昔語り

寝ようにも寝れなかった。

ジェリアは気丈にふるまってはいたものの、

それでも時折、顔が陰る瞬間が思い返せば何度もあった。


ジェリアは自身の理想を聞かせてくれた。

それは僕が信用されているという認識でいいのだろうか。


仮にそうだとして僕は何ができるんだろう。


彼女の力になりたい。

でもこれは竜人族の問題であって

部外者である僕が首を突っ込むような問題じゃない。


「どうすればいいんでしょうね。」


こんな時に限って答えは帰ってこない。

「自分で考えろ」、まるでそう言われているようだった。


これ以上考えても答えは出そうにない。

もういい時間だ、明日考えることにしよう。


突然目が覚めた。

覚めたというよりも覚まされた感じ、

誰かが外側から強制的に干渉してきたような感覚がした。


体が動かない。

鎖で縛られたかのように身動き一つ取ることができなかった。


「…!?」


声を出そうとしても出ない。

動こうとするたびに束縛は強さを増していく。


(無駄じゃ、我の力にそなたが抗えるわけがなかろう。)


この声は覇王竜ゼルキア!?

なんで今更僕に…


(安心せい、我の言うことを素直に聞くのなら、

その束縛も解いてやろう。)


(それを信じるメリットは?)


よかった、女神様と会話するときの念話なら使えそうだ。

それにしてもなぜ僕に…

こんなことするならジェリアの方が先じゃないか?


(信じるも信じないもそなたの自由。

どのみちそなたの束縛が解けるのも時間の問題じゃからの。

その前に用件を伝える。)


ジェリア曰く、気まぐれの極みも覇王竜が

僕に何を要求するというのか。


ごくりと唾を飲み込んだ。


(今から我の下に来るがよい。

話はそれからじゃ。)


(そんな、なんで僕が…)


途端に頭の中に響いていた声も聞こえなくなった。

同時に金縛りも解け、体が動くようになる。


さすがは気まぐれの極み、

用件だけ伝えてハイ、サヨナラとはその名に恥じない振る舞いだな…


とはいえ無視すれば何が起こるかも分からない。


(面倒くさいけど行くしかないか…)


(聞こえておるぞ。)


すみませんでした、今すぐ行きます…


◇◇◇


僕は今は天使だが迂闊に空を飛ぶわけにはいかない。

正体がバレれば、ここにいられなくなるかもしれない。


つまりはだね…

徒歩で向かうしかないのだよ。


ジェリアやルロイにはバレないように、

そっと家から抜け出すと夜の竜人族領を徘徊する。


(どうか怪しまれませんように…)


心から願いながらも王都とは違う街並みが気になってしまう。


たしかジェリアは拝竜祭と言っていたか、

何かしらの祭りがあるのか、

もう夜も更けているというのに竜人族たちはせっせこせっせこ働いている。


それを横目に急いで例の場所へと向かうと

そこにはやっぱりいた。


昼間の時の人間のような姿ではない、

鈍い光を放つ黒の鱗を持った巨大な竜が佇んでいた。



ここまで登ってくるのに随分と苦労した。


いくら天使とはいえ力を使わなければ

ただの人間と何ら変わりはない。

来るときは途中までジェリアが飛竜に乗せてくれてからいいものの

今回はそうともいかない。


息を切らしてここまで登ってきたというわけだ。


それを知ってか知らずか目の前の竜は

昼と変わらぬ素振りで、こっちの苦労なんてまるで気にもかけていない様子。


ようやく僕がいることに気付いたようだった。


<<ようやく来たか、待ちくたびれたぞ。

なぜもっと早く来れなかった?天使なら空でも飛べばすぐだろう?>>


「そりゃ飛べるなら飛んだ方が楽ですよ。

でもそんな簡単に…」


待て、今この竜何て言った?


竜の方を見ると表情は変わらぬものの

その目は愉快そうに笑っているようにも見えた。


<<何を驚いておる。

そなたが天使であるということに我が気づかぬとでも思ったか?>>


聞き間違いではなかった。

ということは何処かで気づかれたということ。


相手は覇王竜ゼルキアだ。

ここでごまかしても無駄だろう、

その目は僕が天使であることを確信しているのだから。


「なんで僕が天使だって思ったんですか…」


ごくりと唾をのむ。

帰ってくる回答次第では王都での生活に支障すら出かねない。


<<なんじゃそんな事か。なら教えてやろうぞ。

まず1つ。我の目は全てを見通す目、全能眼じゃ。

お主の正体なんぞ分からん方がおかしかろう。>>


つまりこの竜は僕のありとあらゆる全てを見通して

僕が天使であることを見破った。


<<そして2つ。お主が使おうとした魔法は

我が友と作った天術目録の魔法じゃ。>>


「そんな…まさか…」


<< 最後に3つ。お主の姿は我の友と共におった

天使の一柱にそっくりじゃ。>>


竜は相変わらず愉快そうな目を崩さない。


「仮に僕がそうだとして、

あなたは一体何をしようというんですか」


ジェリアから言われていたことを思い出す。

この竜は「気分屋」だということ、

その時の気分で殺しだとしても平気で行うこと。


僕に関する重大な秘密がばれた。


この竜は先代のガブリエル含む他の大天使とも交流があったのだろう。

そんな中で先代そっくりな別人が現れたとすれば?


間違いなく不愉快な気分になる。

そしてその気分のまま、この竜は僕を殺すかもしれない。


敵うわけがない。

心の中ではそう多いながら無意識に身構えていた。


<<そんな顔をするな。我はお主と争おうとは思っておらん。

それよりだ小さき者、我の昔話に付き合わぬか?>>


「…」


<<安心するがよい、

友との約束ゆえ我がお主に危害を加えることはできん。>>


「そこまで言うのなら…」


臨戦態勢を解く。

今の状態であれば魔法は即座に発動はできない。

つまりは襲われれば、すぐにでも死んでしまうことを意味する。


それでも信用していいような気がした。

この竜が友と呼ぶ天使のことを大切に思っているのは

心底伝わってきているうえ、

その約束を破るとも思わない。


<<お主、怯えておらんでもっと近くまで来るがよい。>>


ゼルキアに促されるまま、その足元に腰を下ろす。

足元から見上げたゼルキアの体躯は

まるで天に向かってそびえたつ大樹のようだった。


<<それでは少し昔の話をしようぞ。

少し目を閉じてみよ。>>


言われたとおりに閉じると

瞼の裏に翼の生えた8人の人の姿が浮かんだ。


「これって…」


<<視覚の共有じゃ。きちんと見えておるようじゃな。>>


僕の中で翼が生えて且つ人間のような姿をしているものと言ったら、


「天使ですか?」


<<いかにも、それは我がこの地に住み着き始め

長い年月が経った頃、地上に顕現した8柱の天使じゃ。>>


その中の1人に目が行く。

僕と同じ銀髪に金色の目、にこやかにほほ笑む姿に目を奪われる。


<<そいつはガブリエル、お主の先代じゃ。>>


「なぜ僕が先代ガブリエルとは違うと分かったんですか?」


<<言ったであろう、我の目は全能眼。

お主の霊気は半分人間、半分は天使じゃ。

純粋な天使の先代がそんなわけなかろう。

それに…>>


「それに何ですか?」


<<先代のガブリエルは既に存在が消えておる。

お主は霊気や見かけでは先代そっくりじゃが、

おそらく別の何かじゃ。いわゆるレプリカ、贋作と言ってもいい。>>


たしかに僕はもともと人間で、

女神様が僕の霊気を除いた結果として

抗う隙もなく天使になってしまったわけだけども…


<<とはいえ、天使であることに変わりはない。

落ち込む必要など微塵もなかろう。

一度は失われた人間の心の支えになればよい。それだけじゃ。>>


「そうは言っても、僕はこれからどうしていけばいいのか分かりませんよ。

今だって正体隠して郵便屋をやってるわけですし。」


僕には人々の心の支えになるようなことはできない。

特別何か力があるわけでもない。


先代のようにはうまくいかないのだろう。


すると頭の中に吹き出すような声が聞こえた。


「人が悩んでるときに何笑ってるんですか?」


見上げればやはり愉快そうな目が僕を覗き込んでいる。


<<いや、お主と同じことをその昔、友に話されての。

その様子があまりに似ておったからの、

つい笑ってしまったぞ。いや、これは失礼。>>


「その友っていうのは、」


<<人間がより強くあれるためにと自らの術を伝えた天使、

誰よりも人間を慈しみ、

共に悲しみ、共に喜び、常に人と共にあろうとした天使じゃ。>>


遠い目をしてゼルキアは語った。

思い返してみれば僕の知ってる天使は七大天使であって八柱もいない。


<<知らずともそのうち会うかもしれんがな。

まぁ会うようなことにならんのが一番なのじゃがな…>>


「それはどういう…」


<<我の昔語りに付きおうてくれたこと感謝するぞ。

どれ、手を出せ。手を。>>


言われたとおりに手を出すと

手の上に魔法陣が現れる。


もれだした光に包まれ、

周囲が昼のように明るくなった。


光が消え、周りも元の夜に戻る。

手のひらには白の魔法陣が浮かび上がっていた。


<<これはかつてわが友と交わした盟約ぞ。

お主が真に危機に立たされた時、

それを打ち破る力を与えてくれるはずじゃ。>>


「は、はぁ…」


覇王竜が友と呼ぶほどの天使とかわされた約束、

もう一度手のひらを見るも

そこには変わらず魔法陣がまわっていた。


僕がこれまで使った魔法にも魔法陣は付いてきた。

しかしここまで複雑な文様は見たことない。

これが僕の知らない天使の力…


<<さ、小さき者は早よ帰って寝るがよい。

我のように大きくなれんぞ。>>


「あなたほど大きくならなくて結構ですよ。」


<<それでは、またな。>>


頭に声が響いたのを最後にして

足元に魔法陣が現れる。


光がもれだし、徐々にそれは強さを増していく。


いきなり始められ、いきなり終わりを迎えた昔話。

僕としてはまだまだ不思議に思うことは多いけれども、

何かの時には助けになってくれるということでいいんだろうか…


◇◇◇


目を開けるとジェリアの家のすぐ前、

こんなのできるなら最初から使えばいいのに…


さすがは覇王竜ゼルキア(気分屋)だ。

やることが違うぜ。


東の空が白ばんできた。


随分と長い間、話していたみたいだ。

とは言ってもほとんど一方的に話されてたんだけど…


あまりに時間の流れが速かった。

あの時間がまるで嘘みたいだ。


でも、この手のひらの魔法陣こそが

あの時間が確かに存在したことを証明している。


「あんた、早起きなのね。

郵便屋ってこんな朝から走り回るわけ?」


「まさか、今日は偶然早く目が覚めただけだよ。」


背中に向かってかけられた声に答える。

振り返るとそこにはやっぱりジェリアがいた。


朝に弱いのか、目を眠そうにこすっている。

服も肩のヒモが落ちそうになってますよ。


僕が直すわけにもいかないため指摘すると

「わぁ~ったわよぉ」とお返事。


うん、寝ぼけてるね。


◇◇◇


寝ぼけていても、さすがは竜人族と思わされる出来事があった。


それはジェリアが寝ぼけながらも

ずり落ちていた方のひもを直した後のこと。


「あんた、その手のひらの何よ。」


さすがは竜人族、

気付くところには本当によく気付く。


しかし今回は話が別だ。


ゼルキアからこの事はくれぐれも秘密にするように言われている。

ジェリアには絶対にバレないようにと言われている。


何故ならジェリアは僕が奪われたと勘違いして

暴れ回るor僕がひどい目に遭う(遭わされる)からと。


親切ご丁寧に名指しでジェリアのことを言っていた。


ゼルキア曰く、

「あのジェリアとかいう小娘は我のことを心底嫌っておる。

お主も奴の友としてどう振舞えばよいか分かっておるな?」

とのこと。


ジェリアのことを語るゼルキアは

何処か活き活きしており、面白そうに目を細めていた。


はいはい、思い出してきたよ。

ジェリアの友として、僕がとるべき行動は


「何のことかなぁ?」


朝一番からジェリアには悪いけど

ここは嘘をつかせてもらおう。


勘違いしないでほしい。

これは余計ないざこざを避けるためであって、

決してそこに他の意図は存在しない。


…はずだったんだけど。


「リリィ、あんった嘘つくのヘタクソすぎなのよ。

私がキライなこと知ってるわよねぇ…?

そんなあんたが朝一番からなんていい度胸じゃない。」


すっかりジェリアの目は覚めていたようで


あはははは…

ジェリアさん、おはようございま…


「さっさと秘密を吐きなさいよ!!」


さすが竜人族、

起き抜けでも平常時と足の速さも変わらない。


って感心してる場合じゃない!!

後ろから迫る鬼のような形相のジェリア。


こうして朝からランニングをすることになったのである。



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