波乱の始まり

朝イチからジェリアと追いかけっこすることになり、

なんとか逃げ切れたものの息は切れ、ひざはガクガクな今日この頃。


結局、僕を追いかける間にジェリアは

僕を捕まえて何を聞こうとしていたかを忘れたようで

その後はすぐに追いかけるのをやめた。


望むことなら最初から追いかけっこはしてほしくなかったな…


◇◇◇


ルロイが起きてからは

ジェリアに連れられて竜人族領を見て回ることになった。


とはいえ、ジェリアもジェリアなりに思うところがあるようで、

他の竜人族にはあまり姿を見せたくないらしい。


そんな状況の中、こうして案内して呉れるジェリアには感謝しかない。

主にルロイ、感謝しておくように…

元はと言えばルロイが見て回りたいなんて言い出したんだから。


しばらく歩くと

昨日の夜、ゼルキアに呼び出された時に見た竜人族たちが

未だに作業を続けていた。


「ジェリア、あれ何やってるの?」


「拝竜祭の舞台を清めてるのよ。

あの舞台の上で毎年、成人した竜人族が決闘するのよ。」


決闘ねぇ…

決闘と言えば僕たちがまだ孤児院にいた頃、

ルイとジェリアが喧嘩した時のことを思い出す。


まだ幼い時でさえ、アレだった。


ましてや成長し成人した竜人族となれば

どうなってしまうのか全く想像もつかない。


例えば

火吐いて周囲が消し炭に…、地面を踏み込んだ反動で地面が割れたり…etc


考えただけで恐ろしい。

背中に寒気が走った。


「まさかジェリアは出ないよね?」


「ここで戦う奴らは昔、私がワンパンにした連中よ。

戦う価値もないじゃないの。」


もうちょっと穏便な答えが欲しかったんだけど。

それにしてもワンパンって…

ご愁傷さまです、お大死に。


「そろそろ儀式が始まるんじゃないかしら?

どうするの?こっそり隠れて見てく?」


「そうだなぁ、どうするルロイ?」


「俺は竜人族をもっと見てみたい。

そこのへっぽこじゃよく分からんかったからな。」


途端にジェリアの白い肌に浮かぶ青筋、

ルロイも未だに根に持ってたのか…


時を巻き戻して早朝、

僕を気が済むまで追いかけまわしたジェリアは、

追いかけっこの最中、追いかけまわしていた理由を忘れてしまった。


溜まりに溜まったそのフラストレーションの矛先が

誰に向いたかって話なんだけども…


まぁ一人しかいない。


一人静かに寝息を立てていたルロイだった。

あぁ可哀そうに。


走り回って自分は疲れているのに、

気持ちよさそうに寝ているルロイが許せなかったのか。

それとも、他に何か理由があるのかは知らないが…


ジェリアはルロイの布団を引っぺがして

彼を起こしたのだ。


そのお陰でルロイは寝起きが悪くなって、

起きて早々に喧嘩が勃発しそうになっているというわけだ。


「あたしが走り回って疲れてるってのに

ぐーすかぴーすか寝てるあんたが悪いんでしょ?」


「いつどうやって寝てようと俺の勝手だろう。

それとも何だ?年取りすぎて頭でもバグったか?」


「ちょっと…

そんなおっきな声出したらバレちゃうって…」


ジェリアは「こっそり」の名目も忘れてしまっているようで、

ルロイとにらみ合い始めた。

負けじとルロイもにらみ返し、

僕がその間で板挟みと見事な三すくみの出来上がり。


「こんのぉクソガキぃ。

分かったわ、今ここであんたに目にもの見せてやるわよ。」


「やれるモンならやってみろよ。

トカゲ人間が!!」


「隠れる」とは、「こっそり」とは、

はたまた盗み見するなんて話は何処へ飛んでいったのか。


ジェリアとルロイは勢い良く立ち上がり

罵声を浴びせ合い始めた。


そういう状況になるとどうなるか、

僕たちは隠れて見ていたわけだ。


つまりね…


「お前、ジェリアか…?」


見つかるんだよ。


◇◇◇


「お前、ジェリア…か?ジェリアなのか?」


舞台の上に立っていた1人の竜人族が

ぼそりと呟いた。

ジェリアを見るその目はまるで何か異物を見るような目。

同時にジェリアの中の何かを恐れているような目だった。


当のジェリアは全く気付いていないようで

相も変わらずルロイとにらめっこを続けてる。


「おい、そこの娘、ジェリアだろ!?」


しつこく声をかけ続ける青年、

ジェリアとの付き合いの長い僕だから分かるこの場における最善策。


だってしつこく話し続けたらジェリアは…

彼女の端正な顔に浮かぶ青筋、

それは、はたまたルロイか青年かどちらに対するものか…


「うるっさいわね!!

静かにしてなさいよ、私は今このクソガキと話してるのよ!!」


ジェリアが青年に向かって腕を一振り、

その瞬間に青年は弾かれたように飛んでいった。


「私の話を邪魔する奴は何人であっても許さないわ。

この三下が、分をわきまえなさい。」


あまりの光景にそこら中にいた竜人族はおろか、

ルロイさえも固まっている。


「ジェリア、バレちゃいけないんじゃなかったの…?」


「そうね、今の今まではね。

もう見つかったからにはしょうがないわ。

それにね、」


ジェリアが青年をぶっ飛ばした方を眺めている。

いつになく緊張したような表情で見つめる先には未だ晴れていない土煙。


僕には何も感じない。

でもジェリアはきっと何かを感じている。

そう思わされるような雰囲気を彼女は纏っていた。


「リリィ、クソガキ。

一応、ひざまづいときなさい。」


言われたとおりに膝をつく。

鬼気迫るジェリアの感じに気圧されたのか

ルロイも素直に従った。


その時だった。

土煙の向こう側、未だ見えないそこにとてつもない何かを感じた。


「永遠の引きこもりが私に何の用かしら?

それとも何?あんた直々に部外者を排除しようとしに来たってわけ?」


少しずつ視界が開けてくる。

その中をゆったりとこちらへ向かってくる1つの影。

それに向かってジェリアが吐き捨てた。


「帰ってきたと思えば早々に同胞を痛めつけるとは…

お主、まだ懲りておらんようじゃな…」


晴れた煙、

そこにいたのは1人の老人。

ジェリアと同じく竜の角を生やし、尻尾の生えた老人。


見かけ、杖をついているものの。

そこから感じる圧力は並のものではない。


(この竜人族、タダ者じゃない…)


「はぁ?そっちから絡んできたんでしょ。

そいつが弱いのが悪いのよ。

弱肉強食の原理、まさか引きこもりでボケたんじゃないでしょうね?

それに私みたいな出来損ないにぶっ飛ばされて、情けないとは思わないワケ?」


そうまくし立てるジェリアの顔を見上げる。


頬がヒクヒクと痙攣している。

それに握った拳も震えていた。


「お主、強がりな所も相変わらずじゃ。

それにそのような異物も連れて来よって…

拝竜祭を何だと思っとる?」


「知んないわよ、

私はアンタらと違ってあの竜に縛られない。

それだけよ。」


「まぁ良い。

今年の拝竜祭、お主も対象であることをゆめゆめ忘れるな。

まさかとは思うが逃げようなどするでないぞ。」


そう言って老人は背を向けて歩き出す。

少し歩いた後、再びこちらを振り返った。


「そこの異物どももじゃ。

せいぜい楽しみにしておれ。」


そう言い残すと

今度こそ背を向けて戻っていった。


老人が去った後

さっきまでの緊張感は消え、竜人族たちは再び動き始めた。

まるで何もなかったかのように。


後に老人のこの言葉が波乱を巻き起こすということを僕たちはまだ知らなかった。

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