嵌められた......

ルロイと会ってから数日、

僕の心の中はずっとモヤモヤしていた。


どうにもおかしい感じがした。


親子の会話がなかったのだ。

常に母親がしゃべり続けてルロイは話さなかった。


それに…

抱きしめられた時の彼の顔が頭から離れない。

何も感じていないような…

いや、言うならば何も感じることができていないような…


「ぬぁぁぁぁぁぁ!!」


机に向かって悩むこと数時間、

現在進行形で頭はパンク寸前。


「残念ながら脳の容量は膨大であるため、

そのような考え事一つでパンクすることはありません。

まぁあなたのように普段から頭を使わなければ

十分にあり得るかもしれないですが…」


「ありえないよっ!!」


ドアの方から声が聞こえたと思いきや辛辣な言葉の雨嵐。

これも信頼関係があるからこその応酬。


ぬっと扉の影から現れた同僚、

マギアがそこには立っていた。


「それでどうするべきだと思う?」


「まずは会話の中で大切な部分を省くことをやめましょう。

まぁ私ですから分かりますが…」


そう彼女は心が読める。

だからこそ会話が楽で楽で仕方がない。


「答えですが今は悩んでも仕方がありません。

その時のことはその時考えればいいのではないでしょうか。

あなたはないかを想定することは苦手でしょう?」


どうにもピンと来ない。


今日は久しぶりの休日だ。

こういう時は外を散歩してみるにかぎる。


「あなたはそれでいいと思います。」


マギアの言葉に背中を押されるようにして

僕は外へ飛び出した。


◇◇◇


「お、ガブちゃんじゃないか。

これ、ちょっと味見していかないか?」


「え、いいの?

じゃあお言葉に甘えていっただっきまぁーす。」


うんまぁーい!!


あふれる肉汁、最高だ。


そしてこのおっちゃんが

僕にこんなことを言ってきてるのにはワケがある。


店の前で美味しそうに食べる美少女、つまりは僕だが

それを見た人たちはどう思うだろうか?


「おい、あの子見ろよ。

美味しそうに食べてるの、あそこの飯じゃないか?」


ほれ、この通り。

客がわらわら集まってくるってわけだ。


「おじさん、ごちそうさま。

郵便があったら是非ウチをよろしくね。」


最後に宣伝も忘れない。

これが人生2週目の経験値ってものよ。


口の中に残る肉の余韻を楽しみながら都の散歩を楽しむ。

せっかくの休日だし、

考え事なんてするべきじゃなかったかなぁ?


なにやら騒がしい声が聞こえたのが数分前、

いけないことだとは分かっていながらも

気になるものは気になる。


ちょっと顔だけ出してみるか…


その騒ぎの元は広場だった。

丁度ルロイと出会った場所であり、別れた場所でもある。


そこで騒ぎの中心から声がするんだが

いかんせん人が多くて見えない…


「何かあったんですか?」


「あぁ、どうやら家族関係のもつれみたいでな。

子供が亜人の血を引いたってんで

親がそれを必要以上に怖がっちまったもんでよぉ。」


亜人と人間の混血ハーフの場合、

子供が亜人の血を引くことは珍しくない。


混血ハーフは亜人の成長速度の問題もあってか、

通常5歳ほどまでは何の変哲もない人間の見かけをしている。


そして5歳を越える頃、

亜人の血が目覚め身体能力や見かけに変化が訪れる。


まぁ、さほど大きく変化するわけじゃないんだけどもね…

せいぜい尻尾が生えるとか、角が生える程度。


なんとか通してもらって見えた子供も

一見すればただの人間。


よく見れば尻尾が生えていた。


見覚えのある尻尾、

猫人族の尻尾だった。


対する母親はわなわなと震えている。


その手から血が流れていた。


大方、手を繋ごうとした時に

子供が爪をしまえなかったのだろう。

そのおかげで引っかいてしまった。


「なんで、なんでなんでなんでなんで!?」


金切り声をあげて後ずさりする母親、

何が起きたのか分からない子供は母親に向かってその手を伸ばす。


「来ないで!!」


母親が持っていたバッグを振るった。


(危ない!!)

格納ストレージ


間一髪、

子どもの顔に当たる寸前のところで

振るわれたバッグは魔法陣の中に消えた。


その後のことは分からない。


騎士団がやってきて事情を聴いていたのだけは覚えている。


でも、それ以上にあの光景が頭に焼き付いて離れない。


さっきの光景に僕は心当たりがある?


それに今でも鮮明に思い出せる

「来ないで」の声。


恐怖はもちろんのこと

どこか突き放すような冷たい印象を受けた。


子供の顔も

どこか突き放された寂しさ….

いや、寂しさ以上の失望のような表情をどこかで…


気付けば自室の机で頬杖をついていた。


「はぁ、休みの日って何だろうな。」


今日は休みのはずだったのに、

考え事をすまいと散歩に行ったはずなのに、


「なんでこんなに疲れるかなぁ」


◇◇◇


昨日はすごく疲れた。

休みだったはずなのに…


いつも通りの指パッチンで

寝巻から仕事着に着替える。


これのお陰で事故が起きることは、ほとんどなくなった。


「じゃあ行ってきますね。」


「あいよ、いってらっしゃい。」


親父さんとあかみさんに挨拶して

いつも通り外に飛び出す。


おかみさんはごまかせたかもしれないけど

マギアの目は恐らくごまかせてない。

その証拠に僕を見てたさっきのマギアの目線が恐ろしかったから。


その日も特に何事もなく配達が終わった。

いや1つだけはあったのかもしれない。


それは配達物を全て届け終わった時の話だった


例の広場に何気なく寄ってみたんだ。

特に意味はなかった、

今考えれば僕の意識の深い部分が導いたのかもしれない。


僕はその時まだ心の中がモヤモヤしていたから。


「あっ」


「あっ」


広場にいたのはルロイの母親だった。


丁度良かった、

話を聞きたいと思ってたんだ。


「ルロイのお母さんですよね?」


問いかけに対してうつむいたまま

答えようとはしない。

そのまま時間が過ぎていく。


僕と母親の間に静寂が流れる。

それはどれくらいの時間だったんだろう、

僕にはそれがひどく長いものに感じた。


「じゃあ私はこれで失礼いたしますわ。」


前と同じさすような冷たい声で告げて

彼女は帰っていった。


その目がわずかに血走っているように見えたのは

僕の見間違いだろうか…



今日、再び感じた違和感。


やっぱりあの母親、何かがおかしい…


その時、頭の中で2つの光景が重なる。

ルロイとその母親、そして先日の亜人騒動。


頭の中に一つの仮説が浮かんだ。


「子が親と一緒にいること」

いつからこれが子にとって幸せなことだと勘違いしていたんだ?


もし親子の間に確執があったとすれば?

あの日、ルロイが何かしらの都合で“望んで”1人でいたとしたら?


僕は大きな勘違いをしていたのかもしれない。


そこであの時の光景が頭に鮮明に浮かび上がる。


ルロイに話させまいと捲し立てる母親、

途端に話さなくなったルロイ、

何も感じていないような表情、

別れ際に放たれた背筋が凍るほどに冷たい声


その全てに説明がついてしまう。

思いつく中で最悪の状況に僕は彼を叩き落としたのかもしれない


マーケット通りに行った時、

確かルロイはこう言った。


「都にもこんなところがあるんだな」と。


中央地区以外に住んでいても

マーケット通りは一度くらいは訪れる。

ましてや、あの齢であればなおさらだ。


それなのに、まるで初めて見たような言葉だった。


いや、

本当に初めて見たんじゃないか?


そうすると考えられるのは…


「ルロイは生まれてこの方、家から出たことがない…?」


でも歩行機能も問題なかったし、

なにせあそこまで健康ながら、自分の意志で出なかったとは考えづらい。


それに母親を前にして

急に喋らなくなったのは…


いや、それすらも思い込みかもしれない。


「喋らなくなった」のではなく「喋れなかった」のではないか?



その日はなんだか集中できなかった。

もしかしたら自分がとんでもないことをやらかしたのではないか、

そんな事を考えると

夜も眠ることはできなかった。


朝起きても頭は痛いし、

心なしか足元がおぼつかない気さえする。


配達で街を歩いているときも

何度も馬車にあたりそうになり、

その度に怒鳴られてはハッとする始末。


(なんか今日はダメだな…)


気付けば噴水のところに座っていた。

無意識に来ちゃうとか、もう頭までやられ始めたのかな…


「おい」


どこか舐めたような声、

僕が今、一番聞きたかった声。


それでいてこの馴れ馴れしい話し方は…


「ルロイ?」


「あぁ久しぶりだな。」


まさかこんなところで会えるとは。


話したいことがいっぱいある。

でもなにより…


「君は一体どうなってるの?」


それしか言葉が出なかった。

もっといい聞き方はあったのかもしれない、

それでも動揺した今の僕にはこんな聞き方しかできなかった。


ルロイが呆れたようにため息をつく。


「どうなってるって…今ここにいる。それだけだ。

お前ついに目まで狂ったか?」


まるでどこか気まずいような、

極まりが悪そうな顔をするルロイ。


「いや、そうじゃなくって…」



その瞬間だった。

ルロイの背後から手が伸びる。


格納ストレージ!!」


詠唱と同時に

ルロイの襟をつかんで後ろに飛び退いた。


その反動で服がはためく。

そこから見えた彼の体にはおぞましい数の痣があった。


まるで何かで叩かれ続けたかのような

紫に変色したものまで…


さっきまではただの憶測に過ぎなかったけど

どうやら間違いではないのかもしれない。

それにさっきルロイが言おうとしたこと、

まるで僕の考えを肯定するような…


目の前には獣のような目をしたルロイの母親。


「この子に、ルロイに何してるんですか。」


「その子を返しなさい。」


・いつになく慌てた様子

前あった時とはまるで別人のようだった。

今のルロイの母親の顔には

以前のような落ち着いた様子はない。


何をもってでもルロイを取り戻そうとする意志を感じる。


今も僕の中では、

あくまで状況を完全に理解できてはいない。


あくまで頭の中を整理した中で、

最も可能性の高い結果にたどり着けそうな証拠を確認しただけだった。


「私たちの家族の問題じゃないの、

勝手に首を突っ込まないでもらえるかしら!?」


母親がわめく、

周りにぞろぞろと人々が集まってきた。


ここぞとばかりに

金切り声をあげて叫ぶ母親。


「助けて!!私の息子が誘拐されそうになってます!!」


(やられた…)


周りにいるのは、この場における善悪が分かっていないサイレントマジョリティ。

集団の心理を握られたら状況は…


一変した。


周りから聞こえてくる声。


「これ、騎士団呼んだ方がいいんじゃねぇの?」

「誰か今から詰め所まで行ける奴いるか?」


周囲を見渡す。

まるで悪者を見るかのような目が僕に向けられた。


まるで僕だけ孤立したような…


どれだけ時間が経ったんだろう。


「さぁ何だ何だ?何の騒ぎかな?」


聞きなれた凛とした声、

そこにいた群衆は自然と道を開ける。


(なんでこのタイミングで…)


幸か不幸か、その人はやってきた。


「おや、郵便屋の少女じゃないか。」


王都騎士団長、ルーナ・ヴァルキリアがそこに立っていた。



「それで…お母さんどうなさったんですか?」


「こいつが私の息子を攫おうとしてるんです!!」


キッとした母親が僕を指さす。

それに合わせて周りの目とルーナ様の目がこちらを向いた。


「それは本当なのかな、少女?」


「そんなわけ…」


「じゃあその手は何かな?」


ふと自分の手元を見る。

その手はルロイの服の襟をつかんだままだった。


これは…

誤解されても仕方ないような構図。


「その人も言うことが正しければ彼はその母親の子供だ。

君の行動は誤解を招いても仕方ないと思うがね。」


手が振り払われた。


・ルロイ

「手ェ離せよ、この野郎。」


刺すような眼光、

冷たく射貫くようなその目に思わずたじろぐ。


「なんで…」


「んなもん、てめぇが俺を無理やり連れ去ろうとしたからだろ?」


なんで…

さっきまでのルロイとの会話、その全てが嘘だったかのような手のひら返し。


「さぁ少女、きみはひとまず私たちが連行する。」


冷酷な声、

自分はいつからこの人が味方でいてくれるなんて思ってたんだろう。


そうじゃないか。

今になって思い出した。

奴隷オークションから助け出されたあの日のことを。


この人だけは敵に回したくない。


そう思ったじゃないか…


そして今、僕は想定する最悪の状況。

いや、想像もしたくなかった状況に陥っていた。


「異論がないなら、このまま連行させてもらう。」


ルーナ様の部下、ハルトだっただろうか。

男の騎士がやってきて、僕の腕を拘束する。


「いやぁお母さん、ご迷惑をおかけしました。

この件は私たち騎士団が責任をもって対処いたしますので。」


「フン」と鼻を鳴らした母親は

ルロイの腕を強引につかんで引っ張っていく。


その瞬間だった。

ルロイがほんのわずかにこちらを向く。


ハッとした。


その目はさっきまでの拒絶するようなものではない。

まるですがるような、

助けを求めているような目だった。


「ルロイを返せ。

その子はあんたの奴隷じゃない!!」


つかまれた腕を振りほどくためにもがく。


僕が叫ぶもむなしく、

その声は遠ざかる背中には届かない。


叫んだ反動で口の中からは血の味がする。

叫ぶ僕を周りは蔑んだ目で見る


構うものか


その後ろ姿が見えなくなるまで叫び続けた。


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