思いの丈を

ルーナ様の膝の上で寝かされているルロイが目を覚ました。

先ほどまでのような禍々しい気配はすっかり消え失せ、

初めて会った時のままのクソガキがそこにはいた。


「君は巨人族と人間のハーフだな。

都では化け物扱い、挙句にはロクでもない科学者に捕まった。

もう二度と他を信じたくない、

その気持ちは理解できる。

だが君を心から必要としてくれてる者もいることを

君は知っているのか?」


ルーナ様は静かに僕を前に突き出した。

耳元でこそっと「さぁ思いの丈をぶつけてごらん」と言いながら。


ルロイの目が僕に向けられる。


「このバカ!!

寂しいなら寂しいって言えばいいのに、ずっと強がって。

何が『手ェ離せ』だよ。」


「それはお前を巻き込まないために…」


「君の目はいつだって寂しいって、助けてってそう言ってた。

強がるなよ、このバカガキ!!」


「んな…バカガキだと、お前の方こそンな所に乗り込んできやがって。

俺が突き放した意図も分からずに。」


緊張感のない子ども同士の言い合い、

それでも思いの丈をぶちまけるには十分だった。


「さて少年、決断したまえ。

これからも他者を信じず1人で生きていくか、

それとも君が何のためかは知らんが“突き放した”彼女を信じてみるか。」


「俺は同士から作られた巨人を殺し続けた。

もう手はとっくの昔に汚れてる。

それでもいいのか?」


「それを聞くのは私ではない。

これからの君の人生、手を差し伸べるのは私じゃないだろう?」


ルロイがこちらに近付いてくる。

ルーナ様の横を通り過ぎ、僕の前で足を止める。


「お前が握ろうとしてるのは血で汚れた手だ。

お前はそれでもいいのか?リリ。」


「そんなのがあろうと無かろうと

僕は君を連れ出したいと思ったんだ。

その気持ちに嘘はないよ。」


安心したようにルロイの体から力が抜ける倒れ込む。

その顔は誰よりも絶望を味わった1人の少年ではなく

僕と街を歩いた時のルロイの顔だった。


◇◇◇


ルロイはその後、僕の行っていた孤児院に引き取られたそうだ。


ギルドに貼ってあった張り紙はそのまま、

親が現れることはなかったようで。

ルロイの身元の保証人はルーナ様が引き受けてくれた。


ただ1つだけ心残りなのは…


シェミルと名乗った女科学者の実験内容が

未だによく分からないことだった。


僕が格納した培養器を調べないことにはどうにも話が進まないようだ。


ルロイが言っていた「同士から作られた巨人」、

シェミルの言っていた「亜人の能力・霊気の研究・人類の発展」


どうにも嫌な予感がしてならない。

どうして彼女はルロイとその同士から作った巨人を戦わせたのか、

ルロイが暴走していた時の彼が彼でない感じは何だったのか、


未だに謎は残るものの

あとは騎士団の方で調査がなされるようだ。


「それはそうとだ少女、

例の少年は君と同じ孤児院に行くそうだぞ。」


「つまりは君の後輩だなぁ」と笑うルーナ様。


つい先ほどまでの圧倒的強者感は

とっくの昔に消えてしまっていた。

消えてしまってはいたのだが…


「本当に今回はありがとうございました。」


「なに、君たち少年少女の未来を守るのも

我ら騎士団の大切な役目だからな。」


やっぱりこの人は強いなと思った。




ルロイの一件から数か月が経った。


僕はあの日からすっかり元気になれた。


これも全てはおかみさんや親父さん、

ルーナ様やルロイのおかげだと思っている。


そして僕の体調が回復すると同時に、

山のような仕事がまわってきた。


おかみさん曰く、

「リリちゃんが体調悪かった時にため込んだ分」だそうだ。


別の理由で体調崩しそう…


とはいえ万全の状態で仕事ができるのなら、

それほど苦労するわけでもない。


そしてもう1つ、

今日は久々にルーナ様が来る日だった。


おかみさんはいつも通りソワソワ、

親父さんはいつになく無口になっている。


家の前に馬が止まり、

甲冑が揺れる重い音がした。


扉が開く。


空いた扉の先に立っていたのは

いつも通りルーナ様と…ルロイ!?


それは何事もなかったように、

いつも通りの話をおかみさんとした後のことだった。


「そうだ少女。ルロイ少年もここで働くことになったから。

そういうことだ、仲良くするんだぞ。」


いきなりだった。

あまりにいきなりすぎて飲んでいたお茶を盛大に吹き出した。


吹き出したお茶で机がびちゃびちゃになったが

そんなのは今はどうでもいい。


ルロイが、ここで、働く?


HA☆TA☆RA☆KU?


どこで? 

ここで?


「どうしてそんなことになったんですか!?」


「ここの親父さんが腰を悪くしたそうじゃないか。

君が体調悪くした間に随分無理をしたようでな。

そこでだ、力仕事なら彼の出番。そういうことだ。」


「そういうことだ」じゃねぇぇ。

目の前で「グッ!!」てしてるけどなんにも良くないですからね。


その後は僕の時のように

誓約書だの何だの色々な手続きを踏んで、

ついにルロイが我が郵便屋に住む込みで働くことになった。


「じゃあルロイの部屋はここね。」


おかみさんが手をかけた扉。

あのすみません、なんか見覚えあるんですけど…

なんなら僕今日の朝、その部屋から出てきたんですけど…


…はい、僕の部屋でした。


「ごめんねぇ、部屋がないのよ。」


「いえ、お気になさらず。

自分のようなものを雇っていただけるだけで十分です。」


いつの間にやらベッドは3人分、

タンスも机も3人分備え付けてあった。


「てなわけでリリィ、今日からよろしく頼むぞ。」


うん…できればプライベートというものを…


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