亜人オークション

しばらくすると馬車が止まったらしい。


その反動で目が覚めた。


外から聞こえるのは王都の検問兵の声、

これなら助かる!!


と思っていたのもむなしく…


存在が知られてなお、捕まらない奴隷商が

検問対策をしてないはずがなかった。


中から叩いて助けを求めてるのに、

一向に気付くはずがない。


よほど丈夫な素材か、それとも何かの魔法か…


魔法ならこの本でどうにかできそうだけども。


僕たちが助かるタイミングは1回のみ、

検問兵が荷台の中を覗く瞬間だけ。


恐らくこの荷台には魔法がかかってる。

その証拠に僕はここになるまで中の子供たちに気付かなかったんだから。


すると…


検問兵が荷台の後ろに回る。

扉に手をかけた。


今だ!!


消却エリミネーション!!」


突き出した手のひらに魔法陣が展開、

荷台の中を光が満たした。


恐る恐る目を開けると…

検問兵が絶句したような顔をしていた。


まるで何か「奴隷として捕らわれた」者を見るように。


「君たちは何なのかな?

この中身は食料物資だと聞いていたのだが…」


「僕たちはこの馬車の持ち主に捕らわれました。」


その瞬間、

奴隷商が馬車を無理やり発進させる。


(こいつら、検問を無理やり突破する気か!?)


「全員捕まって!!」


反射的に出た大声で

荷台に乗せられた全員が振り落とされずに済んだ。


そのまま馬車は大通りを爆走、

僕の王都の帰還は最悪の形で始まった。


◇◇◇


それで、あれからどうなったかというと…


大通りを突っ切った馬車はそのまま逃げ切って、

僕たちは今、地下牢に入れられている。


(なんで天使たるあなたがそんなことになってるのよ!?)


「こっちが聞きたいですよ!!

セカンドライフの始まりがこれなんて縁起でもないです。」


今は荷台にいた全員、

同じ地下牢にぶち込まれた。


幸か不幸か誰1人として欠けてはいない。


相変わらず状況は最悪、

逃げ出す隙もなくなってしまった。


「お前ら、さっさとついて来い。」


人相の悪い、恐らく奴隷商とグルの男が

入り口を開けて出てくるように促した。


連れて行かれた先は、きらびやかなステージ。


まさか地下にこんなものがあるなんて…

僕も長く郵便屋で働いてたけど知らなかった。


そしてここで行われることといえば…


ガベルを打つ音がする。


…オークションの始まりだ。


◇◇◇


ここ王都では人間以外も様々な種族が住むことは認められている。

でもそこに偏見があるのもまた確かだ。


だからこうやって違法なオークションには

人間以外の「亜人族」が商品にされる。なんて話を風の噂で聞いたことはあるけど


まさか、僕がこの場に居合わせるとは…

しかも「かけられる側」で。


「さぁ始まりました、奴隷オークション。

今回も皆様ご注目の賞品が集まっております。」


まず始まったのは例の獣人の女の子。


次々に値札が挙がっていく。

そしてついに落札された。


うつむいたその子の顔は

不安と絶望に塗りつぶされていた。


次、また次に落札される亜人達。


ついに僕の番になった。


「さて、最後は今回の目玉。

有翼族ハーピィでございます。」


その瞬間、札を持つ人間の目が変わる。


これまで興味本位の目線から、

嘗め回すような目線に変わった。


そういえば…


奴隷商たちが「ラッキー」なんて言ってた。

僕は元人間だから有翼族ハーピィが希少かどうかなんて知らないが


(この感じはマズいかもな…)


「皆様お聞きください。

この有翼族ハーピィ、魔法を使う高等な商品です。」


それを聞いた途端、会場がざわめき始めた。


なんだなんだ?


「ねぇ、なんでここまでザワザワしてるの?」


「そりゃそうだよ、その齢で魔法が使える亜人なんて希少に決まってる。」


僕は天術目録に書いてる通りにやってるだけなんだけど…

さては治癒とか消却とかも見られたか?


目の前ではさっきとは

比べ物にもならない勢いで札が上がっていく。

そこに書かれた値段も先ほどとは比べ物にならないほどに跳ね上がってる。


このままじゃホントに売り飛ばされる。


それに…


その後、この子たちがどうなるか…

身の安全だって保障できない。


(女神様、魔法でも撃っちゃいけないんですか!?)


(あの本なしであなたの撃てる魔法って何なのかしら?)


僕が詠唱できる魔法は

召喚、消却、治癒…


あぁぁぁぁ、この場じゃどれも役に立たない…


(ね、この場を切り抜けるのはあなたじゃ無理なのよ。

せめてあの本さえあればねぇ…)


「さぁ落札が決定しました。

落札額はなんと驚異のリルラ金貨100万枚です。」


ここまで大掛かりな人攫い、そして奴隷オークションが摘発されない理由が分かった。

「裏金」だ。


シルフォリアで主に使われる金貨はシルラ金貨。

リルラ金貨も同等の価値を持ってはいるが、

宗教上この国で使われることはほとんどない。


つまり金の動きが把握しにくい。

どこで大きな金が動いているかが見えないから摘発されなかった。


しかしそんなことに気付いたところで

今更どうしようもない。


「これですべての商品が落札されました。

本日はお越し下さり皆…」


「オーナー、大変です。」


オーナーと呼ばれたその男が閉会を宣言しようとした時、

焦った様子で若い男が飛び込んできた。


「なんだ?いきなり。」


「騎士団が来ています。」


騎士団と聞いた途端、オーナーと呼ばれた男の顔が引きつる。


しかし、すぐに平静に戻った。


「地上の方の見られても構わん方に案内しろ。

適当に見せて回ったら、とっとと追い出せ。」


その様子に若い男も落ち着き、

戻っていった。


「さて皆様、お騒がせいたしました。

それではこれにて、オークションを終了いたしま…」


言い終わろうとした瞬間だった。


雷が落ちたような音がした後

会場後方の天井が崩れ、光が差し込む。


一瞬、何が起きたか分からなかった。


天井(だったモノ)が崩され、瓦礫になって

会場の床に転がっている。


そして


その瓦礫の上に立っていたのは

鎧を装備して、剣を携えた金髪の女性。


「楽しそうなことやってるじゃないか。

ぜひ、私も混ぜてほしいものだな。」


その女性が楽しそうにそう言うと同時に

上の方が騒がしくなる。


瓦礫の上から飛び降りて

カーペットの上を歩いてこっちにやってくる彼女は

「ようやくあっちも始まったか…」なんてつぶやく。


「き、貴様、何者だ?」


オーナーが半ば叫ぶようにして問いかける。


その言葉に、金髪の女性がふっと笑う。


「私は王都騎士団団長、ルーナ・ヴァルキリア。

私が来たからには、もう貴様らの好きにはさせない。」


よかった…騎士団が来てくれた。

騎士団が来てくれたからにはもう安心だ。


ルーナと名乗った女性がこちらに向かって歩み寄ってくる。


「君たち、よく頑張ったな。

ここからは私たち、騎士団に任せてくれ。」


その後というと、もう大変だった。

奴隷オークションの摘発から奴隷商の特定まで


僕の見えないところで色々と進んでたみたいだ。


そして今僕の横では…

騎士団長様が部下と思わしき男性に怒られている。


「団長、あれほど特攻しないようにお伝えしましたのに…」


「すまない、すまない。居ても立ってもいられなくなってな。」


「ハハハ」と高らかに笑うその顔は

さっきの凛々しさからかけ離れていて…


その後聞くところによると、

僕が使った魔法の残滓、

それが救出の手掛かりになったんだとか。


「えらいぞ」なんて言いながら

騎士団長様が僕の頭をなでる。


◇◇◇


会場にいた全員が摘発され、連れて行かれた後

僕はこっそり地下牢へ本を取りに行っていた。


ずっと抱えたままじゃいつか無くしそうな気がする。

どうにかならないもんか…


(そんなのその本に書いてるでしょ。

格納ストレージ』、知らないの?)


知らないんです!!

元々魔法とは縁もゆかりもない人間でしたからね!!


言われたとおりにやってみると

魔法陣の中に本は入っていった。


(ね、これあなたの仕事に役立ちそうでしょ!?)


と言われましても…

元の郵便屋で働けるかも分からないんだよ


「さてこれからについてだが、

君たちはこの王都の孤児院に預けられることになる。」


ルーナ様は僕たちに向かってそう言った。


「あのぉ、少しいいですか?」


「あぁ少女、なんでも聞くといい。」


「この中は出身がここではない子もいます。

その場合、この子たちはどうなるんですか?」


そう、僕が知りたかったのは

この子たちの扱い。


王都とは正反対の方向からやってきた馬車に乗せられてたんだ。

王都出身とは思えない。


この子たちとしてはすぐにでも帰りたいだが、

王都から1歩でも出れば死と隣り合わせになる。


たとえここまでの短い付き合いだったとしても

そんな状況になってほしくない。


「孤児院に預けられている間、

私たちは君たちの身元を確認する、もちろんその間の身の安全は保障しよう。

それが終わり次第、騎士団が責任をもって送り届けよう。」


それなら安心だ。


騎士団が送ってくれるなら、

その身の安全は保障されたようなものだから。


それにこの人の言うことなら信用できる。


「さぁ、ここまで頑張った君たちを

私が孤児院まで送っていこう。

さぁついて来たまえ、ハッハッハ!!」


「団長、それは私たちの仕事です。

団長は他にもやるべきことが…」


「ハルト、今は子どもたちを送るのが最優先だ。

その”やるべきこと”は後で必ずやるからな!!」


ハルトと呼ばれた騎士が困ったような顔をしている。


それを尻目にルーナ様は

子供たちをおんぶにだっこで抱えて地上に向かう階段を上っていった。

…ついでに僕はしてもらってないからね、

恥ずかしいじゃん。


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