紫髪少女のお世話はうまくいかないことだらけ

目が覚めても、そこが地上ではないという現実が

非情にも僕に襲いかかる。


ということはさっきまでの全て、夢じゃないってことか…


「えぇもちろんです。現実逃避はしても構いませんが

私の質問に答えてからにしてください。」


そうでしたね、この子がいたんでしたね。


質問に関してはどうしたものか。

寝ころんだまま考えてみる。


じっちゃんは一緒にいてほしいと僕に頼んだ。

そして僕は郵便屋だ。

仕事柄、色々な歴史や文字も知っている。


つまりは僕に色々と教えてやってほしいということなのではないか?


えぇいままよ、教えてしまえ!!


勢いをつけて体を起こす。

半ば躍起になって話した。


「一つ目。君の名前は僕に分からない、ごめんね!!

二つ目。ここはじっちゃんの研究室だと思う。」


「相も変わらず、抽象的な表現の多い回答ですね。」


少女はため息をつきながら

いかにも「やれやれ」と言いたげに首を振る。


自分から聞いたんだろ…

なんて言いそうになったのは秘密だ、

この子にバレたら言い返されそうで心底恐ろしい。


「たしかに私はこの場面においては教えられる立場でしたが、

先ほどのため息はあなたの発言の抽象性に対して出た物であり、

私は今ここでその妥当性を主張させていただきます。」


そうだった、この子に隠し事は通用しないんだった。

すっかり忘れてた…


「しかし教えていただいたことも事実です。

よって私はあなたに感謝します。」


あ、はい、そうですか…

なんだかこんなに事務的に感謝されると不思議な気持ちになるな。


そこから僕は話した。

自分のこと(もちろん正体は隠して)、じっちゃんのこと、

郵便屋のこと、この世界のこと。


彼女はその全てを興味深そうに目を見開いて聞いていた。

特にじっちゃんの話の時には食いつくように効いていたのを思い出す。


一通り話し終わってから気付いた。


今、「何時」だ!?


僕がここに来たのが仕事を終わらせてからだから夕方くらい、

それからどのくらい時間が経ったのかは分からないが

少なくとも夜にはなってしまっているはずだ。


「ヤバいっ、帰らなきゃ!!」


急いで立ち上がった僕のシャツの裾がクイッと引かれる。

その先には例の少女。


「あなたはこのような可哀そうな少女を一人、置いてけぼりにするんですか?」


震えたような声、心なしか潤んだ瞳。


「…………」


「とても非情な人なんですね…」


◇◇◇


負けた。


あの時の自分を殴ってやりたい。

なんでよりによって僕が寒空の下、

ジャケット一枚の少女をおんぶして走らなきゃいけないんだ。


おかみさんに事情は説明するとしてなんて言えばいいんだ…


仕事の途中に拾った?

空から降ってきた?


どれも違う、いい案が思いつかない。

そうやって走る間におかみさんの待つ郵便屋が近づいてきた。


もうこんな時間になれば走っても歩いても変わらない。

でもここで走ったということ自体に意味があるんだ。

少しでも早く帰ろうとした、そこは評価されないかな?


「門限を破ったという事実の前では

そのような物、消し飛んでしまうでしょう。」


背中から欲しくもない増援が飛んでくる。


冷静な分析、ありがとうね。

ホント助かってますよ!!


「お褒めにあずかり光栄です。」


ダメだこの子、嫌味が通じない…



結論から言うと、怒られた。

でもそれ以上に心配してくれていたそうだ。


そしてその話もさておき、話は僕がおんぶしている少女に向く。


僕が叱られているときから

ずっと僕の背中から離れようとはしなかった。


「で、その女の子は一体誰なんだい?」


「それはですね…」


どう説明しようかなんて思いつてない。

とりあえず喋ってしまえと見切り発車を決めた僕を口を少女がふさいだ。


「初めまして、私は名前がありません。

この人は私に服を着せ、ここまで連れて来てくださいました。」


「それ紹介になってないからね!?」


「ではどのようにして私を説明するべきなのか、

具体的に且つ簡潔にお答えください。」


何を言い出すかと思いきや

やっぱり意味不明なことを口走った。


この子に悪気はないんだろうし、

内容には事実しかないんだろうけどさ…


僕たちがギャアギャア言い合う様子を見ておかみさんが吹き出した。

見れば親父さんも必死に顔に出さないようにはしているが

ぷるぷると震えている。


「分かったよ、訳アリなんだろ?

リリちゃん、あんたの部屋に泊めてやんな。」


お、おかみさんカッコぇぇ…


おかみさんの許しも得て、

晴れて彼女は僕のところに居候することになったのである。


◇◇◇


「起きてくださいリリィ、もう朝です。」


うぅん…もうちょっと寝させて…


「了解しました。リリィの始業時間を確認。

始業時間が迫っています。よって実力を行使するための認証を待ちます。」


実力行使…?やれるものならどうぞご勝手に…


「認証を確認しました。実力を行使します。」


その言葉を最後に天地がひっくり返った。

天がひっくり返ったら天使も地上に落ちてくるのかな?…じゃなーい!!


ベッドから落ちてひっくり返っている僕の顔を

少女が覗き込む。


「おはようございます、リリィ。

始業時間が迫っていますので準備をしてください。」


見ればベッドごとひっくり返ってる。

うっすら聞こえてたのはこの子の声だったらしい。


まぁとりあえず


「おはよう…」


◇◇◇


いつも通りの要領で服を着ようとするも

ジャケットだけ着れなかった。


なぜかって…

それは今、横にいる僕のジェケットを着た少女に聞いてほしい。


この子が着てる限り指パッチンでも着れなかったし、

脱ごうともしない。

引っ張っても力負け。


…情けない。

今日は諦めるしかないか…


ジャケットがないくらいで

仕事に支障が出るはずもない

今日は諦める、明日は諦めない。


「リリィの行っている仕事に興味があります。

私ならもっと効率よく分けることができます。」


「はっ!!そんなのできるわけないでしょ?

僕がこの道何年か…ってえぇぇぇぇぇぇ!!」


僕がわずかに目を離した瞬間に

少女は仕分けを終えていた。

見れば完璧に仕分けられている。


その横では得意げに胸を張る少女。

チラチラとこちらの様子をうかがっている。


「どうしたの?」


「私は称賛に値する働きを見せたはずですが…

この場合、あなたは私を褒めるべきではないでしょうか?」


コテンと首をかしげながら言うもんだから

僕が顔をそらす理由には大いになりうる。


そして僕が顔をそらすたびに僕の顔を覗き込もうとするんだから

余計にタチが悪い。


そうして終わらないイタチごっこをしている間に

おかみさんから雷一発。


はい、仕事に戻ります。


少女が仕分けてくれた束をバッグに詰めて郵便開始と思いきや、

ぴったりと彼女もくっついて歩いてきた。


「なんで!?」


「私が仕分けた物の行く先が心配なので。

妬んだあなたが捨てないとも限りません。」


そんなことしないからね。

僕だって仕事としてやってるんだからそんなことしないよ。

二流三流じゃないんだから。


「私よりも仕分けの効率が悪いあなたが

二流三流について語る権利はないと思います。」


分かってますぅ。

分かってるんですぅ。


ホントにこの子は嫌なトコばっか突いてくるなぁ。


「お褒めにあずかり光栄です。」


わざとやってるの…?


◇◇◇


郵便物の仕分けは的確で、配達先を最も効率的に回れるようになっていた。


何軒か家を回るたびに

何も言わない彼女には驚いた。


いつもの機会のような淡々とした喋りはどこへやら、

家主さんを目の前にした途端に

まるで本物の機械のように固まってしまうんだから面白い。


「あなたに面白がられるのは不愉快です。」


あぁ怒ってらっしゃる。

こういう時はご機嫌取りしないとな…


「そう言わずにさ、君が仕分けてくれてお陰で

すごく楽に回れてるんだよ。

ありがとうね!!」


「正当な評価として受け取っておきます。」


そう言って彼女はそっぽを向いてしまう。

僕、何かやっちゃったかな?


そんな会話を続けてバッグの中身もわずかになってきた頃、

丁度広間を摂ろうとした時だった。


挙動の怪しい人物が目に入る。

周りをキョロキョロ見まわしながら歩いている。


その視線の先には小さな女の子、

まさかね。


女の子が細い路地に入った途端、男も路地に駆け込んだ。


咄嗟に僕も走る。

路地を除くと男が女の子を羽交い絞めにしていた。


「何してるんです!?」


僕に気付いた男が女の子の喉元にナイフを当てた。


「ちょっとでも動いてみろ。

こいつの喉をかき切ってやる。」


しまった、先手を取られた。

これじゃ迂闊に魔法も使えない。


ルイくらいの速さがあればどうにかできるんだろうけども

生憎僕にはそこまで恵まれた身体能力はない。


(打つ手なしか…)


「そんなことはありません。」


路地に響くはまるで機械のような抑揚のない声。

咄嗟に走ったため、置いて来ていた少女が後ろに立っていた。


彼女は僕を押しのけて男へ近づいていく。


「あなたのその行動には妥当性が見受けられません。」


男はひるむことなく近づく少女におびえ、

ナイフをより強く当てる。


赤の筋が女の子の首を流れた。


「しかし私にはその人間を助けるという妥当な理由があります。」


臆することなく歩み寄る少女。


制圧駆動スタンピードモード、対象を無力化します」


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る