駆動少女
聞こえた声はこれまでに聞いたことがないほどに感情の乗っていない。
それこそ例えるのなら、まるで「作られた」ような声だった。
いつになく静かにそう告げた少女は壁に手をついた。
次の瞬間、男の横の壁から
巨大な肉の塊が飛び出し男を壁へと叩きつける。
その一瞬の出来事で男は泡を吹いて動かなくなった。
一瞬何が起きたか理解できなかった。
僕が目の前の状況を理解できたのは彼女が一言はなった後だった。
「制圧完了」
まるで機械から発せられたようなその声で
一気に現実に引き戻される。
そしてその声の主の「制圧」という言葉から
誰の仕業かということも想像できた。
「君…何やってるの…」
声が震える。
目の前の光景を脳が否定しようとしていた。
それでも目を通して受け取った情報はそれを否定させはしない。
「何をしたと言われましても…
私は当然のことをしたまでですが…」
今まで散々聞いてきた声、
その声も今は体を芯から底冷えさせる。
体の震えが止まらない。
後ずさりしようにも足が動かない。
そのせいで尻もちをついた僕に彼女は歩み寄る。
見れば壁に付いていた手は元通りになっている。
さっきまで壁と一体化、もとい侵食したような形になっていたはずなのに。
「あ、あ、あぁぁぁぁぁぁぁ」
思ったような声が出ない。
僕は情けなく叫ぶしかできなかった。
◇◇◇
あの路地裏の一件の後、騎士団がやってきたことにより
倒れていた男は拘束され、
僕と彼女、そして人質の女の子は一旦騎士団本部で保護扱いになった。
体の震えが止まらなかったが
毛布をかけられてしばらくすると、その震えもおさまる。
問題は僕じゃない、彼女だ。
「やぁ少女、君が一緒にいた少女の話を聞いても構わないか?」
一個のランプのみが暗闇を照らす薄暗い地下室で
目の前に座ったルーナ様が僕に問いかける。
「それよりあの子は無事なんですか?
僕はじっちゃんにあの子のこと、頼まれたんです!!」
「君の言うじっちゃんというのは、
この老人のことであっているかな?」
そう言いながら見せられた写真に写っていたのは
紛うこと無きじっちゃん。
どうして騎士団がじっちゃんの写真なんか…
僕の表情が変わったのを見てルーナ様はにやりと笑う。
「この老人はシルフォリアが誇る科学者、レドラ・マギア。
生体科学のスペシャリストだ。
我々騎士団とも連携して武器の開発などを行っている。」
まさかじっちゃんがそんなことしてたなんて思わなかった。
たしかにいつも家にいるし、その割には稼いでるっぽかったけど…
「さて話を戻そうか。
その博士だが、最近秘密裏に何かを開発しているとの情報を
私たち騎士団の暗部が入手したんだが、詳細が分かっていなかった。」
息をのむ。
ここまで聞けばこれから話される内容も大方想像がついた。
じっちゃんの家の地下で見た研究施設、
その研究施設にいた女の子、
そして彼女の人間離れした肉体の変形。
「君と一緒にいた彼女と周辺に散らばった肉片を見てすぐに理解できたよ。
彼女は錬成人間、紛うこと無き作られた兵器だ。」
兵器…あの子が…
でもあの男を一瞬で制圧した戦闘力、
それにこれまで感じていた機械のような受け答えもそれなら納得がいく。
「さぁこちらから開示すべき情報は全て開示した。
次は君の番だ、知ってること全てぶちまけたまえ。」
いつも通りのはずなのにこんな重い話を聞かされた後では
嫌味にしか聞こえない。
まるで自分たちには関係ないから明るく振舞っていられる、
そういう当てつけにしか見えない。
「あなたたちはそれを知ってどうするつもりなんですか…」
「もちろん彼女を救うために使う。博士の身の安全も保障しよう。
これだけは誓って破ることはしない、
だから信じてほしい。」
僕が問いかけるとほぼ同時に帰ってきた答え。
その声色はさっきまでの軽いものとは大きく違っていた。
重く、ひたすらに真摯に向き合おうという
この人のまっすぐさがにじみ出ている。
「分かりました。
僕の知ってることだけ話します。」
それから僕は話した。
じっちゃんが僕に預けた鍵のこと
じっちゃんが一緒にいてやってほしいと頼んできたこと
いざとなったら騎士団を頼れと言われたことも
そして、じっちゃん自身が関わらないことがあの子のためだと言っていたことも。
その全てをルーナ様は真剣な表情で聞いていた。
僕が話し終わると、
ペンを紙に走らせるといつの間にか横にいたハルトさんに渡す。
「君の話で大方の予想はついた。
これからは私たち騎士団も力を貸そう。」
じっちゃんが騎士団を頼れと言った理由も分かる気がした。
じっちゃんはこうなることが分かってたんじゃないのか?
もしそうなったときに騎士団なら止められる、
それに騎士団とかかわりのある自分からなら通してもらえると考えたのではないか。
それでも謎は残る。
騎士団と協力するくらいだ。
それこそここの平和のために研究してたんだろう。
そのじっちゃんがなぜ、兵器になりうるような存在を…
その答えだけはいつまで考えても分からなかった。
ルーナ様に連れられて部屋を出ると、
通路の向こう側からなにやら言い争うような声が聞こえてきた。
「私は構いませんが、リリィへの尋問は妥当性にかけます。
よって私はその妥当性を問います。
つきましては具体的に且つ簡潔に…」
何処かで聞いたことのあるような声が聞こえる。
というか間違いない。
恐らくその声の出元であろう扉を開けると、
やはりそこには淡々と騎士を問い詰める彼女の姿があった。
「リリィ、やっと解放されましたか。
あなたへの尋問は妥当性にかけていましたので
私が連れ戻そうとしたのですが、この人間たちがどうにも離してくれないもので。」
「僕は大丈夫だよ。
それよりなにもされてない?」
ルーナ様は僕に向かってサムズアップ。
恐らく手出しはしてないんだろう、
というよりも手出しをしようものなら騎士と言えど返り討ちかもしれない。
「そうですか、私はあなたが何もないのなら構いません。
目的は達成しました。
よってもうここに用はありません。」
彼女がおんぶをせがむ。
一人で歩きなさいよ…
僕がおんぶをするまで文字通り動かなさそうだったので
仕方なくおんぶすることに。
「物体の飛来を確認、迎撃します。」
「やめなさい。」
帰ろうとした矢先にルーナ様が僕の背中に向かって何か投げたようだった。
迎撃なんて物騒な単語が飛び出したから
思わず制止させた。
背中の彼女は迎撃することなくキャッチしたようだ。
「これは…何でしょうか?」
「それは私からの捜査のお礼さ。
背中の少女、君が着けているといい。よく似合うと思うがね。」
彼女が僕に見せてくれたのは紫の石の付いた首飾り、
ただ単にきれいなペンダントに見えるけど…
「私は声をもらってもいいんでしょうか?」
「んぅ?いいんじゃないかな?」
ルーナ様があたかも「よくやった!!」と言いたげにサムズアップ。
あ、これ何かあるやつだ。
「リリィ、現在の時刻は夕刻6時。
そろそろ門限ですが大丈夫ですか?」
「うわぁぁぁ、なんで言ってくれなかったの!?」
「聞かれなかったので。」
淡々と答えるんじゃなーい!!と叫びながら
ルーナ様始め騎士団の皆さんに頭を下げながら騎士団本部を飛び出す。
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