第6話 家族の思い出

 亜紀と芳茂は安心し切った顔で微笑んでいた。

「明日死すとも今日を生きるべしと確信した日だった」

 と言い、芳茂は亜紀に101秘密会議の発表を冷静に国民が受け止められると暗号を送った。

 それから、二人は砂浜へ向かった。砂浜から断崖絶壁を眺めると、飛び込んでいたら一溜まりもなかったと思いつつ、二人は顔を見合わせて背筋が寒くなるのを感じていた。

「ねぇ、あなた」


「ううん」


「地下都市で宇宙船のように空気や食料があって、何十万年以上も代替わりして快適に生きられる良い方法があるかしら」

 と、亜紀は芳茂に尋ねた。


「実は、旅行の前の日、政府に地下都市推進委員会の委員を承諾したんだ。10年間、101秘密会議メンバーとしてご苦労様。亜紀の提案した地下都市計画は僕が引き継ぐよ。後は、巨大彗星の動向を監視してくれ、接近が速まる事になったら大変だから。僕は心理学者として、地下都市生活の精神面の問題を解決する仕事を引き受けるよ」

 と、芳茂は亜紀をねぎらい、力強く決意を語った。



 もしかすると、この青球にも異星人が探査機を飛ばせて調べて行ったかもしれない。青球人よりも高度技術や文明を栄えさせた異星人達がいて、青球滅亡を予想して立ち去って行ったのかもしれないし、知的文明の中に入って争いを起してはいけないと思い、立ち去ったのかもしれない。

 知的生命体が文明を持てば持つほど、争い事の醜さを知っているのだと思った。今までの異星人到来も我々が考えているような凍結受精卵で、機械により動かされていたのかもしれない。

 我々もそうだが、人間を宇宙船に乗せて何百年すら飛ばす事は出来ない。人間は善き心も持っているが悪しき心も持ち合わせているからだ。高度技術を持っているとはいえ、この広大な銀河系宇宙を旅する間に、他の文明を持つ異星人と争っても着陸したくなるのが人情かもしれないからだ。また、自分の代に着陸したいという自我も生まれてくるだろう。そんな心を最小に防ぐには感情を持たない凍結受精卵に託して、機械を制御して穏やかに異星に着陸させ、青球の未来を切り開いてもらうしかないと亜紀は思えた。


 星にも永遠がない限り、この銀河系や銀河群、銀河団、超銀河団という大規模な宇宙の泡構造の膜の中で、星の誕生と消滅により、幾多の星で故郷を追われる経験をしている異星人がいるであろう。それらの異星人が飛ばせた宇宙船がこの宇宙を飛び交い、まだ目覚めぬ凍結受精卵の間に、ニアミスを繰り返しているかもしれないのだ。異星人が立ち寄った形跡は青球にもいくらもあった。しかし、まだ確固たる証明がされていない。

 亜紀と芳茂は浜辺を散歩しながら、他の星にもこんな美しい海というものがあるのかと考えながら眺めていた。私たちが住める星を探すのなら今までに見た光景と同じような眺めなのだろうと考えた。

 そこを見られないのは残念であったが、そこまで欲をかく事ができないので、想像するしかなかった。

 


 人間の命は限りがある。しかし、科学の進歩には限りがない。だが、限りある命の中で人間は愛を育む事が人生だと思って、亜紀は今更のように芳茂を見詰めて、家族を思いやった。

「帰ろうか」


「ええ」


「どんなに短い人生でも愛を忘れたら人間は駄目だね」


「あの女性は愛の被害者かもしれないけれど、また改めて愛を育てられる権利者でもあるのよね。生ある限り投げ出したりしないわね」

 と言い、亜紀は青球の全国民に対しても同様の気持ちを抱いた。



 二人は浜辺を後に、緩やかな崖の階段を上り、先ほどの女性が佇んでいた崖を一度振り返り安堵の気持ちから、にっこり顔を見合わせた。宿に着いて、家族で大浴場へ行き、命の洗濯をした。部屋に帰ると豪勢な料理が並べられていた。

「うわぁ、すごい料理」

 と、言って信秀はご満悦だった。 


「でも、こんなのもう食べられなくなるのね」

 加菜は、寂しそうに言った。


「いや、今でも淡水で海水魚を飼育できる技術が開発されているというから、50年後までには普通に食べられるんじゃないか」

 と、お祖父さんが言った。


「大丈夫よ、まだ50年あるんだから、信ちゃんは美味しい物を一杯食べなさい」

 と、お祖母さんが言った。


「今までの、国内外の問題が、自国だけの解決策になるね。海外からの押し付けがなくなる。自分たちで考えるんだ。環洋経済連携協定だって、昔なら我われが学生運動したように、500万人反対デモになっておかしくなかった」

 とお祖父さんが言った。


「そうよね、私も安保反対のデモに参加したわ。町では、子供たちが真似をしていたわね」

 お祖母さんも、思い出を語った。


「私、昔のテレビで見たわ。安保!反対!安保!反対!というシュプレヒコールでしょう」

 加菜は立ち上がって、腕を振り上げ真似をした。


「僕も見たよ、安保!反対!安保!反対!‥‥」

信秀も、テーブルの周りを回りだした。


「もう座って。これからは、みんなの知恵と協力が国を救うのよ」

 と、亜紀は言ってみんなの顔を見た。



 皆で、時間をたっぷり取って和やかに食事を済ませた。

 次の日は、海岸で貝や海草、ウニ取りそして魚釣りと盛り沢山に楽しんだ。浜辺では海水浴もして、お昼には獲り立ての魚介類で潮の香りを味わいながら食事をしてすごした。

 帰りの日には遊覧船に乗って島巡りをして回った。青い海の中に海月が見えた。こんなものを見て異星人を想像したのかと思い、亜紀は可笑しかった。しかし、これからの受精卵の宇宙旅行は、知的生命体との接近をしないで済むなら済んでもらいたいと考えていた。メッセージや映像での遭遇にとどまればいいと願った。今日まで異星人と遭遇しなかったのも、異星人なりの倫理観があり、衝突を回避して来たものと理解したかった。

 家族は楽しい思い出を土産に家路へついた。亜紀はその日ゆっくり床に就いた。

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