じっちゃん

バッグに入れた郵便物の束は配達を頼まれた時に

特に宛先も確認せずに手に取ってしまったものだ。

つまりは随分遠いところの可能性もあるがどうか…


吉と出るか凶と出るか…

「えぃっ!!」と気合十分に引き抜いた束に書かれていた宛先には、


「中央地区」の文字が。


思わずガッツポーズ、

遠くまで行くことにならなくてよかった。


女神様曰く、「天使の羽を使って飛んじゃダメ」とのことで

遠い地区まで行くことになれば船に乗せてもらうか歩くか…


いや、考えないでおこう。


「最初のお届け先は、えぇっとぉ…」


書かれていた宛先は中央地区の中でも

街の喧騒から離れたどちらかと言えば静かな場所。


宛先に従ってたどり着いたのは、なんてことはないただの一軒家。


たしかここって…


「おや、ワシにお客さんかの?」


呼び鈴を押す前に扉が開いた。

扉の先に立っていたのは、

頭は白くなりながらも足腰はまだしっかりとしているように見える老人だった。


「おはよう、じっちゃ…」


思わず言いそうになった。

僕がまだヒルト・クリネとして郵便屋をしていた頃、この老人はお得意様だった。

そして郵便を届けるたびにお菓子をくれていた。


もちろんそんな老人を僕が慕わないわけもなく、

じっちゃんと呼んでいたのだ。


そして今、久しぶりに会えたことで

思わず昔の呼び方をしてしまいそうになったというわけで。


思わず漏れだしそうになったことなの全てを押し込める。


「お届け物に参りました。郵便屋の者です。」


これまではヒルト・クリネが主に郵便を運んでいた。

もちろんこの家も例外ではない。


じっちゃんもボケてはないから

少なくとも今の僕の外見がヒルトでないことは分かってるはず。


何を思ってるんだろう。

僕が自身を郵便屋であると告げた時、

一瞬だけじっちゃんの顔に陰りが見えたような気がした。


しかしその陰りが見えなくなると同時に

繕うような笑顔を見せた。


「そうか、よく来たのぉ。

茶でも少し飲んでいくか?」


「もちろんです、ありがたく頂戴いたします。」


じっちゃんの家に来たのも久しぶりだ。


それこそ死んで、生き返って孤児院に入ってだから…

少なくともそこそこの年月は経ってるはずなんだけれども

内装は全く変わっていなかった。


柱の傷、天井のシミ。

その全てが懐かしい。


昔からお世話になってるからこそ

それら全てが変わっていないことが分かる。


「すまんの、こんなものしか用意できなんで。」


なんなら出されたお茶も昔のそれと

一切変わってはいなかった。


出されたお茶と交換で

配達してきた小包を渡す。


じっちゃんは小包の中身が僕には見えないようにして確認すると

所定の物がキチンと入っていたからか満足げに頷いていた。


そういえばこの確認の仕方も昔から一切変わってない。

小包の大きさ、外から触った感じも何一つ。


もちろん僕は郵便屋だ。

郵便物の中身を見ようなんてこと思わない。


…でも気になるものは気になるよね。


「それ、とても大事そうになさってますけど

一体何が入ってたんですか?」


僕の問いかけにじっちゃんは笑う。


「お嬢ちゃんも郵便屋じゃろ。

それは聞かないお約束じゃ。」


たしか昔も同じこと聞いて

同じ返しをされたような覚えがある。


(ちぇ…、まぁ教えてくれないよね。)


「そういえば昔にもお嬢ちゃんと同じことを聞いてきた小僧がおったのぉ。

たしか名前は…」


「もしかしてヒルト・クリネさんですか?」


思わず聞いてしまった。

じっちゃんがまだ僕のことを覚えていてくれてるのかもしれない。

そう思った途端、考えるより先に口が動いていた。


「そうじゃ、その小僧じゃ。

それはそれは人懐っこい奴での。

孫みたいなやつじゃった。それが…」


…その先は聞かずとも分かった。


「しかしワシも元気が出たわい。

お嬢ちゃんは見かけこそ違えど、あの子象によく似ておる。

それこそ生まれ変わりを疑うほどにな。」


「そう言っていただけると嬉しいです。

これからもよろしくお願いしますね。」


ぬるくなったお茶をグイッと一飲みして席を立つ。


「ごちそうさまでした。

またご贔屓によろしくお願いしますね。」


「おぉ、また暇があったら来るとえぇ。

お嬢ちゃんも元気でな。」


じっちゃんに見送られながら家を出た。

まだまだ配達残ってるってのに道草食っちゃった…


残りも早く終わらせないと…

おかみさんの雷が直撃する。


◇◇◇


なんだかんだ最後は駆け足になりながらも

昨日は無事に配達が終わった。


そして今日も昨日と変わらず仕分けから朝が始まったんだけど…


「およ?またじっちゃん宛てにだ。」


昨日届けたものと同じくらいの大きさの小包が再び届いていた。


何たる偶然、

でも珍しいことでもない。


ただの偶然か、

それとも同じ人が出し忘れたか何かでもう一回送ってきたんだろう。


仕分け終了、昨日と同じく適当に手に取った束は

何たる偶然か昨日と同じ中央地区宛て。


(これも偶然なのかな…)


しかし気にしていても仕方がない。

もう仕事は始まってるんだから。


「いってきまぁす!!」


いつも通り、ドアを蹴飛ばして通りへと飛び出した。


何たる偶然か。

昨日と同じく初めに行くべき宛先もじっちゃんの家だった。


ここまでくると偶然では済まされなくなってくる。


(女神様、何か裏で操作したりしてませんよね…?)


(んなもの私がするわけないでしょ!?

なんなの?私を疑ってるの?)


いや、疑ってるわけじゃないんなだけどさ…

ここまで偶然が重なるとそう思わざるを得ないというか…


(ここまでこちらに干渉するほどの力を持つのは

女神様くらいしか思い付かなくて…)


(なーんだ、そうならそうと最初から言いなさいよ///

嬉しいこと言ってくれるじゃない、もう…)


女神様との脳内会議を繰り広げること早数年、

僕にもそろそろ女神様の扱いが分かってきた気がする。


この神様は褒めればデレてくれる。

そしてそれ以前に怒っていたとしても忘れてくれる。


うん、便利(神様に向かってこんなこと言ってはいけない)だ。

まぁそれでいて頼りになるのも事実だしね。


女神様に確認が取れてところでお仕事再開、

とは言っても脳内会議中も宛先に向かって歩いてはいたから

最初のお届け先はもうすぐそこ。


昨日は呼び鈴を押す前に出てきちゃったけど

今日はそうはさせない。

最初はこちらからというのが僕の中のポリシーだからね。


呼び鈴を押す。

が、中からは足音一つ聞こえない。


じっちゃんは元気な人だ。

それこそこんな時間にまだ寝てるとは考えにくい。


…おかしいな。


呼び鈴を押してから少し時間が経っても応答なし。

あれから何度か押してはいるものの、

全く何の反応も帰ってこない。


嫌な予感がした。


じっちゃんもいくら元気だとはいえ、かなりの高齢だ。

何かあったんじゃないか。


行き交う人々の声が

まるで反響したかのように頭の中で響き渡る。


「様子見だ、じっちゃんにもし何かあってからじゃ遅いから…」


ダメだとは分かっている。

でもそれ以上に心配が勝ってしまった。


門を開け、敷地の中に足を踏み入れる。


いつも見ていた家、庭だったはずなのに

いつも通りなことが一層僕の心をざわめかせた。


恐る恐る扉に手をかける。


その扉には鍵がかかっていなかった。

ここまで来たらもう引き返せない、

僕は思いきり扉を引いた。


◇◇◇


「じっちゃん!!」


開け放った扉の先、

玄関でじっちゃんが倒れていた。


苦しそうに息をして、

全身から汗が噴き出している。


「じっちゃん、しっかりして。」


昔の呼び方に戻っていることにも気づかず


必死で声をかけるも目ぼしい反応はない。


「『治癒ヒール』!!」

治癒ヒール』を使って対処しようとするも効果がない。


効けよ!!なんでこんな大切な時に使えないんだよ…

どうすればいいんだ…

こうしてる間にもじっちゃんは死んでしまうかもしれない。


その時だった。

開け放ったままの扉の先が騒がしくなっていることに気付く。


「じっちゃんが…

早くお医者様を読んでください!!」


家から飛び出し、街行く知らない人に向かって無我夢中でまくしたてた。

そこから後のことは詳しくは覚えていない。


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