ただの女の子

なんとか全力で走った結果、門限には間に合った。


息を切らして飛び込んだものの

おかみさんが言うにはどうやらルーナ様から事情は聞いてたみたいで…

門限に関しては今日だけはナシだったらしい。


走った僕の労力、返せ…


「まぁ、なんだ、大変だったみたいだねぇ。

風呂にでも入って汗流してきな。」


「はぁ、そうさせていただきます。」


◇◇◇


風呂というのは何と言うか、その…特別な雰囲気がある。

独り言とか悩みとかを漏らすには丁度いい。


「まさか錬成人間とはなぁ…」


自分の声が反響して聞こえる。


じっちゃんが科学者っていうのも大方分かってた。

何かの研究をしてるんだろうことも理解してた。


だけどじっちゃんが悪い人間だとは思えない。

僕の生前、ヒルト・クリネの話が出た時にしたあの顔。


あの悲しそうな顔。


人の死を悼むような人間が悪い人なはずない。


「じゃあなんでわざわざ作ったんだろう…」


湯気がほわほわと舞う。

まるで答えを出せない僕をあざ笑っているかのようだ。

腹いせにつかんでやろうとしても捕まえられない。


「リリィ、私も入ってよろしいでしょうか?」


「えっ!?だ、ダメだよ。

僕今からあがるからさ、ちょっと待ってて!!」


慌てて返すも遅かった。

彼女は僕が湯船から出る前に浴室に入ってきてしまっていた。


「残念ながら許可を求めるつもりはハナからありませんので。」


さいですか、いつになく容赦ないね。


「当然です。私は今、大きな使命を背負っているのですから。」


「それと風呂に何の関係があると?


「おかみさん?にお聞きしました。

裸の付き合いで話せばどんなことも文字通り丸裸と。」


誰がうまいこと言えと言った…

おかみさんも余計なことを…


「さぁ話していただきましょうか。

私は何者なのか、なぜ生まれたのか?」


少女はにやりと笑う。


「具体的に且つ簡潔にお答えください。」


言って良いんだろうか…

たとえこの子が僕に託されなくてもじっちゃんは隠してたんじゃないか。

それに伝えてしまえば彼女を傷つけることになってしまうんじゃ…

自分の命が作られたものだと知ったらこの子は…


「独り言による具体的に且つ簡潔な回答、ありがとうございます。

一つ言うとするならば、私の前では秘密などないに等しいということ、

そろそろお分かりになってはいかがでしょうか?」


すっかり忘れてた。

この子は他人の意識が読めるんだった。


恐る恐る顔色をうかがう。

手をにぎりにぎりしながら彼女は自分の体を見回していた。


「私の頭の中に無尽蔵に流れてくる情報、

そしてこの常に冷静であることによる分析力は人間ではありえません。

違和感を感じてはいましたが、まさかそうであるとは思いませんでした。」


「常に冷静」って自分で言っちゃうか、ソレ。

そしてなによりあまりショックを受けてなさそうで安心した、


現実を受け止めきれずに飛び出してかれたりしたら

どうしようかと思ってたから。


「…これからどうするの?」


「未来の事項は非常に不確定であり、

語ったところで意味がないことを主張します。」


「じゃなくてさ、君はどうしたいの?」


この少女は恐らくだけど悩んでいる。

現に今見たことないような顔してるから。


これまでは一回もこんな顔することなかった。

機械のように硬かった印象がほぐれ、

今のこの感じは人間と遜色ないようにさえ思える


◇◇◇


「じゃあ僕は寝るからね、おやすみー。」


カーテンで仕切られた向こう側に向かって声を投げるも

返答はナシ。


風呂で色々と話した後、

彼女は考え込んでいるのか一言も話さなくなった。


僕でもあんな事実を突きつけられようものなら

落ち込む自信がある。

それなのに彼女は決してそうはしなかった。


(強いなぁ…)


「当然です。事実は事実、そこにはどんな間違いもありません。

分析し、対処する。

それが私たち人間の変わらない営みではないでしょうか?」


もう驚かない、慣れた。

カーテンの向こう側から聞こえる声に迷いは見えない。


「先ほどの回答を行います。

私の居場所は私が決めます。

よって明日、レドラ・マギアに会いに行くことにしました。

リリィ、あなたの同行はすでに決定しています。拒否権はありません。」


「おかみさんには君から説明しなよ。」


「当然です」


彼女がそう言ってからどれくらいの時間が過ぎただろうか。

カーテンの向こうで「リリィ、寝ましたか?」とこちらへ声がかかる。


もちろん僕は寝たふり、

何も返さなかった。


「私は人間ではない…

この体も何もかも作り物に過ぎないんですね…

リリィ、私がこの世界を美しいと思うこの心さえ、

人工的に作られたものなのでしょうか…」


僕は勘違いをしていたのかもしれない。

この子は強くなんてない、どこにでもいるただの少女。


心のどこかに弱さを抱えているただの女の子に過ぎない。


「なんて私には似合いませんかね…」


そう言って今度こそカーテンの向こうで

ベッドに寝転ぶ音が聞こえた。


◇◇◇


翌朝、いつかの朝と同じような起こされ方をされた僕は

絶賛寝不足の状態で着替えを済ませ、

彼女に手を引かれるまま寝ぼけ眼で家を飛び出した。


それにしても言ったこともない場所への最短ルートが分かるなんて。


つくづく感心してしまう。

この子やっぱり郵便屋に向いてるんじゃないかな?


「さぁ着きました。」


独り言の合間に到着、

つくづく感心する(2回目)


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