選択する勇気 ~KEI SHIKYO~


―――――僕はこの恋を諦めなくてはいけない

紫享珪。十三歳。この春、東ヶ崎学園中等部に入学した。僕がこの学校を選んだのには分けがある。一つは補助金だ。この時代、潜在能力を示唆したものの扱える人間はごく僅か。そのため潜在能力を扱える者は国からの補助金が出た。その能力が例え微々たるものでも。

祖父母を含めた僕の家族は女の子が欲しかったらしい。故に何度も中絶をした。そして満を持して生まれた子どもは男子。だが中絶を繰り返した母体は子を成せるか成せないかの瀬戸際。始めこそ殺そうと思ったらしいがその瀬戸際が幸を称して命を救ってくれた。だけどその代償は大きく、誕生した僕は男としてはではなく女として扱われた。物心付いた頃にはフリルのワンピースなどを着せられていた。だけど数年後、両親に待望の女の子が生まれた。それからの日常に僕はいない存在となった。

幼い妹を連れて家族六人で行った遊園地に行った時、転機が訪れた。僕は賭けをしてみたくなった。幼いながらの、小さな、くだらない賭け事。その賭け言うのは“本当に僕は必要か否か”。制限時間は閉館まで。それまでに両親らが気づき迎えに来れば“必要”。来なければ“不要”。時間は刻々と過ぎていき「つまらない」と思わず本音が零れた。結果は分かっていた。だけどもう少し面白味があっても良かったのではと思う。ベンチに座り、暇を弄んでいた僕に一人の男の子が声を掛けた。

「そんなところに座っていて楽しいか?なら、少し付き合えよ」

楽しいはずがない。男の子はまるで心の声が分かるみたいに僕に話しかける。男の子は自分の両親に許可を取り一緒に行動する事になった。着いていく僕も僕だが男の子の両親も大概だ。可愛いと言われている男の子の姿は愛されている証拠。とても羨ましかった。そして多分この時僕は男の子に恋をした。女子として育てられたがまさか恋愛対象が男になるとは思いもしなかった。まぁ、それが“恋”だと確定したのはもう少し後の話だけど…。その男の子と言うのが九条拓哉だ。僕は拓哉に手を引かれ遊園地を遊びつくした。とても楽しくて今でも忘れられない思い出だ。そして遊園地の閉園時間が迫る。拓哉の両親は律儀にも元いたベンチに僕を連れてきてくれた。拓哉は疲れて父親の背中で眠っている。僕は閉園間際まで居る事にした。もしかしたら迎えに来てくれるかもしれない。“必要”なのかもしれない。そう思ってしまったから。だが、幼い僕の考えは甘かった。家族は迎えに来なかった。仕方なく遊園地を後にして自宅へと足を進めた。歩けない距離ではなかったから。自宅に着いた僕が聞いたのは家族の笑い声。楽しそうに嬉しそうに妹を褒める家族。

―――――ここに僕の居場所はない。

それが分かってからの行動は早かった。納屋から整庭挟みを持ち出し物音一つ立てず、敷地を出る。暫く歩いた場所にある大きな公園。夜だから人はいない。僕は公園のベンチに座り持ち出した鋏を見つめた。月夜に輝く刃先が美しいと思った瞬間だった。だけどこの鋏は死ぬ為のモノではない。髪を切るためだ。家族に捨てられたのなら髪を長くする理由が無いと思ったからだ。

そして鋏を髪に近づけると二人組の男性が声を掛けてきた。警察官を名乗った。鋏の事を聞かれたが何と答えたか覚えていない。だが警察官は「君を保護します」と言った。その言葉に僕は何故か救われた気がした。だから僕は付いていく事にした。もしこれが警察官の格好をした誘拐犯だとしても特に気にしない。だって捨てられたのだから。車に乗り着いた先は警察署だった。到着するなり僕は拓哉の両親に抱きしめられた。心配になって通報してくれたらしい。その後、拓哉の両親は養子に迎え家族として受け入れてくれた。手続きなども手古摺ったはずなのにいつも笑顔だった。僕は拓哉の家で様々な事を経験した。初めてご飯が美味しいと感じたのもこの時だ。

だがある日、両親が僕に接触してきた。理由は潜在能力開花に伴い得られる補助金を寄こせというものだった。僕は拓哉と共に通う小学校で潜在能力を開花させてしまった。その事を知った両親は数年間、育てた分の金を返せというのだ。両親の勝手な言い分に拓哉は反対したが僕はどうでも良かった。だって金さえ払えば彼らは満足するのだから。僕は言われた金額を両親に渡るように申請をした。

中学へ進学する際、拓哉の両親と相談して僕は東ヶ崎学園中等部に入学した。潜在能力の事もあったが一番の理由は拓哉だった。一緒に住んでいればいつか気づかれてしまう。拓哉を友人として、義兄弟として見ていない事に。一緒に住んでいるのが辛いと感じてしまった。だから離れる決意をした。中等部在籍中は申請をすれば入寮する事が出来る。学費は奨学金と補助金で何とか出来る。こうして僕は拓哉と距離を置いた。暫くして僕は生徒会からの斡旋の元、入部した。ある意味丁度良かった。少しでも能力に理解がある方が嬉しい。僕の能力開花はいじめが原因だった。そして多くのけが人を出した。拓哉や拓哉の両親にも迷惑をかけた。あんな思いはしたくない。

生徒会は思った通りの場所だった。メンバー全員が潜在能力保持者だった。そして中学二年の終わり、生徒会所属で同級生の柚河喜結と交際をした。今まで逃げてきた女性の気持ちを少しでも知るためだ。この交際に愛情があるかは分からない。もしかしたら利用しているだけかもしれない。だけど柚河はそれ交際を承諾してくれた。柚河の印象は大人びていた。同じ一年生とは思えないほどに。しかも肩甲骨まである長い髪は以前の僕を思い出させた。何より意外だったのは柚河が学園長の愛娘だという事だ。だが姓が異なる為、疑う人が多かった。信じているのは当時の副会長である真殿雅と舘宮雅也の二人だけだろう。何故言い切れるのか。それはその二人以外の生徒会役員が柚河と学園長の二人が話している所を見た事が無いからだった。僕はと言うと正直興味が無かった。家庭内不和は経験済みで、柚河もその類だろうと察していたから。

僕と喜結が交際を始めてから幾日か経った。と言っても恋人らしい事を表立ってしなった。噂になるのが嫌だと言うのもあるが一番は“拓哉を忘れる”ため。だからなのかお互い、恋人と言うより友人に近かった。そしてこの歪な交際はあまり続かなかった。三年の学園祭の時だった。僕は喜結に呼び出され「ねぇ、珪。別れてくれない」と唐突に別れを告げられた。理由は僕にあるのかと聞いたが首を横に振られてしまった。「詳しい話をしたいが校内では無理」という喜結の我儘を聞いて学園から少し離れたカフェで話を聞くことした。

「父に珪と交際していることがばれたの」

「バレるといけないのですか?」

「数年前に母を亡くしているんだけど…。その日以来、父が何を考えているか分からないの」

「それが理由ですか」

「前にもね、先輩に交際を申し込まれたことがあって、その時は父にすぐにばれて翌日、先輩から別れを切り出されたの。理由は父からに嫌がらせだった」

「僕を心配してくれているのですか」

 カフェに入るなり話を始める喜結。そして別れたい理由を話した。この時初めて喜結が学園長の娘だと確信した。同時に喜結の優しい性格にも触れることが出来た。“紫享珪を守りたい”それが理由だと分かったから。だから僕も自分の事を話した。家庭内不和の事、幼馴染の男の子に恋をしている事。喜結は笑わず聞いてくれた。全て聞き終えた喜結は「尚更、別れるべきね」といった。僕は喜結の言葉を“気持ちを押し付けるな”という意味に捉えてしまった。

「やはり、迷惑でしたか」

「そうね、迷惑ね。でもその気持ちを私はもっと大切にして欲しいと思うから」

「それはどういう」

「今はまだ思ったままで良いんじゃない?それに、そんなに思い悩むのなら彼以上に好きになる人を見つければいい」

僕の考えが分かったのか喜結は話を続けた。そして“気持ちを偽る必要は無い”といった。だが、それではあまりにも拓哉が可愛そうだと思ってしまった。喜結の言葉に返事を返さずにいると一つの提案をした。正直その方法は現在やっていて、しかもたった今、別れを告げられてしまったばかりだというのに。この状況でそれを言ってしまう喜結をある意味すごいと感じた。

「喜結のいう通りかもしれません。ですが見つからなければどうすればいいのです」

「それは珪の頑張り次第じゃない?見つからなくて永遠に思い続けるのも“あり”だと思うけど」

『そう簡単に見つかるはずがない』と思ってしまったからなのかもしれない。喜結の提案に賭けてみようと思ってしまった。恋をしている相手が相手なのだ。それでもいいといってくれる人いるのであれば、この上ない幸せなのかも知れない。

「これは私の我儘なんだけど、出来れば…珪とは友人でいたいの。自分の口から父の事を話のあなたが初めてだから」

「それはいい提案です。妙な空気になるのは僕もごめんですから」

話が終わり時間を確認すると小一時間ほど経っていた事に気づく。喜結が最後に言った提案は僕にとってもありがたいものだったのですぐに返答した。

―――――こうして僕と喜結の交際は幕を閉じた。

唯一、後悔しているとすれば交際中、恋人らしいことをしていなかった事だ。喜結が嫌がったということもあったが、逆に言ってしまえば気にしなければ喜結も学園長も僕の見方を変えたのかもしれない。と。

■■■

時が流れ、僕は高校進級を機に寮を出て一人暮らしをする事にした。東ヶ崎学園は大学院まである大きな学校だ。大学部の一部在校生が一人暮らしを手軽に出来るようにと学園指定のマンションやアパートが沢山あった。僕はそのうちの一つである二LDKのマンションを借りた。学校からは少し離れているが今までが近すぎたため丁度良かった。引越しには喜結も手伝ってくれた。

そして思いもしない出来事が起きた。それは引っ越しも終わり優雅に春休みを過ごしている時の事だった。突然ドアフォンがなった。来客の予定は無い。荷物も届くとも聞いていない。恐る恐るドアスコープを除くとそこには拓哉がいた。“開いた口が塞がらない”と言うのはこういうことなのだろうか。

「珪!居留守すんな!いるのは分かってんだよ!」

「拓哉、近所迷惑なので静かにください」

仕方なく拓哉を招きいれた。思わぬ再会だった。夏休み等の長期休暇も家には帰らなかった。気持ちの整理が出来て無かったから。だから来たと言うのか、僕には拓哉の行動が理解できなかった。しかし玄関先で騒がれても困る。とりあえずリビングとして使用している六畳程の洋室に通した。

「何しに来たんですか」

「何しにって、母さんから何も聞いてないのか」

「何も聞いてません」

家に帰れない代わりに拓哉の両親とは手紙のやり取りを行っていた。最近来た手紙書いてあった事は確か〔珪君を驚かせたくて、特別なプレゼントを用意しました。中身はその日が来るまで楽しみにしていてください〕だったかな。“特別なプレゼント”成る程、そのプレゼントを拓哉が持ってきたと言うことか。僕は納得した。貰えるものは貰っておこうと拓哉の前に手を差し出した。僕の行動に拓哉も気づいたらしい。が手を払われてしまった。阿呆面を浮かべる僕に拓哉は「母さんも粋なことをしてくれる」と腹から笑いを堪えるように喋る。何の事かさっぱり分からない。九条家に養子になって結構経つがこの親子母子の悪戯には理解を超えるものがある。

「母さんが用意したプレゼントは“俺”の事なんだよ!」

「は?」

「とりあえずこれを見ろ!」

ドヤ顔で言う拓哉につい本音が出てしまった。相当低い声だったはずだ。少しだけだが拓哉も驚いている。いや、そもそもプレゼントが拓哉って、本当に理解が出来ない。夫婦や恋人漫才じゃないのに。第一、高校はどうした。そんな拓哉が見せたのは“合格通知書”しかも“東ヶ崎学園高等部”のものだった。

そう拓哉は僕に黙って東ヶ崎学園高等部を受験し、合格していた。拓哉曰く「相談する予定はあったが珪が家に帰ってこないから勝手に決めた」と威張っている。なぜ威張る。思わずため息が零れた。ん?ちょっと待って欲しい、拓哉が東ヶ崎学園高等部への入学が決まり、拓哉が僕のマンションいると言うことは…。

「まさかとは思いますがここに住む気じゃないですよね」

「お、さすが秀才!大当たりだ!母さんが寮ならいざ知れずマンションで一人暮らしとなると心配なんだと」

「それで拓哉と同居しろと」

「丁度部屋も二つあるしな!」

そういいながら拓哉はリビングとして使っていた洋室のものを退け、掃除を始めた。洋室にあったものは見事にダイニングに移された。そして「ちなみに荷物は明日来るから」と言うのだ。準備が良すぎて今は怖い。だが同時ここまでしないと受け入れてくれないと悟っていたのだろう。これは何を言っても無駄だと判断した。一つ、今分かるのは僕自身が精神的にも体力的にも持つのか、だが退屈しない日々が始まるのは間違いない。同時にこの恋拓哉への思いを諦める事が出来るか心配でならない。

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