能力テスト

「天野さん、突然の呼び出しに応じてくれありがとう」

「それは構わないのですが、ここは一体…」

―――三月

 夏美はある場所にいた。その場所とは先日卒業した元生徒会長・真殿雅の自宅だった。真殿家は数ある有名事業家の一つで日本全国のみならず世界にもその名が通るほど。

そんな真殿邸に夏美がいる理由。それは…”能力テスト”だ。テストといっても筆記ではなく実技。各々が持つ潜在能力の再確認が目的だ。能力の属性、系統、値。この三つを五段階評価でする。真殿邸のある一室に夏美は雅と二人きり。真っ白な空間に防音等の対策が完璧な部屋に“慣れていない”が故に視覚が狂ってしまいそうになる。唯一分かるのは雅が立っているその場所が中心だと言うこと。

「少し前に話したわね、”能力テスト”の事」

「あ、はい!えっと、私の能力の値を図るんですよね」

「値もそうだけど、天野さんが能力を使いこなせるように系統も知っておきたいところなのよね」

「系統…、ですか?」

「そう、天野さんの能力属性は水。まぁ特殊な能力で無い限り多く能力者はこの操作系に当たるわ」

「操作性…。操作系意外には何があるんですか?」

「私も知識程度でしか知りえないけど他には具現化系・放出系の二つね。操作系を含めた三つの系統に当てはまらない系統は特殊系と一纏めになっているわ。木梨茉奈さん、彼女の場合は恐らく放出系。ちなみに雅也も同じ放出系統。念力や催眠術等の能力を保持している人は大半が放出系統に当てはまるわ」

「そうなんですね」

「あまり深く考えないほうが良いわ、とりあえず始めましょうか」

「はい!」

 雅から能力テストの概要と軽く能力に関する知識を得たところでテストを開始する。まずは夏美の系統から調べることから。属性は夏美が生徒会に入部する前に調査済みだったが系統までは分からなかった。大よそ操作系で検討をつけていたものの茉奈の事件の時は放出系なのでないかと疑ってしまう場面があった。潜在能力に関して自己判断以外での“間違っていました”はあってはならない事。ましてやその能力を利用する立場の人間としてはなおの事。何より扱う本人が知っていないと能力をコントロールする事が出来ず暴走して鬼化してしまう可能が極めて高いからだ。

雅が「準備をお願い」と真殿が雇っている使用人が少し大きめのテーブルを運んできた。更にそのテーブルの上にはコップ、バケツ、水槽が置かれていた。準備が終わると使用人たちは軽く挨拶をして退出する。用意が終わるとテストの始まり。

「まずはこのコップに水を入れてみて」

「水を、ですか?」

 雅の問いに夏美は「能力を使うんだよね」と呟きながら考え、コップに水が入っていく様をイメージする。しかし三十分程経ってもコップに変化は現れなかった。すると雅が「お題を変えましょう」と言う。雅の真剣な声色に落ち込む。そんな夏美に「水を発生させることが出来るかのテストだったのよ。能力の系統が違えば出来なく当然よ」と励ます雅。

「次はこれね。そのバケツに入っている水を使って私に攻撃してみて」

「攻撃?」

 雅がそういうと再び使用人が現れ、ホースを使いバケツに水が汲まれた。そして雅の発言に驚くが「天野さん、私も能力者よ」と言う。そんな雅に再び真剣な眼差しを向けキレのいい返事をした。

■■■

「天野さん。あなたの潜在能力は水属性の操作系と断定します」

「水属性の操作系…。それが私の潜在能力」

「そうよ。後の詳しいことやテストの結果は後日、封書で届くわ。今日は本当にお疲れ様」

「はい!ありがとうございました!」

 テストが終わり、雅が口答で言える範囲の結果を伝えた。後日、雅の言った通り封書が届いた。内容は”判定結果B 今後の活躍と成長に期待しています”と書かれていた。結果の書かれた紙を抱きしめベッドに身を放り投げベッドヘッドに飾ってある写真たてを見つめた。美音との写真が収められた写真たてだ。そしてテストが終わった後、雅に聞いた事を思い出す。

「あの、会長。知っていたら教えて欲しいんですが美音…私の親友の能力って何だったんですか」

「美音…。細田美音さんの事ね。彼女は破壊属性の特殊系よ」

「破壊属性の特殊系…」

「特殊系っていうのは簡単に言うと既存の系統に当て嵌まらない系統の事なのよ。あと数年もしたら系統も増えて特殊系に当て嵌まる人も少なくなるかもしれないけれど…。もう一つは鬼になり易い系統でもあるわ」

「鬼化になり易い系統…?」

「そう、鬼化は能力のコントロールが出来ず暴走してしまった人の事。特殊系は系統がはっきりしない上、一概には言えないけど人によっては感情で能力をコントロールしてしまう場合もあるの。そういう人は逆に暴走もしやすいというのが現代科学の結論よ」

 雅に聞いたこととは親友・美音の事だった。本当であれば本人の口から聞きたかった言葉だが“死人に口なし”。聞いたところで返事は得られない。だがあの事件はそれなりの規模だった。何より一個人の相談で喜結が動くとも考えられなかった。そう、生徒会なら何か知っているかもしれないと思ったのだ。

 その質問に雅は分かりやすく丁寧に説明をした。そして最後に「美音さんはとても強い人だったのね、喜結から報告を受けたときそう感じたわ」と優しい声色で更に話を続ける。

「さっきも言った通り、特殊系統は不明な部分が多いが故に現状では一度暴走してしまうと制御するのは難しいとされているの。でも美音さんは制御した。確かに天野さんの能力開花が制御するチャンスを与えたのかもしれないけれど、それ以上に美音さん自身が強くなければあの結果はあり得なかったわ」

雅の言葉は心に響くものだった。更にその言葉は夏美の行く道を照らす光になった。

■■■

「今回のテストの相手は舘宮先輩なんすね」

「雅のほうがよかったか、それとも天野か?」

「出来るならどっちも断りたいですが」

「まぁ二人の能力は拓哉にとって天敵になるからな」

 同日、夏美がテストを行った部屋と同じような造りの白い部屋で拓哉の能力テストも行われていた。夏美がテストを行った部屋と唯一、違う所は耐火が施されているくらいだ。そう、拓哉の潜在能力は炎属性で恐らく操作系。何故、系統が曖昧かと言うと理由は拓哉自身の能力値が低いからだ。拓哉は見た目に似合わずかなりの努力家。幼馴染である珪のために自らの潜在能力を開花させたのだ。一歩間違えればかなり危険な行為。事の始まりは丁度一年前に遡る。

 東ヶ崎学園高等部に入学することが決まっていた拓哉が家の名前を使い、雅に接触してきた。真殿家ほどではないが九条家もそれなり有名な家柄。と言っても拓哉の場合は分家の分家。そこまでの財力は無く父親の仕事上、真殿との取引があるのを利用して「俺は潜在能力を扱える、だから生徒会に入れて欲しい」と真殿家を訪れ、言い放った。俗に言う道場破りだ。当時の雅は生徒会副会長。故に独断することは出来ない立場だった。

「こういうことをするって言うことは噂を知っているようね」

「 “潜在能力者を集めた部活動”だろ」

「真意は少し違うけど、九割正解と言うところかしら」

「なら!」

「でもごめんなさい、私の一存では決められないの。だけどあなたの力量、見てみたいのは確かね。良いわ、生徒会長に相談して後日連絡するわ」

 雅はそういって拓哉に帰るように言った。そして後日、雅から能力テストの案内が届いた。拓哉は指定された日時に真殿邸に訪れ案内されるまま真っ白な部屋に通された。雅が「改めまして、生徒会副会長・真殿雅です。今回は私が審判者よ。因みに生徒会長は別室で九条君の様子を見てもらっているわ」と軽く挨拶をした。受験者が初めて試験を行う場合、不備があってはいけないため二人体制で行われる。しかし受験者が緊張で能力を十分に発揮できないのは困る。そのため試験自体は一対一で行われる。雅の「始めましょうか」と言う言葉で試験は開始された。

―――一時間後

 部屋中に雅の盛大なため息が響く。反対に拓哉は息を切らし、それを整えるのに必死だった。ため息の理由を知っている拓哉は酷く悔しい思いに苛まれていた。雅のため息の理由、それは拓哉の能力値が微弱だったから。例えるなら蝋燭に火を灯す事さえ困難をきたすくらいだ。もちろん結果は五段階中最低のE判定。

「九条君、一つ聞かせて欲しいの。どうしてそこまで生徒会に入りたいの?」

「言わないと、だめっすか」

「そうね、だって…。始めにも言った通り”良くない噂”が横暴する部活動よ、在籍している部員の大半は“仕方なし”なの。でもあなたは違う。確かに潜在能力は開花しているわ、でもその能力値なら正直“入部する必要がない”の」

「…義兄弟が生徒会にいるんです」

「義兄弟?」

「…親のエゴで九条の養子になったんですが正直、兄弟と言うより親友に近いんです。だけどそいつは俺に何の相談も無く東ヶ崎の中等部入学して…」

「つまりは“親友のため”って事ね」

 酷すぎる結果に生徒会入部に拘る理由を尋ねた。最初は話すことを拒む拓哉だったが雅の言葉に流されて答えた。理由を聞いた雅は納得したように「あなたの誠意は受け止めたわ。入部の可否は後日封書で知らせるわ」と返事をした。そして後日、能力テストの結果が封書で届いた。判定はEと書かれており、その内容に「入部は無茶だったか」とため息をつく。しかしテスト結果が書かれた紙には続きがあり”生徒会への入部を認め、九条拓哉には庶務会計の任を与える”と書かれていた。驚きを通り越して唖然とする拓哉。仕舞には乾いた笑いが出た。

■■■

 今回の能力テストが終わった。結果はまた最下位だろうと高を括っていが告げられたのは”C判定”前回より能力が上がっていた。潜在能力は本人の生活環境がとても大きく反映するため雅也は「心当たりはないか」と確認する。だが自覚するような事が無いため首を横に振る。

「心当たりが無いのなら原因は“あの音楽”か」

「そうかもしれないですね」

「何だ、落ち込んでいるのか」

「いえ、正直に言って能力値が上がったのは嬉しいんですよ。この一年それなりに頑張ったんで。だけど結局、実ったのは努力じゃなかったって事に少しだけ…」

「…確かに”音楽”の影響は大きいかも知れないが上がっても精々一段階。拓哉の場合、二段階上がっている。この意味が分からない程バカではないだろう」

「それ、褒めてます?」

「そのつもりだが」

雅也が確認すると乾いた笑いを零す拓哉。そんな拓哉に不器用ながらも励ます雅也だった。

■■■

「紫享珪の能力テストを始めます」

「僕のお相手は喜結なんですか?」

「会長たちは夏美と九条で手一杯だからね」

「成程…」

 同日、珪も能力テストも行われた。つまり三人同時と言うわけだ。そんな珪に用意された部屋は夏美たちと異なり草木の生えていないまっさらな温室。審判者は喜結だ。

「紫享珪、真殿雅から”この温室を華やかにして”との命を受けました。制限時間は一時間。完成または時間切れで試験終了になります」

「相変わらずの台本読みなんですね」

「…こういうの苦手だって言ってるのに」

「完全に遊ばれていますね」

 珪のテスト内容を発表し始まりの掛け声を言う。三十分後、珪の「完成しました」の声でテストが終わる。土と園芸に使う装飾しかなった広い温室はあっという間に華やかになった。

「流石、草木属性。圧巻ね」

「お褒め頂き光栄ですね。操作系ならこの位、容易いですよ」

「ほぼ毎日、九条を練習台にしているものね」

「練習台とは人聞きの悪い、せめて“躾”といって欲しいものです」

 珪の能力は草木属性の操作系。種の状態である植物を急成長させ、武器や道具として使う事が出来る。勿論その逆である朽ちらす事も出来る。しかしかなり体力を消耗するため、あまり使うことはない。結果は文句なしのA判定。生徒会で雅、雅也に続く高成績だ。その結果に喜結が褒めると当然とばかりに返す珪。その返答に気に入らなかったのか意地悪をする喜結。その発言が珍しかったのか思わず笑みを零し拓哉を“実験台”では無く“躾”だと言い放った。

「躾って…。よくまぁ好いてる相手に出来る事で…」

「愛情の裏返しですよ。それに拓哉はその事(・・・)に気づいてません」

「 “気づいていない”ねぇ。あまり九条を下に見てると痛い目にあうかもよ」

「痛い目…。…例えば僕の鞭を燃やすとかですか?」

「…いやそういうのじゃ無いと思うけど…。まぁ時が来たら分かるんじゃない?」

 喜結と珪は中学時代、交際をしていた。所謂、元恋人。だがお互い、好き同士ではなかった。当時の珪は“拓哉を忘れるため”。喜結は当時から手を出している怪しげな研究から“父の気を逸らすため”だった。それでも二人は懸命に好きになろうとしたが出来ず別れた。即ち喜結は珪が“拓哉を好いている”事を知っている。だからこそ珪に忠告した“精神的に痛い目にあう”と。しかし珪はそれに気づいていない様子。案外、恋愛には疎いのだと判断する。同時に珪が拓哉に能力を使う理由を知った喜結は『裏返ってないじゃない』と心の中で思う喜結だった。珪が拓哉に対して能力を使う理由。

―――――それは“拓哉の能力値を安全な方法で上げるため”だからだ。

「ところで、喜結。あなたの判定結果を聞いても?」

「あ、うん。A+だったかな」

「流石、副会長の名は伊達じゃないって所ですかね」

「値だけならの話よ。能力は制御まで完璧に出来てこそじゃない?」

 珪が喜結の結果を聞くと“流石”と褒める。喜結は風属性の操作系。風を刃にしたり、防御に使ったりと様々なことに利用することが出来る。しかし能力の制御が苦手なため、日常生活で無意識に能力を使ってしまうのだ。そのことを喜結はかなり気にしている。最低限の秘密を知っているからこそ交際を続けなくても築ける関係なのだとこの時二人は思う。

 こうして能力テストは無事終わりを告げ、夏美たちは無事二年生に進級することが出来る。さて来年度は茉奈の事件のおかげか新入部員が多くいる。その中の一人もまた能力テストを受けていたのだが、その話はまた後日としよう。


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