幕間/覇王竜ゼルキア

覇王竜ゼルキアは気分屋である。

紛うことなき気分屋である。


しかし自身ではそれを自覚したことはなかった。


自分を勝手に祀り上げる竜人族は

ゼルキアのことを恐れているため、

自身の主に対してそのようなことを言い出すことはない。


しかし何事にも理に当てはまらぬものがあるということも

悠久の時を生きるゼルキアは同時に理解していた。


「変なやつだって教えてあげたのよ。

事実でしょ?何か文句でも?」

「アンタみたいな奴を私が崇拝するとでも?

笑わせんじゃないわよ、顔洗って出直してきなさい。」


竜の前に立った少女、

その少女はゼルキアに向かってそう言い放つ。


(これは面白い奴が現れたようじゃの。)


少女の切った啖呵にゼルキアは静かにほくそ笑んだ。


ゼルキアは気分屋であると同時に探求心が旺盛である。

その証拠に自身の鱗を返しに来たという

少女にも興味をひかれていた。


一度は妖艶な女に化けてはみたものの、

あと一歩のところで例の少女に邪魔される。


(あの小娘はなぜ我の魔法に対抗できる?)


竜人族ドラゴノイドは本来であれば

成人した際、竜の力を得るためその元を訪れる。

その際にゼルキアを主として受け入れれば、

ゼルキアの術が効かないなんてことは起こらない。


しかし例の少女が訪れたかどうかは

覇王竜ゼルキアでさえも分からなかった。


悠久の時を過ごし、

その間の出来事全てをはおろかその者の霊気までも見透かす

「全能眼」を持つゼルキアであっても

彼女が自分を信仰している過去は見えなかったのだ。


(となるとあの小娘、例の騒ぎの時の者か…)


ゼルキアは全能眼を使って

当時の事件を思い出す。


たしか例の小娘は奴隷商に攫われた者ではなかったか?


当時は、それはそれは大騒ぎ。

誇り高き竜人族が攫われたとあらば、

血の気の多い若者は奴隷商を殺さんとするほどの勢いだったことを

今になってゼルキアは思い出した。


しかしその事件から数年が経つと

誰もそのことは話さなくなってしまった。


まるですっかり忘れてしまったかのように。


(これじゃから人間は嫌なんじゃ。

あれだけ騒ぎ立てておったくせに、今となっては波風一つ立たん。

人間とは何たる薄情な生き物じゃ。)


その間にも数多の竜人族が

ゼルキアの元へやってきては、その力欲しさに祀っていった。


(どいつもこいつもヘコヘコと、つまらんなぁ。)


これまで祀られ続ける人生ならぬ竜生

しかしその退屈もすぐに消え去ることになる。


◇◇◇


全て思い出したゼルキアは

ふとジェリアの言い放った言葉を思い出す。


(あの小娘、攫われた者で間違いなさそうじゃの。

それにしてもあの者、我の力無くして竜人族の長になると。

やはり面白い、これから忙しくなるの。)


ギロリと彼らの向かった方向に目を向ける。


(あの中のもう一人の方の小娘とは

少し話をせねばならんようだな…

ふんっ、楽しみじゃな。)


待ちきれなかったゼルキアはその夜、

おおよそ見えた霊気を元にして呼び出すことに成功した。


<<ようやく来たか、待ちくたびれたぞ。

なぜもっと早く来れなかった?天使なら空でも飛べばすぐだろう?>>


「そりゃ飛べるなら飛んだ方が楽ですよ。

でもそんな簡単に…」


目の前には呼び出した少女。

体のあちこちが汚れており、ここまで来るのに苦労したことが見て取れる。


体のあちこちをはたきながら、

悪態をつこうとしたその顔が驚きで満たされる。


ゼルキアの全能眼をもってすれば

対象の霊気を観測することも容易い。


それは目の前の少女含め。


<<お主、天使であろう?

始めから分かっておったぞ>>


顔に出そうになった驚きを必死に押し込めようとしている様子が

ゼルキアにはよく分かった。


(あぁ愉快、この小娘をからかうのは非常に面白い。)


その脳裏にはかつての友の姿が浮かぶ。


まるで昨日のことのように思い出せる会話も声も

ゼルキアにかかれば決して色あせることはない。


(この者にも教えてやるかの。)


そこからは視覚の共有で過去にゼルキア自身が見た光景を見せた。


地上に顕現した八柱の天使。

その中にはかつての友の姿もあった。


今現在、大天使の数は「七」と言われている。


それは間違いではない。

しかしそこに決して忘れてはならない歴史があることを

ゼルキアはその全能眼ゆえ、はっきりと覚えている。


それについては目の前にいる少女と同じ見かけをした

大天使ガブリエルについても同じことが言える。


一度は存在すら消えかけていた彼女の力は、

今こうして本物とは言えないものの再び地上に現れた。


「本物ではない」

その事実は本人にとっては受け入れがたいものかもしれない。


しかし、それを受け入れなければ

この天使はこの先の未来を作っていくことはできない。


<<だが気にする必要などあるまい。

お主なりに人間の心の支えになればよい。それだけじゃ。>>


目の前で悩む少女の姿にかつての友の姿が重なる。

人間に寄り添い、人間を慈しみ、

時に共に悲しみ、時に共に喜んだかつての友の姿が。


友もかつては悩んでいた。


「自身の力をどのように人々の役に立てられるのか。

自分はどうしていけばいいのか。」と。


何度も何度もこの場所に赴き、

そう言っては悩んでいたことをゼルキアは懐かしく思っていた。


かつての友は今はもういない。

しかしその友が繋ごうとした思いはゼルキアに託されていた。


<<我の昔語りに付きおうてくれたこと感謝するぞ。

どれ、手を出せ。手を。>>


出された少女の手に

その盟約履行の印が刻み込まれた。


目の前の不思議そうに小首をかしげる少女を尻目に

ゼルキアは転移魔法を発動させる。


東の空が白ばみ始めた頃、

ふとゼルキアは友の言葉を思い出した。


「私が目指すのはな、人々の思いが紡いでいく世界だ。」


確かそんなことを言っていたか…


<<のう、ルシファーよ。

お主の守りたかった思いは受け継がれるやもしれんぞ。>>


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