騎士の力

半ば意識を失うようにして、

馬がかけること数分。


ルーナ様の「さぁ着いたぞ」で止まった

道の前には目を疑うほどに巨大な屋敷が鎮座していた。


「君はここにいてくれたまえ。

今度こそ正しいタイミングで正しいやり方で手を差し伸べる。

それが君の役割だ、気張っていきたまえ。」


僕を馬に乗せたまま

ルーナ様が馬から降りる。


「先日あった通報に関する事情聴取をして回っている。

少しだけでも話を聞かせてくれないか?」


呼び鈴を鳴らすもドアを叩くも返事はない。


その瞬間だった。

地面が割れ、中から巨人が現れる。


厳密には巨人かどうかは分からない。

この世界には巨人族という種族がいるようだが、

生前含め僕も見たことはない。


だけど少なくとも人間の大きさではない

ナニカが地面をぶち割って姿を現す。


「総員退避!!」


ルーナ様が叫ぶ前に

騎士たちは後ろに飛びのいた。



目の前のいびつな形をした巨人が腕を高く掲げ、振り下ろした。

地面が唸るように音を立てて震え、

亀裂が幾本も走る。


「誘導班は残った民間人の避難を。

残ったものは直ちにこの魔物を無力化する。」


彼女が叫ぶと同時に、一部の騎士が戦線離脱。

民家の方へ馬を走らせた。


騎士たちは剣を抜き、巨人に立ち向かっていく。


その太刀筋は巨人の肌に傷をつけるも、

その傷は一瞬で回復してしまった。


そもそも騎士の剣撃を傷だけで済ませてしまう時点で規格外。

そんな魔物の噂なんて聞いたこともない。


その時だった。

流れる水の如く、流麗に光る太刀筋が静かに巨人の腕を斬り落とす。


その場にいる誰もが何が起きたのかを理解できないような一撃、

しかしここにそれを理解できた人間がいた。


「遅いぞ、カルマ。」


ルーナ様の声に

巨人の向かい側の屋根に佇んだ男が顔を上げた。


騎士の象徴、純白のローブに身を包み

フードを外した男が屋根から飛び降りる。


「やぁ、姫。ご機嫌いかがかな?」


「見れば分かるだろう。

お前も騎士としての自覚を持て。」


一度は繊維を失ったように見えた巨人が再び立ち上がり、その腕を振り上げたと同時に

カルマと呼ばれた騎士が剣を投げつける。


剣が刺さった途端、巨人は再び地に伏した。


何が起こったのか分からない。

キョトンとした僕にカルマさんが声をかけてきた。


「へぇ、君が姫が目をかけてるっていう亜人の子か…

こんなところに連れてこられて大変だろ、今からでも送り届けてあげようか?」


まるで僕の事情を全て見抜いたかのように、

心の内側全てを見透かしたかのように、


そして試すかのようにそう言った。


「そういじめてやるな、彼女にはこちらから依頼したのだからな。」


手をひらひらと振りながら応対するカルマさん。

「やっぱり姫はお堅いなぁ」なんて言いながらあきれた様子。


「それで、さっきのでどれくらい拘束できる?」


「保ってあと数分、何か異常事態が起きたらそんなに保たないね。」


さっきの件を投げて刺さったのが

関係しているみたいだ。


そして2人は気付いていない。

2人は巨人に背を向けて話していたのだから。


地に伏した巨人の体が徐々に変形を始める。

歪つに背中側の形が変わっていく。


ようやく2人が気づいた頃には、

他の騎士たちも退避している。


巨人の視界の中にいたのは僕たち3人だけだった。


「あっちゃー、一番起きてほしくないことが起きちゃったね。姫…」


先ほどとは比べ物にならないほどの禍々しさ、

恐らくその肌は先ほど通ったいかなる斬撃も通さない…


「仕方がないな…カルマ、その少女を頼む。

かすり傷1つ付けさせるなよ。」


「わがままが多いことで…

了解しましたよ、姫。」


斬り落とされた腕すらも再生し、

刺さった剣も引き抜いて投げ捨てた巨人。


そしてその巨人に立ち向かうのはたった1人の騎士。


「ルーナ様は大丈夫なんですか?」


「姫なら大丈夫さ。あの人の一番弟子だからね。」


その間にもルーナ様は歩を進める。

迫りくる巨人の腕を時に残像が出るほど速く、時にゆったりと避けていく。


そしてついに巨人の眼前までやってきた。


「許せ、哀れな魔物よ。」


周囲の音がほんのわずかな間だけ吸い込まれたように消える。

白く美しい太刀筋がその静寂を切り裂いた。


同時に高い金属音が周囲に鳴り響く。

ほんのわずかな間、意識を持っていかれたようだった。


「どうだった?姫の奥義『静寂の断罪サイレント・パニッシャー』は。」


声をかけられてようやく意識が浮上した。

何が起こったのかは目に映っていた。

しかし意識はあったはずなのに何も知覚できないような…


何とも言えない不思議な体験をした。


剣を鞘に収めるルーナ様。

その目の前で巨人の体が塵と化していく。


「さぁ、これからが君の役割だよ。

姫も随分と消耗してるみたいだし、

それに姫自身が君を鍵だと言ってるんだからね。」


ぼーっとした状態のまま

馬から降ろされ、彼女の方に突き出される。


ルーナ様は塵となって散っていく巨体に手を合わせている。


「さぁ行こうか、少女。」


その顔はこれまで見たこともないような冷たい顔だった。

そこから聞いたこともないほど低い声が出る。


「これで状況は変わった。

あの女は私たちが拘束する。」


下がっていた騎士たちも集まり、

ついに突入が始まろうとしていた。

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