猫人族ルイ

連れて行かれた孤児院は

事前に騎士団が話を通してくれていたみたいで

僕たちの入所はすぐに決まった。


ハルトさんみたいなしっかりした人が

先回りでやってくれたんだろう。


ホントにありがとうございます。


僕含め、今回入所したのは3人。


ケガを治療したことでやたらと懐いてきた獣人の子、

猫人族キャットピープルだろうか?

今も僕の右腕に抱き着いている。


そして最初から特に関わることもなかった竜人族ドラゴノイド

そろそろ話してくれてもいいんじゃない?


そして私、都合がいいので有翼族ハーピィってことにしてる天使。


孤児院に預けられるということは

時間がたっぷりできるということ。


せっかくのセカンドライフなら

あの本に載ってた魔法がもっと使えるようになりたい!!

…それに女神様から使えるようになれって催促されてるし。


◇◇◇


子供の頭は不思議なもので

物覚えがとんでもなくいい。


死ぬ前の僕じゃ無理だったようなことも

すぐに覚えられてしまうから不思議なもんだ。


孤児院に入って1週間が経った。


あれから僕は必要最低限の関わりを持ちつつも

例の「天術目録」を読み漁っていた。


外側が美少女になっても

中身は男のままだ。


いくら生死を分けるような経験を共にしたからって

そう簡単に女の子慣れすることもなく…


そう、孤児院に僕と一緒に入ったのは

全員、女の子だったんだ。


いや、そうなんだよ。

あの時は今にも死にそうだったから話せたんだけど…

その、今となっては恥ずかしいというか、何というか…


とりあえず免疫がないんだよ。


(なんなのよ、情けないわね。

ホントならあなた泣いて喜ぶんじゃないの?)


「そんなわけないでしょ。」


こうやって女神様と会話するのも楽しい。

1人でも楽しめることってあるんだよ。


「1人でなに話してるの?」


「ん?僕はね1人でこの本を読んでるだけだよ。」


危ない危ない。

女神様と話してるなんて言ったら、変な奴認定され…


ん?

今、話しかけてきたのって誰?


首が「ギギギギギ」と音を立てて横を向く。


視界に入ったのは猫耳、

例の猫人族の少女だった。


「ねぇ、何してるにゃ?」


「どわぁぁぁぁぁぁ」


びっくりした勢い余ってすっころんだ。

それを心配そうに眺める彼女。


あぁやらかした、ひどいあり様…


◇◇◇


「ねぇ本当に大丈夫?」


「そ、そうだね。大丈夫だよ。」


さっき倒れた時にひじを擦りむいた。

それを心配してくれてるってわけだ。


安心してもらうために笑顔を何とかして作りながら、

傷口に『治癒ヒール』をかけておく。


「よかった。」


そう言うやいなや

再び距離を詰めてくる。


「私はね、獣人族の国から来たの。

名前はね、ルイっていうんだ。!!」


そう言うと無邪気な笑顔を向ける。


それにしてもなんで僕の所に来たんだろ…


「なんでわざわざ僕の所に来たの?

何か用でもあった?」


するとルイはもじもじし始める。


なに?なんか言いにくいことでもあるの…

「女の子同士だからー」なんてそんなの使えないよ。

バレてないだけで僕、男だからね…


「そ、その、魔法を教えてほしいのっ!!」


はへ?魔法を教えてほしい?

誰に?

でもルイの目の前には僕しかいない…


つまり、僕に?


「いやいやいやいやいやいやいや、

僕だって魔法なんて使ったの初めてだしさ。

そんなにうまくないし…」


「でも私のケガ、治してくれたよね?

あのとき、すごくかっこよかったの。

だから、ダメかな…?」


ルイは上目遣いで目をウルウルさせてお願いしてきた。


まぁ、確かに、僕が魔法を使ったからていうのが

事の始まりなわけですから…


仕方ないか…


「ちょっと待っててね。」


ルイにそう伝えて、誰の目にも触れない場所に移動する。


「女神様、そういうことなんで教えてもいいですか?

別に誰かに教えちゃいけないって言われてませんし、

ちょっとくらいならいいんじゃないですか?」


(そうねぇ、まぁちょっとくらいならいいんじゃないかしら?

ただし、中には天使以外が使うと大変なことになるのもあるわ。

そのページ以外の魔法を教えなさい。)


「了解です、ありがとうございます。」


(いいってことよ。)


ルイの所に戻ってグーサイン。


彼女は目を輝かせて

飛びついてきた。


そのまま地面に倒れる。


獣人の距離感ってのはこんなものなのか?

僕には刺激が強すぎる…


◇◇◇


魔法陣から取り出した本には

開こうとしても開かない所があった。

これが女神様の言ってた危険なやつか…


開くのは最初の方かな?


えぇっと…

大体教えれるのは召喚サモン消却エリミネーション治癒ヒールあたりかな?

今のところは。


「じゃあ始めます。」


「よろしくお願いしますっ。

えっと、なんて呼べばいいのかな?」


そうだった、

これまで何も言われなかったら考えたこともなかった。


名前、なんて言えばいいんだろ…


「女神様、僕なんて名乗ればいいですか?

大天使ガブリエルですか?」


一瞬でルイに背を向ける。


(あなたバカなの?

天使がホイホイ出てきちゃいけないのよ。

適当に考えなさい、テキトーに。)


テキトーになんて言われてもどうすれば…

じゃあ、偽名使うか?


偽名って言っても…

どうする?


僕の名前…

天使、花、ユリ…


「リリィです。」


ルイの顔がパッと明るくなった。


「よろしくね、リリィ!!」


あぁこの笑顔、まぶしい…


◇◇◇


天術目録を開く。

どの魔法がいいかな?


とりあえず治癒でいいかな…


座った彼女の前に本を開く。


「じゃあ手のひらを前に出して。」


ルイがその言葉の通りに手を差し出す。


「次にここに書いてる通りに詠唱するんだ。」


ルイがまじまじとページを眺めるも

その口からは何も出てこない…


「どうしたの?」


「リリィ、ここってなんて書いてるの?」


マジですか…

そういやこの本って人間の言葉で書いてるんだった。

それも結構古い言葉。


これまで普通に話せたから気づかなかったけど

亜人は人間の古語は使わない。


まずは言葉の勉強からか…

まだまだ先は長そうだ。


その日からルイのお勉強会が始まった。


「まずは簡単なものから始めよっか。」


「お願いしますっ!!」


ビシッと敬礼するルイ、

やる気は十分のようで。


それから数時間、

ルイの集中力は続いた。


「もぉ限界だよ、リリィ。」


「うん、よく頑張りました。」


そんな生活を続けて

早数か月が経った。


その間にも僕の身長は伸びることなく、

以前は僕より小さかったルイにも背を抜かされてしまった。


ルイは聞くところによれば前世の僕よりもはるかに幼いそうで。

そのおかげかものすごく飲み込みが速く、

古語を数か月で習得してしまった。


「リリィ、リリィ、早く始めよ!!」


急かすルイの勢いに負けて

例の本を開く。


覗き込んだルイは依然と違い

「読める、読めるぞぉ」なんて言いながら詠唱の文を読んでいた。


最初から内容だけを教えてもよかったんだけど

古語を知っておいて損はない。


人間と交流の多い獣人族だ。

これからもしかしたら使うことがあるかもしれない。


…まぁ実際に詠唱しろって書いてるのは

治癒ヒール」の一言だけなんだけどね。

その他には発動の動作や魔法の使い方が所狭しと書かれている。


「えぇっと、手のひらを前に出して…

治癒ヒール』って感じでいいのかな?」


こちらを向いて心配そうに聞いてくるルイ。

でも僕はルイの顔を見ていられなかった。


彼女が手を向けた先、

そっちに目が釘付けになってしまったからだ。


彼女が手を向けた先、

そこには今にも枯れて倒れそうな樹があった。

治癒ヒール」の詠唱をした途端、

その樹の下に魔法陣が現れて光が樹を包み込む。


目を開けると

さっきまでとは似ても似つかない青々とした葉をつけた樹がそこにはあった。


ルイもその様子を見て目を見開いている。


「これ、これって、うまくいったの?」


「大成功だよルイ、おめでとう!!」


「やった、やったよ!!リリィ。」


(守りたい、この笑顔)


そう叫んで僕の胸に飛び込んでくる。

ズボンからはみ出した尻尾が左右に大きく振れている。

本当にうれしかったんだな。


よかったよかった。


その日を境にルイは『召喚サモン』や『消却エリミネーション』といった

僕も使ってるような魔法も習得していった。


それから2人で練習がてら魔法合戦をしてるのを見た時、

孤児院の先生が卒倒してしまったりと。

まぁ色々あったわけだが…


そうして月日は少しずつ過ぎていった。

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