天啓天使

まるで機械のような抑揚のない声。

さっきまで聞いていた声と似ている、言い回しもそっくりだ。

でもさっきまで確かにあった感情が消えている。

まるで本当に「作られた」ような声。


信じたくなかった。

恥ずかしそうに微笑む彼女の姿が瞼の裏に映って離れない。


「全ては我ら、錬成人間ホムンクルスの使命のために。」


マギアの瞳にはもう光は宿っていない。



光を失った虚ろな目。

それだけじゃない、

いつかの路地裏で見たようにマギアの腕はすでに異形のそれへと変貌していた。


「マギア…」


虚ろな目が僕を捕らえる。

いつだって冷たさの中に優しさがあったその目と同じもの。

でもその気配は奥底に沈んでしまい、

微かに感じることもできない。


歪なほどに巨大化した腕がゆっくりと迫る。


(…なさい、せなさい、伏せなさい!!)


体がまるで自分のものでないかのように

地面に叩きつけられる。


あまりの衝撃に息が止まる。


(あなた、なにボーっとしてるの!?

あの錬成人間ホムンクルスはもうあなたの知ってる錬成人間ホムンクルスじゃない。

殺しに来てるのよ、あなたは標的にして。)


「でも、そんな…」


耳によみがえったのはマギアの「殺戮駆動ジェノサイドモード」の言葉。

以前見た制圧駆動スタンピードモードと同じように

いや、それ以上に

彼女の腕は禍々しく変形した。


周りの建物はさっきので一掃され、

所々から火の手が上がり始める。


逃げ惑う人々の悲鳴、

迫る火の手が荒ぶる音。


その全てがまるで世界から切り取られたかのように鮮明に聞こえる。


「どうすれば…」


体が勝手に後ろへ飛びのく。

元いた場所には地面から肉の槍が生えていた。

あの場所にいたらと思うと背中が冷える。


(もう一度言うわよ、

そいつはもうあなたの知ってる錬成人間ホムンクルスじゃない。

あなたの勝手な気持ちと人々の命、

どっちが大切か考えなさい!!)


女神様から喝が飛ぶ。

そんなこと言われたって…


「そんなの分かんないよ!!」


(だからあなたは天使だか…)


「じゃあ何ですか?僕が天使だから友達の命は諦めろっていうんですか!?

その友達だって守るべき命の一つじゃないんですか!?」


(それはそうだけど…)


「どんな代償も払います。

だから今だけは身勝手、許してください。」


どのみち一度死んでる身だ。もう生きてないようなものだもんな…


たとえこの命の炎が消えたとしても彼女もこの町の人も全員助ける。

無慈悲の愛。

それが僕なりの答え、あるべき天使の姿だ。


女神様がため息つくのが聞こえた。


(わぁーったわよ。やればいいんでしょ!?やれば!!

天使召喚グリモワール』!!)


足元に出現する白い魔法陣。

その中に吸い込まれた瞬間、目の前が真っ白になる。


「あなた、女神相手に大見栄切ったからには結果を出しなさい。

それができなければ天使の力は没収、あなたは即死。

これは縛りよ、私も協力したげる。

せいぜい頑張んなさい!!」


自分の後ろで声がした。

振り返ろうとしたその時にドンと背中を押される。


姿を見なくとも誰かは分かった。


(ありがとうございます、行ってきます女神様。)


◇◇◇


召喚された先はさっきいた場所とほとんど変わらない場所。

ただし唯一、違いがあるとすれば

そこが空の上であるということだけ。


いつもは小さかった翼は以前空を飛んだ時と同じ大きさにまで戻り、

来ていた郵便服は白のワンピースに早変わり。

足には騎士団が着けている鎧のような小手が付いている。


標的を失ったマギアは仁王立ちで立ち尽くしている。


「じゃあ始めしょうか、ねぇ女神様。」

(うるっさいわ、生意気言ってんじゃないわよ)


「対象を確認、完全排除します。」


巨大化した肉の塊が周囲の地面を抉って振るわれる。


格納ストレージ


白い魔法陣の中に振るわれた肉塊が消える。

これまではできなかった動作が頭の中で最適化され、体が動く。

いつか女神様の言ってた「天使が戦う」というのは

どうやら本当だったようだ。


この姿になる前と後ではまるで世界の見え方が違う。


全てが見える、全てを感じる。

その中で頭の中に新たな神経回路が一瞬で構築されていくのが分かった。


「正体不明の魔法を確認、

分析…完了。

対象を再度、完全排除します。」


魔法陣に突っ込まれたまま硬直した肉塊が

一瞬にして切断される。


まさかここまで容赦がないなんて…


切断された肉塊に注意が向いた一瞬の隙、

その瞬間に視界の全てが肉の色に埋め尽くされる。


「対象を捕縛、拘束、その後取り込んで消化しま…」


召喚サモン


目の前で蠢く肉と僕の間に咲き誇るはユリの花。

空中で壁を作ったユリの花は肉塊に根を張り徐々に覆っていく。


「想定外の事態が発生、直ちに分析を開始…」


させない。

マギアの動きが止まったこの状況を逃せば

彼女を救う機会はなくなってしまう。


迫りくる肉塊を飛んで避ける。

まさかここであの時の飛行が役に立つとは…


「標的が移動、座標の変更を…」


体の回転を活かして肉塊をすんでの所でかわしながら、

横を通る時に花を咲かせる。


根を張らせた肉塊は動かなくなる。

無造作に飛んでいるように見せてこの一帯全ての肉塊を動かなくさせる。


女神様にきった大見栄。

できなけれなければ死ぬからって理由じゃない、


『守ること』


それが僕の今やるべきことだから。

マギアも助ける、ここに住む全ての人々も助ける。


僕がそうありたいと願った天使の姿。

いつからだろう、自分の中でこんなに鮮明な天使の像が出来上がったのは。


これまで見たこともない。

出会ったこともない。


それでもどこか自分の理想の姿には

懐かしさを感じずにはいられない。


「助けるよ、マギア。」


マギアの胸に手を当てる。

数多、射出された肉の槍は全て動きを止めていた。


召喚サモン


あたり一帯をユリの花が覆いつくす。

地面も、家も。

日の落ちた空には純白の花びらが舞う。


「再演ざ…」


消却エリミネーション


マギアに打ち込まれた注射の中身を今度こそ根こそぎ消し去るために。


一体に咲き誇るユリの花の花びらが舞い、

マギアの胸の前で渦巻く。


花の嵐の収束後、彼女の胸には一輪のユリが咲いていた。

その花は徐々にその白を禍々しい色へ染めていく。


「除去完了…かな?」


マギアの胸から花を抜くと

音もなく彼女は倒れた。


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