっきまでジェリアがいたところには黒い影と同じ色をした触手が這っていた。

少しでも遅れていたらと思うと背中が冷える。


「君はジェリアじゃない。

だから僕が本物のジェリアにしてあげるよ…」


半身が影に埋もれ、触手に侵食された青年は

恍惚とした様子を崩さずにそう言う。

ジェリアを見て舌なめずりをする彼はもうさっきまでの彼とは別物だった。


「同胞を痛めつけるのは気が引けるけど、

それ以上に同胞の体、好き勝手にされるのは癪なのよ。

返してもらうわよ。」


ジェリアが腕を横に上げる。

手を出すなということらしい。


ジェリアの影から触手が伸びるも

その体に触れた途端に焼き尽くされ、灰も残さずに消えてしまう。



「この力が負けるはずがないッ!!」


血走った眼を大きく開いて

青年はジェリアを見る。が、既にそこに彼女はいない

伸ばされた触手が彼女を捕らえようと伸びたもののかえってそれが仇となった。


「ようやく本体見せたわね。」


体を覆っていた触手のほとんどを

ジェリアが居もしない所に伸ばしたことでガラ空きになった背中。

それを彼女は見逃さなかった。


ジェリアは一瞬のうちに背後をとる。


「アンタには永遠の苦しみを味わってもらうわ。

竜人族の怒りを買ったこと、その魂をもって悔いなさい。」


握られた拳。

その中から漏れ出る光は闇の中を明るく照らした。


竜人拳・紅ドラゴ・バレスタ


撃ち込まれた拳は青年の中の邪気を射抜き、

紅の炎で燃やし尽くす。

空が徐々に晴れ、竜人族領に光が戻ってきた。


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