事の真相

「さぁ少女、あとは私たちが話を聞こうか。」


いつになく冷静な声で

ルーナ様が告げる。

まるで処刑台に上らされたような気分になった。


喚き散らす僕を強引に脇に抱え、

騎士たちは馬を走らせる。


向かった先は騎士団の本部。


通されたというのは建前上、

半ばぶち込まれたという方が正しいのだろう。


見かけだけ見れば年端もいかない少女、

傍から見ればなんでここに連れてこられたのか分からないだろう。


「それで、なんであんなことをしたのかな?」


目の前に座ったルーナ様は

あの時とは違って僕の知っている彼女に戻っていた。

口調は変わらないものの、

どことなくフランクさを感じるしゃべり方だ。


「以前に彼、ルロイと会いました。

その時の母親の様子に違和感を感じたんですが…

今日になって彼の体にあざがあることを確認して、確信したんです。

あの子は虐待を受けてる。」


わずかに驚いたような顔をするものの

すぐに彼女の顔は平静を取り戻す。

目の前に置かれたカップを手に取って少しすすった。


「君は確信したと言ったが、

痣があることがどうして虐待に繋がるのかな?

君なりに必死に考えた、それは結構。

しかし他の可能性は?君は他の可能性を少しは考えたのかい?」


言われて気付く。

僕は違和感を感じたあの時からルロイに会って

無意識に自分に暗示をかけていたのかもしれない。


自分の考えが間違っていないと、

そうに違いないと確信して疑うことすらしなかった。


慢心していたのかもしれない。

誰も気づかなかった真実に気付いた僕ならどうにかできると。


その結果がこれか…


「考えませんでした。」


「君はもう少し冷静に判断するべきだった。

そうすれば私たちももっと有用な動きができたんだ。」


そこまで言って短く息を吐く。


「今日のことは不問にしておこう。

さぁ門限だろう?帰りたまえ。」


◇◇◇


いつもなら大きな声をあげて

開ける扉も今日はそんな気になれない。


扉を開けておかみさんと親父さんが声をかけてくるも

今は言葉を返したくなかった。


カウンターから親父さんが覗いてきたのも

反応する気にもなれず、そのまま自室へ。

ベッドに仰向けに寝転んで天井を見上げる。


「ほんとなんなんだよ…」


ルロイの拒絶するような言葉、

それに相反する縋るような表情。


その2つが頭から離れない。


「いや、違うだろ。」


考えることはやめた。

元をたどれば僕が余計なことを考えたからこんなことになったんだ。


お節介をしてしまったから、

これが面倒事に首を突っ込んだ結果だ。


ならどうすればいいか?


答えは簡単、「考えなければいい」


もうあれはなかったことにして

明日からまた仕事に励めばいい、それだけだ…


それだけのはずなんだ。


それなのになんで

こんなに辛くなるんだろう。


◇◇◇


結局、その日はご飯を食べることもなく

ベッドに入って考え事をしている間に寝てしまった。


そこから数日、おかみさんと親父さんには

例のことは隠しながら仕事を続ける。


それはとある日のことだった


いつも通り着替えて下に降りる。


「おはようございます、おかみさんに親父さん。」


いつも通りしっかり笑顔を作って朝の挨拶。


しかし思っていた反応とは違ったものが返ってきた。


「体調は大丈夫なのかい?

ここ数日えらく疲れてたようだけど…」


まさか心配されていたとは思わなかった。


仕分けされた手紙、郵便物、エトセトラを

バッグに入れ、余れば『格納』で放り込む。


「それじゃあ行ってきますね。」


「ちょいと待ちな。」


おかみさんからストップがかかる。

まるで逃げ出そうとした僕の心を読んで

逃げる前に捕まえるかのように。


「リリちゃん、あんた何か悩んでるんじゃないのかい?」


昔からこの人は鋭い。

僕が悩んでたら、すぐに見抜いてしまう。


…でもこれは僕の問題だから、

おかみさんに頼ってしまえばすぐに解決してしまう気がするんだ。


「いえいえ、何もないですよ。」


「辛かったら頼ってくれていいんだよ。

リリちゃんは私たちの家族なんだから。」


そう言いながらおかみさんは

「準備中」の看板を扉の外にかける。

イスに座るように促した後、親父さんがカップを運んでくる。


「それで、どうしたんだい?」


「ルロイを助けようとして拒絶されて、

でも…彼の目はやっぱり助けを求めていたように見えたんです。

僕はどうするべきだったんでしょうか…」


室内を静かさが満たす。


少し時間が経って、

口を開いたのは親父さんだった。


「なぁリリ、俺らは事情は知らん。

だが…

その気持ち、間違いではなかろう。」


「それはどういう…」


まともな会話にならない僕と親父さんに

おかみさんが見かねて助け舟を出してくれる。


「この人は口下手なんだよ。

いいかい、リリちゃん。そのルロイって子を助けたいと思った。

そこに間違いはないんだろ?

なら今からでもやり直せばいい。

なぁそうだろ?騎士団長様?」


「えぇ、その通りですね。」


奥の方から聞こえた凛とした芯のある声

なんでここにいるの…


奥の方から女性が出てくる。

それはよく見慣れた人だった。


「さぁ少女、答えは見つかったか?

そこで提案だ、彼を迎えに行くか行かないか。今ここで決めろ。」


なんでここにルーナ様が!?

そういえば今日はルーナ様が来る日だって前からは聞いてたけど…


今はそんなことどうでもいい。


「行きます。」


「そうか、ならばついて来たまえ。」


外には騎士団の皆様。

これはさすがに大ごとすぎじゃないですか?


「この数日で何があったんですか?」


「以前言っただろう?

君がもっと冷静に行動すれば、

“私たちはもっと有用に動けた“と。」


たしかに彼女はそう言った、

そう言ったがそれが何だっていうのか?


「あの場において私たち騎士団がもっと有用に動くとすれば

どのような動きが想像できる?」


あの場面でルーナ様含め騎士団の動きは最適だった。

「僕が冷静になっていれば」騎士団ができた「有用な動き」…


「彼の保護ですか?」


「そこまではいかずとも事情聴取くらいはできただろうな。

結果的に君が魔法を使ってしまったがゆえ、

私たちもあのように行動せざるを得なくなった。」


見上げたその横顔には

ほんのわずかに焦りが見えた。


「例の母親、どこかで見たことあると思ったら大正解。

王都で禁止されている実験を行った罪で投獄されていた女だ。

脱獄したとは聞いていたが…

まさか本当だったとはな…

急がないと彼がその犠牲になってしまうかもしれん。」


昔、聞いたことがある。

その一件で郵便屋でもたくさん号外を見た。

僕の郵便屋にも注意を促す手紙が

たくさん回ってきたから嫌でも覚えている。


子どもを一人にしないようにと忠告する張り紙、

行方不明になった子どもを探す張り紙。


たしか山ほど種類があったはずだ。


僕を前に抱えたまま、馬を走らせ

問答するルーナ様。

それに続いて馬を駆る騎士たち。


僕が先に手を出してしまったがゆえ、

騎士団としても僕に先に対処せざるを得なかった。


つまりは、僕が騎士団の仕事を邪魔したというわけだ。


「その、ごめんなさい…」


「謝るなら前を向け。

あの子の心は君の手でしかこじ開けられない。」


王都の大通りに集まった人たちが

次々と道を開けていく。


「さぁ少女、飛ばすぞ。

舌を噛まないようにな。」


そう言った瞬間、

駆けるスピードが格段に上がった。


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