奇跡 ~KEI&TAKUYA~


「こんなところに座って楽しいか?」

家族連れの多い遊園地。アトラクションで遊ぶわけでもなくその少女は空を眺めていた。

■■■

九条拓哉と紫享珪は幼馴染。その出会いは意外なものだった。家族連れで賑わう遊園地。幼い拓哉は両親とともに訪れていた。乗れるアトラクションを乗りつくしご満悦な拓哉。母親に「連れてきてもらえてよかったわね、たっくん」と笑顔を向けられる。終始笑顔の拓哉があるものに視線を奪われた。それはベンチに座る少女。

「こんなところに座って楽しいか?」

拓哉は両親から手を離し少女の元に行く。拓哉の問いに少女は首を横に振る。整った顔に長くて綺麗な髪の少女。これが拓哉と珪の出会いだった。

珪は生まれた時から身も心も男だった。だが家庭の事情で生まれたときから女子として育てられた。毎日、袖を通す服はパステルカラーのワンピース。 “けい”という名前は男でも女でも捉えられる。珪の家族は女の子が欲しかったと口を揃えて言う。その為、何度か中絶等を繰り返していた。珪もまた母親の胎内にいた頃から何度もエコーで性別を確認していた。だが男の子だと分かった時、中絶を試みるも二度と子を成すことは難しいと医者に宣言されてしまった。家族は絶望した。そんな家族が出した答えは“女の子として育てればいい”だった。家族は徹底した。親戚にも友人や近所にも珪は女の子だと紹介していた。そんな家族に珪もまた期待に答えようとした。だが、性別を偽ることは年齢とともに難しくなってきたある日、転機が訪れた。母が妊娠したのだ。珪の時と同様に何度もエコーで性別を確認する。そして女の子だと分かった時、家族は珪を手放した。最低限の衣食住は提供するもともに過ごす事は皆無に等しかった。外出する時も怪しまれてはいけないので連れては行くが一緒には歩かない。珪が家族の後を付いていくだけだった。

珪の中で何かが崩れていく音がした。だけど生まれてきた妹はとても可愛かった。珪がどれだけ努力しても本物には適わないのだと実感した。『これまでの努力は何だったのだろう。髪を伸ばし、可愛い服を着る。この行動に意味はあったのだろうか』と自暴自棄になっていく。その時出会ったのが拓哉だったのだ。拓哉が「楽しいか」と聞けば首を横に振る。

『ひとりで座っているだけなのに楽しいはずがない』

「もったいないな!とうさま、かあさま!この子もいっしょにあそんでいい?」

「あら何処の子?迷子かしら」

「ずっとここに座っているんだ」

「拓哉はその子と遊びたいのか?」

「あそびたい!だってこんな楽しいのにつまらないって…」

拓哉は両親に珪と遊びたいと言い出した。“迷子かも”と困る母親。当然な反応だ。だが父親は違った。拓哉の意見を尊重した。身勝手な拓哉に振り回される珪。だが何故だろうとても楽しいと思った。同姓だからなのか。だが少なくとも拓哉は珪を異性だと思っている。なぜ言い切れるのかというと、拓哉の眼差しが“女の子を見る目”だったからだ。“女の子を見る目”に慣れているからこそ核心出来る。だけどこの時間が終われば二度と会うことは無い。そう思う珪。

夕方になり最初に出会ったベンチに珪を送り届け、拓哉の母親が「拓哉が勝手につれまわしてごめんなさい」と謝罪をする。珪は「大丈夫」と首を横に振る。当の拓哉はというと遊び疲れたのだろう、父親の背中で眠っている。少しだけ羨ましいと感じた。

「よかったら、また拓哉と遊んで欲しいんだけど、お名前とか教えて貰えるかしら」

「珪。紫享珪って言います」

「珪ちゃんね。ありがとう」

眠っている拓哉の変わりに母親が珪の名前を聞く。珪が名乗ると“珪ちゃん”と返ってきた事に少しだけ悲しそうな顔をした。母親が礼を言うと三人は正門の方へ歩いて姿を消した。しかし珪の両親が現れることは無かった。園内放送もない。そもそもベンチを離れた時点で分かっていたこと。つまり珪は“捨てられた”という事だ。恐らく丁度良かったのだろう。妹が遊園地に行きたいと言い出したことでこの計画は進んでいた。そう思えば思うほど、悲しくなっていく。胸にぽっかりと開いた穴が塞がらない。要らない子どもなら、どうして産んだのだろうか。そんなに女の子が良かったのだろうか。しかし、珪は泣かない。泣き方を知らないからだ。それでも淡い期待を持って少しだけベンチで両親を待った。しかし閉演時間のアナウンスが鳴り響いても迎えは無かった。

「これからどうしようかな」

幸いにも歩いて帰れない距離ではなかった。何時間か掛けて辿り着いた自宅。家族の笑い声が聞こえる。妹が生まれてから玄関を通ったことない。珪は勝手口に回る。しかし、出迎えてはくれないだろう。それどころか入れてすらくれないだろう。そう思った珪はドアノブを回すのを諦め、手を離した。整庭用の鋏を隠し持ち出し、怪しまれないように自宅の敷地を出た。

「紫享珪くんだね。警察何だけど、その鋏は何に使うのかな?」

「警察…?鋏…、これは髪を切りたくて」

自宅から暫く歩いた所にある大きな公園。人はいない。当たり前だ、夜なのだから。珪は公園の中にあるベンチに座り隠し持っていた鋏を取り出し見つめる。一人ベンチに座る珪に話しかけたのは二人組の警察官だった。警察手帳も見せてもらったが何と書いてあるか理解は出来なった。警察は珪に“手に持っている鋏”について尋ねる。そして危険性が無いと分かると「君を保護します」と言われた。車に乗せられ着いた先は本当に警察署だった。心配になった拓哉の両親が通報したのだ。更に拓哉の両親は珪の保護受入人として名乗り出た。珪は拓哉の両親とともに拓哉の家に行く。すると寝ていたはずの拓哉が「いないからしんぱいした」と三人を出迎えた。

拓哉の言葉に謝罪する両親。そして珪に気づくと一瞬で目を覚まし「一緒に住むのか?」と嬉しそうに言う。きっと拓哉の我儘を両親が叶えたのだろう。だが例え我儘だとしても帰る家がある。その事実が珪にはこの上ない幸せになった。

次の日、拓哉が学校から帰ると両親たちと珪の今後について話した。珪の学校の事。そして性別の事を。珪が女でない事を知った拓哉は驚いた。同時に少しだけ落ち込んでいた。その様子に「もしかして恋でもしました?」とからかう。珪の言葉に嘘のつけない素直な拓哉は顔を真っ赤にする。意外な反応に珪は笑いを堪えている。“弱みを握られた”と悔しく思う拓哉だった。

家族で珪の話をした次の日、珪は長かった髪を短くし、男として拓哉の通う小学校に転校した。だが、髪を切ったからといってすぐに男になれる訳ではなかった。顔立ちや行動など珪が気を緩める度、出てしまう今までの癖はそう簡単に直す事が出来ず、いじめの対象になった。そしてそのいじめが原因で珪は潜在能力を開花させてしまった。しかし拓哉も拓哉の両親も珪を責める事はなかった。拓哉に関しては「俺も潜在能力が使える」と言ってライターを隠し持ち、絶妙なタイミングで教室のカーテンを燃やすくらいなのだから。拓哉の優しさに心を打たれる珪。だが同時に潜在能力を開花したことで珪の両親が接触してきた。

目当ては潜在能力者に対して国が出す高額の補助金。もちろん拓哉も両親も「都合が良すぎる」と反対した。しかし珪は補助金の一部を両親に渡した。数年間の衣食住の分だと言って。だが、それ以上は渡す義理は無い。高額ではあったが珪にとっては端金に過ぎなかった。何しろこれで両親と縁が切れるのだから。

珪の両親がやってきた事は犯罪に近かった。何しろ戸籍を偽っていたのだからだ。しかし珪は公にしないと、責めるつもりは無いといった。ただ「可哀そうな人たち」とだけ言った。その言葉は悪意の塊。それを聞いた珪の両親はありふれた捨て台詞を吐いて立ち去った。

中学生になった珪は東ヶ崎学園に進学し拓哉の元を離れた。住まいは勿論、学校の寮だ。部活動は生徒会に入部したと定期報告に書かれていた。東ヶ崎学園に理由は潜在能力を少しでもコントロールするためだ。そういう曰く付き学校なら何かしら得るものがあるだろうと思ったからだろう。もちろん拓哉には内緒だ。先ほどの定期報告も拓哉の両親に宛ててだ。何故そこまでするのか。それは珪の為に開花もしていない潜在能力を偽り庇うほど優しい幼馴染だから。だがその嘘は直ぐにばれた。その時はかなり怒って「三年後、覚えていろよ」と言い放った。

最初は何の事か理解が出来なかった。拓哉の頭脳は悪い方ではないが良い方でもない。東ヶ崎学園に進学するのは困難をきたす。だが拓哉は入学してきた。そして「自立しろと追い出された」と嘘をついてまでマンションに押しかけてきた。何より一番驚いたのは潜在能力保持者しか入部する事が出来ない生徒会執行部に入部した事だった。正直無茶をすると呆れたが、拓哉の入学祝に中学での思い出を色々話した。高校に進学する前に別れてしまったが彼女がいたことなど。また、色々話せると思うと嬉しくなった。理解者がいると言うことは、そういうことなのだ。

■■■

「そういえば天野さんって拓哉の初恋の人に似てますよね」

「え?なにそのおいしい話!」

「珪!お前!」

数年が経った東ヶ崎学園高等部生徒会室でのやり取り。思い出したように珪が発言すると雅が食いつく。懸命に珪の口を塞ごうとする拓哉。そんな拓哉に能力で作り出した草の鞭を床に打ちつける。拓哉は「すみません」と怯える。一方で雅也は呆れ喜結はご立腹。友人の恋人に拓哉は相応しくないと思っているからだろう。

「夏美を巻き込むの、やめてくれない」

「巻き込ませてくださいよ。拓哉には幸せになって欲しいんですから」

「はぁ、ところで珪はいいの?千晶は好意丸出しだし付き合えば?別に嫌いじゃないでしょう」

「彼女も何とかしないと…。彼女にはもっと多くのものを見て欲しいですから」

「珪の言う多くのものを見た後に“やっぱり珪がいい”ってなったら?」

「そうなった時は腹を括ることにします」

珪が喜結に近づくと喜結は呆れた口調で珪に言う。珪は拓哉と夏美が付き合えばいいと思っている。もちろん喜結もその考え自体は賛成だが苦手なものを無理に押し付けるのは違うと思っている。だからこそ、今は待って欲しいと願う喜結。夏美から話を逸らすため千晶の話を持ち出す。千晶もまた一目惚れなのだろう。だが珪は過去を引きずっている為、千晶の好意に答える事が出来ない。それでも最後は折れると宣言した珪に少しずつではあるが前に進んでいるのだと実感する。

「おい!珪!今の話だがな!」

「分かってますよ。言いませんよ、愛しの天野さんには」

「だから!」

「九条うるさい」

珪は思う、人にはそれぞれ過去がある。それをやり直したいと思う人も中にはいるだろう。だが自分はその過去があるから今があるのだと感じている。それには少なからず拓哉が関わっている事は明らかだ。

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