女神様、どうか僕にお休みをください

郵便屋は王都にとって必要不可欠なものだ。

でも、その郵便屋にもお休みの日がある。


目が覚めると太陽はすっかり高くなっていた。


ルロイの方を見るとベッドはもぬけの空、

あのマジメは今日も外へ繰り出していったんだろう。


最近になるとルロイも1人で仕事をするようになり、

仕事中に街中で会うことも増えてきた。


それでも彼には不安要素があるようで、

どうやらまだ王都の道を覚えきれていないらしい。


仕方ない、ずっとあの家の中にいたんだから。


僕はちゃんと道も覚えてるし、

今日はお仕事もない。


「さぁもう一眠りだ」と意気込んで

再び布団をかぶろうとしたその時だった。


(『格納ストレージ』を発動させなさい、早く!!)


「うわぁっ、何ですか?

こんな朝から早々に…」


(そんな説明、後よ。さぁ早く!!)


寝ぼけ眼をこすりながら、

寝ぼけた頭で魔法を使ったのがいけなかった。


発動はした、確かに『格納ストレージ』は発動した。


王都を覆いつくすような規模で。


女神様から指示が飛んできたため特に考えることなく『格納ストレージ』を発動させた僕は

今度こそと意気込んで布団をかぶろうとしたのだが…


呼び鈴が鳴った。


(今日は休日だって。看板出てるでしょ…)


鳴りやまぬ呼び鈴。

さすがにしつこく思えてきたが我慢我慢。


ついには扉がものすごい音を立て始めた。


(ホンット誰だよ、僕の優雅な休日邪魔するの)


仕方なく寝ぼけ眼で下に降りる。

おかみさんも親父さんもいない。


そういえば昨日の夜、

今日の朝早くから遠出するって言ってたなぁ。


「はいはい、ただいま開けますからね。」


ノブに手をかけた瞬間、

ドアが砕け散った。


土煙が舞う中、目の前の道で

にらみ合う2人の姿が。


目を凝らすと1人はルロイ、

もう1人は…誰?


なんて考えてる間に喧嘩勃発。


よく見ればもう1人の方には

2本の角と大きな尻尾が生えている。

それでいて人間のような姿…


竜人族ドラゴノイド!?

なんでこんなところ?

まさか僕を襲って鱗を取り返そうとしに来た…


面倒事を避けたいのか昨日から

ギルドは僕に竜の鱗を預けている。


ひときわ大きな音が鳴ったと同時に目をやると

2人は再びにらみ合い状態。


2人が同時に地面を踏み込み、

地面が砕けると同時に拳を叩きこもうとした。


格納ストレージ!!」


思わずやってしまった。

ルーナ様からあれほど町で魔法は使うなって言われてたんだけど、

どこか懐かしいような感覚がして

気付いたら魔法を使っていた。


止まることもできず

腕を魔法陣の中につっ込んだ状態の2人。


そのうちの竜人族ドラゴノイドが僕に目を向けた。


何かを探るような目、

瞳孔が縦に細くなっているその目に見覚えがあった。


竜人族ドラゴノイド、高いフィシカル、そしてその目。


「もしかして…ジェリア?」


「あんたはこんなところで何してんのよっ!!」


膝蹴りが入った。

理不尽…


◇◇◇


なんとかドアを直し

今、室内はカオスな空気に包まれている。


僕に膝で飛び蹴りを叩きこんだジェリアは柱にもたれかかって腕を組んでいる。

その様子を不機嫌そうに見るルロイ。

2人の間に走る険悪な雰囲気をひしひしと感じるも動けない僕。


まさに修羅場と言って差し支えない。


「そ、それでジェリアはなんでこっちにいるの?」


僕は知っている。

ジェリアの機嫌が悪くなる時は、

その動向がいつにも増して細くなることを。


随分と長い付き合いだったからなぁ。

昔はその様子を見て地雷を踏みぬかないようにしてたんだけど…


ここ数年で僕の感覚も鈍ってたみたいだ。


ルロイの件もあって現在進行形で不機嫌のさなかにいる

彼女の地雷、踏み抜いてしまった。


「はぁ?」


マズった…

これ、滅茶苦茶期限悪い時の感じだ。


とりあえずこんな時は…


「疑問形に疑問形で返すな。

それとも何だ、お前の頭は出来が悪いのか?」


(いらんこと言うなぁぁぁぁ)


嫌味らしさなんて微塵もない

「言いたいことを言った」みたいな顔でルロイがジェリアに吐きかけた。


ジェリアの端正な顔に青筋が浮かぶ。

頬が痙攣している…


「あらら、さっき私にあれだけ弄ばれたお返しかしら。

さすがは巨人族ジャイアント、脳まで筋肉でできてるのね。」


あぁジェリアさん、

そんな可愛く手をパチパチしない。


いつものルロイならこんな安い挑発に乗ったりはしない。


そう、「いつものルロイ」なら。


「おいリリ、この竜人族ドラゴノイドを一度分からせてやってもいいよな?

被害が出ないように一瞬で終わらせるからよ。」


「いい度胸ね。でもこんなクソガキには一生かかっても負ける気がしないわ。

だってあなた弱すぎるもの。」


ますます空気が重くなる室内。


これ、どうすればいいの…



ルロイとジェリアが一触即発の中、

カランと呑気な音を立てて扉が開いた。


「あれ、お客さんかい?」


救世主が現れる。


おかみさんと親父さんが帰ってきた。

そういえば昨日の夜に、

「明日の昼頃には帰ってくるからねぇ」と言ってた覚えがある。


それにしてもおかみさんも

この雰囲気に違和感を覚えたようで.

さすがにマズいと思ったのか2人の間に入る。


それでなんとか最悪の事態だけは避けることができたのだった。


◇◇◇


「それで、お前さんが派遣されてきた冒険者かい?」


「いかにも。私はジェリア。

この都イチの冒険者よ。」


昔から変わらぬ自信、得意げな顔も変わらない。


「でもさジェリア、ジェリアも竜人族ドラゴノイドでしょ?

僕たちの護衛なんかして大丈夫なの?」


「そんなの大丈夫に決まってるじゃない。

私を誰だと思ってるのよ?」


ますます意味が分からない。

ジェリアは竜人族ドラゴノイドで、だからこそ僕たちは敵なんじゃ…


「あんたは昔から考えすぎなのよ。

もう少しルイを見習いなさい。」


デコをはじかれる。

情けない声が出た。


「で、そろそろ話を始めてもいいかい?」


おかみさんがコホンと咳払いをすると同時に

場が静まり返る。


「ギルドから依頼されたのは、この竜の鱗の返還。

場所は怪しまれないように竜の住処に近いところがいいんだとよ。

そうだ嬢ちゃん、竜人族ドラゴノイドが都の冒険者を襲っているってのは本当なのかい?」


神妙な面持ちのジェリア。

そしておもむろに口を開いた。


「私自身、長いこと領土には帰ってないから分かんないわ。

でも1つ言えるのは竜人族ドラゴノイドが竜を信仰してるのは確実ってこと。

だから可能性としては半分半分としか言いようがないの。」


聞く限り、竜人族ドラゴノイドの逆鱗に触れかねないのは確実。

それでいてどこにあるかも分からない竜の巣まで行けなんて


無茶が過ぎる…


「でも竜の住処って竜人族ドラゴノイドの領土の近くにあるんでしょ?

そんな危険な所、どうやって行くのさ!?」


「安心しなさいリリィ。

そのために私が来たのよ。」


さっきまでの神妙さはどこへやら、

そこには見慣れたジェリアの顔があった。

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