別れと出会い
ついにその日がやってきた。
院の外には3台の馬車、
どれも騎士団の所有する最高クラスの物。
その階級からどこから下った命令かがはっきり分かる。
「これからも元気でね。」
長い間お世話になった院の先生はもっと言いたいことがあったように見えた。
僕たちを不安にさせまいとして
泣かないように気持ちを押し込めて
だからこそのこの言葉。
「先生、これまでお世話になりました。」
「先生、ホントにありがとね!!」
「気が向いたら、また来てあげるわ。」
先生は涙をこらえている。
ほら、今も鼻すすってるし…
「じゃあ君たち、そろそろ時間だ。」
それを合図にルイとジェリアの2人が院に背を向ける。
「またねリリィ、絶対また王都に遊びに来るからね!!」
「今度会うまでにあんたを必ず超えてやるわよ!!」
「またね」、「今度会うまでに」か…
この2人はまた会える未来を思い描いてる。
いつから二度と会えないと思ってたんだろうか。
これは2人なりの励ましなのかもしれないな。
そう思うと心の奥底があったかくなった。
「うん、またね。」
僕の答えに満足げな顔をして2人は馬車に乗る。
この別れは今生の別れじゃない。
人生2周目が情けないなぁ、
自分よりも小さい子たちに気付かされることがいっぱいあった。
走り出す馬車、その窓からルイが顔を出す。
「またお手紙出すからね、魔法も頑張るよ!!」
「おぅ、頑張ってね。」
顔出しなさるな、危ない挟むぞ。
今生とまではいかなくとも別れは別れだってのに
あの娘、空気感ぶち壊して…
ジェリアは何も言ってこなかった。
最初のアレが彼女の言いたいこと全てだったんだろう。
まぁ、プライドが邪魔してる可能性も捨てきれないが…
馬車は見えなくなった。
院の正門に残ったのは僕とルーナ様。
いつも2人がいた両隣、
3人で天術目録を開いて覗いて頭を悩ませた庭、
ルイが初めて魔法を使った樹、ジェリアの魔法が広がった空
今もそこに2人の影が見える。
2人がいなくても
思い出は僕の心の中にあるように感じた。
もうここに心残りはない。
短く息を吐く。
「行きましょうか」
「思い出の振り返りは終わったのかい?」
ルーナ様がからかうように笑う。
時折この人はまるで僕の考えてることが
分かってるようなことを言う。
荷物をもって馬車に乗り込む。
窓を開けると先生がいた。
「またいつでも遊びに来てね。」
この人にはお世話になった。
ほとんど外で本読んでたから他の子たちと比べて
関わりは少なかったかもしれないが
そんな僕にも変わらぬ愛所を注いでくれた
僕のセカンドライフにおける親的存在。
「えぇ、また機会があれば。」
馬車が走り出す。
手を振る先生が後方に流れて行った。
◇◇◇
「さて話をしようか。」
当たり前のようにして目の前に座った騎士団長様。
一瞬、「なんで?」とも思ったが
この人の立場なら自ら御者をする方がありえないか。
「これから君を送る場所だが…とある郵便屋だ。
以前まで住みこみの従業員がいたようなんだが不幸があってね…
君を養子として引き取ってくれるそうだ。」
郵便屋、住みこみの従業員、不幸があった…
どっかで聞いたことのある話、
というか心当たりしかない話…
僕を引き取った夫婦、もしかすると…
◇◇◇
馬車が止まる。
ここまでの道のり、心当たりしかない…
何度も何度も通った道、
死ぬ前の人間だった頃に…
「郵便屋」として
「はじめましてのご挨拶は大事だからな。
さぁ気合い入れていくぞ、少女。」
「了解しました。」
扉を開ける。
そこに広がっていた光景、それは見慣れたものだった。
いつも蹴飛ばしていた扉、
何段飛ばしをしてたかも忘れた階段、
毎日走り回った通りの石畳
それと同時に思い出したくないことまで思い出してしまう。
跳ね飛ばされた時の鈍い痛み、
叩きつけられたときに走った鋭い痛み、
体の芯に響くような冷たさ
それまでもが鮮やかに蘇る。
「うっ!?」
激しい痛みが頭を駆け抜ける。
目の前が徐々にかすみ始めた。
「少女、しっかりするんだ少女。」
必死に覗き込むルーナ様の顔がわずかに見えたのを最後に
僕は意識を手放した。
目が覚めるとそこはよく見慣れた場所だった。
「よりにもよってこの部屋か…」
ここは生前、僕が使ってた部屋。
今となっては曰くの1つや2つでもついてそうな部屋だ。
それにしてもベッドから机から
カーテンの柄まで変わってない。
それに床にもほこり1つ落ちていない所を見るに
定期的に誰かが掃除しているようだった。
まぁ、ここの家にお手伝いさんはいないから
おそらくはおかみさんかおやじさんなんだろうけど…
下の階から声が聞こえてきた。
おかみさんとおやじさん
それにルーナ様が話をしているようだ。
水を差さないように音を立てず
静かにそれはそれは静かに階段を下り、わずかに開いた扉の隙間から覗く。
どうやら話は終始和やかに進んでいるようで
ルーナ様もいつも通りだし、
おかみさんとおやじさんに関しても僕が死ぬ前とそれほど変わらない。
「いつまで覗いてるのかな、少女。」
突然、ルーナ様が声を張り上げた。
おかみさんもおやじさんも驚いて目を見開く。
何を言ってるのか分からないようだった。
もちろん驚いたのは僕も同じ、
一切こちらに視線を向けずに僕がいることを知っていた。
やっぱりそこが知れないな…
「具合はどうだ?よくなったかな?」
「えぇおかげさまで。」
促されるままにルーナ様の横に座らされる。
応接室とは名前だけ。
木の椅子とお情けばかりのテーブルが鎮座しているところ。
僕にとっては懐かしい場所だ。
「さてそれでは、ご主人ならびに夫人。
この子を養子として引き取る、間違いはありませんか?」
「はい、そのつもりです。」
「この少女は亜人族ですが、亜人領に戸籍はない。
つまりあなた方はこれから身元不明の亜人と同居することになります。
それでも本当にいいんですか?」
「構いません。」
おかみさんの目はまっすぐにルーナ様を見据えている。
そこでルーナ様は1枚の紙を取り出した。
見ればそこには養子の契約に関することが所狭しと書かれている。
・養子の契約については保証人を通して行うこと。
・養子を人種によって差別することを固く禁ずる。
・保証人は月に1回、仲介した孤児の様子を孤児院へ報告すること。
・その他、注意事項などは双方で情報交換をしておくこと。
大体こんな感じだった。
だけど、保証人って…
もしかして…
僕に向かってウインクするルーナ様。
僕、こんなすごい人を保証人にしちゃったわけ!?
紙をすみからすみまで眺めて
おかみさんが所定の欄に印を押す。
「これで君は晴れてこの家の養子になったというわけだ。
まぁ、なんだ、頑張りたまえ。」
ルーナ様が僕の頭をわしゃわしゃとなでた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます