具体的に且つ簡潔にお答えください。
しばらく考えてみたが答えは出ない。
この子に聞こうにも僕はここにある機械のことは全く分からない。
ケーブルに繋がれているこの子を見るに
僕が下手にいじっていい物じゃないはずだ。
それにじっちゃんの頼みは
「一緒にいてやってほしい」ということ。
つまりは暗に何もするなと言われているのと同じことだ。
「どうしたもんかなぁ…」
広い地下に声が響き渡っては反響し、
一層不気味な雰囲気を引き立てる。
外は今、どのくらいの時刻なんだろう。
そろそろ帰らないとおかみさんに怒られちゃうかもな。
「じゃあね、明日も来るからね。」
その子が入ったポッドに手を当て、
届くかも分からない約束を取り付ける。
(さて、そろそろ帰らないとおかみさんの雷が落ちるや。
おー、怖い怖い。)
ポッドに背を向けて、歩き出す。
また明日も仕事早く終わらせなきゃいけないなぁ、なんて
少し憂鬱に思いながらも僕はその部屋をあとにする。
その時、入る時ほど足元に気を配っていなかったため、
足がケーブルに当たってしまったのだが、
その時の僕はそんなこと気にも留めなかった。
昨日は大変なものを見てしまった。
カプセルに入った少女、
その少女に繋がれている数多ものケーブル。
見た者が誰であっても
あれはただの実験じゃないことくらい分かる。
でも、あのじっちゃんがそんな実験するなんて思えないし思いたくもない。
これは一回、じっちゃんを問い詰めてみる必要がありそうだ。
◇◇◇
今日の分の仕事を一瞬で終わらせた後、
じっちゃんがいるお医者様の元まで走った。
息を切らして病室に入ると
じっちゃんは驚いたように僕を見る。
「いくつか聞きたいことがあるんですがいいですか。」
僕の声で全てを察したようだ。
じっちゃんはさっきまでの朗らかだった顔から
緊張感のある顔へと一気に変わる。
「お嬢ちゃんが聞きたいのは、あの子のことかの?」
「そうです。」
老人はため息を吐く。
まるで僕がこうして聞きに来たことを残念に思うように。
それでいて僕がここに来ることが分かっていたような余裕も感じられた。
「ワシはあの子の生みの親であり、生みの親ではない。
それ以上は言えんのじゃ。
あの子の処遇はお嬢ちゃんに任せる。」
「そんな…生みの親ならあの子の幸せくらい…」
「ワシと関わらんことがあの子の幸せなんじゃ。
心配なら騎士団に相談しても構わん。
だからあの子を守ってやってほしいんじゃ。」
そう言われても…
生みの親であるこの人と関わらないことが幸せに繋がる?
守ってやってほしい?
意味が分からない。
それでもじっちゃんの目は真剣だった。
少なくとも嘘をついてはいない、それだけは分かった。
「僕だけじゃどうにもできませんから。
騎士団にも相談してみようと思います、アテはあるので」
騎士団にアテがあると聞いた時のじっちゃんの顔は
とても安心したようなものだった。
まるで自分の望みが叶ったかのような満足げな表情。
…まだどうなるか分かりませんよ。
◇◇◇
今日も鍵を使って地下室の潜りこむ。
昨日と何も変わっていない薄暗い空間が今日もそこにはあった。
ポッドの中で眠る少女も相変わらず、
…いや、若干髪の毛伸びた?
まぁそんなわけないか。
じっとポッドの中を凝視するも特に変化なし、
と思ったその時だった。
ポッドの中の紫の液体が泡立ち始める。
少女に繋がれたケーブルが荒れ狂ったようにうねっっていた。
マズいマズいマズい、
こんな時の対処法なんてじっちゃんには聞いてない。
何処かに何かマニュアルてきなのないの?
光を放つ機会を覗き込むも理解不能、
机の上に置かれたかろうじて読めそうなメモも解読不能。
そうしている間にもポッド自体が揺れ始めた。
そしてついに最悪の事態が起こってしまう。
ポッドにヒビが入り、紫の液体が流れ出す。
液体が流れ出す勢いで少女のケーブルも外れてしまった。
(マズい、逃げなきゃ)
そう思った時、視界の端で何かが地面に向かって倒れるのが見えた。
「じゃないだろ!!」
さっきまでの逃げ腰の自分を蹴っ飛ばして地面を蹴る。
少女が地面にぶつかる寸前、
なんとか間に合った。
腕の中で静かに上下する胸、呼吸はしてるみたいだけど…
って胸!?
さっきまでは頭の中が他のことでいっぱいだったから気付かなかったけど
よくよく考えたら今、僕が抱きかかえてるのって
裸の女の子だよな…
いや、僕も見かけは女の子なんだけど
中身は男だからさ…
「あぶッふぅ………フン!!」
なんとか耐えた。
この子を鼻血で血まみれにするなんてことできない。
ゆえに気合いで押しとどめた。
いざ冷静になって考えてみたら
今この状況って一歩間違えたら犯罪の現場じゃないか?
地下っていうのがまたそこにスパイスを加えて…じゃない!!
とりあえずこの子に着る物用意しないと
とりあえず例の女の子には僕の郵便服のジャケットを着せておいた。
僕よりいくぶん小さい子で助かった、
ジャケットで隠すべき場所は隠れている。
(これからどうしようか…)
(まずは私の下半身を覆うものを渡すことを推奨します。)
そうだよね、上だけじゃ心もとないよ…
ん?誰か今、何か言った?
(えぇ、私が下半身を覆うものを所望しました。)
やっぱり誰かが何か言ってる。
頭の中に声が響くようなこの感じ、魔法か?
(えぇ魔法です。
私があなた方と話す手段の一つ、テレパシーと言われるものです。)
はぁ、そうですか。
テレパシーね。
(そろそろ私も起きた方がよいですか?)
まぁそりゃ起きた方がいいんだろうけど、
誰なのか教えてくれてもいいんじゃない?
「そうですね、私としてもこの方が話しやすいです。」
そう言ったのは紛れもなく例の少女だった。
僕のジャケットを着ただけの状態で起き上がろうするのを
急いで押しとどめる。
「なぜあなたが私を押しとどめるのか分からない。
私が二本の足で立つことには、妥当であるように思われます。」
「そうだよ、そうなんだけどね。
…とりあえずダメなの!!」
少女は地面に寝転がりながらコテンと首をかしげる。
「あなたの言動には抽象的な部分が多く、理解しかねます。
あなたが言うダメな理由を具体的に且つ簡潔にお答えください。」
ダメだこの子、話も常識も通じない。
「私はあなたの知能レベルに合わせて話しているつもりですが…」
「うるさいっ!!」
「一番うるさいのはあなたではありませんか?
この状況を冷静に分析すれば簡単に分かることですが…」
「お願いだから起き上がろうとしないで。
その…見えるから…」
またもやコテンと首をかしげる少女。
「ですから見えるとは何がですか?
具体的に且つ簡潔…」
「分かったから。」
少女が次に言いたいことは理解した。
大方僕の頭にケチを付けたいんだろうことも理解した。
頭の中に響いた声、まるで機械とやり取りしているかのような問答。
この子は一体…
「いくつか質問したいことがあるのですがよろしいでしょうか?」
立ち上がることは諦め、
今度は地べたにちょこんと座った彼女は言った。
「よろしいって何が?」
「あなたの知能で理解できるかということです。」
余計なお世話だよッ!!
なにささっきから僕のことばっかバカにしてさ。
「私はあなたを貶していたのですね。
すみません、反省します。」
途端にシュンとうつむいてしまった。
まさかここまでしょげるとは思わない。
「いや、その、気にしてないからさ。
大丈夫だよ、続き話して。」
声をかけるとさっきまでのしょげた様子がウソみたいに少女は顔を上げた。
「では質問をします。
以下の二点についてお答えください。
・私は誰なのか
・そしてここは何処なのか
以上、具体的に且つ簡潔にお答えください。」
まさかこんなことになるとは思ってもいなかったから
じっちゃんからもどこまで教えていいかなんて聞いてもいない。
それに、この子と一緒にいるということが
文字通り一緒にいるだけでいいのか
それとも色々と話してもいいのかも分からない。
ましてやこんな状況、誰が予想できただろうか?
悩んでいると僕の視界が彼女に埋め尽くされる。
「さぁ早く、具体的に且つ簡潔にお答えください。」
数秒経って、彼女の手が僕の頬に添えられているのだと理解した時には
僕の頭はオーバーヒートしてしまった。
「心拍数上昇、脈拍の増加及び顔面への血流の増大を確認…」
僕に聞こえたのはそれが最後だった。
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