駆動少女編

初仕事

懐かしき郵便屋。


少し前まで僕が働いてた場所だ。


確か初めてここに来た時はめちゃくちゃ緊張したっけ?

今になって思い出した。


そのくらい今、緊張してる。

なんでかって?


目の前にはおかみさんと親父さん。

ルーナ様は「頑張れぇ、少女。」と言い残していってしまった。


なんて切り出したらいいか分からない。


「どうも、つい数年前までここで働いてました

転生して天使になったヒルト・クリネです☆」


…ダメだな、信じてもらえないだろうな。


もし仮に信じてもらえたとしても

病院送りにされるのがオチだ。


「えっと、今日からここでお世話になります。

名前は…リリィといいます。」


「了解、リリィちゃんね。

部屋はさっき使ってたところでいいからね。

仕事については明日説明するから、今日はゆっくり休みな。」


相も変わらずおかみさんは優しかった。

あくまで人手が欲しかっただけかもしれないが、

こんな身元も分からない奴を雇ってくれるなんて…


それでも1つ気になるのは親父さん。

さっきから黙りっぱなしだ。


まぁ親父さんは以前から寡黙な人だったから

どうってことはないんだけど…


親父さんから視線を感じる…


「あ、あの、僕何かお気に障ることでもしちゃいましたか…?」


恐る恐る振り返りながら親父さんを見る。

相も変わらずの仏頂面は崩れない。


おかみさんが何かに気付いたようだ。


高らかに笑い始める。


(あ、その癖まだ治ってなかったんだ…)


「ごめんねリリちゃん。

この人ったら養子に来るのが女の子って分かってから

自分が怖がられないか、ずーっと悩んでたのよ。

ついに固まっちゃったわね。」


おかみさんが親父さんを軽く小突く。


すると親父さんは一切抵抗することなく床に倒れた。

空気イスの姿勢で…


器用だな…


話を聞くに

おかみさんは僕が死んで随分と悲しんでくれたみたいだ。


そして意外なことに

親父さんも涙を流したんだとか。


それを聞いた時

「あの人も泣くんですね」なんて口を滑らせたのはここだけの秘密。


こうして何の因果か

僕は自分のいなくなった穴埋め(?)として働けることになった。



朝だ。

さていつも通り着替えて配達に行こうかな…


そのためには今着てるパジャマを脱いで…


(あなた何やってるの!!)


「わぁぁぁぁぁ!?」


突然頭の中に響いた声に

僕はびっくりしてベッドから飛び出してしまった。


そしてその先に鏡があることを

僕はすっかり忘れていた。


「あぶぅっ」


鼻血が飛び出す。

ひっくり返った。


寝ぼけたせいで忘れてた。

僕は仮にも今は外側は美少女なんだった。


危ない危ない…

危うくモロに見ちゃうところだった。

ナニをとは言わないけどさ…


いや、自分の体なんだけどもさ。

なんか罪悪感がすごい。


(あなた仮にも大天使なんだから、もっとしっかりしなさい!!)


そこから女神様にこってり絞られた。


懐かしい黒を基調とした郵便服。

この部屋にいるとまるで時間が戻ったように感じてしまう。


(戻ってきたんだ…)


死んで一時はどうなることかと思ったけれど

長い時間をかけて戻ってこられた。

しかも僕にとってなじみの深いこの郵便屋(ばしょ)に。


こうして感傷に浸っている間に

何の意識もなく時計を見ると、始業の時間が近づいていた。


「さて、初仕事(?)といきますか!!」


扉を開ける。

朝の冷たい空気が頬をなでた。


◇◇◇


「リリちゃん、初仕事頼んだよ。」


「アイアイサーです!!」


元気いっぱいに敬礼して、

扉を開けて大通りに飛び出した。


「あの子、アイアイサーって…

死んだヒルトにそっくりだわ。」


おかみさんがそんなことを言ったのにも

気付きすらしなかった。


◇◇◇


お仕事が始まって数日。

とは言ったものの僕からしてみれば数年+α。


とっくに仕事には慣れている。

というか慣れていないとおかしい。


というわけで今、僕は

勤務数日にして郵便屋において最も重要な仕事をしている。


届ける宛先によって郵便物を割り振る作業。


これをするかしないかで

後の効率が大きく変わってしまう。

今は大変だけども総合的に見れば時短できるというわけさ。


それにこの作業にはひとつ面白いところがある。

それは、


「おっ!?マーケット通りのおっちゃん宛ての手紙だ。」


こうやってお得意様の名前が出てくること。

僕は宛先の名前を確認するのが趣味になてしまっている。


いや、覗いちゃいけないとは分かってるんだよ…

それでもさ、確認のためですから…


しょうがない、しょうがない。


そうやって仕事をしていればすぐに作業も終わるんだから

こっちもあっちもwin-winの関係だよね。


「リリちゃん、郵便分けるの終わったかい?」


奥からおかみさんが大きな声で叫ぶ。

その声で僕の意識は一気に現実に引き戻された。


慌てて手元を見れば作業はすでに終わっている。


「はい、終わりましたよ!!」


「じゃあ、そん中から適当に配達頼むよ。」


いつも通りの「アイアイサーです!!」を返し、

丁度右手の目の前にあった一番分厚い束を手に取る。


こうやって図らずとも仕事をしようと

無意識に動いてしてしまうのは前世からはたらく者の性なのだろうか…


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