覇王竜ゼルキア

高度は変わらぬまま飛行していく。

再び速度を上げて飛んでそれらしき場所が見えてきた。


それにしてもこんなところまでやってくるなんて、

王都の冒険者は勇敢というか何と言うか…


つくづく金の力というのは恐ろしいと思わされる。


「着陸するわ、舌噛まないようにしなさいよ。」


ジェリアが叫んですぐ、わずかに衝撃を感じると

既に着陸は済んでいた。


乗ってきた飛竜はここに待機、

ここからは歩いて向かうようだ。


それにしても…

いつもの王都の石畳になれてるから、

こんな山肌むき出しの道とも言えない道は歩きにくいな…


草木の1本も生えていない。

それこそまさに不毛の地を体現したかのような見た目。

周りの火山を見るにここも同じように溶岩が流れてできたんだろう。


それにしても竜の鱗なんて今まで1枚も見ていない。

一体どこまで行けばいいんだろう…


「ジェリア、僕たちどこまで行けばいいのかな…」


「竜が鱗を落とすとなると、

住処の相当近くまで行かなきゃいけないかもね。

最悪、竜に手渡しかもよ。」


ジェリアは意地悪そうに口角を上げる。


間違ってもそんなことしたくない。

そんなことしたら命がいくつあっても足りたもんじゃないよ。


「そんな…手渡しなんてそんなことあるわけないでしょ。」


<<そなたらに詫びる気持ちがあるというのなら、

それが最も望ましいとは思わぬか?>>



「やだなぁルロイ、変な声出さないでよ。」


「いや、俺は何もしゃべってないぞ。」


ルロイ、じゃない…


「やだなぁジェリア、たしかにお詫びはしないといけないとは思うけどさ。」


「リリィ、お詫びって何の話かしら?」



<<少女、そこの我の鱗を持った少女よ。

そなたに言っておるのだぞ。>>


まるで自分の首が自分のものでないかのように、

ギギギと音を立てて後ろを向く。


なぜ僕は気付かなかったんだろう。

そこら辺に鱗をテキトーに返して、はい終了と思っていたからかもしれない。


縦長の瞳孔、金の瞳に、鋭く巨大な牙。


竜がそこにいた。



突然、首根っこを掴んで投げられ

気付けばそこは空だった。


「よりにもよってアイツの鱗なんて…

ツイてないわ…。」


何が起こったのか全く分からない。


ただ1つだけ理解できたのは

今の状況がマズいというだけ。


「全速力で飛ばすわ、しっかりつかまってなさい。」


いつの間にか僕とルロイはワイバーンの背に乗せられ、

ジェリアは血相を変えて操作している。


途端に速度が一気に上がり、雲に突っ込んだ。


「こんなので撒けるとは思わないけど…

少しはマシかしら。」


誰ともなしにジェリアはつぶやく。


「早く鱗返さないと、相手は竜だよ!?」


僕の焦りもよそに彼女は冷静だった。

静かに首を横に振る。


「あの竜は竜人族が信仰する竜、覇王竜ゼルキア。

竜の中で一番の変わり者よ。

訳あって私とは折り合いが悪いの。」


「ってことは顔も見たくなかったから

こうやってここまで逃げてきたの?」


「違うわ。言ったでしょ変わり…、」


突然、激しい気流が巻き起こる。

反射的に踏ん張るも飛竜自体がバランスを崩す。


<<いやはや我が変わり者という話が聞こえた気がしたのだが…

我の空耳か気のせいか…お主ら何か知らぬか?>>


見覚えのある竜がすぐそこに迫っていた。


迫っていたんだが…

ここに一切動じないものが1人。


「そうよ、この子たちあんたのこといらないって言うからね。

変なやつだって教えてあげたのよ。

事実でしょ?何か文句でも?」


またがっていた状態から仁王立ちし、

竜から一切目線を外すことなくジェリアはまくし立てた。


<<相も変わらず生意気な小娘よの。

今となってもまだ我を信仰せぬか。>>


「あったり前でしょ、アンタみたいな奴を私が崇拝するとでも?

笑わせんじゃないわよ、顔洗って出直してきなさい。」


ジェリアは竜人族だ。

だから竜を恐れ敬っているのかと思っていたんだけど…


まるで友達かのような軽口の言い合いになっている。


…どういうことなんだ?


<<小娘、貴様の信仰などどうでもよい。

早よ鱗を返さぬか。さぁ早よ返せ>>


「アンタ、なんか企んでるんじゃないでしょうね…」


<<早よせんと下の者どもがうるさいんじゃ。>>


ようやくジェリアがこっちを向いた。

竜と対面していたというのに全く緊張していた様子はない。

さっきの焦り様とは大違いだ。


「安心しなさい、アイツは何にも企んでないわ。

さぁ私に鱗をちょうだい。」


ここは彼女に任せることにした。

鱗を渡す。


ジェリアはその鱗を思い切り竜に向かって投げつけた。

でも投げてどうするんだろ…


投げられた鱗が届かずに落ちて行こうとしたその時、

鱗が空中に出現した魔法陣に吸い込まれるようにして消えた。


<<我に着いて来るといい。>>


頭の中に直接声が届くような感覚がした後、

竜は雲を突き破って火山へ降りて行った。


背中が冷えた。

まさか竜にエンカウントした挙句、追いかけられるとは思いもしなかった。


「それにしてもさ、なんで逃げてきたの?

すごく穏便に済ませてくれたじゃない。」


「あの竜は気分屋なのよ。

その日の気分で殺すか殺さないか決めるような奴よ。

あのままだったらどうなってたか分かんない。

空なら逃げ切れる確率が少しでも高くなるからそうしただけよ。」


(ホントかなぁ…)


どうにもジェリアの様子から見るに、

あの竜への個人的な嫌悪感が大きいように思えてしまう。


あの竜のことがキライだから反射的に離れたように思えるんだけど…

気のせいかな。


「それにしてもアイツが着いて来いなんて…

ひとまずいうこと聞いておきましょう。

腐ってもアイツは竜なことには違いないし。」


竜の後を追うようにしてジェリアが飛竜を駆る。


◇◇◇


「こんなところまで連れて来てどういうつもりかしら?

鱗は返したと思うんだけど…」


雲を抜けると火を噴く山の一つに例の竜がいた。


着陸と同時にジェリアが混沌竜に噛みつく。

それを片手で制しながら、竜はこちらに目を向けた。


「そなたら、我が恐ろしいと見える。

仕方がないの。ほれ、これでよいであろう?」


言うやいなや竜の体を黒い霧が覆う。


晴れた霧の中から出てきたのは、

ジェリアと同じように竜の角、竜の尻尾を持った妖艶な女性だった。


ジェリアが大人になったら、まさにこのようになると

思えるようなそんな姿だった。


「こっちはこっちで窮屈なのじゃが…

まぁ良い、これでそなたらと気兼ねなく話せるのならば安いものじゃ。」


ごつごつした山肌を素足のまま、こちらに向かって歩いてくる。

その姿に僕は言い様もない美しさを感じた。


その瞬間、後ろに向かって体を引っ張られる。


「気を確かにしなさい!!

持ってかれるんじゃないわよ!!」


ジェリアが僕の首根っこをつかみ、強く引っ張ったのだ。

その瞬間、さっきまでの意識の朦朧とした感覚も消える。


「アンタ、こいつに手でも出してみなさい。

本気で殺すわよ。」


「我にはそなた以外の竜人族が味方に付いておる。

それでも我に勝てるとでも?」


見かけは人間になったものの、

その覇気は相変わらずだ。

細かった瞳孔がさらに細くなりジェリアを見据える。


「あいつらなんて目じゃないわ。

竜人族の中で一番強いのは私だもの。」


竜は面白そうに目を細めた。


「相も変わらず生意気な小娘じゃ。

竜を信仰せず、竜の力も使えぬそなたが強い?

笑わせるでないぞ。」


「笑わせるもんですか。

私に魔法を教えたのは誰だと思ってんのよ?

リリィよ、この子はすごいんだから。

アンタなんかワンパンよ、ワンパン。」


あの、ジェリアさん…

相手は腐っても竜なわけで…

あまり挑発なさらない方がいいのでは


「あんたもそう思うでしょ?リリィ。」


「あはは…そんなわけないでしょ。

だってさ相手は竜だよ、僕が敵うわけ…」


「そうか、舐められたものよの。

最近の若いのは身の程知らずで困る。

どれ、我が手合わせしてやろうか?」


ほれ、言わんこっちゃない。

なんで僕が巻き込まれることになってるんだよ…


ジェリアが言うには

覇王竜ゼルキアは極限までの気分屋。

今言ってることが果たして本気なのか否かは僕には分からない。


それでも今、僕の後ろにはルロイもジェリアもいる。


どうしてもやらなくちゃいけない状況なら

最悪、魔法使って対抗することくらいは叶うだろうか。


手元に現れた魔法陣、

いつでも魔法は発動できる。


今の僕は昔のままじゃない。


孤児院を出た後も魔法の練習をやってきた。

今使える最大限の魔法で竜に対抗できるかは分からない。


それに相手が動いていない限り

こちらから不用意に動くことも敵わない。


しばらくにらみ合いが続いた。


どのくらい時間が経ったのだろうか。

まるで自分の周囲だけ周りに時間の流れから切り離されたかのような、

体感で随分と長い時間が経っていたように思う。


「やめじゃ、やめじゃ。」


突然ゼルキアが言い放った。

それまで僕の体中を嘗め回すようにしていた視線も感じなくなった。

すぐにゼルキアは僕たちに背を向けて歩き、

煙に巻かれるようにして姿を消す。


へなへなと全身から力が抜ける。

こんなプレッシャーの中、ジェリアは啖呵を切ったのだと思うと

素直に尊敬する気持ちしか出てこない。


力が抜け、今にも地面に倒れそうになったその時に

ジェリアが何とか体を支えてくれた。


「リリィ、あんたすごいわね。

竜人族以外でアイツとまともに睨みあえるなんてさすがだわ。」


「いやぁ、まともにいられたわけじゃないけどさ…

すごく緊張したよ、心臓破裂するかと思った…」


「それで済んだらマシな方よ。

竜人族以外でアイツの前に立って生きてた奴なんて聞いたことないもの。」


そんな竜の目の前に僕を立たせたっていうのか、この子は…


「まぁなにより無事でよかったわ。

こんな所とはさっさとサヨナラしましょう。

長くいたってロクなことがないわ。」

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