僕らの孤児院戦争

王都にある孤児院に

でたらめに強い亜人がいる噂が流れ始めた。


すり傷、切り傷、あらゆるケガに病気となんでもござれ、

圧倒的な魔力を持ち、『治癒ヒール』を使いこなす亜人がいる。


だったかな?


詳しくは覚えてないんだけど。


あれからルイとジェリアは魔法にのめり込んだみたいだ。

進んで僕に教えを乞うてくる。


僕だって使える魔法が増えたわけじゃない。

あれから天術目録を読んでみたものの、

進展がない、読めるんだけど使えない…


それよりも実践的な使い方に興味が出てきた。


2人に教える中で僕も新しい使い方ができるようになった。


自分の視界に映る中であれば

物の格納、取り出しが自由自在。


これじゃもう、『召喚サモン』じゃんなんて

野暮なツッコミはなしだぞ。


以前、2人の喧嘩を止めた時みたいな使い方。

女神様曰く、僕は必要とあれば戦わないといけないようで…

その時に役に立つかは分からないが。


ジェリアの『治癒ヒール』事件?

事件と言って良いのかはよく分からないが、

その噂は悪い方向へ向かってしまった。


ただでさえ(ごく一部の人間にとっては)価値の高い亜人、

ましてや魔法が使えるなんてなるとこうなるのは必然だったのかもしれない。


一言に言おう。


「孤児院が襲撃された」


僕とルイ、それのジェリアがいる孤児院が

何の前触れもなく襲撃された。


それはいつも通り、

僕とルイ、それにジェリアが院の庭で天術目録を読んでいた時のことだった。


院の方から叫び声が聞こえる。


「っ!?」


ルイとジェリアも気づいたみたいだ。


院の方に駆けだそうとするルイを押しとどめる。


「止めないで、リリィ。

私たちがすぐに行かなきゃ。」


「まだ何が起こってるのか分かんないのに動くのは危なすぎる。」


「じゃあどうすればいいのよ。」


「まずは相手の目的を考えるんだ。」


僕の考える襲撃の理由。

これが正しければ院の子たちは対象じゃない。


狙いは僕たちだ。


ただそれだけが分かっても

相手がどう動くか、どんな装備を持ってるか等々

しっかり確認しておかないと、最悪の事態になる。


脳裏によぎるのは金髪の騎士。


何の確認もなく、

あぁやって突っ込んでこれたのは

あの人が強かったから。


片や僕たちはたかが数種類の魔法が使えるだけの子供。


準備をしっかり確認しないと…


「ルイ、院の中の子たちは無事かな?」


ルイに頼んで空間認識をしてもらう。

獣人はその特性ゆえ、五感が他種族よりも発達している。


冷静さを取り戻したルイが目を閉じる。


(さてはこの子、頭に血が上って忘れてたな…)


耳がぴくぴく動く。

ルイが目を開けた。


「多分、全員無事。

それに武装した人間が10人くらいかな?

何の武器かは分からなかった…ごめんね。」


シュンとしてうつむく、

尻尾も垂れている。


「いや、まさかそこまで分かるとは思わなかった。

ありがとう、助かったよ。」


労いとしてルイの頭をなでる

蚊帳の外にいたジェリアが袖を引っ張った。


「それで、今からどうするの?

あの子たちは助けるとして私たちはまだ子供だし…

相手は大人でしょ?作戦を立てるしかないでしょ?」


「そうだね、まずは役割分担だ。

ジェリアは後方支援、いざとなったら『治癒ヒール』を頼む。」


「分かったわ。」


そして次は元気を取り戻したルイ。

ある意味、この中で最も大切な役割を担うキーマンだ。


「ルイ、ジェリアが後方から僕がすぐ近く支援する。

思いっきり暴れ回っていいよ。最近、動き足りないんでしょ?」


以前、ルーナ様と対峙した時のルイの動きはとてつもなかった。


でも、

その後のジェリアとの時の方が動きがよかったように感じたのだ。


素人である僕がとやかく言えたことではないのだが、

なんと言うか…遠慮がない感じ?


この数年で成長したルイは

獣人としての能力も驚くほどに上昇していた。


それこそ並の大人では相手にならないほどに…


そりゃ、竜人族とのケンカとか

魔法を姑息な使い方する奴と戦ってればそうもなる。


「ジェリアは後方からいつでも『治癒ヒール』ができるようにしておいて。

僕とルイは『格納ストレージ』を使って移動する。」


ルイが驚いている。


そうそう、その顔を待ってたの。

物をしまうだけが使い方じゃないんだよ。


「じゃあ、作戦開始だ。」


魔法陣を展開する。

ルイを抱きかかえて、魔法陣に飛び込んだ。


◇◇◇


同時刻、孤児院の中では男たちが立てこもっていた。


「おい、見つかったか?」


「まだ見つかりません。」


男が舌打ちする。


魔法を使う亜人が裏オークションで取引されると聞いて

出向いてみれば騎士団が壊滅させていた。


しかし、それから数年後

男は再びその噂を聞くことになる。


その噂によれば出所はどうやら王都にある小さな孤児院。


どうやらそこに例のオークションで保護された亜人がいるとか、

その孤児院の上空に巨大な魔法陣が広がったとか…


(そんな噂を聞いたから来たものの、

ただの人間のガキばっかじゃねぇかよ。)


目の前では子どもが泣きじゃくっていた。


「うるせぇな、耳障りなんだよ。」


子供に剣先を向けた。

その子供を孤児院の先生が守るよう抱きしめる。


その切っ先が喉をかすめる。


「…たすけて、おねえちゃんたち。」


その時だった、外が騒がしくなる。


「外には見張りをつけてたはずなんだが…

まさか、例の亜人どもか?」


「大正解、やっぱり僕たちが目的でしたか。」


突如、空中に出現した魔法陣。

そこから出てきたのは人間に抱えられた獣人だった。


◇◇◇


ルイを抱っこして2人で魔法陣に飛び込む。


まず出たのは院の正面、

見張りがいたがルイの不意打ちであっけなく沈んだ。


「じゃあもう1回飛ぶよ。」


「合点だよ!!」


次に飛んだのは院の中。


さっきの奴らの声を聞いたんだろう。


銃を構えた男が僕たちに気付いたみたいだ。


「外には見張りをつけてたはずなんだが…

まさか、例の亜人どもか?」


「大正解、やっぱり僕たちが目的でしたか。」


見たところ、誰もケガはしてない。

大方、人質として使って僕たちを差し出させるつもりだったんだろう。


背後に現れた僕たちに驚き、男は飛びのく。


が、相手もかなりの手練れと見える。

すぐに冷静さを取り戻した。


「ルイ、君をもう1回転送して隙をつかせる。

僕は子どもたちと先生をジェリアのとこまで転送する。

人数が多いからね、その間にあいつを引き付けておいてくれる?」


ルイの聴覚は常人の10倍以上、

目の前の男に聞こえないようにほんの小さな声で伝える。


ルイが「グっ!!」とサインを送ると同時に詠唱を始める。


「『格納ストレージ』」


子供たちと先生の足元に魔法陣が現れ、格納が始まる。


「なっ!?させるか!!」


男が動く、本来ならここからなら間に合わない。


足を使えば…


格納中の子供たちにその手が触れようとした瞬間だった。


「ふん、にゃぁっ!!」


男が弾き飛ばされた。


子供たちの転送を囮にして、ルイへの注意をそらし、

男が格納の邪魔をしようとした途端に、ルイを取り出した。


対象の量によって格納までの時間が異なるなら、

注意をそらすにうってつけだったというわけだ。


再び『格納ストレージ』を発動し持っていた木の葉を魔法陣の中へ格納、

男の剣の中で取り出した。


いくら丈夫な金属とはいえ、

格納魔法による出現は阻めない。

つまりは…


剣の硬度を無視して、剣を断つように木の葉が出現する。


こうすれば簡単に剣でも真っ二つにできるってわけだ。


一か八かだったけど上手くいった。

男はポカンとしている。


当たり前だ。

気付いたら剣が折れていたんだから。


そして剣を真っ二つにしたのが、

木の葉っぱだったんだから。


一瞬、呆気にとられ動きを止めた男。

少なくとも僕にはそれは一瞬に見えたのだが、


ここにそれを一瞬と思わないものが1人。


「よそ見なんて随分余裕だにゃ!?」


格納魔法を使うことなく高速移動した(であろう)

ルイが今度こそ男を蹴り飛ばし、意識を刈り取る。


壁にめり込んだ男は気を失って泡を吹いていた。


◇◇◇


先生と他の子供たちはジェリアの治癒を受けていた。


幸いなことに

誰1人として大きなけがをした子はいなかったようで。


せいぜい、すり傷や切り傷がいいところ。


ジェリアも「人数が多いわね」なんて

ぶつくさ言いながらも、なんだかんだ『治癒ヒール』をかけてくれていた。


ルイによって地に伏すことになった男たちは

僕が格納魔法で隔離、騎士団が来るまで閉じ込めておくことにした。


しばらくすると騎士団がやってくる。


「出動が遅れ、申し訳なかった。」


そう言ってルーナ様が頭を下げる。


特に大きなケガがなかったから

僕はいいんだけど…


格納ストレージ』で閉じこめておいた男たちを

騎士団に引き渡す。


ルーナ様は「よく頑張ったな」と言って

頭をなでてくれた。


孤児院の襲撃から数日後、

再びルーナ様が姿を現した。


今日も今日とてきっちり服装を正していらっしゃる…


「今日は君たち3人へお知らせをしに来たんだ。」


そう言って僕とルイ、ジェリアの3人を連れて

院の中へ入った。

驚いたことに先生はルーナ様が来ることを知っていたようで

お茶の準備なんかしてる、


普段はそんなことしないのに…


「例の襲撃事件の話が王の耳にも届いたようでね。

是非とも君たちに会いたいそうだ。」


そこまで言ってカップに手を伸ばす。


「君たちはどうだい?行きたいかい?」


その言葉に弾かれたように

ルイとジェリアが反応する。


「王様ってことはすごい人だってことだよね!?

そんな人なら会ってみたいかも。」


「王ってことはこの国で一番強い奴だってことでしょ?

そんな人間なら会ってみたいわ。」


ジェリア…

王様は一番強いから王様ってわけじゃないと思うけど…


おさか何かと勘違いしてない?


ルーナ様が僕の顔をのぞき込む。


「残りは君1人だが、どうする?

1人でお留守番でもしておくかい?」


馬鹿言え、

王様が「会ってみたい」と言えば僕たちに拒否権は発生しない。

というか元からそんなものはない。


この2人は何も考えずに乗ったみたいだけど

何か裏がある気がする…


だからこそ2人だけで行かせるわけにもいかないんだけどね。


「もちろん僕も行きます。」


「これで全員が同意したわけだな。

分かった、それでは3日後に迎えに来る。

それまでに最低限の礼儀作法くらいは学んでおいてくれよ。」


言い残して去っていった。


ちなみに襲撃犯はなんとも大きな檻の中に

ぶち込まれ、見世物にされながら連れて行かれたんだとさ。




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