彼女の名前はマギア
「来ましたよー」
病室の中へ声をかけると「おぉ嬢ちゃん、入った入った」と帰ってくる。
しかし入ろうとしても体が動かない。
服の裾が後ろに引っ張られていた。
「どしたの?来たかったんじゃないの?」
「どう話していいのか、私の中にデータがありません。」
顔を赤くしちゃって///
随分と感情が豊かになったもんだ。
「さ、行くよっ!!」
無理やり引っ張って病室に入ると
じっちゃんは相変わらずベッドの上。
僕を見る目は全く変わらず、
しかし僕の後に出てきた彼女を見てその顔が驚きに満ちる。
「お嬢ちゃん、その子はまさか…」
「一緒にいてやれとのことでしたので。
それに今日ここに来たのは彼女の要望なんですよ。」
さらに驚いたような顔になる。
今にもベッドから飛び起きんとしているかのような勢いだった。
「まさか、目覚めるとは…
それに自分の意志じゃと…」
僕も昨日の夜は驚いた。
まさか彼女が自発的に動くなんて思いもしなかったからだ。
それにその向かう先が自分を作った人間のところ。
「彼女も知りたいことがたくさんあるみたいなんです。
教えてくれませんか?」
じっちゃんの表情が真剣なそれに変わった。
「ワシのことはいくら罵ってくれても構わん。
これから何を聞いてもその子だけは軽蔑しないでくれるか?」
「もちろんです。」
じっちゃんは話してくれた。
彼女の正式名称は錬成人間JK-03、万能型錬成人間。
その昔、じっちゃんがしていた研究の集大成だそうだ。
そしてとある目的のために僕に鍵を託したんだとか。
その内容を語るじっちゃんはいささか元気をなくしている。
当たり前だ、
自分が人間を作ったということを再認識せざるを得ないんだから。
「それで、僕に彼女を預けた目的っていうのは…」
じっちゃんは顔を上げる。
僕を見るその目からは何か必死なものを感じた。
「その子に人の心を教えてやってほしいんじゃよ。」
人の心…?教える…?
そしてなんで僕。
「その子に組み込まれた戦闘プログラム、
それを抑制するプログラムをワシが独断で組み込んだ。
その子には戦闘人形ではなく、人として生きてほしかったんじゃ。」
戦闘プログラムには心当たりがあった。
路地裏で見た、たしか「
あれが戦闘プログラムなんじゃないか…
それに独断でプログラムを組み込んだってことは
本来、組み込まれるはずではなかったはずのもの。
つまり彼女はイレギュラー。
「そんな大切なこと、僕に伝えてどうしようっていうんですか。」
「なに、ただの自己満足じゃよ。」
申し訳なさそうにうつむきながらじっちゃんはそう言った。
自分が作った命、その重みを知っているからゆえなんだろう。
「私の名前はJK-03というのですか?
データバンクにアクセス完了、
JK-03は生体番号であり、正式には名前ではありません。
よって私に名前は存在しません。
そこで私は名前を所望します。」
しんみりとした空気をぶち壊すがごとく言い放ったのは
さっきから一切会話に参加してこなかった彼女。
相変わらずというか何と言うか…
それでもさっきまでの重い雰囲気は
いつの間にかどこかへ消えてしまっていた。
「リリィ、私の顔を見て笑わないでください。不愉快です。」
気付かぬうちに笑ってしまってたみたい。
それをバカ真面目に指摘する彼女に再び笑いがこみ上げる。
「もう一度警告します。
私の顔を見て笑わないように。
それ以上続けるのであればこちらも実力行使の認証を待機…」
「認証しません。」
「なっ!?」
これを見ても彼女がまだ人間でないという者がいるだろうか。
ささいなことで怒って、
こんな言い合いで顔がコロコロ変わる。
少なくとも僕からみたら
人間と全く違いが分かんない。
「お嬢ちゃん、この子に人の心を教えてくれてありがとう。」
ふいにじっちゃんから飛び出した感謝に
思わず顔をそむけてしまう。
(ダメだ、僕今絶対人前に出れない顔してる。)
「心拍数上昇、脈拍の増加及び顔面への血流の増大を確認…」
「うるさいっ!!」
◇◇◇
じっちゃんが少女を近くに呼ぶ。
恥ずかしそうにしながら彼女は応じた。
「名前がないと可哀そうだよな…
嬢ちゃん、今日から嬢ちゃんの名前は『マギア』
ワシと同じ名前、家族の証じゃ。」
「そうですか、マギア。
気に入った…と思われます///」
およ?もしかして照れてる?
「リリィ、あなたは私をどれほど
からかえば気が済むのでしょうか?
それとも何ですか?フリというものですか?」
いつ覚えたそんなこと…
でもよかった。
名前をもらって彼女、いやマギアの表情は一層に豊かになった気がする。
◇◇◇
マギアを連れて病室を出る。
僕がてをっふるよりも前にマギアがじっちゃんに向かって手を振った。
そうして僕の方をちらりと見る。
まるで当てつけかのように。
マギアもやるようになったな…
自分の秘密を聞き、名前をもらったマギアは
これまでより明るくなった気がする。
ほら、現に本人は気付いてないみたいだけど
スキップなんかしちゃって。
ご機嫌な様子。
僕を置いていくかと思いきや
少し先で振り返る。
夕日がその背中越しに差し込んだ。
「リリィ、今日は私のわがままに付き合っていただきありがとうございました。」
「うん。」
「つきましてはこれからも…」
「どうしたの?」
「私のわがままを…」
<言わせねェよ。>
地獄の底から響くような低くおぞましい声が聞こえた、
マギアの後ろから。
一瞬の出来事で理解が追いつかなかった。
マギアの首筋には注射が刺さっていた。
「
「
気付いて魔法を使おうとしと時には
背後には誰もいない。
それより…
「マギア、大丈夫!?」
「問題ありまっ!?」
「問題ねェわけねェだろ?
そしたら報酬はパーだからな。」
まるで初めからそこにいたかのように男が姿を現す。
筋肉質で圧倒的な威圧感を放つその男は注射を手に乗せて遊んでいるようにも見える。
「その子に、マギアに何をした…」
「何したって?
元々のあるべき姿に姿に戻したやろうとしただけさ。
そいつらにお似合いの姿、兵器にな。」
「ほれ」と男が指さす先、
マギアが倒れていた。
「それにしてもたかが兵器の分際で名前まであるとはな。
お前ら、ちと絆されすぎじゃねェか?」
マギアの思いの全てを踏みにじるようにして男は笑う。
だがそんなの聞いていられない。
「
倒れたマギアの下に魔法陣が現れ、
その体が白い光に包まれる。
さっきの注射が魔法性の物であれば
これで効果が消えるはずなんだけど…
じっちゃんなら何か分かるかも。
それにあそこは病院だ、マギアだって見てくれるはず。
とりあえずマギアに肩を貸して歩き出そうとしたその瞬間だった。
(伏せなさいっ!!)
頭の中に響く声、
咄嗟に言われたとおりに伏せた。
遠くの方で何かが崩れるような音がする。
「認証解除、現時刻をもって生体番号JK-03は
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