第3話 国家像

 首相と議長との連絡のため研究所につめていた亜紀は、三日ぶりに家へ帰ってきた。亜紀は、エントランスホールからオートロック操作盤で部屋番号を入力した。家ではインターホンに出た娘の加菜が自動ドアとエレベーターを開けた。誰もいない時は、自分で開けて入るのだが、今日は皆が揃っていた。

 夫と娘と息子そして亜紀の両親が、亜紀を玄関まで出迎えた。

「ただいま」

 亜紀は複雑な思いで、家族を見詰めて微笑みかけるしかなかった。


「お帰り」

家族は口をそろえて言った。


「お母さん、すごい発見だね、彗星の分析は大変でしょう。いろいろ教えて」

 弟の信秀が弾んだ声で言った。


 亜紀は101秘密会議のメンバーの誇りとして、平静を辛うじて保っていた。

 メンバーである事は、当然ながら家族も知らなかった。しかし、夫と両親はいつもと違うと何かを感じていた。リビングの隣のダイニングテーブルには食事は用意されていなかった。


「夕食は、展望レストランに行きましょう」

と、母が言った。これは皆で決めていた事だ。亜紀は着替えに自分の部屋へ入った。着替えを終えて部屋を出ると、夫の芳茂が待っていた。


「家の事は心配しないでもいいよ」

と言って、優しく肩をたたいて頷いた。


 亜紀はまさか、夫が知っているわけがないと思い、芳茂を見た。芳茂は、何が起きても大丈夫といわんばかりに、たくましく亜紀を包んでいた。亜紀は暗黙の了解を得て、少し気が楽になった。隠す後ろめたさもあったが、夫の頷きによって、すべて許された安堵感に浸っていた。

 家族は、展望レストランで好きなものを大皿に頼んで、皆で食べた。このようなことはこの国では当たり前の光景だった。三世代で住む高層マンション派と、二世帯住宅の戸建派と、核家族派などさまざまであったが、それぞれにあった家族形態を選んでいた。多くは、安心の得られる三世代で高層マンション派に属していた。親と共同で購入し、協力していくというのがこの国の家族形態であった。このマンションには、スーパーマーケットもレストランも保育施設も、ありとあらゆるものがあり、近くには病院も学校もあった。


 芳茂は子供の前で、何も言わずに、亜紀の思い詰めた目を気にとめて胸が一杯だった。心理学者でもある芳茂は、亜紀の動揺を見抜いていた。しかし、亜紀がその事から逃げ出すのではなく立ち向かおうとしている事も感じ取っていた。亜紀がその事について話せないのなら、影ながら応援しようと芳茂は決心するのだった。両親は、家族が和むように会話を続けていた。

 亜紀は、101秘密会議が開かれた後に、家族で旅行をしょうと考えていた。芳茂にその事を頼むと快く承知してくれた。


「明後日から、会議で合衆国へ行って来るわね。帰って来たら、みんなで連休にでも旅行へ行きましょうか」


「行く行く」

と、高校1年の加菜が言った。


「僕もいいよ。星の見える空気のきれいな所が良いなぁ」

 と、小学6年の信秀が言った。


「私たちは、いつでも行けるからいいわ」


「お父さんもお母さんも一緒に行きましょう」

 と言い、芳茂が誘った。


「そうかい。では、行くか。一緒に」

と、定年を迎えた両親が快く了承した。


「よおしっ、贅沢にいこうね」

と、信秀が言うと、弾んだ笑い声が皆から起きた。


 これは、亜紀の家族ばかりでなく、レストランのいつもの様子だった。ご近所の家族を誘ったり、親の留守家族を誘ったりして和気あいあいと食事するのが当たり前の雰囲気だった。



 それから、亜紀は外務大臣と101会議出席のため、出国した。

 101秘密会議は秘密裏に、合衆国の中央会議場で開催された。議長である大統領の重々しい開会宣言によりはじまり、議題の趣旨説明があって後、活発な討論に移った。 

  

 50カ国の議論は大きく二つに割れた。半数の国は、彗星の軌道を変えるか彗星を破壊するかして、衝突を回避する意見であった。また、半数の国で、彗星の被害に大小違いはあるが、無理な科学技術開発に時間と莫大な資金を費やすより、シェルター建設に早く取り掛かった方が良いという意見に分かれた。大国の意見は、我が国を除いて科学技術開発に自信を強めていたため、シェルター建設と同時進行で、軌道変更ができなければ、レーザーかあるいは核爆弾を使い彗星を破壊するという意見だった。いつものように、大国の意見に押し切られる様相になっていた。しかし、我が国は軌道修正には力を貸しても、破壊には反対だった。レーザーでの破壊でも、気象上の多大な被害が考えられる事を主張し、地下都市建設を第一政策にする事を訴えた。そこに、原爆などとはより恐ろしい結果をもたらす事になるので強く反対した。今後の50年を経済至上主義から、自然災害に対処できるバリァ

社会を建設するという事を訴えた。

 その後、何度も会議が国家元首の代理により行われ、各国による独自性が尊重される意見が採用される事となった。



 各国政府は、国民に向け、101会議からの報告と巨大彗星による青球衝突のデータを公表した。


 我が国は核兵器により彗星を破壊する手段は、青球の地上には住めない事を意味するという結論に達した。そして、地下都市建設に取り掛かる法案と青球から異星に向かって人間でなく凍結受精卵を飛び立たす法案が国会で可決された。


 政府は、危険な原発の停止とその後の処理、放射性物質などの処理を発表した。しかし、放射能汚染からは逃れられず、地下都市建設を進める事が明らかになった。世界的には宇宙ごみの処理や巨大彗星の軌道修正への協力を打ち出した。

 国民はこの事実を冷静に受け止めた。今すぐ、目の前に巨大彗星が落ちてくる話ではないからだった。50年の歳月がある。放射能により、生活が出来なくなるため、この50年の間に旅行を楽しむように政府は奨励した。風光明媚な土地でありながら今まで寂れる一方だった所まで、観光客で沸き返った。都会の人々は、田舎に里帰りする回数が増えた。



 我が国の人口は1億人だつた。ある時は少子化問題で、年金受給者を支えるため子育て支援政策を強行した。こんなのは、目先の政策で増えた将来の年金受給者をどう救うのかなど考えない、ねずみ講方式だった。結果的に、受給年齢を先送りするだけの安易な政策に終始するのだった。それもこれも、家族を捨て国に頼った身勝手な自由主義の幻想からだった。そこで、家族の独自に協力する家族形態が湧き上がった。


 50年後には地上に住めなくなるため、地下都市建設が始まる。放射能汚染がなければ、家族が住める、防空壕を地下に掘れば良かった。しかし、人間には太刀打ち出来ない放射能から身を守る地下都市建設には莫大な資金がかかるため、極力人口を減らすこととなる。やはり、子供を生まない政策で人口調整するしかなかった。我が国政府は、50年後に人口を1000万人以下にする事と子供を100万人に減らす事を決定した。そして、将来は自然減少で100万人国家にする事とした。


 地下都市は全国を12都市に分断される。都市の建設は地下鉄の走る地域一帯にはりめぐらされた。そこは、頑丈な建物で守られ、放射能を遮断する。都市は約150万人の3都市、約80万人の6都市、約20万人の3都市に分割された。そして、1年以内に都市の統合が行われることとなった。これらの都市は、地下鉄が分断されているので、50年後には通信以外、人の出入りはできなくなる。しかし、予定では海外を含めて、宇宙船で国内外の都市を輸送できる手段を考えられていた。人間は建物以外に、食料生産も難しいがそれ以上に水や空気の循環が大問題になる。放射能があるゆえ、貯蔵した水や空気の循環に頼るしかないのだ。世界中が宇宙と化すのだった。

 

 地下都市は、快適な環境にする事が前提だった。国民のパニックを防ぐために、現存する地下施設の快適ぶりを連日、テレビやインターネットで流された。また、地下都市とつなげられる地下施設を持つ建物をバリアで温存する方策も考えられた。それは、戦争でないため建物を狙い撃ちされるわけではなかったからだ。巨大彗星の衝突が我が国でない場合は、全土消滅にはならない。また、彗星の核が破壊されたとしても衝撃波次第では、気象変動があってもバリアによって建造物が残る望みがある。放射能により生活はできないが、地上にある建造物が無傷だった場合には、有効利用も考えられる。

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