Demise~すべては~


膨大な能力が招いた惨劇。小さな島国の小さな学園で起きた事件。全ては愛故の行動。

―――十二月二十一日、午前十時五十分。

「十時五十分、十分前か、上出来かな」

「榊、お待たせ」

「き、喜結?」

「やっぱ変、だよね」

「そんなこと、ない!」

翔は喜結と十一時に渋谷駅で待ち合わせの約束をした。翔は早めに到着し喜結が来るのを待った。数分後、待合場所に喜結が到着する。普段、お洒落と縁遠い喜結。司と共に行くパーティなどに着るドレスなどはあるが私服となると話は別。他人と親密に交流する事が無い喜結が頼ったのは友人である夏美。翔からの誘いを受けた週末、夏美と二人で服を買いに行った。ダークグレーのトレンチコートに淡いクリーム色のワンピース。スカートの裾にはさり気なくレースが施されている。喜結の趣味というより夏美の趣味に近い服装だが翔は自分のためにお洒落をしてくれた事が嬉しい様で『可愛すぎる!』と心の中で叫ぶ。しかし直視することが出来ず、顔を背けてしまう。 

この日のメインは十六時からのプラネタリウム。だがこんな機会は滅多に無いだろうと思い、早めの昼食を取り、買い物を楽しもうと提案をした結果、十一時の集合となった。渋谷駅周辺の店を回りながらプラネタリウム会場へと移動する。途中で翔が夏美たちの尾行に気づく。しかし邪魔をする為の尾行でない事を感じ、特に気にせず喜結とのデートを楽しんだ。実際、喜結も気にしていないように伺えたからだ。

■■■

「やっぱり、機械で見るのと実際見るのとでは難しいね」

「まぁ本来、目視する事が出来ない星とかもあるからな」

「分かってはいるけど少し残念」 

プラネタリウムが終わると既に日が暮れており、街灯が辺りを照らしていた。プラネタリウム内で流れたアナウンスが気になったのか喜結は一生懸命、空を見上げ星を探し「星が綺麗に見れる所に行きたいな」と喜結呟く。その呟きに『今度、連れて行こう!』と心の中で叫びサプライズデートを考える翔。プラネタリウムの会場を後にした二人はクリスマスツリーを見るため、渋谷駅の方へ足を進める。喜結は興味が無かったが「榊が見たいなら付き合う」と言い行動を共にしている。喜結の言葉に翔は少しでも関心を持ってくれればと渋谷駅周辺でかなり有名な場所のツリーを見に行く事にした。渋谷駅方面へ移動する間、既に点灯が始まっているイルミネーションを“綺麗”と言って眺める喜結。その様子に“興味が無いのではなく見る機会が無かったのでは”と推測する翔。目的のクリスマスツリーの前に着くと美しく輝くイルミネーションや音楽に感動する。ツリー自体は大きいものではなかったがこの手の経験が少ない喜結にとっては掛け替えのない思い出になった。

「榊、今日はありがとう」

「俺の方こそ、付き合ってくれてありがとう」

「あの、さ。去年の返事なんだけど、榊が好きかと聞かれると正直まだ分からない。でも、榊が嫌いかと聞かれると“嫌い”ではないっていうのが率直な返答になるんだけど…」

「嫌いでないならお試しとかでいいから付き合って欲しい」

満面の笑みで礼を言う喜結。その笑みにときめく翔。“これはチャンスだ”と喜結に告白をしようとする翔。しかし告白をする前に喜結が口を開く。喜結の言葉に一瞬焦りを見せる翔。だが“嫌いではない”の言葉に我ながら最低の提案だと思う。だがそれ以上に『このチャンスを手放すものか』と自身に言い聞かせる翔。

「お試しは…嫌だ。我儘だって十分承知している…。けど、それだけは」

「俺は今でも喜結が好きだ。勿論この先も変わらない」

翔の提案に“否”の返事を出す喜結。その返事すら恥ずかしいのか俯いたまま呟く。喜結からの返答に嬉しさが込み上がり再び告白をする。そして「クーリングオフは受けつけ無いからな」と冗談交じりに釘を刺す。翔の言葉に「撤回なんてしない」と微笑む喜結。そんな喜結を翔は抱き寄せ雰囲気に流されるようにキスをする。初めてのキスは喜結の意思を無視したものだが今回は違う。お互いの意思の元で交わしたもの。それがどれ程幸せと感じたか、計ることは出来ない。しかしキスをしたと同時に喜結が気を失う。力が抜け、そのまま崩れるように体を翔に預けた。カップルで溢れるツリーの前で起きた一瞬の出来事。尋常でない事は翔が喜結にかける声で分かる。その状況に周りが慌て始める。

「喜結!しっかりしろって!おい!」

「どうかしたの?喜結?」

急な事で頭が回らない。ただ、喜結の名前を呼ぶ事しか出来ない翔に人ごみの中から雅たちが現れる。後を付けていたことを知っていた翔は簡単に状況を説明する。雅が翔からの説明を聞いている間に雅也が救急車を呼ぶ。夏美と拓哉は雅から二人の荷物を預かり、同時に拓哉は珪に電話をする。しかし電話に出ない珪に仕方ないとメッセージを打ち救急車を待った。病院に運び込まれた後、医師が下した診断は“植物状態”。故に目を覚ます保証がない。その診断に納得がいかない翔たちは抗議をする。怒涛のような雑音に耳を塞ぎたくなった夏美はそっと病室の扉を開け様子を見る。そこには呼吸器をつけた喜結。その姿に茉奈の事件で喜結がどんな気持ちで夏美の目覚めを待っていたかを実感する。胸が苦しくて仕方がない様子。そんな夏美に雅が「大丈夫よ」と優しく声を掛ける。こんな状況下で好いた人に何も出来ない翔と拓哉は共にもどかしい気分に駆られる。

「あの、東ヶ崎さんの見舞いの方ですよね」

「そうですけど」

「ご家族の方と連絡が取れないのですが如何致しますか?」

暫くして看護師が家族と連絡が取れない事を報告に来る。喜結を“東ヶ崎”と呼んだため雅と雅也以外目を丸くする。“柚河”の姓に慣れていた為だ。代表で雅が対応する。そこで翔が付き添えるように交渉する雅。「ご家族の方と連絡が取れるまででしたら」と寛大な対応に感謝をした。雅たちが帰ると翔は病室に入り喜結の様子を見ていた。すると床に落ちた“千切れたブレスレット”を見つける。『こんなものしてたっけ』と疑問に思うも“大切なものだろう”とベッドの横にあるサイドテーブルに置く。翔が拾ったブレスレットは原型を留めていなかった。次の日、意識不明の喜結と付き添っている翔は欠席をした。その状況に心配をするしか出来ない夏美はいらだち始める。

    

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「何、この空気は…」

「雅先輩」

「喜結が不在なら、副会長の紫享くんが先陣を切らないと駄目じゃない」

「それはそうなんですが、どうもこう」

喜結が入院してから数日が経った。放課後の生徒会活動も会長が不在である以上、活動も出来ず部室に集まるも時間だけが過ぎていく日々。たった数日がとても長く感じる。そんな中、雅と雅也が姿を見せたのは生徒会を総括するはずの学園長と連絡が取れなくなっており、心配になったからだ。生徒会室に訪れたのは偶然に過ぎない。

そんな雅の発言に痛感するメンバー。雅は続けて「気分転換になるかわからないけど」とある人物を紹介した。それは喜結の従弟・純平だ。夏美にとって姪にあたる晴香を助けた際に知り会った人物。喜結を尋ねて来たのならまだしも指名されたのは夏美だった。純平が「二人で話したい事がある」と言うと場所を変え、話を聞くことにした。夏美の行動や会話が気になる拓哉。しかし聞く権利が無い為小さく溜息をつく。

「思ったんですが、天野さんって拓哉の初恋の方に似てますよね」

「なに言い出すんだ」

「え?なにその話!気になるわ」

 二人が生徒会室を後にすると唐突に珪が口を開いた。からか揶揄われていることは百も承知。だが急な事で動揺する拓哉と話に食いつく雅。そんな雅に雅也は呆れる。ぎこちない雰囲気を放つ生徒会室から千晶は退散した。

「なあ、珪。二十一日、何で電話に出なかった」

「人ごみで気づけなかったと言ったはずですが」

「それだけじゃないな、。卯月と何処に行ってた」

「プライベートまで踏みこむ許可はしてませんが」

千晶が部屋を出たのを確認すると “喜結が倒れた”十二月二十一日の事を珪に問い詰める。拓哉の問いを上手くかわす珪。言葉を失った拓哉は思いきった質問をするがそれすらもかわしてしまう珪。

「千晶ちゃんと何かあったわね」

「…さすが会長、鋭いですね」

「まぁあの態度を見ていれば、ね」

「拓哉もこのぐらい頭を回せば答えたのに」

「拓哉と珪の仲がいいのは分かるが、年下を揶揄い過ぎるなよ」

 拓哉の態度が苛立ちに変わるとそれを阻止するかのように雅が質問をする。雅の質問が核を着いていた為、息混じりで再び拓哉を揶揄するも度の過ぎた珪の言葉に雅也が釘を刺す。

「で、結果は?告白!されたんでしょ」

「もちろん断りましたよ」

「だと思った」

「どうして?あんないい子、他に居ないわよ」

「分かってます、卯月さんが悪いわけではないんです」

「では何故?」

「こんな出来損ないと交際なんてしてしまったら今は良くても将来、きっと後悔しますから」

雅が騒ぐと「少し落ち着け」と雅也があやす。雅の言葉に悲しそうな笑みで答える珪。それ相応の過去があるからこそ見せる笑みに唯一、過去を知っている拓哉は聞いたことを後悔する。出来れば誰にも知られたくないその過去は生徒会では調査済みであるが口には出さない。だからこそ千晶の思いを知った時“幸せになって欲しい”と願ったのだ。言葉を失った雅に「とても純粋で一途な方なので幸せになってしいと思います」と先程とは違う笑みで答える珪。過去を断ち切れないが故の強い決意を確認できた雅は困ったような表情をする。話の流れは完全に珪と千晶の話で盛り上がっていたが「ところでこんな話をしにお二人は来たわけじゃないですよね」と珪が本来の話へシフトをチェンジする。そんなあっさりとした珪に乾いた笑みを見せる雅だった。

■■■

「ち、千晶ちゃん?どうしたの」

「…以前と同じです。待ち伏せをしていました。夏美先輩に聞きたいことがあったので」

「聞きたいこと?私に答えられる事なら…」

「…もうすぐ幸せになれる人はい言うことも立派ですね」

「どういうこと?よく意味が…」

夏美は純平との話が終わり生徒会室へと向かう途中、千晶が待ち伏せに遭遇した。千晶が待ち伏せをした理由に検討を見つける事が出来なかった。夏美の言葉に“逃げ”を選択した千晶。しかしそれは夏美によって阻止されたしまった。千晶の表情が今にも泣きそうだったからだ。二人はそのまま屋上に移動して話を聞く事にした。

「私、二十一日に珪先輩に告白したんです。でも断られました」

「…千晶ちゃんの態度見てたら何となく想像ついた」

「フラれたのに諦められなくて、どんな顔をすればいいか分からなくて、仕舞いには生徒会を辞めたくなって…。でも喜結先輩の事もあるし自分勝手なこと出来なくて」

「千晶ちゃんはどうしたい?その恋、諦めちゃうの?」

「諦め、たく、ないです」

「じゃぁ、こんなところで立ち止まってちゃ駄目だよね」

「でも、正直どうしていいか分からなくて」

屋上で夏美は親身に千晶の話を聞いた。泣き声交じりで一生懸命話す千晶に心に刺さるものを感じる夏美。だが珪が千晶の告白を断ったのにはきっと理由があるのだと考える。それには千晶の気持ちを確認するのが最優先だと考えた。喜結の事を思って逃げる事を留まってくれた優しい子だからこそ応援したいと思った。

「千晶ちゃん、一緒に頑張ろう。千晶ちゃんは珪くんを、私は九条くんを…」

「でも九条先輩の事、苦手なんですよね」

「うん、苦手。でも正直、何で苦手なのか分からなくなってきているんだよね。これが恋なのか正直分からない。でも私の中で確実に“九条拓哉の印象” は変わりつつあると思うんだ。前に喜結にどうして翔君と付き合わないのかって聞いた事あったんだ。そしたら、喜結は翔君のテンションが苦手だって言ってたの。でもこの前の喜結はすごく楽しそうだった。時間は掛かるかもしれないけど私も頑張ってみようって思えたの」

「そんな事が…」

決心がつかない千晶に一つの提案を出す夏美。夏美にとって試練になると分かっていての提案に驚く千晶。その提案に再び涙を流しながら頷く千晶。そして「想うのは勝手ですよね」と意気込みを見せた千晶に満面の笑みで「もちろん」と答えた夏美。

「話、聞いてもらってありがとうございます。そういえば先程の方は誰だったんですか?」

「そっか、千晶ちゃん知らなかったんだっけ。ちょっと複雑なんだよね…。えーと、柚河純平さんって言って、喜結の従弟で姉の嫁ぎ先の弟さんで…。だから私にとっても義兄弟にあたるみたいなの」

 千晶が純平の事を尋ねると分かりやすいようにと頭を捻りながら答えも上手く答えられず苦笑するも「とりあえず生徒会室に戻ろう。雅先輩が来たってことは何か策があるのかも」とすぐに表情を笑みに変える。その器用さに千晶は“すごい”と感じる。二人が生徒会室に戻るとある程度、話が纏まっており雅が「今度の土曜日、喜結のお見舞いに行こう」と提案した。


師走が忙しくなるこの時期。喜結が倒れてから一週間程が経った。生徒会のメンバーと雅、雅也は喜結の病室を訪ねた。扉を軽く叩くと翔が出迎えた。原因は未だに分からないままらしい。付き添っている間も翔は幻術潜在能力を使い続けていた。しかし効果があるのかは不明なまま。「喜結の役に立ちたくて手に入れた能力のはずだったのに」と悔しさを露わにした。夏美は喜結に近づき、小声で喜結の名前を呼んだ。そしてサイドテーブルのブレスレットに視線を移した。

「このブレスレット」

「喜結がつけてたらしい」

「らしいって事は知らなかったの?でもこのブレスレット、どこかで見た気がするのよね」

「時間を戻してみますか?」

 夏美がブレスレットに気づくと翔が答える。しかし返ってきた回答が確証を得たものでは無かった。曖昧な回答に雅が問う。すると「長袖でしたし、つけているのも隠していた様で気づかなかったんです」と苦笑しながら答える翔。その回答に納得し、見覚えがある気がしてならない雅は頭を回転させ、思い出そうとする。そこに千晶が自身の能力を使う事を提案した。元の姿に戻れば確信が得られると思ったからだ。そして千晶の能力でブレスレットは元ある形に戻り、その姿に雅は「喜結のお母様がつけていた物だわ」と声を荒げた。雅の発言に「喜結の母親というと僕の記憶が正しければ既に亡くなっているはず」と珪が指摘した。その言葉に「紫享くんの記憶は正しいわ」と雅は肯定した上で以前に起こした事件の事を話す事にした。

 それは二、三ヶ月程前に戻る。風邪をひき、学校を休んでいた喜結の見舞いに行った雅は東ヶ崎の家で見なくていいモノを見てしまった。過去に喜結と共に住んでいた事のある家。故に家の構造をある程度、把握していたにも関わらず身に覚えのない扉と地下室への入り口。そこ所謂“秘密の入り口”なのだろう。小さな好奇心で雅は地下室を訪れた。そして地下室にあったもの。それは特殊な液体が張られた水柱型の水槽。その中には喜結の母親東ヶ崎翠の姿があった。眠っている様な姿に死人に見えなかったと言うのだ。そして翠の腕には先程、復元させた同じデザインのブレスレットが身に付けられていた。原型を取り戻しただけのブレスレット。潜在能力を制御するアイテムの一種だろうと雅也が憶測を立てるも効力は様々。故にどの様な効力を秘めていたかは分からない。同時に雅也は思い当たる節があるのか誰かにメッセージを送った。何かの役に立ちたいと思うのは皆、同じという事だ。

「あの、喜結のお母さんに会いに行きませんか?」

「それ、私も思いました!ここで悩んでいるよりいいと思います」

「ですが、喜結のお母様が関わっているという確証は…」

「ここで話をしているだけより、会ってみる価値はあるのではないんですか?」

“思い立ったら即行動派”の夏美が翠に会いに行こうと提案をし、千晶も賛同した。しかし今回の事件に学園長が関わっている事が分かってしまった以上、安易な行動は控えるべきだと珪と拓哉は反対をする。同時に病室で考え悩んでいるよりは早期解決に繋がる可能性は大きいと翔が提案する。

反対意見もある中で雅は「全員で行ってしまったら何かあった時に策を練ることが出来ないから私と紫享くん、千晶さんと榊君の四人で行く事にしましょう。天野さんと九条君、雅也は病室で喜結の事をお願いね」と提案をする。以前は拓哉との組合せに反対していた夏美だったが状況を分かっているのか、それとも“けじめ”をつけたのか、反論はなかった。

■■■

「とりあえず入りましょう」

「そうですね」

 雅、珪、千晶、珪の四人が東ヶ崎の家に到着した頃には日が沈み、冬の寒さが堪えた。相変わらず明かりの灯っていない家に不気味さを感じる。しかし玄関は施錠されておらず、雅の一言で家の中へと足を進める。記憶を頼りに地下室への通路を探す。だが、それらしき扉も通路も見当たらない。当たり前だ。一度見つかっている以上、不用心に晒しはしないのだろう。途方にくれる四人。

「時間を戻せばと思ったんですが明らかに罠ですよね…」

「罠が無くても安易に能力を使うのは辞めた方がいいかと」

「なぜ、そう思うんですか?」

「学園長の能力が計り知れないからよね」

 千晶が能力を使うことを提案するも撤回する。雅の話や現状に“地下室への入口を移動した”というより “絡繰を要して隠した”の方が正しいと気づいたからだ。そして同時に千晶の発言に翔が警告を鳴らす。意味深い発言に聞こえた珪は割り入る。すると珪の疑問を雅が答える。策士の様な笑みを見せる雅に“生徒会一の古株”であることを思い知らされる。

「そういえば榊先輩も能力者なんですよね?」

「あまりにも馴染みすぎて確認していなかったわ」

「元生徒会長の発言とは思えませんが公言が無かった以上、知らなくて当然ですが…。しかし天野さんは知っていましたね。何故ですか?」

「彼女と同じっすよ。去年の秋口に音楽ディスク聞いたの覚えてます?あの時、少しでも喜結の力になりたいとその能力者になれる可能性に賭けてみたんです。まぁその後、喜結にかなり叱られましたが。公言しなったのは“学園長”が理由ですね。天野が知っているのは多分、喜結が話したからだと思っていました」

「なんというか、流石です。榊先輩」

その後も四人は話をしながら地下への入口を探す。翔のことをあまり知らない千晶は翔に能力保持者の有無を問う。千晶の言葉に雅が便乗すると珪がツッコミを入れる。そんな三人に苦笑を溢し、能力を得た経緯を翔が話すと千晶が呟くように称賛する。

「雑談はそこまでにしませんか」

「それもそうね。結局、最初に戻ってしまったわ」

「ここ以外ありえないのならばこじ開けますか」

「こじ開けるってどうやって」

「まぁ、見てなさい、紫享君の能力を」

今までの会話を“雑談”と区切ると四人は雅が最初に地下への扉を見たという壁に戻った。一度は記憶を疑った雅だったが、最初の場所に戻ったことでこの壁が入口であることに確信を得る。そして珪が“こじ開ける”というと床に種のようなものをばら撒き指を鳴らした珪。何が始まるのかと興味深々に見ている千晶と翔。すると先程撒いた種が一瞬にして蔦へと成長した。「お願いしますね」とそう小声で言うと成長した蔦は珪の意志を読み取り、壁を這いながら隙間を探した。そして隙間を見つけると蔦はそこに一気に入り、雅が見つけたという地下への入口が姿を表した。

「なんというか、喜結より能力値高くね?」

「私もそう思います」

「そんな事ないですよ、能力値的には喜結より下です。強いて言うなら工夫値が上という事ぐらいでしょうか」

珪が能力を使う姿に唖然とし、開いた口が塞がらない翔と千晶。ふと翔が珪の能力に関して質問をすると千晶も便乗する。二人の質問に珪が謙虚に答える。「工夫値ってそう簡単に上がらないんじゃ」と翔が呟くと珪が「そんな事ないですよ。毎日、バカ拓哉を鞭で…。すみません失言しました」と答える。途中で失言が混じると「鞭って、九条先輩に何してるんですか」珪と拓哉の日常に恐怖を覚える千晶。三人の会話を遮るように「さて、入口も見つかった事だし行きますか!」と雅が地下への通路を進む。雅が楽しそうに先を行く様子に『なんでこの人真殿雅はこんなに楽しそうなんだ』と呆れる翔。雅と珪の意外すぎる一面に動揺を隠せない千晶と翔。同時にふと疑問に思い「まさか、喜結にも鞭を使ったことが」と不躾に珪に問う翔。そんな翔に「安心してください、喜結とは至って健全な交際しかしてませんでしたよ」と珪の言葉に安堵の息を落とす翔。

そして四人は地下へと足を進めた。当然ながら明かりなどは無く真っ暗闇。しかしこうなる事を予想していた雅は携帯用ライトを人数分用意しており三人に配った。その先は灯しながら進む。するとあの時と同じ光が漏れた扉が見えてきた。急いで扉に近づく雅。扉の中を覗き込むとそこには司が立っていた。

「いやー待っていたよ」

「学園長、やはり犯人は」

「犯人だなんて人聞きが悪いじゃないか。あぁ、君たちは初めましてだね。卯月千晶さん、それと榊翔君」

 四人を笑顔で出迎える司。雅が司を一連の事件の犯人だと断定するが司は笑顔で否定をする。同時に司の発言に「その様子じゃ俺が能力者だって事もお見通しって感じですかね」と翔が確信に迫るように司に問う。その問いに「当然じゃないか。それに榊翔君、君にはとても感謝しているんだよ」と高らかに笑い肯定する。

「感謝ですか…?学園長と榊との間に接点が分からないのですが」

「彼榊翔は喜結の恋人じゃないか。本当に待っていたんだよ、この時を」

「どう言う意味ですか、榊君は確かに喜結の彼氏ですが恋人になったのはつい最近のこと。それを待っていたって」

 翔に感謝していると答える司の言葉に疑問を感じた珪が「おかしいじゃありませんか」と司に問うも「おかしいことなんて何もないさ。でも戸惑うのも分からなくない。だけど彼女を見れば全て解決するだろう」と溢れる笑いを堪えながら一人の女性を紹介する。

「僕の愛しの妻、翠だ」

「まさか?」



 3

「僕の愛しの妻、翠を紹介しよう!」

「司さん、彼らは?」

「ああ、彼らは喜結の学友だよ」

「学友…そうなのね。ああ、そうだわ、喜結は元気かしら。私の可愛い喜結は」

「ぶざけんなよ!何が“元気?”だ、喜結が今どんな状態か分かっていて言ってんのか?」

 司がそういうと翠と呼ばれた女性が薄暗い部屋の奥から姿を現した。面識のある雅はその姿に驚愕した。何故かというと答えは翠の見た目だった。司も若く見られる方だが翠の場合それ以上と言っても過言ではない。それほどまでに若すぎた。そう翠の姿は亡くなった時の若いままだった。つまり司は事故死した翠を蘇生した事になる。目覚めたばかりで意識が混濁しているのか上手く話す事の出来ない翠。しかし翠が喜結の事を尋ねると、翔が声を荒げる。

「榊君、落ち着いて」

「真殿先輩、これが落ち着いていられる状況ですか」

「君の言い分も分かる、がここはとりあえず落ち着いてください」

 興奮する翔を雅と珪が懸命に止める。そんな三人の様子に「ふふふ、元気な子達ね司さん」と翠が笑みを溢す。何も知らないからこそ見せられる笑みだと雅も珪も分かっていた。だからこそ責めるべき相手は翠ではなく、司であると。ここ数年で多発した能力者が関わった事件の首謀者である司を。同時に司と翠の言葉を聞いていたのはその場にいる四人だけではない。喜結の病室に残った雅也、拓哉、夏美の三人も千晶が送り続けている映像回線で確認していた。

翠の発する言葉は正に火に油。興奮を抑えきれない翔。現場の状況は映像だけでは判断できない。しかし映像を通して夏美は翠の腕についたブレスレットに気づき、喜結が着けていたブレスレットを手に取り確認する。夏美の行動に雅也が映像を拡大して翠が着けているブレスレットを確認する。

同じであることが分かると雅也はあるアイテムの事を思い出す。そのアイテムというのは能力の転送などで使われること多い二つで一つのツインアイテム。二つのアイテムが点になり、同時にそれを結ぶ線となる。喜結と翠が身に着けていたブレスレットは正しく能力転送アイテム。即ち喜結がブレスレット着用する事によって微弱ながら能力の一部を翠へ送り込んでいた。何故、微弱かというと一気に転送を行ってしまえば二人に危険が及んでしまう。だから司は晴香の事件以降、能力の使用を禁止した。多量の転送を行わない為に。それならば能力を禁止させるのではなく制御させればいい事。それを行わなかったのは喜結が持つ能力の性質に理由があった。普段から無意識に使用してしまう喜結。現状以上の悪影響を回避したかったからだ。しかし徐々に能力を流し込んだとしても影響が出ないはずがない。それが秋口に喜結を襲った体調不良だった。潜在能力を発見した際“能力≒生命力”という科学者たちの仮説がモノを言う。

そして喜結のブレスレットが砕けて壊れたのは役目を果たしたからだと雅也は仮定した。その鍵は翔と喜結の思いが通じ合った事。“意思疎通”それこそが能力の注入を完璧にするための鍵だった。喜結が翔を想い人として認識した事で気を失い昏睡状態となった。その代わりに翠が目覚めたという事になる。

「流石、舘宮家の嫡男だ。その仮説は九割方正解だ」

「そんな…」

雅也が立てた仮説を九割方正解だと褒める司。だが残りの一割の正解は細田美音、木梨茉奈、月影晴香、そして真殿雅。この四名が司の実験に協力をしていた事だった。何も知らない彼女たちは言葉巧みに司に踊らされていた事になる。それを愚かだと高笑いをする司。その事実を知った夏美はその場に座り込む。言葉が出せないのだ。親友の死を利用された事と自分たちが知っている司とは異なる顔に。

「喜結のお母さん、答えてください!あなたは幸せですか?愛する娘を、その学友たちを利用して得たそれは本当に望んだ事ですか」

「彼女天野夏美の言う通りだ。喜結は、あなたの娘はあなたの為にいつ目を覚ますかも分からない状況にあるというのに」

「天野さん、榊君」

司の言葉に愕然としていた夏美が顔を上げ通信越しに翠に問いかける。通信越しで聞き取りにくい夏美の言葉に便乗をして翔が翠に向かって問いかける。二人の熱意に心を打たれる雅。二人の言葉は確実に翠の耳に届いた。最初こそ理解をすることが出来なった翠だがベッドで眠る喜結の姿を千晶が映像越しで翠に見せる。

「喜結を、利用…本当に?」

「な、翠!耳を傾けないでくれ!見てもいけない!けしてそんな事は…」

「全部本当です!騙されないでください!」

「事故のあった日、あなたは大切な喜結を庇って亡くなったと聞いています。その勇気は今何処にあるんですか」

「庇って、死ん、だ?わたし、が?」

「翠、違う!違うんだ!」

夏美と翔の言葉に、千晶が見せる映像に動揺をする翠。そんな翠に「こんなのは事実ではない」と司が懸命に言い聞かせる。夏美と翔に続いて千晶と珪が発言をした。四人の言葉に混乱を見せる翠。それを懸命に否定する司。今この場においてどちらが正義でどちらが悪かは一目瞭然。懸命に反論する夏美たちの言葉が届いたのか混乱する翠。夏美たちの思いが届いたのか「もう、こんなこと、やめよう、お父さん」とベッドで眠っていた喜結が意識を取り戻し、同時に言葉を発した。その現象に一番に驚いたのは紛れもなく司だ。動揺する司に夏美たちの発言が真実だと確信する翠。涙を流しながら謝罪をして気を失った。直ぐに翠に駆け寄る司。意識喪失の状態に一安心をして一先ず翠をベッドに戻し「君たちの意見を聞こう」と正気を取り戻したかの様に雅たちに尋ねた。先程の印象とは全く異なる対応に“妻の為に取った行動”だったのだと思い知らされた。

目を覚ました喜結の容態も落ちつき呼吸器も外された。現在はリクライニングで起こされたベッドに体を預けていた。そして喜結は夏美たちも合流するべきだと提案をする。喜結の提案に始めこそ拒否をする夏美だったが翔が交代で病院に戻る事を条件に納得をした。暫くして夏美と拓哉が雅たちと合流する。雅也は通信役として翔とともに病室に残った。夏美たち指定された場所は翠のいた地下室ではなく東ヶ崎家のリビングだった。司は翠の容態を心配し、ベッドではなく、リビングソファーに寝かせた。そして最初に口を開いたのは千晶だった。

「学園長、一つ聞かせてください。私の友人のお姉さん、木梨茉奈さんに関してです。能力者である事がすごくつらかった筈なのに協力したって事は何かしらの見返りがあったからですよね」

「見返りなんて用意していないよ。それにこの計画の主犯は僕だけじゃない」

「学園長だけが首謀者じゃないって、他に誰がいるっていうの」

千晶の問いに司はと答えた。意外すぎる発言に驚きを隠せないメンバー。そんなメンバーの前にもう一人の主犯者が「やはりあなたには無理でしたか、だけどこの成果はとても素晴らしいもの。是非上に報告させていただきます」と言いながら姿を現した。その人物に驚きを隠せない夏美。当然だ。もう一人の首謀者というのは夏美の実姉・舞依だったからだ。

「お姉ちゃん?まさか本当に」

「本当よ、夏美。今までの事、謝って済む話じゃない事は分かっているわ」

「天野さんのお姉さんがどうして」

「お義兄さん…。お姉ちゃんも学園長と同じでお義兄さんの蘇生を試していたの?」

「細田美音、木梨茉奈、月影春香。彼女たちの能力を暴走させたのは彼東ヶ崎司ではなく私。細田美音は母親からのネグレストと進学した事によって出来てしまった空白という悲しみと恐怖。木梨茉奈は能力保持者である事の恐怖。そして月影春香は育った養護施設の閉園という悲しみと実母の恋人による放火事件。それは存在意義を否定された事に近かったの」

 舞依が頭を深々と下げる。その姿に司は見る事しか出来なかった。想像を絶する事実に信じる事が出来ない雅たちに夏美は“事故死したお義兄さん”を切り出す。夏美の言葉が真意だったのか舞依は苦笑をする。舞依は美音、茉奈、晴香の力を暴走させた経緯を話した。その話には文句の言いようが無かった。しかし舞依の口から雅の名前が出なかった事を不思議に思う夏美。

「今回の誤算は彼女真殿雅(彼女)実験に参加したからよ。だけどそれだけではない。私には選ぶことが出来なった」

「選べなかった?何を?」

「純一さんと二人の間に出来ていた子ども、でしょ」

「喜結…。でも子どもってそんな話一度も」

「言えるわけ、ないじゃない。純一さんが亡くなって初めて気づいて、でもその時にはもう、手遅れだったのだから」

雅の名前が出なったのは今回の計画が失敗した原因の要因だったからだ。翠の事を知られた司が雅を利用した事が大きな誤算だった。大きすぎる力はコントロールを行うのに時間を要する事となり時として暴走する。つまり薬にもなるが毒にもなる。しかし雅の様に能力をコントロールする事が出来ている状態では今回の計画には役に立つところか綻びを生み出してしまった。だが一つ分からない事があった。今回の計画に舞依が参加している事だ。司に関しては“事故死した妻は娘以上に大切な存在”だったという事。では舞依の場合は?夏美の言う通り事故死しまった純一だったのだろうか。

結婚して幸せの絶頂だったはずの舞依に突如訪れた不幸。政府が能力者を完全に把握することが出来ていなかった故に起きた事件。その犠牲になった純一。しかし純一が亡くなった際、舞依は身籠っていた。しかし舞依自身も知らなかった。夫を亡くした事による過度のストレスで子どもは流産してしまった。そんな状態を母親に話す事は出来ず、一人で抱え込み音信不通気味になった。

司のように誰か一人を決める事が出来なかった舞依。兄を亡くした純平。双方の苦しみはどうする事も出来ず、気づいた時には産まれて来るはずだった子どもと年の近かった晴香を引き取っていた。姉だというのに力になれなかった夏美は舞依を抱きしめた。違う。抱きしめることしか出来なかったのだ。その暖かさが夏美だけのモノではない事に気づく。その正体は夏美の親友で一連の事件の最初の被害者、細田美音だった。美音はずっと夏美の傍を離れる事なく見舞っていたのだ。

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―――――全てが終わった。

東京という都市のひとつの小さな学園で起きた悲惨な事件。始まりは一人の女学生だった。独りになるのも嫌われるのにも慣れていたのに悲しみだけは慣れなかった。親友と同じ高校に進学出来た喜びは自らが抱える秘密によって首を絞められた。それでも最期はその親友に助けられた。届きはしない言葉を、思いを胸に秘め、陰から親友を支えることを誓った。

親友を少女は失った悲しみに苦しめられていた。それでも新たに出会った仲間たちによって紛らわすことが出来たがそれも束の間。次に訪れたのは少女にとって姉のような存在。そして良き理解者だった。だけど彼女もまた底知れぬ闇を抱えていた。“潜在能力”は人々が秘めている力。自分自身がどんな能力を持っているのか分からない人々にとってそれは正しく夢のような能力。しかし現実はそんなに甘くはない。自分が望んだ能力が自身の潜在能力とは限らないからだ。彼女の闇は望んで得た訳ではない能力で家族が悲しんでしまうのでないかという不安と恐怖だった。徐々に“何故、自分だけがこんな能力を持ってしまったのだろう”と闇は膨らみを増し、彼女をどん底へと誘い始める。闇に落ちた彼女は自らの能力を封じ込めた音楽ファイルを様々な媒体にしてばら撒いた。音楽を聴いた人間は能力を得て喜ぶ者と悲しむ者の二つに分かれた。それでも彼女の闇が晴れる事はなかった。能力を知らない者たちが能力を知り、翻弄される。それは彼女が望んでいたはずなのに。そして彼女は一つの答えに辿り着いた。少女の強い眼差しが、意思が彼女に答えをくれた。

一度は悲しみのどん底に落ちたはずなのに何故、少女は強いのだろう。能力に恵まれたから?友人や仲間に恵まれたから?いいや違う。少女は未だ戦っているのだと、彼女の演奏を聴いて泣いているだけなのに。何故だかそう感じられた。彼女は決意を固め、本当に望んだ形をとることが出来た。自ら潜在能力を封印する事で、一時的ではあるが幸せを手に入れた。彼女の学園生活は元に戻った。多くの潜在能力者を残して。

その後も潜在能力が関わった事件は横行する。彼女が起こした事件はある意味、世界中に爪痕を残した。悲しむ者もいるだろう、だが新たに能力保持者となった多くの人々は“能力を知りたい”と望んで音楽を聴いた。嘆いたところで何も変わらない。

次に少女を襲ったのは少女より幼い女の子。正確には女の子が何かをしたのでない。女の子はあくまで彼女が起こした“能力勃発事件”の被害者。女の子の事件は予期せぬ人物との再会を果たした。それは少女の実姉。少女と歳が離れていた事と早々に嫁いだ事もあって疎遠となっていた姉。更に驚くことに少女が親友を亡くした後に出来た仲間の一人の親族になっていた。つまり女の子は少女にとって姪にあたり、少女の仲間の一人は遠い親戚だったという事。この再会がある計画に小さな亀裂を生じた。しかし決定的な亀裂は女の子の事件から暫くして起きた異常気象だった。

異常気象を起こしていたのは少女が出会った先輩仲間の一人だった。先輩はあたか恰も“操られています”と言う芝居をしていた。その事によって小さく修復可能だった亀裂は計り知れない程に大きく開いてしまった。だがその亀裂に気づかない者によって更に大きく深くなっていた。計画が失敗したと分かった時には既に遅かった。ただ一人の為に。ただ一人の愛する人の為に計画した事件は少女たちが作り出した亀裂によって無残に終わりを告げた。

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事件後。慌ただしく過ごした事もあって、気づくと新たな年を迎えた。寒さも和らいだ頃には卒業の季節がやってくる。この卒業式の主人公は雅也だ。生徒会の役職は解任されたものの成績優秀が功を称して卒業生代表となった。在校生代表は現生徒会会長である喜結だ。

事件の途中で奇跡的に意識を取り戻した喜結。何故、意識を取り戻すことが出来たかと言うと翔の能力お陰だった。以前、夏美が異空間で美音に出会った様に喜結も異空間で美音と会っていた。喜結と美音は相談する側とされる側と言う簡素な関係。しかしされる側に居た喜結はその任を全うする事が出来ず、死なせてしまった。夏美ほどでは無いが喜結にも痛手となった人物。異空間でどんな会話をしたのかは誰も知らない。何も話していないのだから。そして軽いリハビリを経て無事退院した。

事件の首謀者の一人だった司は任意同行の後、逮捕されたが被害者であった少女たちが起訴を望まなかった事で不起訴となり釈放された。また、喜結が幼いころ事故死したと思われていた翠は司の延命治療が功となり、再び目を覚ました。現在は月に数回通院とリハビリを繰り返しながら、司と喜結の三人で暮らしている。住まいは喜結が一人暮らしをしているマンション。東ヶ崎の家は地下室などを埋めるため建て直しているからだ。

そして、もう一人の首謀者・舞依は事件が終わって暫くした後、部屋で首を吊っている所をあさげ朝餉のため呼びに来た純平と晴香に発見された。その日は亡き夫・純一の誕生日だった。舞依の死因は頸部圧迫による窒息死。自殺と判断された。しかし二人は泣かなかった。“死ぬのではないか”と薄々気づいていたからだ。生前に舞依が話していた『二人には幸せになって欲しくて、結婚…をして欲しいと思っているのよ』と言う言葉を思い出す。親族の反対云々もあったがそれ以上に他人が敷いたレールを歩くのは性に合わないと反対していた純平。だが死を覚悟した上で晴香と純平の幸せを望んで舞依が準備してくれてものならと受け入れる事にした。何せ結婚費用から衣装まで全て用意されていたのだから。同時に舞依の死を聞いた夏美は驚きを隠せなかった。あの日舞依も首謀者の一人だと分かった日、初めて姉の本音を聞けた気がした。“愛した人を失った世界に色は無い”。司も舞依も同じだったのだろう。否、そう思わなければ二人は前に進めなかったのだろう。“愛”と壮大であらゆる形に変わる。それは時として人をも狂わせる程に…。

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卒業式が終わり生徒会メンバー学園付近にあるレストランを貸し切っていた。細やかではあるが雅也の送別会を開催していた。生徒会役員を除名されたとはいえ今まで多大な貢献をしてきたのだから当然である。

「千晶から聞いたよ、決心したんだって?」

「決心って…。喜結が頑張っているならって、思っただけで」

「でも、見方を変えるんでしょ」

皆が飲み食いに夢中になっていると喜結が夏美に近づき声を掛けた。喜結が意識を失っている間の出来事は千晶や雅が事細かに教えてくれた。その中で一番驚いたことは夏美と拓哉だった。一方的に思いを寄せていた拓哉。だが拓哉の人柄や性格が苦手だと言って拒絶していた夏美。そんな夏美が“喜結が翔を受け入れた”事で自分も逃げていてはいけないと向き合う事にしたと言うのだ。喜結の言葉に小さく頷いた。

「じゃぁここは天野さんから行かないとね」

「そうですよね!夏美先輩!一発殴る勢いで行きましょ!」

「いや、殴っちゃ駄目でしょ」

「いいんです!九条先輩はそれだけの事をしたんですから」

「だ、そうですよ拓哉」

「まぁ、ここは素直に殴られて来い」

「いやいや、おかしいでしょ」

そんな夏美に外野で話を盗み聞いていた雅と千晶が乱入し、拳を握り力いっぱい発言する千晶。その言葉に呆れる喜結。千晶の声は思った以上に大きく男性陣に丸聞こえだった。珪が満面の笑みで拓哉に向けると便乗する雅也。意外だと思ったが口を挟まずにはいられなかった。

パーティも終盤に差し掛かると女子は夏美を、男子は拓哉の背中を押し、近くの公園に向かわせた。その様子は勿論、隠れて見守っている。恋人同士になって欲しいと思う一方で上手くいくか心配なのだ。公園についた拓哉は夏美がいる事に気づき『嵌められた』と呆れる。ため息を吐きレストランへ帰ろうと提案する拓哉に夏美は阿呆面を浮かべている。何故なら拓哉が交際を申し出るのを待っていたからだ。それにも関わらず店に戻ろうとする拓哉。咄嗟に腕を掴む夏美。咄嗟の行動に夏美の思考は止まっている。どうすることも出来ない状況に拓哉は小さくため息を吐いたその行為は。幻滅されたと勘違いを生ませてしまった。それでも手を離せば絶対に後悔すると分かっていた。そんな夏美に拓哉は振り返り、まっすぐに夏美を見つめ「天野、聞いて欲しい。天野が俺を苦手にしているのは分かっている。それでも俺は天野が好きだから…出来るなら付き合って欲しいと思っている。だけど今までのことを考えると“交際”はあまりにもハードルが高いと思う。だから今は無理をしなくていい。それに俺だけが“好き”なんてなんか嫌だしな」と拓哉の言葉に精一杯の優しさを感じた夏美。そして夏美は「卒業までには答えを出します」と拓哉の言葉に甘えたものだった。そんな二人を陰から見ていた珪は拓哉の成長に嬉しさと同時に寂しさを感じた。

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ぽちゃ、ぽちゃ――――

「夏美!大好きだよ!能天気な夏美が大好き」

水の音がする。懐かしい夢だ。視界は真っ暗。水音と一緒に声がする。聞き覚えのある優しい声。文句を言いつつも励ましてくれた美音の声だ。また声が聞こえる。茉奈の優しく澄んだ声と舞依の言葉。二人とも頼りになる人だ。

「夏美さん、ありがとう。私の願いを、思いを受け入れてくれて」

「夏美、あの日。あなたに再会したのは“愚かなことはやめなさい”っていう神様から忠告だったのかな。こんな姉でごめんね、そしてありがとう。夏美に再会してなかったらきっともっと、取り返しのつかないことをしていたと思う」

『お姉ちゃん…。再会した時に気づくべきだったのかな』

「そんなことないよ、夏美。十分だよ。だって自分にとっての幸せに気づけたのだから」

『美音…。そうかな、そうだといいな』

「夏美、もう行くね。今度は大丈夫、ちゃんと立って歩けるよ」

この水の音は常に教えてくれていたのだろうか。水属性の潜在能力を保持している事、水の様に透明な存在が傍に居る事を。美音もお姉ちゃんも笑っていた。これはこれで良かったのだろうか…。

「夏美、そんなところでうたた寝してると風邪をひくぞ」

「パパの言う通りだよ!」

「ごめん、暖かくてつい寝ちゃった…」

「ママ、かえろう…」

「そうだね、帰ろうか」

拓哉と子どもが二人。お茶目な女の子と小さな男の子。三人が公園のベンチでうたた寝をしていた夏美を起こした。夏美の目元には微かに涙の跡。夢と言え二人に会えたことが嬉しかったのだろうか。それは夏美自身分からない事。ただ今は目の前にある幸せを大事にしたい。そう思うだけ。

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