懸章と知らせ

訪問からちょうど3日後、彼女は再び院にやってきた。


「さぁ少女たち、君たちを我が王都の王の元へ案内しよう!!」


いつになく大きな声で

朝一番から院の庭先で叫ばれちゃたまったもんじゃない。


「まだ寝てる子たちもいるんでお静かに…」


「…おっと、それは失敬失敬。」


院の外には見たこともないような馬車。


死ぬ前も王都生活は長かったが

ここまでの物は見たことないや。


自分たちを呼んでいる相手の力がよく分かるようだった。


「よいしょっと」


ルイとジェリアより一足先に馬車に乗り込み、手を差し出す。

まぁ見かけが女の子になったとはいえ、

レディファーストというものは大事ですから。


傍から見れば、よく分からない構図になってるんだろうけども…


僕がルイにさし伸ばした手は握られなかった。


彼女は馬車の目の前で縮こまって震えている。

その割には尻尾の毛が逆立っているような、


分かった、警戒してるんだ。


「この馬車は前のとは違うから大丈夫だよ。」


言い聞かせると

しぶしぶ手を取ってくれて、乗り込むことができた。

それでもまだ警戒してはいるようで

座っても周りをキョロキョロ見まわしている。


ジェリアはジェリアで違う意味で大変だった。


本人にも馬車にはトラウマがあるようで、

強気な姿勢ではいたが…足が震えている、尻尾もだ。


「ルーナさんがいるから大丈夫だよ」

と何回も言い聞かせて初めて乗ってくれた。


その様子にルーナさんも少し慌ててはいたが

無事、事が済んで安心したような顔を見せる。


院を出発した馬車は

大通りを通って王宮へ向かう。


その間、外から大きな音が聞こえるたびに

僕の両隣、ルイとジェリアの2人は僕の腕に抱き着いてきた。


ルーナ様は窓から外を眺めている。


「ルーナ様はなぜ僕たちをここまで手にかけてくれるんですか?」


問いかけに驚いたようにこちらを向くルーナ様。

その視線が再び窓の外に向けられる。


「私も君たちと同じ孤児だったんだよ。

そこでとある人に引き取られ今に至るんだ。

だから…そうだな、君たちとは似たものを感じるんだよ。」


その顔はいつもの様子とは違い、

憂いを含んでいるようだった。


「君たちはこれから色々な人に出会うだろう。

その縁を大切にするといい。必ず君たちの力になるはずだ。」


そこまで言うと顔が戻った。


「なんてな、堅い話はここまでだ。ここまで。」


さっきまでのしんみりした雰囲気を

一瞬でぶち壊すかのように声を上げるルーナ様。


馬車が止まる。


「よし着いたな、ここからは私が案内しよう。」


そう言ってルーナ様が扉を開けた。


そこから見えたのは見事な石畳。

居住区も石畳で舗装されているものの、ここほど素晴らしくはない。


まさに機能性と美学のダブルパンチ。


地面に足がつくと馬車嫌い2人組も息を吹き返したようで

さっき前の静かさがウソみたいにはしゃぎ始めた。


この3日間で礼儀作法、教えたのに…

どこに飛んでいったのやら。


それは王宮に入っても変わらなかった。


壁にかかった絵を見て

「この絵、グチャグチャだね」とか言ったり


置かれた壺を見ては

「あれ売ったらどのくらいになるのかな?」なんて聞いてきたり。


ジェリアもジェリアで

視界に入った人間全員が

自分より強いかそうでないかなんて言い始める始末。


ホントに礼儀作法とは…?


先頭のルーナ様が足を止める。

それに伴って僕も止まるのだが、キョロキョロしてた2人は僕にぶつかる。


「いたっ」


「なんで急に止まるのよ?」


ルーナ様が振り返った。

まるで僕たちを試すかのような笑みを浮かべている。


「今から君たちは王と面会する。

大丈夫だと思うがくれぐれも無礼のないようにな。」


そこまで言った瞬間、

重い音を立てて扉が開く。


その音に2人は体を「ビクッ」と動かした。


扉の先、そこはまるで貴族がパーティでも開くかのような広間。

その奥の玉座に座る老人。


「王都シルフォリア騎士団長ルーナ・ヴァルキリア、

ただいま参りました。」


広間に凛とした声が響く。


さっきのいたずらっ子のような笑みを浮かべた

人物と同じ人間が発したとは思えない。


「よく参った、こちらからの無理を通してもらい申し訳ない。」


「いえいえ、私は陛下の御心に従うまででございます。」


しばし広間を沈黙が支配する。


その沈黙を破ったのは王の方だった。


「やめじゃやめじゃ、こんな堅苦しいのは性に合わん。」


「そうですね、本日の陛下には少し違和感を感じておりました。」


王の口調が一気に柔らかくなったのだ。


◇◇◇


王の目がこちらに向けられる。

僕、ルイ、ジェリアの順にじっくりと時間をかけて観察されるようだった。


その視線にルイとジェリアは露骨に

不機嫌な様子を見せる。


「おっと申し訳ない、そなたらが例の子供たちじゃな。

先日の孤児院の件、大儀であった。

そなたらの勇気と功績を称え、懸章を授与する。」


え?懸章?

僕たちが?


横を見るとルーナ様がニヤニヤしていた。


この人、わざと説明しなかったな…

聞かなかった僕も悪いんだけどな…


玉座の横からお盆を持った人が出てきた。

家臣だろうか?その服装から随分と高貴な人物ということだけは分かる。


1人ずつ王の前に呼ばれる。


ルイもジェリアも大人しく懸章を首にかけられる。


ついに僕の番になる。

「さぁ、君の番だ。言ってきたまえ。」

ルーナ様が僕に耳打ちした。


王の前にひざまづくと

僕の首にも懸章がかけられる。


懸章は首紐の先に付いた

緑の石、そこに王都シルフォリアの紋が刻まれているもの。


僕たちがこんなの貰っていいんだろうか?


「ありがたく存じます。

この懸章に相応しい者であり続けられるよう努力します。」


王の顔は満足気味だ。

即興で言ったけど正解だったみたい。


その後は王とルーナ様がしばらく会話しているのを

横で立って聞いているだけだった。


難しい話が続き、よく分からない言葉が次々に飛び出す。

そうしてどのくらい時間が経ったのだろう、

ルーナ様がうやうやしくお辞儀をしたところで話は終わったようだ。


「この者たちを宮の外まで送れ。」


王が言うと同時にどこにいたのだろうか、

兵士たちが外に出るように促してきた。


その退室間際、

「またそなたらと会えるのを楽しみにしておるぞ。」

と王の声が聞こえた。


◇◇◇


「ホントに僕たちが貰ってよかったんですかね?」


首にかかった懸章。

それを手に乗せて、ふとつぶやく。


「君たちは相応のことをしたんだ。

これは王都における亜人の地位向上にも役立つことだよ。」


ここ王都にはたくさんの亜人が人間と共存している。

それでも人間と比べればまだ少数だ。


それに交流も少ないためか、

亜人に対する偏見は未だ根強く残っている。


僕は仕事柄、亜人族の人たちとも交流があったけど

全ての人間がそうとは限らない。


「まぁそういうことなら

ありがたくいただいておきます。」


「そうするといい」と言ってルーナ様は

僕の両隣で夢の中へ旅立った2人に目をやる。


「ときに少女、この2人は亜人領で戸籍が見つかった。

すぐにでも送り返すつもりだ。

だが、君に関しては一切の情報が見つからないんだ。」


おそらくさっきの王との話だ。

内容については意味不明なものが大半だったが

その中で聞こえてきた単語。


「獣人領」「竜人族領」「送還」


これだけ聞けば大体の内容は予測はついていた。


問題は僕の処遇、

戸籍がないということは戻る場所がないということだ。


「もちろん王から懸章を受け取ったような人物をぞんざいには扱わない。

そこで君には1つ提案があるんだ。」


ルーナ様が耳元に顔を近づけてくる。


「……………………………………」


◇◇◇


院に送り届けてもらい、

馬車から降ろされる。


僕が最後に降りる時、ルーナ様に止められた。


「さっきの話、検討しておいてくれたまえ。」


彼女を乗せた馬車が来た道を戻っていく。

僕はその後ろ姿を呆然と眺めていた。


それから数日、僕は心に穴が空いたようだった。


ルイは相変わらず首にかけた懸章を

年下の子に見せびらかしている。


ジェリアはそれを見て、ルイを咎め

2人して言い合いになっている。


いつも通りの風景、

でも今の僕にはそれがつらかった。


いつかはしなければいけないと思っていた。


今の元気なルイは、

あの日の怯えた目をした少女と同じ人物とは思えない。


ジェリアもこの数年で随分と心を開いてくれた。


その姿を見ていると視界がにじんでくる。


「なっ!?リリィ、どうしたの?」


「いや、何もないよ。心配しないで。」


感情の機微に敏感なルイには

ごまかしは通用しないかもしれない。


この子たちは僕が亜人だと信じて疑わない。

だから僕も一緒に亜人領に帰ると思ってるんだ。


でもそれはできない。


僕が2人の聞いてない所で

ルーナ様から聞いた自らの処遇。


「詳しいことは言えないが君は里親の下に出されることになると思う。」


彼女の言葉が頭の中で蘇る。


これを言えば、2人はどう思うだろう。

言わない方がいいのかもしれない、そうすれば2人を傷つけないで済むかもしれない。


「ホントに大丈夫だ…」


「うそ、リリィ今すごく苦しそうな顔してるよ。」


いつものホンワカした表情ではない、

僕の心の奥底まで見透かすようなそのまっすぐな目。


いつになくはっきりとした物言いに

僕は動揺してしまった。


「何か隠してるんでしょ?」


「いや、僕は何も…」


「ウソね、あんたと何年一緒にいると思ってるのよ。」


いつの間にか樹の上にはジェリアが座っていた。


たしかこの木はルイが初めて魔法を使った樹だったっけ?

なんて懐かしく思う。


それすらもう何年も前の話なのに

昨日のように思い出せる。


ルイが僕の頬に手を当てて

自分の目を見させる。


「私はリリィのこと友達だって思ってるよ。

なのに隠し事なんていやだな…」


目が覚めたような気がした。


ルーナ様から知らされた内容を2人に伝えれば

2人を傷付けると思い込んでいた。

だからこのことは伝えまいとも決めていた。


決めていたのだが…


それは誰のためだったんだろう。

本当に2人のためだったのか?

責められると思って伝えることを拒んだんじゃないのか?


僕は2人を信用していた。


つもりだったのかもしれない。


この2人を本当に信用していれば

こんなことで2人が僕にがっかりしないと、怒らないと分かったんじゃないか?


それすらも考えずに

勝手に2人の像を作って決めつけた。


僕の勝手な自己保身だ。


「僕はこの王都に残る。

君たちとは一緒に帰れないんだ。」


その場を静寂が支配する


「なーんだ、あんな顔するし黙るし

もっと大変なことかと思ったよ。」


「何かと思えばそんなこと?

私がそんなことを気にするとでも思ったの?」


2人ともあっけらかんとした様子。


僕の覚悟がバカみたいじゃないか…


でも気持ちはすっきりした。

この2人に僕の鬱屈とした気分は見事に吹き飛ばされたのだった。


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