シェミル

「君は私が責任をもって守る。

だから君は彼を連れ出すことだけを考えたまえ。」


「了解しました。」


踏み込んだ家の中はがらんとしていた。

それも異様なほどに。


外見からは想像できないほどの広さ、

結界のようなものが働いていたのだろうか。


それにここはただの家とは違う。

天井が高く、そこには幾本もの管が走っている。


まるで研究施設かのように…


「この階を隈なく探せ。

この少女と同じくらいの少年がいれば即座に保護すること。

この紙に描かれた女がいれば拘束して構わない。」


暗い家の中に彼女の声が響き渡る。


騎士たちは扉を開け、床や天井を調べるため散っていった。


「さぁ行こうか少女、

舌を噛まないようにな。」


僕を小脇に抱えて、彼女は軽く飛び上がる。

片手に持った剣を鞘を付けたまま床に振り下ろした。


床がまるで紙のように崩壊し、

抱えられた体が下に落ちていく。


「行こうか、舌を噛むな」だけじゃ何が起きるか分かんないでしょ?

まさか落ちるとは思わなかった。


そういえばこの人、あの時も床をぶち抜いて来てたような…


あ、これダメなやつだ…

とてつもない勢いでかかるG


「も、もう、限界…」


ルーナ様が僕の頬をぺちぺち叩いてくる。

まるで緊張感のない構図。


「さぁ着地だ、舌を噛むんじゃないぞ。」


重い金属音と共に落下が止まる。

抱きかかえらえたまま周りを見渡す。


この町の地下にこんな空間があったなんて…


そこは薄暗くじめじめとした空間だった。

部屋というにはあまりに大きすぎるそこは何やら怪しいにおいが充満していた。


ルーナ様も気づいたようで

鼻をスンスンしている。


顔をしかめた。


薄暗い空間の中、少しずつ目が慣れてくる。


ルーナ様の目線の先、

僕にも少しずつそれが見え始めた。


培養器のようなものに入れられた子どもの姿がそこにはあった。


目が慣れて見えると同時に

自分が培養器に囲まれていることに気付く。


1つ1つの中にはルロイと同じくらいの年の子どもが格納されていた。


「これは予想以上だな。

まさかここまでとは…」


落ち着き払っているルーナ様、

しかしいつもよりほんのわずかにだけ目を見開いていた。


「少女、君の魔法でここにいる子たちを培養器ごと格納できるか?」


「えぇ、たぶんできるとは思いますけど…

人様の家で勝手にそんなことしていいんですか?」


「先ほどの巨人のような魔物といい、この装置といい

ここ王都では禁止されているものばかりだ。

ここはただの家なんかじゃないから大丈夫さ。」


いつもと変わらぬ様子の彼女に少しだけ安心させられた。


格納ストレージ』を発動して培養器を取り込んでいく。

しかし数が数で、1つ1つが大きすぎるため時間がかかりそうだ。


その間、彼女はその培養器1つ1つに手を当て

中に繋がれている子供たちに語りかけている。


薄暗い空間にその声はよく響いた。


「辛かったろうな」、「今助けるからな」

そんな事を言っていたような気がする。


「ルーナ様、格納終わりました。」


「そうかお疲れ様、では彼を探そうか。」


「はい、では行き…」


刹那、ルーナ様が僕を抱えその場から飛んで下がる。

着地と同時に空いた方の手で腰に付けた剣に手をかけた。


高い金属音が響き渡り、

引き抜かれた刃から静かに煙のようなものが立ち上る。


「何者だ?」


「それはこちらのセリフなのだけど…

人の家で何をしてるのかしら?」


カツン、カツンと音が響く。

聞きなれた声。

忘れるはずもない。


天井に空いた穴から差し込む光がその顔を照らす。


「そうか、お前か…

ルロイという少年、彼はどこだ?

答えろ、シェミル…」


シェミルと呼ばれたその女、

見間違えるはずもない、ルロイの母親だ。


抜いた剣を向ける。

ルーナ様と彼女の間に静寂が流れる。


静寂を破ったのは女、ルロイの母親だった。

ルーナ様の問いに、女が口の端を上げて天を仰ぐ。


「そう、そこまで嗅ぎ回ったのね。さすがは汚く這いまわるネズミ。

それなら話は早いわ、手を引きなさい。

あの子は私が保有する中で唯一の成功個体なの。」


饒舌になった状態から、スッと元の表情に戻る。

その冷徹すぎる目は僕たちを射抜かんとしていた。


目の前に立つ女は、僕たちに手を引けと言う。

顔を見るに冗談を言っているようには見えない。

でも…


「ふん、何をふざけたことを。

実験をしていると自身から言った今、私たちが手を引くとでも?」


「これは命令なの。

手を引かないというのなら無理やりにでもそうさせるわ。」


シェミルが指を鳴らした。

柱にヒビが入り、そこから巨人が現れる。


「この人工巨人に、どれほどの子どもを犠牲にした?」


その言葉を聞いて脳裏によみがえるは数多の培養器。

あの中に入っていた子どもたちを思い出す。


「覚えてないわ、必要な数だけ使ったかしら?」


「そうか…ようやく」


僕たちのいる階、

少なくとも地下1階。


これ以上ないと思っていたその下から

鈍く腹の底に響くような音が聞こえてきた。


それは何かが何かとぶつかるような音。


「やっと始まったのね…」


どこともなしにシェミルがつぶやく。


この音、どこかで聞いた気が…


そうだ思い出した。

騎士団が巨人と戦っているときに

巨人が振るった拳が石畳を破壊する音に似てる。


「そうか、お前はやはりここで捕らえねばならんようだな。」


「やれるものならやってみなさい。

私は自分の理想の世界のために戦うことにするわ。」


シェミルが指を鳴らすと壁にヒビが入り、

フロア全体が唸るように揺れ始める。


「少女、私から決して離れないように。」


「わ、分かりました…」


ルーナ様が柄に手をかける。

その姿はいつも通り凛々しいものであったが、

違うのはその顔。


いつになく冷静で

いつになく冷酷で無表情だった。


「さぁ準備はいいかしら?

私たちとあなたたち、どっちが正義か語り合いましょう。」

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