Unexpected situation~想定外~
―――――ぽちゃん、ぽちゃん
『また、水の音がする、夢?』
真っ暗闇の中、水が滴るだけの夢を見る夏美。以前にも見た事がある夢だと判断する。あぁ、でも今回も違う。水が滴っている音が聞こえるのに何となく暑い。暑さを感じるとやっと視界がはっきりした。そこは闇の中というより炎の中。炎の中で水音と誰かの声が聞こえる。
「…て。た、けて」
「今、助けるよ!」
助けを求めているような声が聞こえた。はっきりしない声だったが思わず声が出た。『心で思っていただけなのに』と不思議に思う。だけど考えている場合ではないと判断し声のする方へ近づこうとする。しかし今度は炎が道を憚る。
「邪魔をしないで!」
夏美の言葉に炎は声のする方へ導くように開けていく。
『 “進め”って事でいいんだよね』
―――――春。
「夏美?おはよう。朝から落ち込んでどうしたの?」
「喜結!おはよ…。それがね…」
「天野さん、喜結。おはようございます。」
「珪君!おはよう」
一年生だった夏美たちは二年生へと進級した。新しい環境に心をときめかせ校舎へと急ぐ夏美。高等部校舎に到着するとメインロビーには多くの人だかり。クラス分けが発表されているのだ。半年振りに見た夢のせいか、出遅れた夏美。前日の夜には二年生としての自覚を持とうとインスピレーションを行ったはずなのにと堕落する。そんな夏美に声をかけたのは喜結だった。この際、夢の事を相談しようと思うが珪の挨拶によって阻まれてしまった。勿論、珪の後ろには拓哉もいるが完全に無視をして珪の挨拶に答える。その様子に何をしたのかと心配になる喜結と珪。
「ところで喜結たちはクラス発表見れた?私、まだ見れてなくて」
「夏美…。さては学校からのメッセージ、見てないな」
「メッセージ?」
「基本的、新入生と編入生以外は前日までにメッセージで通知がくるんだよ」
「じゃぁ、あの人だかりは?」
「まぁ、大所帯ですし。間違っていないか心配な人たち確認をしてるか古典的な張り出しを記念にしたい人が集まっているって事ですかね…」
夏美の発言に唖然とする喜結と珪。完全に外野扱いの拓哉は呆れている。メッセージの事を喜結に言われた夏美は急いで端末を調べる。寝ぼけたまま端末を開いたのが原因なのかメッセージは既読になっていた為、今日の今日まで気づくことが出来なかった。夏美はメッセージを探し確認をする。
“天野夏美殿、貴殿に生徒会執行部書記並びに二年E組への進級を命ずる”
「えーと。てことは私、生徒会にいてもいいって事?」
「まぁ生徒会は立候補制ではありませんし、問題を起こさない限り任を解かれることはありませんから」
「なるほど!あれ、でもE組って格が上がってる?」
「言うと思った…。それは格が上がったんじゃなくて」
「単に進級できなかった奴が多かっただけだ」
メールを確認しながら気になったことを口に出す夏美。その質問に珪と喜結が丁寧に答えるがあまりの理解の無さに呆れた拓哉が途中で遮る。外野扱いに痺れを切らしたのだろう、拓哉はそのまま教室へと姿を消した。
「やっぱり苦手…」
「思ったんだけど、なんで九条が苦手なの」
「喜結と同じ事、思いました。口は悪いですが容姿端麗で女子からの人気は高いんですよ」
「…何というか、高飛車なところ…かな?」
「高飛車、ねぇ」
拓哉の言動に小さく呟く夏美。そんな夏美にずっと気になっていた質問を投げつける喜結。それは“夏美が拓哉を苦手意識する理由”だ。喜結の問いに珪も賛同する。夏美の返答に“他に原因がある気がする”と思う二人。
■■■
「とりあえず、挨拶は必要だからしないといけないな」
「役職の変動もありますから」
放課後。進級後、初の部活動。生徒会室に集まった顔馴染みのメンバー。始めに口を開いたのは会長に就任した雅也。その雅也を補佐するのは前年同様、副会長の任に就いた喜結だ。他のメンバーも事前に発表もあったことで役職は知りえている。更に生徒会室には新しい役職での立札も用意されていた。その立札どおりに席につくメンバー。そして空席と名前の刻まれていない立札があることに気がつく。
「空席って事は新メンバーがいるって事?」
「さすが夏美、よく気づいた。じゃあ紹介しますか」
「そうだな、入ってくれ…」
「初めまして!この度東ヶ崎学園高等部に入学いたしました!卯月千晶です!クラスは一年D組で役職は会計です!よろしくお願いします」
夏美が空席の理由を当てると雅也の承諾を得て、扉の外にいる新任メンバーを呼ぶ。新任メンバーが入室するなり声を荒げる夏美。それもそのはず。新任メンバーとは卯月千晶の事だからだ。
「以前会った時に挨拶したな、会長の舘宮だ」
「副会長の柚河よ、去年会ってるし呼び方とかに縛りは無いから」
「同じく副会長の紫享珪です」
「書記の九条拓哉だ」
「ありがとうございます。舘宮会長、喜結先輩。あと色々とよろしくお願いします!夏美先輩!」
夏美一人が驚く中、初対面である珪と拓哉は何の事だか分からず、淡々とした挨拶をする。愛らしくも少し悪戯めいた笑みを向ける千晶。千晶の笑みに去年起きた能力勃発事件を思い出し罪悪が立ち込める夏美。残酷かと思ったが夏美の成長を期待している喜結と雅也は千晶のパートナーに夏美を指定した。
■■■
教師らへの挨拶回りを終え帰宅した夏美。美音と二人で写った写真に今日起きたことを報告する。美音の死は中々に受け入れにくい事実。それでも美音の父親であるアドルフと出会ったことで夏美の考え方は明らかに変わった。それから“美音への報告”は日課となった。写真に何を話しても無駄かと思うだろう。だけど何処からか「よかったね、夏美」と美音の声が聞こえた気がする。それが嬉しいのだ。更にアドルフとの交流は続いており、お互いに美音の話を共有したり、時には悩み相談をしたりする仲にまで発展した。
翌日、夏美たち生徒会はある講習会を仕切っていた。雅也は講師の対応、喜結と桂は講習参加者の受付、夏美と拓哉は講習会の議事録作成。新人の千晶は講習会に参加しているため不在。土曜日にも関わらず多くの参加者がいる。学校主催の講習会。受講者の多くは学生。東ヶ崎学園の制服を着た生徒もいる。今回受講対象者は昨年の能力勃発事件で潜在能力を開花した可能性を持つ者達だ。
本来、潜在能力の開花を疑われた場合、近隣の医師など相談するよう国が呼び掛けている。つまり検査などをして能力の属性や系統、値を知り、その説明を受けることが義務付けられている。しかし今回の様に事件・事故に巻き込まれて能力を開花してしまった場合、臨時講習会を開催し一度に能力の正しい使い方などを教授することもある。
“いつ・どこで・どのように”して開花するか分からない未知ともいえる能力。今回は規模が大きい分、人数が多く会場なども多数用意して行われた。数時間にわたり行われた講習会が終わり受講者や講師の見送りを済ませてた夏美たちは一息をつく。
「にしてもすごい人数だったね」
「安易に手を出すものじゃないってことが良く分かりました」
「今回に関しては仕方が無いとは思うけど」
「
「今回の騒動に関しては人間の好奇心を見事に狙ったものだったんだ。どの道、防ぎ様は無かっただろう…。寧ろ犯人を特定できたことが奇跡に近い」
「会長がそう言うのなら僕の出る幕はありませんね。っとそういえば拓哉が見えませんが天野さん何か聞いてますか?」
「えっ?私?えーと、確か…、気分が優れないから帰るって言ってたけど聞いてないの?」
率直な感想を夏美が述べると話の聞き過ぎで頭がいたと嘆く千晶。そんな二人に喜結が言葉を発すると珪が瞬く間に注意をする。しかし珪の言葉に雅也が助言する。だがこの手のネタに食いつき騒ぎ立てる拓哉の声が聞こえない事を不思議に思った珪は夏美に問う。苦手意識を持った相手の事を聞くのは野暮だと思うもあまりの静かに驚きを隠せないのだ。そんな珪にいつも以上に活気が無かった事を報告すると「そうですか」と不安そうな表情を見せる。
「二人は幼馴染だからな」
「入部当初のパートナーでもあるしね」
「なるほど」
「ごめん、ちょっと電話してくる…」
雅也と喜結の発言に納得する夏美。ふと喜結が時間を確認するため端末の電源を入れると純平から大量の着信が入っていた。あまりの量に『怖い』と思うがこれ程までの着信数。何かあったのではとその場を離れすぐに折り返しの電話をした。
「喜結、電話は終わったのか」
「…あ、うん」
「じゃぁ、解散するか」
喜結が戻ると雅也の一言で本日の部活動を終了する。各々が「お疲れ様でした」と言い合う中、急用でも思い出したのか喜結は足早に帰宅した。
講習会から四日が過ぎた。喜結は生徒会にはおろか学校にも来ておらず、夏美が連絡をするも返答は無い。担任に聞くも“家庭の事情”としか聞いていないため答えられないといわれる始末。明らかにあの日の電話が絡んでいるに思えて仕方がない。そんな夏美にいつもの様な元気がない。事情が分からない以上、下手な口出しも出来ない千晶。未だ生徒会室に姿を見せない珪や拓哉も心配がピークに達しているに違いない。そこに雅也が雅を連れて生徒会室に訪れ、元気のない夏美に声を掛ける。
「天野さん?随分と元気がないわね…」
「雅かい、先輩」
「会長呼びが抜けないな…。まぁ仕方ないか…」
「雅さん!お久しぶりです!」
「あら、千晶ちゃん。その制服、似合っているわ」
「ありがとうございます!」
「お知り合いだったんですか?」
「違う、違う、雅の卒業後にやった能力テストを覚えているな。その時、馬が合ったらしくて…それからだ」
突然の訪問に驚く。雅の名前を呼ぶ際も癖で“会長”と呼びそうになり慌てて訂正した。そんな夏美に雅也は『ついた癖は早々に治らないか』と呆れる。そんな三人の間に割って入ったのは新入部員の千晶だった。雅と千晶の会話についていけず、夏美は事の次第を雅也に聞いた。雅也も詳しくは知らないようで、ただ能力テスト以降からの仲である事を伝えた。そんな雅也は「学園長の次は卯月か」とため息交じりに呟く。その表情を読み取った夏美は『苦労が絶えなさそう』と思った。
「ところで雅…先輩はどうして生徒会室に?」
「フフフ。良くぞ聞いてくれました!実はね喜結の事で来たの」
「喜結の事?」
「そう!最近になって急に連絡が取れなくなったでしょ」
「あ、はい…。それで何かあったんじゃないかって心配で…」
「…安心して、喜結に異常はないわ。連絡がつかないのは少し切羽詰っているだけみたいなの」
「そ、そうなんですか…。よかった」
「まったく、親友を心配させるなんて…。ここは一つ、喜結に渇を入れに行きましょう!」
夏美の質問に待っていましたと言わんばかりに答える雅。その理由に喜結の名前を出すと一気に不安そうな表情を見せる。そんな夏美を安心させるため、知りえている限りの情報を教えた。雅の言葉に胸を撫で下ろす。“連絡が取れない事”と言う事は美音の再来を示唆してしまうため夏美にとってはトラウマの一つ。かわいい後輩を不安させた張本人の居場所を知っている雅は一つの提案を出した。雅の提案に「また突拍子のない事を」と呆れ果てる雅也と状況を理解出来ていないが楽しそうな事が起きそうと思う千晶。そんな中ホームルームが長引いた珪が「遅くなりました」と生徒会室に入る。その後ろには顔色が優れない拓哉がいた。その様子に『まだ引きずっているのかしら』と不安になる雅。拓哉の体調不良は大凡の検討がついているからだ。
「紫享先輩!今からどこかに出かけるみたいですよ」
「何処に行くんですか?」
「何やら喜結に会いに行くみたいで…」
「喜結に?確か今日も欠席していましたよね…」
「そう、なんだけど…。なんか行く気満々で」
拓哉とは真逆に元気いっぱいの千晶。珪がくるなり飛びつくように近づく。言葉の前後が分からず夏美に尋ねた。夏美から事情を聴くと部室の中ではしゃぐ雅と千晶の理由にも見当がついた様だ。
■■■
「雅先輩、こんな遠いところまで生徒会全員で来る必要ありました?」
「もちろん、気分に決まってるじゃない」
「天野、諦めてくれ。言い出したら聞かないんだ」
渋谷駅から電車に揺られること約一時間。時刻はすでに十七時を回っており『到着早々解散かな』と雅は考える。夏美と雅の会話に雅也が助言する。雅也の助言に二年メンバーは『甘やかし過ぎ』と呆れる。目的地の最寄り駅に着くと更に十分程歩く。すると純和風の古民家が姿を現した。どうやらこの古民家に喜結がいるようだ。よく見ると表札には“柚河”の文字。喜結の姓と同じであることに気づいた。去年の夏休み前、喜結が帰り道に話していた“親戚の家”だと確信した。
「東ヶ崎の家とは真逆な趣だな」
「あれはきっと学園長の趣味でしょう」
「とりあえずインターフォン押しちゃいますね」
「はい、どちら様?」
「「え?」」
建物の趣に率直な感想を述べる珪と拓哉。そんな二人を他所に千晶は呼び鈴を鳴らす。しばらくすると住人が応対するため表へと姿を見せる。表に出てきた人に夏美は驚き、声を上げる。住人もまた驚きを隠せないでいた。
「天野さん、ここの
「意外すぎて言葉も出ませんでしたが…」
「一体どういう関係なんだ」
「えーと、ですね」
「「姉です」」
「「お姉さん?」」
「私から見たら、もちろん妹になりますけどね。結婚しているので柚河ですが、舞依と申します。妹がお世話になっています」
「こちらこそ、ご挨拶が遅くなりました。真殿雅です。突然押しかけてしまい申し訳ございません」
喜結を尋ねて訪れた“柚河邸”。春とは言え時刻は夕暮れ。肌寒い季節だ。「外で立ち話をするのも」と住人の計らいで客間に通された夏美たち。無言の空気を割いたのは雅だった。雅に続いて珪・拓哉の順に関係性について質問攻めに合う。そして茶を持ってきた先程の住人と同じタイミングで答えた。舞依が自己紹介と共に深々と頭を下げると代表として雅が訪れた理由と挨拶をする。雅の挨拶を聞いた舞依が「構いませんよ。今、喜結を呼んできます」と言って席を離れる。
「天野さん、二人姉弟じゃなったの?」
「えーと、姉は私が八歳の時に嫁いでいるので現段階の戸籍では二人姉弟で合ってはいます」
「八歳だと八年前か」
「はい、なので何処の家に嫁いだとか、よく分からなくて」
「ですが連絡とか家族で会ったりとか無かったんですか?」
「両親はあったみたいですが色々と忙しかったみたいで特に“これ”といった連絡は取ってなかったんですよ」
「世間は狭いって言うけど、まさかここまでとは」
今ひとつ状況が飲み込めないメンバーは夏美を見つめる。そんなメンバーに夏美は乾いた笑いをする。だが一つ気になる点があった。それは入部前に確認した家族調査票。それ思い出しながら雅が夏美に問いた。
暫くすると喜結が客間に姿を現す。相当心配していたのか夏美は喜結の姿を見るなり抱き着き涙声で喜結の名前を呼んだ。そんな夏美を落ち着かせ、喜結が“柚河邸”居る理由を話し始めた。この家は喜結の母親・翠の生家である事。しかし母の親戚は仕事などの関係でこの家には住むことが出来ず、管理が行き届かない所に舞依が名乗りを上げた事。現在は喜結の従弟である純平、そして晴香という十三歳の女の子の三人で暮らしている事を話した。
「純平さんって人はどうして
「純平は単に両親と馬が合わなくて兄の家に住んでいるだけ」
「ではそのお兄様は今、どちらに?」
「夫は亡くなっているんですよ。母には話してあったんですが夏美の耳には届いてなったみたいで」
「それは失礼な事を」
「大丈夫ですよ…。それに今回は夫ではなくて娘の事で喜結には来てもらっているんです」
「娘さんというのは先程、喜結が言った晴香さんのことですか」
「その“晴香ちゃん”が行方不明なの。一応、警察に届けは出しているんだけど…」
「潜在能力が関わっているかも知れないって事ね」
喜結の話に疑問があればその度に答えるを繰り返し何とか状況を説明することが出来た。その中には亡くなった舞の夫の事もあった。流石に喜結の口からは言えなかったが茶の変わりを出すために客間に入室した舞依が答えてくれた。そして喜結が“柚河邸”にいる理由に潜在能力が絡んでいる可能性を示唆すると雅は新任の会長では荷が重すぎる考え、一先ず指揮をとることを提案した。その提案に反対するもメンバーはおらず「寧ろその方がありがたいと」賛成する。同時に後どれくらいで喜結は学校に登校できるのかを確認をする。
「来週からはいけるかと…」
「喜結、学校は明日から行きなさい。居場所だってこの三日間のお陰で絞れたんだし」
「晴香さんの居場所をご存知なんですか?」
「ええ、幼少期を過した施設があるんですけど、多分そこにいるのではないかと…」
実際に施設へ行って見ると能力者を阻む結界のようなものがあり中に入る事が出来ない事を確認済みで同時に能力者でない純平は敷地内に入る事は出来るが直近で事件があったらしく規制線が敷いてあり、実質探し出す事は不可能である事を説明した。
「そういうことなら」
「生徒会の出番だな」
喜結と舞依の説明に生徒会の出番だと判断した雅也と雅。だが今日はもう遅くこれ以上帰りが遅くなる事を懸念したため、この場で解散をして明日、再度作戦を練ることを提案した。もちろん全員が同意する。
「話をまとめているところ悪いんだけど、姉の判断で暫く夏美を預かってもいいですか」
「それはかまいませんが…」
「でもお姉ちゃん。私、着替えとか持ってきてないよ?」
「なら、“姉(私)”の代わりに喜結を連れて自宅へ帰って荷物を来なさい」
唐突に舞依は夏美に暫くはここに泊まるように提案した。想定外の訪問とはいえ久しぶりに再会した妹だ。積もる話もあるのだろう。雅はすぐに許可を出す。しかし着替えを持ってきていないと夏美が答えると舞依は行けない代わりに喜結と一緒に必要なものを取りに自宅へ帰るよう提案する。突拍子もない舞依の発案に喜結は反抗の色を見せるが “柚河邸”に着いてからの夏美の行動を見ていたため「友達を心配させた罰」だと言い従わせた。舞依の言葉に反対する理由を見つけられず渋々、了承をした。話が纏まった所で雅が合図を全員が現地解散となった。
■■■
「ただいま」
「お邪魔します」
「おかえり夏美。舞依から電話で聞いているわ。姉の嫁ぎ先と言え、よそ様の家なんだから迷惑だけは掛けないでね」
「分かってるよ!喜結、少し待ってて…」
「初めまして、柚河喜結と申します」
「夏美の母です。いつも夏美がお世話になっています」
柚河邸から再び電車に揺られ天野邸を目指す。玄関の扉を開けると舞依から事情を聞いている夏美の母親が出迎えてくれた。出迎えた夏美の母親に喜結が自己紹介をすると同じく頭を下げる。夏美が準備している間、喜結はリビングに通される。実は喜結が天野邸に来たのにはきちんとした理由があった。それは“細田美音に関する事”。入学直後から美音と会話する機会があり、少しでも彼女の寂しさを和らげれば思っていた事。その後、夏美から美音の相談を受けた事を受けた事。結果的には望まない形で美音の人生に幕を下ろしてしまったこと。しかしそれがきっかけで夏美との仲を築くことが出来た事。美音の父親であるアドルフを探し、文化祭で夏美に会わせた事を夏美の母親に話した。夏美の母親は美音の潜在能力について知っていたため東ヶ崎学園を勧めた事を話した。母親もまたその選択が正しかったのか分からなくなっていたが最近の夏美の様子に“これも一つの道だった”と思えるようなってきたと話してくれた。お互いの話が終るとタイミングよく準備が終わった夏美が降りてきた。帰り際、何の話をしていたのか夏美に聞かれると大した話ではないとはぶらかす。
その日の夜から夏美は柚河邸に泊まり、晴香について更に詳しい話を聞いた。そして翌日は喜結と一緒に登校した。
■■■
同日、夜。“月影園”と書かれた廃れた看板を掲げた建物に小さな明かりが灯っており「誰か助けて」と震える少女の声が響いた。
―――――三年前
「こら!“女の子を泣かせるな”って何度言えばわかるよ!」
「ギャー!晴香が怒った!」
神奈川県鎌倉市。小さくも大きくもない保育園や幼稚園様な趣の建物。正式名称は月影養護施設。通称“月影園”。月影園には多くの子ども達が生活しており毎日、楽しそうな声が耐えない。そんな中、園内で一人の少年が小さな女の子を泣かせている。すると今度は少年よりは一回り大きい少女が少年の後ろに現れ、仁王立ちで誰よりも逞しく少年に渇を入れた。少女の名前は晴香。年は九~十歳。何故、曖昧かと言うと晴香は生まれたばかりの状態で月影園に預けられたからだ。所謂、捨て子だ。産みの親がどういう人なのか。何故、捨てたのか。知る由もない。唯、晴香は歳を重ねるごとに一つ思う事がある。それは“殺されなくて良かった”ということ。このご時世。潜在能力を保持して生まれたが故に捨てられる子どもが後を絶たない。祖父母世代、親世代には馴染みのない現実だからだ。“未来がある”と前向きに捉えられる者は多くない。
現に“能力開花”はしていないが可能性があると言われ怖くなったという理由で“月影園”で暮らしている子どもは多数いる。晴香もその類なのだろうと感じている部分はあった。
「晴香、少しお話があるの」
「はい、園長先生!」
ある日、晴香は園長に呼び出され園長室に入った。養護施設の規則を再度確認するためだ。何故、再確認が必要かと言うと月影園は児童保護施設の部類に当てはまる。つまりは満十三歳までしかこの施設で暮らす事が出来ないからだ。即ち十三歳の誕生日の前日までには退園しなければいけない。十三歳以降は他の施設に移るか国の支援を受けながら住み込みで働き自立するかの二択。大半の児童は十三歳~二十歳まで在籍する事が出来る施設に行く。住み込みを希望する子どもは少ないがいない訳ではない。その場合は住み込み先のオーナーが親代わりとなる。後は稀に養子に迎え入れられる事があるが一割にも満たない。故に選択肢の中には入っていない。
園長先生が晴香にこの話を持ち出したこの日は晴香が月影園に来て丁度十年目。退園まで残り三年。話す時期としては早すぎる事はない。何より“月影園”では先の二択より退園までに養子へ出すことを最大の目標としている。集団行動も大切だがそれ以上に愛情に触れることが一番だと考えているからだ。一割にも満たないとは言え様々な理由で子どもに恵まれず、欲しいと思う人も少なくはない。
しかし大半の里親が幼い子どもを望む。血の繋がりが無いからこそある程度、我が身で育てたのだろう。現に“月影園”の子どもたちは皆、十歳を迎える前に譲渡先が決まる。同時に晴香の様に譲渡先が決まらない子どももいる。厳しいようだがそれが現実。
『もう十歳、退園に向けてのお話かな…。そういえばこの前、退園したお姉さんは自立を選択していていたな。私はどうしようかな』
園長からの呼び出しに退園の話だと悟る晴香。用意された選択肢は二つだと思い込み悩む。“他の施設”に行くか“自立”するか。しかし園長の口からは晴香が想像していなかった言葉が発せられた。
「そんなに怖い顔をしないで、晴香。今日あなたを呼んだのはね、他でもない晴香と暮らしたいって言う方が尋ねられたからよ」
「え?それってつまり」
「あなたを娘として迎え入れたいそうよ」
それは譲渡先が見つかったというもの。その人こそ柚河舞依だった。舞依がなぜ養子を受け入れたのか、その理由は園長のみが知っており公言する事はない。但し、お互いが了承を得た場合のみ園長の口から話す。唯、大半が迎え入れた先で新しい両親の口から聞くことが多いため“譲渡先”が決まったことだけを園長は伝えた。園長の話に驚きを隠せない晴香。嬉しさと同時に“月影園”を去る悲しみで涙を流した。
■■■
「はじめまして、柚河舞依と言います」
「はじめまして、晴香といいます」
後日、舞依と晴香の面談が行われた。互いに自己紹介をし、舞依は“月影園”から少し離れた場所に義弟と二人で住んでいる事や「山も近いが海の方が近い事から夏になったら海水浴にでも行こう」と会話を弾ませる。面談中、晴香の顔色を見て園長は舞依が危険人物では無いと判断し正式に手続きを進めた。
「晴香との面談はいかがでしたか」
「とても優しそうな子で安心しました」
「ええ、とっても優しい子です。面倒見も良くて子どもたちが“お姉ちゃん”と慕っているくらいですから」
「その“お姉ちゃん”を奪ってしまうのかと考えると残酷な気がしますが」
「いつかは訪れる別れの時です。わかってくれますよ」
■■■
「晴香姉ちゃんの苗字って何になるの?」
「柚の河と書いて柚河、柚河晴香だよ。でも暫くは月影晴香のままなんだけどね」
「どうして?」
「お義母さんになる人の優しさだよ。学校を転校する必要もないから、急に名字が変わると大変だからって」
数日後、園内で晴香の“お別れ会”が開催された。そのお別れ会で一人の少年が問う。晴香は名前の漢字を紙に書いて説明した。その答えに“かっこいい”や“可愛い”といった声が飛び交う。同時に舞依の心遣いも説明した。施設と柚河邸が同学区内に位置している事から小学校を転校する必要がなかった。故に戸籍上では“柚河”だが学校では“月影”を名乗ることを許可した。更にその後の進学次第では無理に“柚河”を名乗る必要はないと寛大な意向を見せた。名字が変わることの大変さを一番に知っているからこその判断だ。お別れ会から暫くして晴香は“柚河”の養女となった。
晴香が行方不明となり、喜結の安否を心配した生徒会が柚河邸を訪れ、更に夏美が柚河邸に泊まるようになって一週間が経った。学校からの距離が離れている分、毎日の様に早起きを余儀なくされている夏美は授業中に船を漕ぐことが多くなった。普段から早起きが得意ではないため電車の中でも寝ている事が多い。
「一週間経ったのに早起きは慣れない?」
「一週間じゃ十数年積み重ねた癖は直らないよ」
「ほら、眠いは分かるけどシャキッとする、生徒会として示しがつかないでしょ」
生徒会室へ向かう途中。大きな欠伸をする夏美に呆れた口調で喜結が問うも夏美は上手に交わす。喜結の扱い方にも慣れてきた証拠だ。生徒会室に入ると和やかな空気が漂っていた。状況を考えるとのんびりしている場合ではないが慌ててしまえば見えるものも見えなくなる。そう考えた雅はゆっくりだが着実に情報収集をすることした。生徒会の指揮は雅也だが“流石は経験者”と言ったところだろう。事のほとんどを雅が仕切っていた。一方で喜結は昼休みの時間を使って学園長室に通っていた。今回の事件、潜在能力が関わっているのであるなら何としても協力をして欲しいからだ。もちろん公私混合をしたいわけではないが母方の家で起きている為、放って置く事が出来ないのだ。
何故そこまでして協力して欲しいのかというとそれは司の“潜在能力”に理由がある。学園のトップである司もまた潜在能力保持者。しかしこの情報は学園内でも極一部の人間しか知らない事実。個人的に司を慕っている雅は感づいているところもあるが実際の所、生徒会メンバーの中では娘である喜結しか知らない。その能力というのが“探索”。極度の方向音痴ではあるが地図を広げてしまえば迷わずに能力保持者や暴走者を探すことが出来る。「方向音痴なのに可笑しいよね」と本人が言って呆れる程だ。
喜結が生徒会室に顔を出すと「どうだった」と雅也が尋ねるも収穫なしだと首を横に振る。司は学園長として生徒会を総括しているが生徒会の仕事には殆ど協力しない。それは“楽をして欲しくない”という理由だと言い聞かされているが司を信用していない喜結には言い訳としか思っていない。
「喜結先輩!このニュース見てください!」
「ニュース?」
「火事の記事だよね、待って!“月影園”って確かお姉ちゃんが言っていた」
「純平と見に行った時は全焼というより空き家だったのよ」
「じゃぁこの死傷者って一体…」
「とりあえず現場の確認だな。確か珪と拓哉が向かっているはずだ」
各々で調査をしている中、千晶があるニュースの記事を見つけた。それは東京・神奈川の両都県を跨いで起きている“養護施設の放火事件”のものだった。大半の養護施設が小火で終わっている中“月影園”という養護施設だけが全焼しており、行方不明者を含めた死傷者が多数出た言うものだった。しかしニュースの火事が起きたのは日付を見るとつい最近の事。更にその場所は以前、喜結と純平の二人で訪れた場所。だがその時は空き家だった。であれば火事が起きたとしても死傷者が出るのはありえない。ある確信を得た雅也は現場近くにいる珪と拓哉に連絡を取る。雅也に言われ“月影園”へ急ぐ珪と拓哉。そして現場に着いた二人から着信が入る。施設には当然ながら“keep out”の規制テープが張られており立ち入る事は出来ない。だが同時に不思議な事が起きているという報告も受ける。それは“keep out”のテープより奥に手を伸ばすと結界のようなものが張ってあり跳ね返されると言うのだ。
「結界?」
「見たいなものだそうだ」
「待って、それって喜結が前に行っていた事と似ていない?」
「…確かに。その時はテープじゃなくて看板だったけど。純平は入れたのに私は結解の様なものに跳ね返された…」
「能力者を拒絶しているって事?」
「あの、それ。私の能力で何とかなりませんかね?だって私の能力って“無効化”みたなもの何ですよね?」
「…。わかった、明日一緒に行ってみようか」
「ありがとうございます」
すると傍で話を聞いていた千晶が話に参加し、暴露するように喜結たちに自身の能力を確認した。千晶の能力に関しては雅と雅也と喜結の三名しか知らないため夏美は困惑する。
翌日、喜結は千晶を連れて現場に行く事にした。
■■■
「雅也会長、千晶ちゃんの能力って」
「正直な話、断言は出来ないんだ」
「断言できないというと」
放課後、千晶を連れて喜結は再び“月影園”を訪れる。確かに純平と訪れた時と違い“火災現場です”と言わんばかりに焼け焦げていた。喜結と千晶、二人の報告を生徒会室で待っていた夏美は雅也に千晶の能力の事を問う。夏美の質問に雅と顔を合わせた雅也は千晶の能力の事を話すことした。
「天野さんも知っての通り、千晶ちゃんは“能力勃発事件”の被害者に当たるんだけど、能力値が他の被害者と比べて飛びぬけて高かったのよ」
「 “能力値が高い”のと“能力の系統の判別が出来ない”のとでは接点が分からないのですが」
「能力値が高いってことはきちんと能力の存在を得ていないと鬼化になりやすいの。それで学園長の指示の下、能力テストで確認をしてみたの。そしたら」
「雅の氷を打ち消したんだ」
「それが“無効化だから出来る事”ってわけですか」
「問題はそこなのよ。“無効化”なんて能力、聞いた事ないのよ」
夏美の質問に答える雅に対して疑問点を見つけた珪が補足を要求する。珪の補足に“断定不可”故に監視と試用期間を兼ねて生徒会に入部させたことを話す雅と雅也。だが多くの能力が存在する中“無効化”という能力があるという話は今までに例がなく拓哉が問う。潜在能力自体、十人十色。同種系統でも能力値などが違う。故に常日頃、研究を絶やすことが出来ない。その中で“聞いた事の無い能力”に疑問を持った。相談した結果、能力の断定が出来るまでは雅と雅也、喜結の三人だけで共有することにした。しかしそんな事とは知らない千晶が口にしてしまったのだ。
「じゃぁ“無効化”って言うのは確定じゃないんですか?」
「でも喜結が一緒ですし、何かしら分かるかもしれませんね」
能力テストで判断する側である雅ですら確信を得ることができなかった千晶の能力。不安が募るのも今回は喜結が一緒にいるため何か情報が得られると考えるメンバー。何より一刻も早く晴香を見つけなければならない現状。喜結から一報を期待する事にした。暫くして千晶が生徒会室に帰ってくる。何か言いたげな雅也に頭を下げ謝罪をする千晶。同時に雅が喜結と一緒ではない事を問うと千晶は学園長の所に行ったと応える。
「ただいま戻りました」
「卯月」
「…すみませんでした。あの後、喜結先輩に言われて事の重大さに気づきました」
「喜結が言っているなら大丈夫でしょ、ところで喜結は?」
「喜結先輩なら学園長室に行くと言ってました」
■■■
「どうしたら協力していただけますか」
「僕の能力に頼らないのであればいくらでも協力するって、ずっと言っていたはずだけど」
「学園長の協力が無ければ先に進めないとてもですか…」
「何事も楽をしてはいけないし、覚えてもいけない。そうは思わないかい?」
学園長室と書かれた部屋には喜結と司の二人。重い空気の中口を開いたのは喜結だった。喜結の真剣な表情に冗談を言ってはいけないと悟る。厳しい様だがこれが司流の教育。会いに来るたび同じ条件を出す司。それで諦める事が出来ない喜結は訴え続ける。両者ともに折れる様子はない。夏美が挨拶に来た時とは態度がまるで違う。冷たい瞳をしてあしらう。そんな司に『本当にこの人は父親なのだろうか』と疑いたくなる喜結。
「…学園長の能力に頼っているわけではありません。それに私たちなりの方法で解決をしたいと思っていますが目的地は現在、立ち入り禁止区域。せめて生徒会が建物内に入れるように警察関係者に…」
「この僕に“警察におべっかして欲しい”と言うのかい…。本当にとんでもない事を思いつくね…」
「卯月千晶の能力で“月影園”の敷地内に入りました」
「…随分と卯月千晶(彼女)を信頼しているね。分かった、そこまで言うなら協力しよう。ただし条件がある」
とても親子の会話とは思えない。しかし喜結が持ち合わせている
学園長室から戻ってきた喜結を出迎えたのは夏美だった。学園祭で「父が嫌い」と発した言葉を未だ気にしているのだろう、心配そうに見つめる。そんな夏美に「大丈夫」とほほ笑む喜結。そして同時に学園長からの協力を得られた事と千晶の能力ついて公表した。
「一、二…喜結たちが月影園を見に行って二日も経ったのにまだ許可下りないのかな」
「そんなすぐには降りないよ。それに勝手に立ち入ってる分、罪に問われてないだけマシだと思わなきゃ」
「朗報よ!立ち入りの許可が下りたわ」
「本当ですか?雅先輩!」
喜結と千晶が“月影園”を訪れてから丸二日が経った。待ちきれない夏美に常識を教授する喜結。その時、勢いよく生徒会室の扉が開いた。犯人は雅だ。そして雅の口から司の協力の下、正式に生徒会が現場に入れる許可が下りた事を告げられる。その言葉に司が如何に大物かを夏美は実感する。
■■■
土曜日。生徒会は“月影園”にいた。建物は見事に焼け焦げていた。ただ、鉄筋コンクリート製の建物だったため倒壊は免れていた。雅は大学の講習でこの場にはいない。それが原因なのかかなり疲れた顔をしている雅也に『わがままを言われたのだろう』と思う喜結と珪と拓哉。「じゃぁ、行きますよ」と千晶の掛け声で“keep out”と書かれた規制線の奥へと手を伸ばす。弾き出される様子が無い事に珪と拓哉は感心をする。先頭から千晶・喜結・夏美・珪・拓哉・雅也の順に全員が敷地内へ入る。最初に口を開いたのは千晶だった。
「まさか私の能力が“無効化”じゃなくて“時間操作”だったとは驚きでした」
「前回、千晶と来た時に違和感があったんだよね。全焼して死者が出た現場で“結界を無効化にした”にしては歩いている廊下が“きれい”過ぎるって」
「確かに、千晶ちゃんが歩いたところだけ綺麗になってる。でも全焼って何があったんだろう」
「記事を読む限りでは天候などの原因が大きいみたいですが」
千晶の言葉に応えた喜結の発言にほぼ全員が床を確認し驚く。無理もない、現に千晶が歩き進んだ場所以外は焼け焦げたままだからだ。夏美がふと火事の原因を考えると珪が知りえた情報を話す。二人の会話の後ろで聞いているだけの拓哉に雅也が心配になり小さな声で話しかけた。
「能力テストの結果を気にしているのか、確かに能力値が上がったのは木梨の件があったからだろうが…。それとも今回の事件の事を考えているのか?だとしても拓哉(お前)に放火なんて卑怯な事しないだろ」
「舘宮会長ってたまにおかん見たいな所ありますよね」
「次、言ったら腕が一本捻じ曲がるかもな」
「ありえるから怖いっす」
雅也の言葉に図星だったため驚く拓哉。図星の原因は能力テストの結果にあった。拓哉の能力値はかなり低く、それこそ属性の確定すら出来ない状態だった。そのため生徒会に入部する必要性はなかった。しかし拓哉は幼馴染である珪の事が心配で傍にいたい一身で微弱な能力ながらも生徒会に入部することが出来た。故に入部してから拓哉は能力を使うところを見せる事が無かった。それが今回の能力テストでは能力値が格段と上がっており、属性も炎だと断定された。そこにきて“月影園”を含めた養護施設の放火事件と来たものだから様々な思いが入り乱れる。そんな拓哉に雅也はアドバイスを送った。そのアドバイスを冗談交じりに仇で返す拓哉。その言葉に本気で脅す雅也。雅也と拓哉の会話こそ聞こえないが二人の雰囲気に夏美は少しだけ印象が変わりつつあった。拓哉との会話が直に聞こえている珪は恥かしいと心に思う。
「この部屋でいいんですよね」
「情報が間違っていなければ」
そうしている間に養護施設内のある一室にたどり着く。三階建ての建物の一階。中央に共同で使う大広間があり、左右に分かれて月影園に在籍していた子どもや教員が寝泊りする居室が設けられていた。右側の一番奥にある部屋。焼け焦げているため表札はないが舞依の話や入手した間取り図通りであるなら“目的地”。その場所とは晴香が在籍していた時に使っていた居室。黒く焦げたドアノブに千晶が触れると扉も一緒に新品の様に変わった。その様子に驚かないものはいなかった。そしてドアノブを回し、扉を開ける。同じ様に黒く焦げた部屋も千晶が足を踏み入れれば瞬く間に綺麗な姿へと変貌した。居室の大きさは六畳ほど。個室タイプでミニキッチンとミニクローゼットがついていた。だが晴香の姿はない。当然と言えば当然。この部屋に居たのなら既に焼け焦げている。それほどまでに居室の焦げ方が異常だったということだ。
「晴香さん、いないですよね…。部屋を間違えたのでは?」
「お姉ちゃんが嘘を言うわけ…」
「火事に気づいてどこかに逃げ込んだ、とか?」
晴香の居た痕跡がない現状に千晶が問う。だが舞依が嘘を言う筈もない。何か秘密があると思ったメンバーは小さな一室を手あたり次第、探す事にした。しかしどれだけ部屋を探しても異変はない。ミニキッチン下の収納スペースも見るが何も見当たらない。残るはミニキッチンの横に設置されたミニクローゼットのみ。『何でもいいから手がかりを』そう願いながら夏美は扉を開ける。だが期待は大きく外れる。
「卯月さんの能力で足跡とかは見れたりしないのですか」
「千晶の能力はあくまで時間操作、出来るとは思えないけど…」
悪あがきで床を叩くも床下収納らしきものはなく、ついに千晶の能力だけが頼りだと珪は言うがその可能性を喜結が無残にも切り捨てる。そんな中、夏美が「ねぇ、これって何だとおもう?」とあるものを見つけた。夏美が見つけた何かを見るために拓哉が近づくと咄嗟によける夏美。その行動に喜結と珪は盛大なため息をついた。
「夏美先輩って九条先輩の事、嫌いなんですか?」
「嫌いというか、苦手というか…。い、今のは条件反射で…。」
夏美の行動を見た千晶は疑問に思う。入部してまだ日が浅い。故に夏美と拓哉の関係性を知らないのは当然だ。千晶の質問に夏美は小声で言い訳を述べる。先ほどの行動に一番傷ついているのは言うまでもなく拓哉なのだが完全に眼中にない。拓哉は小さく溜息をつき夏美が見つけた異変をライトで照らしながら捜す。するとクレヨンで何か書いてあるのを見つける。しかし消えかかっているのか、火事で焦げたのかは分からないが判別することはかなり難しい痕跡。これを見つけた夏美を秘かに称えた。
「これの事か…。卯月、この箇所だけ小火が起きる前…、いやもっと前に戻すことって出来るか」
「何ともいえませんが、やるだけやってみます!」
拓哉の質問に千晶はクレヨンの部分を触る。先程までは小火が起きる前日を頭に叩き込んで能力を使っていたからだ。拓哉の要求はその小火よりも前。どのくらい戻せばいいのか分からなかったが何とかイメージを固めると見事に蘇った。クレヨンの文字もはっきりと見て取れる。書かれていたのは“はるかのひみつきち↓”。
「下矢印って事は床下ですかね」
「試してみるか…」
「流石、生徒会長!」
「えーと、誰かいますか?」
「お願い、誰か助けて」
「今、助けるからもう少し待ってて」
珪が書かれた文字を口に出すと雅也が能力を使い床板を剥がし、その下に空洞を見つける。小さな地下室の様にも見える。地下室に向かって夏美が声をかけると掠れ震えた声色で返答があった。その声に一刻を争うかもしれないと判断する。しかし地下室を見つけたのはいいが入り口は小さく、声の響き方からして奥行きもそれなりにあると思われる。まさか地下室があるとは思っていなかったため重機なども用意していない。こういう時、雅なら電話一本で業者を雇うのだがそれだけの財力を持っている人間はいない。否、正しくはいる事はいるが自由に操作できない。故に人力で行うことを余儀なくされた。
入り口の小さい地下室に潜ろうにも図体のある男性陣では入る事が出来ない。女性陣も喜結は細身だが背が高く、夏美も小柄ではあるが胸があるため入るのは難しい。程よい人材は千晶のみ。メンバーの視線は一斉に千晶へ集まる。
「いや、確かに小柄だし…。む、胸も、ないですけど…。あー!もう!分かりました!分かりましたよ!行きますよ!行けばいいんでしょ!絶対に夏美先輩より巨乳になってやる」
「いう程、胸ないと思うけど…」
「喜結先輩!生存者発見しました!引き上げるので手伝ってください!」
言葉を濁しながら自身の体格を認め、声を荒らげる。最後に捨て台詞を吐く千晶。その言葉に夏美は胸を軽く触りながら無自覚な発言をする。その発言に溜息をつくメンバー。
千晶が地下室に入ってから暫くすると千晶の叫ぶ声がする。その言葉に喜結と雅也が穴に近づき晴香を、千晶を珪が順番に引き上げる。晴香の意識は朦朧としていたが外の光に気づき落ち着いたのだろうか気を失ってしま
った。同時に素人でも分かるほどに衰弱が見受けられたためすぐに救急車を呼び病院へ搬送させた。晴香を見つけた事を舞依に連絡をし、搬送先の病院で落ち合う事にした。
晴香が病院に搬送されて三日が経過した。舞依が昼夜問わず付き添っており、何か異変があれば連絡することになっている。しかし心配事が一つ。それは晴香の意識が戻らない事だ。
■■■
「授業中に読むなって注意したはずなんだけど」
「授業に参加していないので見逃してください」
「いや、無理でしょ、ちゃんと学生の本分を」
「それより大学はいいんですか?」
「大学は小中高と違って自分で時間割を決められるのよ」
「…いいですね。あった!これだ」
「これって、まさか」
授業をすっぽかし一人生徒会室で養護施設放火の記事を見て何かを探している喜結。そこに雅が訪れ、茉奈が起こした事件の時に注意した事を反省もせず同じ事をやっているためため息交じりに再び注意をする。しかしその注意に聞く耳を持たない喜結。呆れて文句を途中でやめる。すると喜結がある記事を見つけ一緒に見る。記事の内容に驚きを隠せない雅だった。
「喜結!なんで授業出なかったの?」
「柚河がサボった?マジかよ」
「ほら言われた」
「反省だけはします」
放課後、真っ先に生徒会に現れたのは夏美だった。事前にメールで生徒会室いることを聞いていたからだ。生徒会室の扉を思いっきり開き喜結に食って掛かる。夏美に続いて拓哉と珪と雅也が入室する。夏美の言葉に思わず拓哉が口を挟む。拓哉の発声に驚きを見せる夏美だが拒絶するような対応は見受けられない。夏美の反応に『脈あり?』と思う喜結と珪。実のところ、二人に内緒で“夏美と拓哉をくっつけ隊”を結成していた。ネーミングは面倒だったのか雅と雅也を応援していた時のもの流用している。拓哉の言葉に同調する雅。珪と雅也は呆れて言葉が出ないのだ。
「そういえば卯月さんはどうしました?」
「確かに!いつもなら来てもいいころなのに」
「千晶なら補習だって」
「それは残念、でもこのメンバーは少し嬉しいかも!」
普段なら雑談をしている間に到着するはずの千晶が来ない事に心配する珪と夏美。そんな二人に補習に引っかかったと連絡を受けていた事を喜結が話す。千晶の不在を寂しがるも久々の入部初期メンバーなのが嬉しいのか楽しそうにする夏美だった。
「来て早々、悪いんだけどこの記事を見て欲しいの」
「記事ですか?」
「おい、この記事って」
先ほど見つけた記事を各メンバーの所有する端末に送信し、メンバー全員に見るように促す喜結。どのような記事なのかと珪が尋ねるも受信された記事を見て驚きを隠せなかった。その記事というのは“養護施設連続放火事件の犯人を逮捕した”という記事だった。記事によると逮捕されたのは夏美たちが晴香を救出した前日の夜中。さらに放火の動機にも問題が浮上した。
「動機が能力の試み…」
「この犯人も茉奈先輩の事件の被害者なのかな」
「必ずしも“そう”とは言えないわ、確かに木梨茉奈の件(あの事件)で多くの潜在能力者が誕生したけれど」
「使いこなしている人間なんて極わずか、そのうち使い方も忘れてしまう人も出るんじゃない」
「ですがこの犯人と月影晴香(彼女)との接点が見当たりません」
「さすが、紫享くん!そこに気付いたところでこれを見て欲しいの」
今回の事件の犯人の動機に夏美たちの先輩である茉奈が関わっていたのかと思い不安になる夏美。しかしその可能性は零パーセントではないが百パーセントとも言えないと雅が助言をし、それに続けて喜結も付け加える。二人の言葉に一安心する夏美。だが今回の犯人と晴香の接点がないと珪が指摘すると雅が更に二枚のデータを端末に送信する。
「晴香ちゃんの調査書?」
「もうひとつは別人の?まさか!」
一枚目は晴香の調査書と書かれたデータ。そこには晴香が月影園来た経緯や病歴、園内での生活の様子。園長や舞依との面談記録まで細かく書かれていた。晴香の調査書を見たところで誰も何も感じない。嘘も偽りもないデータだからだ。しかし二枚目を見た瞬間、表情が変わった。二枚目は別人ではあるが晴香と同様に事細かく書かれた調査書。だがそこに記載されていたのは放火の容疑で逮捕された犯人の名前だった。しかし問題はそこではない。その調査書は放火犯のモノではなかったからだ。つまりこの調査書に記載されている人物と放火犯は戸籍上の夫婦と言う事になる。
「想像はつくと思うが事実確認は取れているのか」
「妻本人に確認したわ!この情報もちゃんと筋を通してあります!」
「ですが計算上、年齢が合いません」
「年齢は珪が計算したのであってる。この女性(妻)は晴香の実の母親。但し父親は別人」
「この
「そう、晴香の父親は女性の叔父に当たる人で晴香を産んだのは十四歳になる前。誰にも相談することが出来なくて一人で産んだと言ってた」
「で、でも園長先生は?この事を知っていたの?」
「会いに来たみたいよ、晴香を月影園の門の前に捨てて暫くしてから、父親である叔父と一緒にね」
“嫌な予感”というものなのだろう、拓哉が違和感に気づくと雅也が雅に尋ねる。その問いに夏美たちが来る前に確認をしたと答える。驚愕とも言える事実に口が塞がらないメンバー。しかし引っ掛かる点はまだ多く残っている。
「だが、この犯人の動機は力試しだろ。だったらこの話は関係ないじゃねーか」
「嫉妬、ですか」
「流石、紫享君!回転が速い!」
「嫉妬って?犯人が?」
「本当に嫉妬なのかは確認できませんが少なくても結婚した相手に“実は子どもがいました”なんて聞いたらかなり器の大きい人か」
「余程の馬鹿でない限り受け入れるとこは難しいと思う」
残る疑問を潰そうと最初に口を開いたのは拓哉だった。拓哉は最初に喜結が送信した記事を見ながら疑問をぶつける。すると何かに気づいたのか小声で珪が答える。珪の予想に雅が「大正解」と言わんばかりに声を荒らげる。しかし珪の回答に納得がいかないのか拓哉には疑問が残ったままだった。そんな拓哉に珪と喜結の順番に回答を述べる。
「じゃぁ、月影園だけが全焼だったのは晴香ちゃんがいたから?でも晴香ちゃんは三年前にお姉ちゃんの娘になって卒園してるんでしょ?住んでもいないのにそこにいるなんて誰が断定したの?」
「放火事件の前日は“月影園の閉園に伴うお別れ会”を開いていたそうよ」
「じゃぁ何だ、犯人はこの事を知っていたって事になるのか」
「 “知っていた”というより“聞き出した”のほうが正解かも知れないわ。この犯人、妻へのDVもあったみたいだから」
「暴力で聞き出したってことか」
「好きな人に暴力とか意味わかんない」
「恋愛や愛し方なんて人それぞれでしょ」
「そういうものかな」
「案外、そういうものですよ」
「とりあえず、この先どうするんだ」
「確かに!晴香ちゃんは救出できたし、犯人は逮捕されているし…。」
「でも気になる事がないわけではない。今回の行方不明者は晴香と断定していいと思うけど、全焼した施設で死傷者が出た事件」
「確かに衰弱で収まっているのが都合良すぎるわね」
「でもそれは“ひみつきち”のおかげなのでは?」
「だとしてもそんな咄嗟の判断がすぐに出来るとは思えん」
「確かにそうね…」
「それこそ晴香が能力保持者と仮定した方が…」
「仮定じゃなくて“拒絶”だよ」
一つ解決する事に新たなに疑問が浮き上がる。唯、 “嫉妬であるが故に暴力を振るった”と言うのが本来の動機であろうという仮説を立てた。だが珪には思い当たる節があるのか声のトーンが下がる。その事に気づいた拓哉は話を切り替えて今後のスケジュールの確認を持ち出した。話の流れでもしかしてこれは晴香に潜在能力が関係している可能性について話しているその時、思わぬ来客が現れたのだ。
「「学園長?」」
「実にナイスタイミング!」
『いや、そうだけど』
「秘書の方からものすごい量の連絡が入っていましたが仕事を抜け出して何をされているんですか」
「喜結ちゃんのい・け・ず!散歩の時間だよ、それにちゃんと書置きだってしたし」
「極度の方向音痴だって事をお忘れなく。あと、秘書の方にここいる事、お伝えしましたから」
その来客に全員が声を合わせて驚くも陽気に答える司にと言葉に出したい思いを一生懸命耐え、心の中で叫んだ。唯、一人喜結を除いて。司と喜結のやり取りについていけないメンバー。なにより司が喜結のこと“喜結ちゃん”と呼んでいることに驚きを隠せずにいた。そして司のこの行動が日常の様に素早い対応をとる喜結。仕事の出来る娘と賞賛する一方で秘書が生徒会室に向かっている事を知ると帰りたくないと駄々をこねる司。その様子に普段とはまるで違う姿に驚きを通り越して唖然としていたメンバー。
「まさかとは思いますが晴香ちゃんの能力(それ)を言うためだけに
「うん、そうだね。まぁ気分もあるけど、これぐらいなら教えてもいいかなって」
「あの、学園長!“拒絶”って晴香ちゃんの能力がって事ですよね」
「そうだね、だけど、それ以上は教えられないな。あ、でもこれは教えても…」
「学園長!まったくあなたという方は仕事もせず…。今日までにサインを頂きたい書類があると伝えてありましたよね!喜結様ご連絡、誠に感謝いたします」
「え?もう来ちゃったの?あー!最後に!さっきの話!
雅の質問に意味の深い言い方をする司。“拒絶”言う葉に真っ先に食いついたのは夏美だった。その質問にも素直に答えるが意地悪なのか、他に企みがあるのかそれ以上を言いたがらない司。そんな現状に『今まで協力しなかったのに』と不満を露にする喜結。そこに機会を見計らった様に秘書が迎えに来ると司は最後に言葉を言い残す。
「嵐が去りましたね」
「まさかここにくるとは思ってもなった」
「だが学園長の言う事が正しいとして、どう能力を抑える。できる事なら暴走する前がいいんだが」
「そうね、木梨さんみたいに催眠術をかけようにも催眠術(その)系統の能力者が都合よく現れるとも思わないし」
「千晶ちゃんの能力を使ったら良いじゃないですか?」
司が去り、珪が皆の気持ちを代弁するように声に出した。予期せぬ行動を取った司に喜結も呆れる。同時に司が訪れた事で詰めていた気が抜けた。少し頭を柔らかくして考えればわかった事だと反省をした。しかし司が最後に言い残した言葉が引っかかった。雅也が何か打開策はないかと口を開き、雅も賛同するが事は都合よく運ばない。分かりきっていた事だ。そんな二人に“考えるより先行動派”の夏美が今年の新入部員である千晶に白羽の矢を立てた。
「確かに千晶の時間操作は何とか出来るかもしれない」
「…!催眠術はいつ綻びが生まれるか分かりませんが」
「能力の時間自体を操作してしまえば、能力者じゃなくなるかもしれない!」
「仮にこの先、能力者になってしまっても同じ能力が開花するとは限らない」
「能力のジャンルは本人の精神状態や育った環境が大きく与えるものね」
「試す価値はあるってことか」
「さて、話が纏まった事で晴香さんの所に行くのは千晶さんと天野さんが良いわね」
「千晶ちゃんは分かりますがどうして私なんですか?私より喜結の方が…」
「今は関係者以外面会謝絶。関係者ってなると私より夏美の方がいいのよ」
「姉妹である以上、
「そういうこと」
「一応、通信可能病棟だから連絡は常に取れるようにしておくから」
「わ、分かった!やってみる!」
喜結の言葉に珪が発言する。続いて夏美が喜結の顔を見て発言する。その三人の提案に雅は納得し雅也が纏めた。司の助言によって思わぬ方向へと動き出した今回の事件。まずは目先にある“拒絶”の能力保持者となった晴香を助けるため夏美たちは行動を起こすことになった。
「そんな、学園長が来ていたなんて…ずるいです!私もしたかったです!お話!顔も生で見たかった!」
「生って…。そんな良いものではなかったよ」
「てか、千晶ちゃん。補習って何の補習なの?」
「あぁ、補習というか “授業態度がよくない”って難癖付けられまして…」
会議を行い直ぐにでも病院に行き作戦を実行したかったが肝心の千晶が補習で更に三日を消費してしまった。しかし念入りに作戦を立てることが出来たのを踏まえると無意味な時間経過ではなかった。
昨日、司が生徒会室を訪れた事を聞き “会いたかった”と駄々をこねる千晶に喜結は“いいものではなかった”と呆れた。同時に四日も補習受ける原因が見当たらない夏美は千晶に質問をする。その質問に千晶は“成績”ではく“授業態度が原因”だというのだ。人間である以上、難のない人間などいない。一部ではあるが千晶が特待生として入学している事を知っており、
■■■
晴香が入院している病院の正面玄関に到着すると舞依が出迎えた。たった数日とはいえ晴香の意識が戻らないことが相当、心配なのだろう。酷く精神的に弱っている様に見受けられた。だが病室に入る事は許可されなかった。そこで夏美は晴香の能力について説明をする。もちろん誰かの耳に入ってしまわない様に細心の注意を払う。そして夏美の口から話される言葉は夏美が考えた言葉ではない。雅と雅也、喜結が調査した結果を書き綴ったメモを読み上げる形だ。その説明にすぐに納得は出来なかったが晴香を引き取る際、園長が話していた事と似た言葉を聞き、きちんと調べた上で話をしていると信用して病室に入る許可を出した。
最愛の妹が会いに来てくれた。故に能力云々に関係なく入室と謁見の許可は出すつもりではいたが仕事として訪れた事で躊躇してしまった舞依。しかし真剣な夏美の表情に『会わないうちに随分と大人になってしまった』と妹の成長を感じた。
「入室の許可、無事に取れたよ。喜結に言われた通りお姉ちゃんには外で待機してもらってる」
『ありがとう、巻き込まれるのは避けたいからね。何か言っていた?』
「晴香ちゃんをよろしくって、かなりやつれてた」
『血の繋がりが無くても親子だからね』
「喜結は知ってたんだね、お姉ちゃんの事」
『…知ってた。でもこの話は本人から聞いたほうがいいと思って敢えて話さなかったの。ごめん』
「夏美先輩、指示書通り準備できましたよ」
「そうだね…、でも喜結が謝る事じゃないよ。千晶ちゃんありがとう」
病室に入ると直ぐに無線通信機器の電源を入れる夏美と千晶。ベッドを囲うカーテンの奥には晴香が未だ眠っている。薬が効いているのだろう、発見時よりかなり回復している様に伺える。千晶は事前に受け取っていた指示書を元に準備を始める。指示書の用意する物の欄にはバケツ四~五個と書いてあった。そのバケツにいっぱいになるまで水を入れる。それが終ると夏美に準備完了の報告をした。千晶の一言で気を引き締める夏美。だが今まで使いこなした事のない能力。本当に成功するか不安になってしまう。
『夏美、大丈夫。イメトレも練習もして成功したじゃない。自信を持って』
そんな夏美の心情を察したのか無線越しで喜結が背中を押す。その言葉に自信を持ち大きく頷く。千晶の手を包む様に水のバリアをイメージする夏美。千晶が優しくベッドカーテンを開け、ゆっくりと晴香へと手を伸ばす。あと少しで手が晴香の体に届く。しかし、届いた事が嬉しかったのか二人は油断をしてしまい夏美の水のバリアが解けてしまい、二人は晴香の“拒絶(能力)”によって弾き飛ばされた。そんな二人に『油断大敵』と雅也の渇が入る。「すみません!もう一度挑戦します」と夏美の掛け声で先程と同じ体制をとる二人。再度、水のバリアで包まれた千晶の手は再び晴香の体に触れた。今度は千晶が雅に教えてもらった事を思い出しイメージをする。その言葉は『潜在能力とは所謂コップに入った水の事。コップに水が入っている事を気づいた時点で能力は自由に使える。でも同時にコップから水が溢れてしまえば能力は暴走するの』と千晶が能力について雅に聞いたときに教えて貰った例え。今まで実感が無かったため言葉の意味が分からなかった。しかし今、やっと分かったと千晶は一生懸命イメージを固め『コップの水を無かった事にはできなくても量を減らす事はできる!』と念じながら時間操作の能力を使う。すると晴香の“拒絶(能力)”が小さくなっていき、仕舞には水のバリアが無くても晴香の体に触れられるようになった。
「「お、終った!」」
「こ、ここは?」
結果は成功に終わり、夏美と千晶は声を合わせてハイタッチをした暫くして晴香が目を覚ました。晴香の意識が回復した事に喜び、興奮を抑えることが出来ないまま舞依に報告をする。夏美の報告に舞依は思わず涙するもすぐに医師を呼びに行き、健康状態の確認を行った。
事件解決から二週間が経った。晴香のリハビリも終わり無事に退院をして学校へ通っていると報告を受けた。だが今回の事で一番に気になったのは司の行動だ。“協力はしない”と言っていたのにも関わらず助言をした。雅たちは
「それぐらいなら協力しよう、ただし条件がある」
「条件、ですか?冗談を仰るつもりなら」
「冗談は言わないよ、可愛い娘のお願いだから」
「一体どんな条件ですか」
「一つは卯月千晶の本当の能力を生徒会に明かす事。喜結も気づいていると思うけど彼女の能力は“無効化”ではなく“時間操作”」
「薄々は気づいていましたが断定は出来ませんでした。学園長の能力でなければ」
「なら、これで確定したね、それに暫くは彼女の能力が必要となるし」
「それはどういう意味でしょうか」
「それはまだ内緒、お楽しみはとっておかないとね、二つ目は喜結、君の能力を一時的に封じる」
司が協力するために条件がどのようなものか想像がつかない喜結。音を鳴らして唾を飲み、司の出す条件を待った。そして司が出した二つの条件。一つは断定の不安もあったことからすぐに納得した。しかし二つ目に出された条件に「意味がわかりません」と厳しい表情を見せた。
「そう怖い顔をしないで、これは学園長というより父としてのお願いだ」
「お願いだと仰られても能力を使わないようにするなんて方法が分かりません。不可能です」
「喜結ならそう言うと思ったよ、だからこれ(・・)をあげるんだ」
「ブレスレット?」
「かなり遅くなってしまったけど誕生日プレゼントだよ。封印関係を主に扱っている能力者が作った物でね、暫くこれを身に着けてくれればそれでいいんだ」
「…わかりました。それで協力していただけるのなら」
綺麗な箱に入れられた金色のブレスレット。金色をしているが金属ではなく、まるで何本にもなる金色の糸を紡いで編み込んで出来ているように見える。だが今回の事件で司の協力は必要不可欠。不審に思いながらも喜結は差し出されたブレスレットを手に取り腕につけた。
「物分りがよくてパパ嬉しいな」
「思ったんですが“パパ《それ》”、自分で言ってて恥ずかしくないんですか?」
「ものすごく恥ずかしいさ、でも喜結が呼んでくれないから」
「すぐに分かる様な嘘泣きはやめてください」
「バレてた?ちなみに警察への協力だけど二~三日待っててね」
「分かりました、では私はこれで」
「今度会った時はパパって呼んでね!」
「お断りします!」
話が終わるとお
一方で喜結は司の協力が得られれば今回の事件もすぐに解決出来るとこの時はそう思っていた。しかし晴香が能力保持者とわかったのは救出した後の事。あまりにも出来すぎていると喜結の“司(父)への不信用度”は増すばかり。だが事件は無事に解決。今回の功労賞には夏美と千晶を推薦する喜結。その意見に満場一致の生徒会。能力テストを経て能力の使い方や発動条件が分かり嬉しそうにする夏美。
「そういえば、ずっと気になっていたんだけど、喜結そのブレスレット何?」
「…!制服の袖でうまく隠してたつもりだったけど…。よく気づいたね」
「なんというか光の加減みたいなのでキラキラしてたから…。あ!もしかして翔君からの贈り物?」
「それは絶対にあり得ない」
夏美がブレスレットに気づき尋ねる。普段アクセサリーなどあまり身に付けない喜結。司に貰ったブレスレットでさえ外せるものなら外したかったが何故か外れなかった。仕方なく制服の袖で上手く隠していたつもりだったが夏美とは接する時間が多かった。故に気づいたのだろう。夏美の観察能力は生徒会に入ったことで大きく成長している。
入学して間もない頃は親友とクラスが分かれたことで何処か淋しげに見えていた。それは親友である美音も同じ事。一緒に帰るために夏美を待つ美音に幾度となく声を掛けては話し相手になっていたのだから。しかし夏美は“喜結が話し相手になっていた《その》事”を未だ知らない。結果的に美音は能力を暴走させ鬼化となり死亡。夏美もまた能力保持者となり、知る必要のない世界に巻き込んでいる。それを未だ話さないのは少なくとも喜結に罪の意識があるからだ。更にここまではほんの序章に過ぎず、本番はこれからである事にも気づいている者はまだ居ない。
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