Temptation~弱さと強さ~

―――――ぽちゃん、ぽちゃん

『水の音がする。またこの夢?』

 真っ暗闇の中、水が滴るだけの夢を見る夏美。以前にも見た事がある夢だと判断する。前回同様ならここで視界がはっきりとするのだが今回は違う。正確には視界は見えてきているのだが微かに水音とは違う音色

―――――♪

 どこかで聞いたことのある音色。しかし何処で聞いたのか思い出せない。夏美は耳を澄ませ微かな音色に耳を貸す。そしていつの間にか辺りには霧が満ちていた。

――――九月

 夏休みが終わり、残暑の中各々夏休みの貴重さを感じながら学校生活のある日常へとリズムを取り戻していく。そんな中、夏美は鼻歌を歌いながら元気に挨拶をしながら勢いよく生徒会室の扉を開ける。

「おっはようございまーす!」

「この事件、なんだか気にならない?」

 生徒会長、真殿雅が端末にあるニュースを表示させ、メンバーに見せる。端末でニュースを見せられたメンバーは小難しそうな顔をしながら眺める。何のことだかさっぱり理解できない夏美はさりげなく輪の中に入る。メンバーが見ていたのは朝のニュースでも取り上げられていた、能力勃発事件。

「このニュース、授業中に喜結が見てたやつだよね」

「な?夏美、いきなり現れないで」

 見覚えのある記事で「どこで見たんだっけ」と頭を回転させる夏美。すると閃いた様に言葉を口にした。だが、記事を見ることに一生懸命だった、メンバーは夏美が入室していたことなど知る由もなく、夏美の発言に声をひっくり返し呆れる喜結。まるで幽霊のような扱いに「ちゃんと入るとき、挨拶しました!」と頬を膨らませ、拗ねる夏美。

「ねぇ、天野さん、さっきなんて言ったの?」

「入るときに挨拶をしましたって」

「その前!」

「このニュース、授業中に喜結が見てたやつ」

「き~ゆ~?!」

「会長、怖いです」

 雅が夏美の発言に引っかかりを見つけると食って掛かるように尋問する。雅の尋問に怖いと感じながらも雅が求めている回答を探す。夏美が回答を探していると、雅也が代わりに答えた。雅也の答えはまさに雅が聞きたかった言葉。標的を喜結に変え、凍てつく様な笑みを見せる。雅の笑っているのに笑顔ではない表情とうっすらと漂う冷気に恐怖を感じる喜結。

「朝のニュースでも一面で取り上げていたから、気になって…」

「まぁいいわ、今回は見逃してあげる。でも授業もちゃんと受けなさい!テストの点だけがよくても意味ないんだから」

「会長と喜結ってお母さんと娘みたいですね」

「なんだ、喜結から何も聞いていないのか」

「何の事ですか?」

 喜結の言い訳を聞いた雅は今回はと折れるも、言いたいことはちゃんと言う雅と喜結の会話に夏美は率直な感想を雅也に述べた。雅也の夏美は言葉に小首を傾げる。雅也はすでに話しているものだと思っていたため、口を滑らせたなどと反省する。しかし言葉の意味を聞きたい夏美は瞳を輝かせながら雅也を見つめる。そんな夏美に小さくため息をつき話すことにした。いずれ知るかもしれないが知らないままの可能性も一概ではなかったからだ。

「今は一人暮らしをしている喜結だが中学生までは学園の内にある学園長宅に住んでいたんだが学園長も忙しい人で殆ど家に帰る事がなくてな。生徒会絡みで交流のあった雅が過剰なまでに心配をしてしまって、その家に一緒に住んでいたんだ」

「そうだったんですか…」

「だからというわけではないがあの手の会話は成り立ちやすいんじゃないか。ちなみに母娘って言うと雅に氷漬けにされるからせめて姉妹みたいと思っといたほうがいい」

 雅也の説明に納得した夏美だが続けて言われた忠告に恐怖を感じ、「は、はい」と小さく返事をするのだ。四人の会話をそっちのけで珪と拓哉は先ほどの記事を念入りに見ている。他に類似の事件がないか深堀するためだ。

「珪、拓哉。何か収穫はあったか?」

「大きく取り扱っているものは少ないですね…。小さいものはあるんですが関連性があるとは思えなくて」

「そもそも今回の事件で犠牲者が出てないのが不幸中の幸いって奴だろう」

「そこなんですよね…。やっぱり当事者に当たるのが一番手っ取り早い方法かと」

 記事を調べている珪と拓哉に雅也が声をかける。しかし調べれば調べるほど行き止まる。そこで珪が一つの提案を出す。その提案に納得し頷く雅也。そして生徒会長の雅に相談をすることにした。

 珪の提案を聞いた雅は「いいアイディアね!」と今回、調査を行うためのペアを早々に決めた。現場へは一年生メンバーが赴かせ夏美と喜結ペアからの報告は雅が、珪と拓哉ペアからの報告は雅也がそれぞれ受けることにした。雅と雅也の二人は受けた報告を纏めるため生徒会室に残ることにした。調査対象はここ半年以内で起きた潜在能力の勃発事件しかも鬼に関することは特に気をつけて調べる事。雅から指示を受けた珪と拓哉は一目散に生徒会室を後にする。喜結も続こうとするが夏美の一言で足を止める。

「あの、鬼の事を調べるって事は生徒会メンバーって全員能力者なんですか?」

「今更、何を言い出すの?天野さんだって能力者じゃない。だから生徒会ここに入部したのでしょ?」

 夏美の発言に呆れる雅。「今更」という言葉に気付けなかった自分自身が女々しいと思ってしまう。否、正確には気づいていた。ただ確信が持てなかった。美音の捜索を喜結に頼んだ時点で覚悟は決まっていた筈なのに能力者ばかりの部活動や殺人者が集まっているそんなもの噂に過ぎないと。故に雅の言葉は重く胸に突き刺さる。返す言葉のない夏美は唇をかみ締め無言となってしまった。

「会長、今更なんですけど私たち自己紹介の時、夏美に能力者保持者ってないですよ」

「…だとしても噂くらい耳に入っているでしょ!」

「諦めろ、今回は雅の負けだ」

「雅也まで…」

 喜結のフォローに焦る雅。確かに今更なのだから仕方がないのだが噂は噂。羽をつけてよからぬ方へ飛んでいくのは当然。喜結の言葉に雅也は「一理ある」と賞賛する。雅也が喜結の側についたことで勝敗は決まった。そんな二人に雅は頬を膨らまして拗ねる。三人の会話に付いていけず焦る夏美に喜結は改めて自己紹介をする。

「夏美、改めて言わせて。私は柚河喜結。生徒会副会長で風を操る潜在能力を持っているの」

「風?」

「そう、風。でも操るって言っても自由自在ってわけではないの。私の場合は風を使って人より早く歩けるとか、風向きを読むことができるだけなの。何かを攻撃することもできるけど、今の私にはすぐに限界がきてしまうからあまり使わないようにしているの」

「じゃぁ、喜結の歩くスピードが早いのって能力のおかげだったの?」

「おかげって言うと語弊があるけど、歩行に関しては無意識に近いの」

「そうだったんだ…」

「名前は知っているな、舘宮雅也だ。能力は念力…。手に触れてなくても物を操る様に動かすことが出来る。使いようによっては探し物や人とかを見つけることもできるな」

 喜結の説明に納得を見せる夏美。続いて自己紹介をしたのは雅也だった。雅也の自己紹介が終わると雅が「会長の真殿雅よ」と小声で話し始める。拗ねている証拠だ。雅の態度に喜結と雅也は小さくため息をつく。二人の態度に「わかったわよ」と諦め自己紹介を始める。

「真殿雅。氷の能力者なの。多分、今のメンバーの中では一番力があると思うわ。一時的に天候を変えたり、氷を作り出すことが出来るわ」

「得意なのは氷漬けだな。言うこと聞かない生徒たちを氷漬けにしたこともあるしな」

「雅也!印象が悪くなるじゃない!」

 雅が自己紹介をすると横から雅也が口を挟む。得意技を聞いた夏美は驚いた顔をするも、雅也に反抗する雅に愛らしさに似たものを感じ小さく笑みを溢す。夏美の反応に喜結は安心をするが「ちなみに言っておくけど、あの二人、まだカップルじゃないからね」と悪い想像をしないように忠告する。喜結の忠告に既に交際しているものだと思っていた夏美は再び驚いた顔をする。だが同時に口に出さなくてよかったと安心もする。その表情に「やっぱり」と小さくため息をつき、言葉の綾に気づかない夏美に二人をくっつける計画に参加させるのはまだ早いと確信する。

「そういえば私の潜在能力ってなんですか?」

「水属性なのは確かだと思うけど、系統が分からないのよ…。多分私と同じ操作系だと思うんだけど…」

「系統?」

「現段階で分かっているのは強化・具現化・操作・特質の四パターンね。それ以上あるかもしれないし、ないかもしれない」

「潜在能力自体も解析途中だからな」

「ならよかった…」

「何がよかったなの?」

「私の能力だよ!美音の時は無我夢中だったし、マンホールとかをひっくり返したから、怪力とかだったら嫌だなって」

 夏美自身、何系の能力保持者なのかは明確にされていなかった。夏美の質問に自分たちが知っている範囲で教える喜結。喜結の回答に安堵の息を吐く夏美。夏美の言葉がいまいち、わからない三人。だがその後、続けられた言葉で理解は出来た。しかし夏美の言葉や想像力は想定の範囲外で雅は腹を抱えて笑い出す。そこに追い打ちをかけるように問題発言は止まらない。

「水系だったら、指先から水が出たりするのかな」

「もぅ、だめ」

「なんというか、予想を遥かに超えたのが入部してきたな」

「いいムードメーカになっていいんじゃないですか?」

 夏美の奇怪な発言に場の空気がどんどん乱れていく中、「逆に感心する」と夏美を褒める雅也と喜結。同時に夏美はなぜ雅が笑っているか理解できない。取り敢えず雅が笑い死ぬ前に止める必要があると判断し「時間が経ては使い方もわかるよ」と喜結がアドバイスをすると嬉しそうにそれ受け入れる夏美だった。


 能力勃発事件の調査を始めて早一ヶ月。有力な情報も見つからず、能力者による事件や事故は増す一方で収拾の目処が立たない。現状で知りえているのは加害者の年齢や性別・潜在能力に共に様々だと言う事。特に反抗期や思春期を迎える年齢層の割合が多く見受けられるが被害規模と比較すると割合の少ない学校や会社に不満のある年齢層の暴徒化が目立っているため大差はないに等しい。だがこの事件には必ず共通点がある。その情報が欲しい雅たちはペアを変えてもう一度、調査する事にした。報告は以前と同じで、雅または雅也に報告をするのだが夏美の一言が道を阻む。原因は思考を変えてくじで決めたペアにあった。ちなみに今回のペアというのが雅&喜結ペア。雅也&珪ペア。拓哉&夏美ペアだ。

「私、嫌です」

「嫌って、天野さん」

「一つでも多くの情報が欲しい時に我儘を言うな!」

「まったく、女性を泣かせてどうするんですか」

 余程、拓哉のことが嫌いらしく喜結の後ろに隠れ喜結が着ている制服のシャツを掴んでいる。夏美の一言に雅は呆れている。同時にペアとなった拓哉も反論する。拓哉の言葉を聴いた夏美は今にも泣きそうな表情を見せる。その表情に顔を歪める拓哉。そんな拓哉に渇を入れる珪。学期末のテストの時を思うとこの反応は想定外。生徒会メンバーの皆と行動するのは大丈夫の様だが二人きりというのが難儀らしい。

「どうします、会長」

「くじで決めたのが運つきってヤツかしら」

 夏美の態度に喜結が雅に相談をする。その相談にくじで決めたことを後悔しつつも決まったペアがうまい具合に分かれたためどうすることも出来ず、夏美に謝り拓哉とペアを組んでもらうようにお願いする外なかった。渋々、拓哉とのペアを了承した夏美だったがやはり一緒に行動することは断固拒否。そのため拓哉&夏美ペアは校内で情報収集することになった。

■■■

「あなたもしかして、天野夏美さん?」

「もしかしなくても天野夏美ですが」

 拓哉とのペアに不満を持つも、「校内であれば単独行動を許可する」とう雅の寛大な計らいに感謝をする。しかし単独で行動したものの行く当てなどなく、高等部の敷地内にある小高い山でどうしたものかと悩んでいた。すると一人の女生徒が声をかけてきた。考え事をしていた夏美は不貞腐れた返答する。夏美の不貞腐れた返答に小さな笑みを溢す女生徒を見上げた夏美は驚きその場で立ち上がり謝罪する。夏美が謝罪する理由、それは夏美が生徒会に入部する前まで着用していた一般生徒用の制服を着こなしていたからだ。ちなみに学年は二年生であることを証明する緑色のリボンタイ。つまりは先輩ということだ。

「す、すみません、考え事を、していまして…その」

「そんなに畏まらないで、急に声をかけて驚かせてしまったのは私のほうだもの」

「で、ですが」

「私、木梨茉奈きなしまな。是非とも天野さんとお近づきになりたくて、つい声をかけてしまったの」

「天野夏美です。よかったら夏美って呼んでくさい」

「では、夏美さんと呼ぶわね。私のことも茉奈と呼んで」

「あ、はい!茉奈先輩!」

 夏美の謝罪に再び笑みを溢し自己紹介をする茉奈。優しいお姉さまという雰囲気を醸し出す茉奈の笑みに先ほどまであった緊張が不思議と抜けていのが分かる。夏美が自己紹介をする頃には緊張など無くなっていたのだ。その反動か満面の笑顔を見せる夏美。他愛もない会話をしていると少しはなれ場所から茉奈を呼ぶ声が聞こえる。茉奈はその声に返事をして夏美と別れた。茉奈との会話が楽しかったのか別れた後も夏美は鼻歌を歌っている。目指す先は生徒会室。喜結たちが戻っていなければ拓哉と二人きりなってしまう部屋に。だがそんなことを忘れ、生徒会室の扉を開ける。扉を開けてすぐに拓哉と視線が合うと晴れ晴れとした気分は一気にどん底へと落ちる。まるで猫のように拓哉を威嚇する。

 その様子に拓哉以外のメンバーは『何をしたんだ』と不思議に思うしかない。そんな中、有力とも取れる情報を雅也&珪ペアと雅&喜結ペアがそれぞれ持ち帰っていた。情報というのは、今回の加害者である能力者の殆どが事件を起こす前日まで能力者ではなかった事だ。同時に今回の事件は暴走ではなく好意であると断定することが出来た。しかしそれを学園長を通して更に上の機関に報告したものの原因を突き止めるまでには至っていない事から調査続行を命じられた。前回の反省を生かし各々で調査することを提案する。雅の提案に全員が納得すると次の日から勉学と調査。二足の草鞋の状態での生活が始まった。

「そんなに根詰めなくていいよ。会長も単独行動しろっていったわけじゃないから」

「喜結…。あ!そうだ!そうだよね!ありがとう!」

 明らかに許容範囲を超えている夏美に呆れた喜結はアドバイスをする。そのアドバイスに何かを閃いたのか手を叩き、礼を言う。夏美の不思議ともとれる突発的な行動についていけない喜結は空返事をするしかなかった。

「夏美さん、どうしたの?こんなところで」

「茉奈先輩に会いたくて、以前お会いしたとき連絡先とか交換するのを忘れていて、ここにいたら会えるかなぁって」

「確かに連絡先を知らないと次の約束が出来ないものね」

 放課後、夏美は校内の小高い丘に佇んでいた。茉奈と初めて会った場所だ。何故そこに居るのかというと茉奈に会うためだ。特に約束はしていない。それどころか夏美は茉奈の連絡先を知らない。そう、ただ願うしかなかった。茉奈と会えることを。暫くして願いが叶ったのか茉奈は姿を現した。その場所に夏美がいることを不思議に思うが夏美の言葉に納得をして小さく微笑み、話の流れるまま二人は連絡先を交換した。茉奈の連絡先を手に入れた事が相当嬉しかったのか夏美の気分は上々だった。そして早速、茉奈から『最近この曲が流行しているみたいなの!是非とも聞いて、感想を貰えたら嬉しいわ』と曲名とアーティスト名が書かれたメッセージが届いた。音楽という言葉が今回の事件に関わっているのではないかと思い夏美は生徒会室に着くなり雅に報告をした。

 報告を受けた雅は夏美を褒めた。何故褒めたかというと夏美が生徒会室に訪れる数十分前のこと。珪と拓哉が興味深い情報を持ち帰った。その情報というのが事件の加

害者である能力者の半数以上がある音楽を聴いたというものだった。しかし、どんな曲を聴いたのか当事者たちは一切覚えておらず、足止め状態だった。そこに夏美が音楽の情報を持ち帰ったというわけだ。

「天野さん!流石ね!」

「だけどこんな曲、一つ聴いただけで能力が目覚めちゃうなんて怖いね」

「確かにそう考えるとかなり恐ろしいわね」

「それにもしこの曲が原因となると事態はもっと深刻ですよ」

「深刻?なんでだ?珪…」

「天野さんの持ち帰った曲は人気アーティストの最新曲…。つまり販売促進の宣伝をするために街中で流している曲だからです」

「なるほど。能力者保持者である珪と拓哉を除いて街中にいた人間全員が能力に目覚めてるって事か」

「はい。だとすれば規模が小さすぎます」

 経緯を聞いた夏美は納得するも茉奈から教えてもらった曲は最近人気のアーティストの曲。率直な感想を述べる。夏美の感想に雅、珪、拓哉の順に疑問を飛ばす。しかし疑問を質問で返した拓哉に呆れ、説明をする珪。珪の分かりやすい説明に雅也が一つの憶測を立てる。雅也の憶測に恐怖を感じる。だが同時にこの曲はハズレだと確信する事が出来る。

「でも、音楽が関わってるのは間違いないんですよね」

「珪と九条の証言が正しければそうなるね」

「じゃぁ、もっとマイナーなアーティストとか曲とか、あとはジャズとかクラシックなら可能性あるよね」

「ジャズとクラシック…。確かにその路線は想定外だった…」

「…とりあえず話の続きはまた明日にしましょ!」

 夏美の質問に喜結が返答すると珍しい程の提案を叩きだし、それに全員が驚きを隠せずにいた。しかし日が落ちているのに気づいた雅は区切りをつけて明日再開することを提案した。疲労もあり雅の言葉に全員が納得し、帰り支度を始めた。

■■■

「この忙しいときに誰よ!」

「まぁまぁ、雅会長、私が出ますから」

「翔君?どうしたの?何か御用?」

「御用って程ではないんだけどさ、実はこんなものを手に入れまして…。何かお役に立てればな、と…」

 翌日、生徒会室では曲探しをしていた。だが、曲の検討などついていないため片端から探す以外、方法がなかった。どうにかならないものかと考えていると生徒会室の扉をノックする音が聞こえた。そのノックに雅が文句をいうもその場を抑え夏美が応じた。ノックの主は夏美と喜結のクラスメイト・榊翔だった。翔の訪問が意外すぎたのか一気に注目が集まった。しかし翔の御用って程ではないという言葉に喜結が「なら帰れ」と口を挟む。通常通りの喜結の対応に乾いた笑みをこぼす翔。だが翔は押されることなくタイトルの書かれていない二枚のディスクを差し出した。夏美は受け取ったディスクを雅に渡し、ディスクの中身を調べることにした。

「会長、ディスクを調べる前に榊は帰ってもらったほうが…」

「いや、このディスクがあたりなら事情を聞かないと駄目だろ。彼には悪いがここに残ってもらう」

 しかしディスクを調べる前に危険を察した喜結は翔に退席してもらうよう提案するも事情を聞くために必要だと雅也に反対されてしまう。雅也の言葉に仕方なく翔を生徒会室に入れた。ディスクの中身は音楽ファイルだった。もしこれがあたりならかなり危険を伴う。喜結は不安でいっぱいになる。だがディスクにしか興味のないメンバーはそんな事、露にも思っていない。

 翔が持ってきたディスクは一枚につき一曲と贅沢な使い方をしていた。そのため二台の機器を使用して聞くことを余儀なくされた。雅也・珪・拓哉と雅・喜結・夏美・翔の各々で曲を再生する。ディスクに入っている曲は全く違うもので唯一の共通点はクラシック音楽。誰もが一度は聴いたことのあるほど有名な曲だった。

「こちらのディスクの曲はグノーのアヴェ・マリアですね」

「こっちの曲はトルコ行進曲だよ」

「なんで榊がこのディスクを持っているの?」

「友達に貰ったんだよ、願いが叶うから聞いてみろって。ネットではかなりの反響みたいでさ、急上昇ワードに上がってたんだよ」

「 願いが叶うディスクねぇ」

 雅也たちが聞いている曲名を珪が、雅たちが聞いている曲を夏美が答える。そして、何故ディスクを翔が持っているのかと喜結が問いただすと願いが叶う曲だと翔は答える。その回答を明らかに信用していない喜結は声のトーンを下げる。

「でも、願いが叶うなら今回の事件関係あるんじゃない?」

「天野さん、それってどういうこと?」

「最近まで『どうして私は潜在能力を発揮できないんだろう』って思っていたんです。なので例えばですよ、潜在能力を手に入れたいって願って音楽を聴くとするじゃない?もしそれが本当に叶って能力が使える様になったら試してみたくならないかな?って誰もが秘めている能力だからこそあり得るなって気がして」

「確かに理にかなってはいるが」

「そんなにうまくいくものなんでしょうか」

「翔君は?願い事かなった?」

「願い事?叶ってないと思うけど」

「何故そう言いきれる」

「確かに叶ってなさそう」

 夏美の言葉になんか冴えていると思うも都合がよすぎると疑問が残る。そしてその疑問を解決する一番の近道として生徒会室にいる中で唯一、潜在能力を保持していない翔に白羽の矢が立った。しかし、翔の否定的な言葉に拓哉が追求をするが翔の視線が喜結に向いていることに夏美が気づくと叶っていない意味を汲み取った。

 そう、願いが叶う。それは何も潜在能力だけに限らないということだ。状況が把握できない他のメンバーは阿呆面を並べるしかなかった。

   

 夏休みの間に突如、発生した潜在能力勃発事件。早期解決を命じられた学園長の指示により学園内でも加害者・被害者を最小限にしようと東ヶ崎学園高等部生徒会執行部を筆頭に全力で調査に当たっていた。最中、事態は思わぬ展開を見せていた。それは翔が持ち込んだ二枚のコンパクトディスク。今日の技術上、コンパクトディスクは貴重な代物だ。他にもコンパクトディスクに収録されている曲を聴く方法があるのではないかと思考を働かせる。

 それを調査すべく雅の指示の下、学園の全校生徒を対象にしたアンケートを実施することになった。アンケートの内容は 最近聞いた・または好きな楽曲ジャンルを下記(邦楽、洋楽、クラシック、その他)から選択せよ※複数回答可。普段どのようなオーディオ再生機器を使用して聞いているかの二問。情報提供者である翔もアンケート集計に臨時で参加した。そしてアンケート実施から一週間が過ぎた。回収利率は七割と幸先のよいスタートとなった。

「アンケート結果とか見たくないわ」

「会長、そういわずに」

「しかしまぁ、このアンケート実施できたのも榊のおかげだな!媒体が少し古い気もするが」

「このディスクが元凶と決まったわけではないですが」

 雅の呟きに『見たい人なんていません』と意を込めてため息を吐く喜結。続いて拓哉が口を開き、翔を賞賛するも「元凶確定ではない」。珪の言葉に胸を痛める拓哉。生徒会の雰囲気に「生徒会って楽しいところだな」と率直な感想を述べる翔。しかし翔の言葉に喜結が反応し集めたアンケートの集計用紙を筒状に丸めて翔の頭を軽く叩き「冗談でも、そんな言葉軽々しく口に出すな」と警告をする。喜結の言葉に小声で謝罪し反省の色を見せる翔。その二人の様子を楽しそうに見つめる雅に雅也も喜結と同じ行動をとる。一方で生徒会の行動力についていけてない夏美は意気消沈している。

 アンケート実施から二週間も経てば九割以上のアンケートを回収することが出来た。提出されたアンケートでクラシックという項目と ディスクで絞ると該当者は然程多くないことが分かった。生徒会メンバーは大惨事にならないように厳重警戒をしながらディスクの回収や行動が出来る範囲内での能力暴発による鬼退治を中心に忙しくしていた。

 一ヶ月後にはディスクの拡散も能力暴発も終わりが見えてきた。しかし学勉との両立で生徒会メンバーは悲惨な状態。

「も、無理。なんか能力とかうまく使えてるのかよく分からないよ」

「お疲れさま。まぁはじめはそんな感じよ、この事件が一段楽したらまた能力テストやらないとね」

「能力テスト?」

「能力テストって言うのは雅と一対一でどのくらい能力が使いこなせてるのかを調べるんだ」

「まぁ小手調べと言った感じで、一人一人内容も違いますからご安心を」

 能力テストについて夏美が質問を投げると雅也、珪の順に回答する。丁寧に説明をしてくれたおかげで夏美は能力テストの概要を理解することが出来た。そんな中、夏美に一通のメールが届いた。送り主は先日、知り合った茉奈からだった。

「メール?誰から?」

「茉奈せ、二年生の木梨先輩」

「木梨と知り合いなのか?」

「雅也先輩、知ってるんですか?」

「そこまで接点はないが同じ二年だからな」

「で、その木梨さんからはなんて?」

「今度の週末遊ぼって」

「行っておいでよ」

 メールの内容は『今度の週末って空いているかな?よかったらお茶かショッピングでもしない?』というお誘いのメールだ。夏美と茉奈との関係が意外だったのか、思わず口を挟む雅也。大変な時期だと分かっているため、行くか迷っている夏美に喜結は行くように促す。そんな喜結に雅也が何かを耳打ちで伝える。その言葉に小声で「了解」という。

■■■

「休みなのにごめんね。一人じゃやっぱり心細くて付き合ってくれない?」

「準備するから待ってて」

 週末。喜結のマンションのインターフォンが鳴る。応対をするとそこにはお洒落をした夏美がいた。喜結は呆れながらも部屋へ招きいれ、リビングに通す。清潔さを保たれた部屋に感動し同時に見習わねばと心のどこかで思うのだ。夏美はリビングの一角に飾られた写真立てに目が行き眺める。前回訪れた時には伏せられており見ることの出来なかった写真立てだ。その写真に写っているのは笑顔の似合う五~六歳と思われる女の子と女の子に優しいまなざしで見つめる男女。そこに準備を終えた喜結が現れた。

「家族写真がそんなに珍しい?」

「勝手に見てごめん。家族写真ってことはこの男性と女性は学園長と喜結のお母さん?」

「そうだよ」

「思ったんだけど、どうして喜結は一人暮らしをしてるの?」

「その話はまた今度、それより行かなくていいの?」

 喜結の言葉に謝罪する夏美。その質問にどこか寂しげな表情を見せと答えるが一人暮らしについてあまり踏み込んで欲しくないらしく答えたくない喜結は時計を指し時間を教え、時計を見た夏美が叫ぶ。急いで集合場所に向かう二人。かろうじて集合時間に間に合ったようだ。

「天野夏美さんですか?」

「そうですけど、あなたたちは…?」

「申し遅れました、木梨雪乃きなしゆきのといいます。茉奈の妹です。一緒にいるのは同級生で友人の卯月千晶うづきちあきです」

「卯月千晶です!初めまして!」

 夏美たちは渋谷駅の銅像の周辺にいた。指定された集合場所だ。しかし辺りを見渡すも茉奈の姿を見つける事が出来ない。不思議に思っていると声をかけられた。声の主は茉奈と雰囲気がよく似た中学生ぐらいの少女。少女の後ろには友人と思われる少女がもう一人。二人が自己紹介をすると夏美と喜結も短く自己紹介をする。

「あの雪乃さん、茉奈先輩はどこに…」

「お恥ずかしい話、姉は熱を出してしまいまして…。母から外出禁止を言い渡されまして…」

「風邪ですか…?わざわざ妹に頼まなくても断りの連絡を入れてくだされれば済む話なのでは?」

「柚河さんの言う通りなんですが…、姉はとても律義なんです。今回の発熱がせめて昨日なら良かったのかもしれないのですが当日だったもので土壇場キャンセルは失礼に当たると言われまして…」

「茉奈先輩らしいね」

 夏美は茉奈の姿がないことに気づき尋ねると雪乃が状況の説明をした。丁寧な説明に納得した夏美らは納得するもこのまま帰るには勿体無いと感じた。喜結に相談した結果、四人でカフェに入ることにした。カフェに入ると自己紹介の続きをする。そして雪乃と千晶は中学三年生で夏美たちと一つ年下だということが分かった。

「あの!一つお聞きしたいんですがお二人は能力者保持者ですか?」

「卯月さんも能力保持者?」

「いいえ。でも、もうすぐ能力者になれるんです!」

 自己紹介も終わり、夏美は雪乃から茉奈に関する話で盛り上がっていた。一方で紅茶を飲んでくつろいでいる喜結に千晶が近づく。千晶の問いかけに紅茶を飲む手を止める。しかし喜結の回答に千晶は首を横に振り否定する。だが千晶の「もうすぐ能力保持者になれる」の言葉に違和感しかない。これは詳細を聞く必要があると思い千晶の行動や仕草を観察する。すると千晶は自身の端末に入っている音楽の再生画面を喜結に見せた。『No Titl』と表示された曲はアヴェ・マリアだった。しかも翔が提供したコンパクトディスクに収録されていたアヴェ・マリアと同じピアノ調。分析にかけないと断定することは出来ないが同じものと判断してよい。雪乃との会話の途中、自慢げに見せる千晶に夏美が過剰に反応するも喜結が間に入り、冷静に問題楽曲の入手先を聞き出す事にする。

「その音楽どこで手に入れたか覚える?」

「覚えているも何も、この音楽は雪乃のお姉さん、茉奈さんに貰ったものよ」

「茉奈先輩に?!」

「ええ、姉はピアノを習っていて…。小さいけどコンサートにも出るくらい上手いんですよ」

「あ、でもこの曲に関しては貰ったというより録音させて貰ったほうが正しいかも」

「夏美。悪いけど先、帰るわ」

「え?ちょっと!あ!二人ともその曲、絶対聞かないでね!」

 楽曲の出所を聞いた喜結は夏美に言葉一つを言い残して店を後にした。あまりにも唐突な喜結の態度に夏美はついていけていない。ただ自分が出来る事をする。その一心で雪乃や千晶に楽曲を聞かないように警告をして店を出た。喜結姿は見えないもの先ほどの情報を聞いて向かう場所は生徒会室だと判断をして学校へ急いだ。

    

「鍵、開いてない、喜結どこにいるのだろう」

「天野?」

「九条、くん」

「今日はそこ使ってないぞ」

「え、っと、じゃぁどこにいるの、ですか」

「…とりあえず、ついて来いよ」

 雪乃らと過ごしたカフェから学校までは然程、距離は無く予想以上に早く到着することが出来た。しかし私服だったのと休日に学校に入ることが無かった夏美は正門で引っかかってしまい時間を無駄にしてしまった。やっとの思いで生徒会室に着くも鍵は開いていなかった。完全に喜結を見失ってしまった。そんな夏美に拓哉が声をかける。

 生徒会の中で未だ距離を縮めることが出来ていない拓哉の声に気まずそうな声色で返答する。そんな夏美に小さく溜息をついてしまう拓哉。同時に事の次第を伝えていない喜結と心を開いていないと分かっていながら夏美の迎えに行かせた珪を恨む。夏美は少し距離を開けながら言われた通り拓哉の後ろをついて行く。そして案内された場所は高等部の校舎から程近い場所にある白を基調とした住居らしき平屋の建物だった。案内されるまま屋内へと足を進める。そこには喜結を含めた生徒会全員が揃って着席していた。

「あら天野さん!可愛い!」

「あ、あの、ここって何ですか?誰かのお家っぽいですけど」

「ここはね、喜結の家よ!」

「私のというより東ヶ崎のだけど」

「へぇ、えぇぇぇぇぇぇぇ!」

 夏美が到着するなり勢いよく立ち上がり、その格好に魅了される雅。そんな雅に雅也、喜結、珪、拓哉は呆れる。だがそんな会話は夏美の耳には入らない。何故ならば現在地の詳細を把握できていないからだ。夏美の質問に雅が答えるも一部語弊があったようですぐに訂正する喜結。それを聞いた夏美は声を大にして驚いた。その反応に全員が当然かと納得を見せる。学園長の娘である以上、お嬢様であることは確定。何しろ一人暮らしのマンションですら一般常識を逸脱しているだから。以前、雅也から学園の敷地内に住宅がある事は聞いていたが訪れたのは初めて。住宅の規模も予想をはるかに超えていた。

■■■

「話は大方、喜結から聞いているわ」

「今回の事件、木梨が主犯と決まったわけではないがかなり有力な情報である事は間違いない」

「もう、その木梨って生徒が犯人で決まりじゃないのか」

「馬鹿は黙っていてください。早々に解決が出来ないからこうして集まっているんです」

 全員が着席したところで本題に入る。雅、雅也、拓哉、珪の順番で話をする。だが決めつけるような言葉を発する拓哉に珪は静かに怒りを露わにした。理由は言うまでもない。夏の表情が芳(かんば)しくないからだ。

 会議は思うように進まない。打開策が無いからだ。そんなの最中、夏美の端末に二通のメッセージが届いた。相手は先程まで会っていた雪乃と千晶だった。千晶からは夏美の警告に周りの友人らにも楽曲を聞かないように言ったという報告。しかし既に多くの友人らが曲を聞いており体に何かしらの変化あったというのだ。雪乃からのメッセージは熱を出して寝ていた姉が行方不明になったというものだ。夏美はメッセージの内容を直ぐに共有した。千晶の場合はある程度、後に回しても良い案件と判断した。問題は行方不明となっている茉奈だ。

「これで木梨茉奈が犯人で決まりだな…」

「茉奈先輩」

 得意気に言う拓哉と雪乃からのメールに動揺を隠せない夏美。喜結たちも茉奈が犯人であって欲しくないと願っていた矢先の連絡。現状のみの情報で結論を出すとすれば木梨茉奈の鬼化は既に始まっているということだ。

 その後も茉奈の捜索を行うも目撃情報が殆どなく、苦戦を強いられ気づけば三日経ってしまっていた。

「ご家族の証言を元に木梨さんが行きそうな場所を大方探しているに見つからないって」

「事件以上に彼女の安否のほうが重大ですね」

「そういえば喜結、天野さんから連絡はあった?」

「まだだけど、その前に!今回のペアである九条がここにいるが気に入らない」

「はぁ?ふざけるな!一緒に居たくないって拒絶したのは天野の方だろ!」

 発熱状態での行方不明。その現状に落ち着かない様子の雅と珪が話す。茉奈の行動も気になるが故に焦りが出始める。そんな中、捜索に出たきり戻ってこない夏美を心配し喜結に尋ねる。しかし喜結にも連絡は入っておらず心配の矛先は今回の組合せでペアになっている拓哉へと移る。

「拓哉。そんな調子だから、いつまで経っても嫌われたままなんですよ」

「珪、誤解を生む言い方はやめてくれ」

「だってついこの間、悩んでいたではないですか…」

「け、珪!」

「悩みって?何々!気になる!」

「こ、今回の事件と関係のない話です…」

 拓哉の態度に珪が呆れた口調で話す。そんな珪に反論する拓哉。だが珪は口を閉ざすことなく拓哉の一番の悩みである夏美と仲良くなる方法を口走ろうとする。しかし寸前で拓哉に阻止される。当然、この手の話に雅が食いつかないはずがない。予想通りの反応に拓哉は話を逸らした。人間なのだから悩みの一つや二つあって当然。しかも恋愛絡みとなると相談する相手は限られてくる。即ち、噂好きの雅には一番知られたくない話となる。

 そんな拓哉と珪は幼馴染で経緯は不明だが現在は学園指定のマンションでルーシェアをしている。故にある程度の情報や秘密を共有している事になる。そんな折、喜結の端末に一通のメッセージが届く。送り主は夏美だ。内容は茉奈を見つけたが無我夢中で探していたため現在地が分からない言うものだった。喜結は急ぎ夏美に電話をする。しかし電話には出ない。能力に目覚めたばかりの夏美には荷が重すぎる案件。加えて慕っている人間が事件の元凶だとすると突っ走ってしまうに違いない。夏美の端末からのグローバル・ポジショニング・システムを頼りに至急、現在位置の特定をするように雅が指示をする。

 一方で夏美は導かれるようにある場所へと辿り着く。そこは改装を理由に廃墟となった劇場の様な場所だった。現在位置を伝えようにも訪れた事などない場所。だが現状を伝えなければ心配をさせるだけだと思い、喜結に電話をする。しかし端末からは話し中の時に聞こえてくる音がするだけ。メッセージなら送れるのではないかと思い試みる。すると送信完了の文字が表示された。これで一安心と思い、茉奈の捜索を再開する。そして駐車場で茉奈を見つけた。

「茉奈先輩!」

「夏、美さん、?そう来てしまったの」

「茉奈先輩。お話が聞きたくて今回の犯人、茉奈先輩じゃないですよね?」

「夏美さん。ごめんなさい。本当にごめんなさい」

「茉奈先輩?待って、待ってください!」

 茉奈は廃墟となった劇場を見つめながら佇んでいた。そんな茉奈に夏美が声をかける。しかし通常とは異なる反応を見せる。そう、すでに茉奈の鬼化は始まっていた。美音とは違うタイプの鬼化。本当に当たっているのか不安に駆られる。それでも夏美はそれが鬼化である事が分かった。理由は分からない。これも潜在能力の一部なのか。複雑な思いは残るがまず自分が成さねば成らない事をやるべきと思い、茉奈に静止を求めた。だがその声が届く事はなく、茉奈は姿を晦ました。夏美は静かに涙を流す。助けることは愚か止めることすら出来なかったからだ。その感情に反応した潜在能力は霧を作った。まるで何もかもを隠すように。その中で夏美は気を失う。

■■■

「っみ、な、み、」

『声が聞こえる』

 どこからか聞こえる声に耳を傾ける。うっすらと目を開けるとそこが真っ白な空間だということは認識できる。しかし体が重く、起き上がることが出来ない夏美。

「起きて、なつ、み」

『あぁ、すごく懐かしい声』

「夏美起きなさい!」

「は、はい!」

 どうするべきなのかと悩む。だが最後の喝のような呼び声に驚く。そのまま勢いよく上体を起こし、声の主の方へ返視線を向ける。そこには自分と同じ白いワンピースを着た美音がいた。

「み、美音」

 美音の姿に動揺を隠せない。だが同時に嬉しさのあまり、美音に抱き着く。自然と涙が溢れてくる。例え夢だとしても二度と触れることが出来ないと思っていた相手に再び触れることが出来た。この上ない幸せだ。泣きじゃくる夏美に呆れる美音。だが再会が嬉しいと思っているのは夏美だけではない。隠していた感情を抑えきれず優しく抱きしめ返す。

■■■

「夏美!」

「大丈夫、気を失っているだけだ。だが一応、病院に連れ行ったほうがいいな」

 夏美の端末の位置情報を頼りに喜結たちが劇場に到着する。そこには僅かな霧が残っていた。そして霧の奥に気を失い横たわっている状態の夏美がいた。夏美を見つけるなり血相をかいて近づく喜結。喜結は夏美の上体を抱き上げ、名前を呼ぶ。その様子に雅也が近づき「気絶しているだけだ」と言い安心させる。雅也の言葉に落ち着きを見せる。

「でも、何かしらこの霧」

「雨が降った後って感じじゃねぇし」

「確かに不自然ですね」

「断定は出来ないけど、夏美の能力かと」

 辺りに立ち込める霧について違和感を覚える雅と拓哉と珪。そんな三人に夏美の能力の一つだと憶測を立てる喜結。喜結の憶測に否定も肯定も出来ない三人。何しろ夏美の能力は水属性であることは分かっているもの系統が不明の状態。つまり未完成というわけだ。

 暫くすると雅也が呼んだ救急車が到着し、最寄りの病院へと運び込まれた。医師の診断で幸いにも外傷がないため意識が戻れば問題はないとの事だが逆に意識が戻らなければ危険だと告知されてしまう。不安そうな表情をする喜結に「そういうことなら、意識が戻るまで喜結がそばにいるっていうのはどうかしら!」と雅が一つ提案をする。その提案に他のメンバーも賛成し、喜結は複雑な表情をするも感謝をして夏美の病室へと姿を消す。そして他のメンバーは再度、茉奈の捜索を行うための作戦を練るため一度学校へと戻った。 

 夏美の病室に入り眠る姿の夏美に恐怖を覚える喜結。以前にも似たような光景を目にした事があるからだ。それは母である翠だ。能力者の暴走による建物破壊。その巻き添えとなり死亡。だが亡くなるまでの間、病室のベッドで酸素ボンベをつけ眠る母の光景は幼い喜結にトラウマを与えてしまった。「なに、辛気臭い顔をしてんだ?」

「榊?ここは部外者立ち入り禁止にしていたはず…」

「まあまあ、そんな固いこと言わず」 

 そんな静寂を遮ったのは翔だった。突然の出来事に喜結は思わず入室を拒否する。しかしお気楽な性格の翔は簡単にあしらう。そして夏美に近づき夏美の額に手を添える。

「何をしてるの」

「一か八か、能力を使ってみようかと」

「能力って、榊は能力者じゃないはず」

「前にさ、生徒会室で曲を聞いたっしょ、きっかけは多分あれ」

「無茶ばかりして、だから首を突っ込まないでって」

「喜結ならそう言うと思った。でも前にも言ったけど俺は喜結が好きなんだ。それは今も変わらない。でも、いつまでも一目惚れのままじゃない。今は能力もある。この能力で喜結を助けたいし、守りたいんだ」

 翔の言葉に驚きを隠せない喜結を横目に能力に目覚めた経緯を話す。翔の話に喜結は警告をする。それは単に心配だからという簡単な理由ではない。入学早々、翔からの告白を受けているからこその感情。この感情が恋愛感情なのかは分からない。しかし大切な存在である事に変わりはない。故に危険な事に遭って欲しくない。それは喜結の精一杯の心配。

 だが翔は喜結の忠告を無視した。更に喜結の唇に人差し指を押し当て、話を続ける。翔の言葉に胸を締め付けられる喜結。一人、葛藤する喜結に「学園長には知られてないから安心してよ」とウインクをし、口止め料と言って喜結に軽くキスをする。翔の行動に驚く。けして初めての行為ではない。しかし翔が相手だと自分自身を繕う事出来ない。煮え切らない思いを翔にぶつけ様とするが既にその場には入なかった。そう、翔は逃げたのだ。喜結の唇を奪うだけ奪って。そのまま病室を出たのはいいが自分でも驚くほどの行動と言動に若干の後悔が残る。現在、翔は病室と通路を隔てるための扉の前で蹲っているのだからだ。さらにキスをした感触が忘れられず、何度も自らの唇を優しく撫でる。我ながら見栄っ張りの初心であることを自覚した瞬間だった。

 翔の心境など知る由もない喜結は一度、深呼吸を息と鼓動を整える。そしてベッドの前に用意された椅子に座り祈るように夏美の手を握る。

■■■

「夏美、よく聞いて。ここは所謂、異空間なの」

「美音に会えて、触れることが出来てる時点で現実ではないと思っていたけど、何でまた異空間なんかに…」

「それはね、彼が潜在能力で幻影を作り出しているからなの」

「か、翔君?どうして翔君が能力者に」

「何故、この空間にいるかわかる?夏美には帰るべき場所があるからよ…」

「帰りたくない…」

「…どうして?」

「どうしてって、ここにいれば美音に会えるから…。一緒に居られるから…。もう離れ離れは嫌だよ…」

 暫くして興奮が落ち着いた夏美に自分たちがいる場所が異空間であることを説明する美音。そして彼と指名して空間の一部に映し出されたのは病室の扉の前に座り込む翔の姿だった。とうぜん、夏美は翔が能力保持者だと言うことを知らない。それを知った夏美は驚きを隠せない。そんな夏美に美音は心を鬼にして毒を吐く。その言葉に首を横に振る夏美。理由を聞くも単なる我儘に過ぎない内容だった。しかしその理由が本心ではない事に気づく。

「柚河さんに会えなくてもいいの?ううん、柚河さんだけじゃない、生徒会の人たちは?夏美のお母さんは?どうするの?」

「…美音、いつの間にそんな意地悪な性格になっちゃったの…」

「意地悪って、私は夏美の事を思って…」

「分かっている…、ごめん。意地悪で我儘なのは私の方だよね…。別にね、帰りたくないわけじゃないんだ。でも帰ったら茉奈先輩を倒さなきゃいけない…。それが嫌なの…。また美音みたいになっちゃうんじゃないかって…。これ以上、友人を無くしたくない…」

 そんな夏美に意地悪をするように喜結たちの名前を出す美音。決して追い込みたいわけではない。この異空間にいる事だって意味のある事だと分かっているから。美音の言葉に口を開く夏美。帰りたくない理由は美音を失った事が大きく関係していた。心に開いた大きな穴。そんな過去があるからこそ鬼化=死。という最悪の方程式を夏美の中で成り立たせてしまっているのだ。それは同時に喜結や生徒会メンバーもいつかは鬼になってしまうのではないか。鬼化それを止めても失ってしまうのではないか。という恐れが生まれた。

「でもね、夏美。ここに残っても鬼化したその人は生徒会の誰かに退治されるの。そして命を落とすかもしれない。でも、もしかしたら命を落とさないかもしれない」

「美音、何を言って…」

「なら夏美が退治すればいい。説得だって立派な退治方法だと思うけどな」

「説得…。そうか何も能力を空にするだけが方法じゃない!」

「そう!その意気!それに夏美は私の時に出来なかった事をしたくて生徒会に入ったんでしょ。だったら行ってこい夏美!前にも言ったけど能天気でお気楽な夏美が私は大好きだって!」

「美音…。だから能天気もお気楽も褒め言葉じゃないって。でも、うん、分かった。私、茉奈先輩を説得してみる!」

 あの日から夏美を見守ると決めて常に傍にいた。例え姿が見えなくても。それでも夏美の理由は同情をしたくなってしまう。だがそれすら出来ない悲しみに痛感する。だが自分がこの場にいる理由は今の夏美にもう一度立ち上がる勇気を持たせるため。それは自分の役割だと言わんばかり夏美を説得した。美音の本音に心打たれた夏美は涙をぬぐい現実に帰ること決める。夏美が決意を固めると両手が温かい光を放ち次第に全身を覆っていく。夏美の決意に笑みを浮かべる美音。

「あのね、夏美。最後に聞いて欲しいの」

「なに?」

「私が、*になった、原、*は」

「なに、美音?よく聞こえないよ…」

 夏美が異空間から去る直後。美音は何かを伝えようとする。しかし現実世界へと戻りかけている夏美には途切れ途切れにしか聞こえない。結局、美音が伝えたかった事が伝わったかは不明。夏美の姿が消えた白く広い空間に残された美音は「わたしが鬼になった原因を作ったのは学園長なの、だから東ヶ崎司には気を付けて」と小さく呟く。美音が夏美に伝えたかった事。そして届かなかったであろう言葉。虚しさだけが残る空間から美音も静かに姿を消した。

■■■

「…ここ、どこ」

「夏美!」

「き、喜結。く、苦しいよ」

「関係ない…」

 ゆっくりと瞼を開き夏美が目を覚ます。薬品の臭いで今いる場所が病院である事が分かり、現実世界に返ってきたのだと実感する。同時に発せられた言葉に夏美の意識が戻った事を知った喜結は思わず抱きしめる。普段見られない光景に相当心配をかけてしまったと友を失った怖さや苦痛を一番分かっていたはずなのにと後悔する。だが喜結抱きしめる力が強かったのか根をあげる夏美。夏美の声に腕の力は緩めるも離れない喜結。そんな喜結に「心配かけてごめんね。後ただいま」と小声で話す夏美。暫くしてお互いが落ち着くと状況の報告をする喜結。

「夏美、落ち着いて聞いて…」

「茉奈先輩が鬼になったんでしょ、大丈夫。知っているよ」

「…榊の能力、上手くいったみたいね」

「あぁ、そう!翔君!大丈夫なの?」

「公言…。みんなには言わないでしないで欲しい」

 現状報告をしようとするが先に夏美が答えたことによって遮られてしまった。だがまっすぐな眼差しに夏美の成長を感じ取り、笑みを浮かべる。しかし翔の能力が公にされれば生徒会入りは避けられない。それだけは回避しなければいけない。何故、回避する必要があるのがあるのか。それは喜結の過去に関わる事。今ここで公にすることは出来ない。身勝手な理由だが黙っていてもらうのが最善の策。そう思い夏美に頼む。夏美を信じているからこその答えだと分かって欲しいと願う。

喜結の言葉を素直に受け入れた。同時に「その代わりって言うのは図々しいけど」と一つの条件を持ち出す。その条件を聞いた喜結は「交渉成立」といい夏美の案を飲んだ。

     

「茉奈先輩、どこにいるって」

「区民文化会館・第一ホール。ガーベラだって」

「なんでまた、区民文化会館を?茉奈先輩と何の関係が」

「それは今から説明する」

 夏美の外出許可を得た喜結は雅からの一報で判明した場所へと向かう。指定された場所は学園から程近く、テレビの公開放送や著名人らのコンサート、会議などで使用することもある有名な多目的ホールだった。故に夏美もその場所を知っていた。夏美が疑問に喜結はタクシーの中で説明をし、区民文化会館へと急いだ。ホールに着くと正面玄関で立ち往生しているメンバーと合流する。

「あ、天野さん?何故、ここに!」

「雅会長、ごめんなさい。私が喜結に頼んだんです」

「喜結の判断って事ね。分かったわ、来てしまったのは仕方ないもの」

「じゃぁ!」

「今更、病室に帰れって言っても帰らないでしょ」

「当然です!」

 そう、夏美が持ち出した交換条件とは他のメンバーがいる区民文化会館に連れて行ってもらう事だった。夏美の扱い方が分かってきたのが悔しいのか小さく溜息を吐く雅。同時に夏美に「何か策があるの?」と問う。目的地に到着し正面玄関から入ったものの茉奈がいるであろうホールには内側から鍵が掛かっており先に進むことが出来ずにいた。つまりは立ち往生状態。

「他の出入り口は」

「駄目だった。木梨の能力は催眠術系統じゃないのか」

「催眠術ですよ」

「随分と確信のある発言ですね」

 状況整理のため喜結が尋ねると雅也は首を横に振り、茉奈の能力調査自体間違っていたのではないかと疑い始める。そんな中、夏美は自信満々発言する。しかし根拠が見当たらない発言に珪が釘を刺すが「確信があるからです!」と言い返す。日々、逞しくなっていく夏美に驚く珪。そんな珪に喜結が近づき肩甲骨あたりを軽く叩く。まるで自分も驚いているといわんばかりに。

「茉奈先輩!私です。天野です、天野夏美です。ここを開けてくれませんか」

「そんなんで開くわけないだろう…。舘宮雅也(副会長)の能力でも開かなかったのに」

 夏美は正面玄関から程近いホールの扉を大きく叩き大声で茉奈に問いかける。大胆な夏美の行動に拓哉が指摘する。しかし夏美の声に反応したのか音を出して開錠された。最初から手立てがないと諦めていた拓哉は予想外過ぎる展開に「そんなんだから嫌われるんですよ」と珪を筆頭にブーイングの的となる。その間に夏美はホール内へと足を進める。夏美がホール内に入ると再び扉が閉まり施錠されてしまった。

「なんだよ、俺が悪いって言うのか」

「別に九条のせいではないけど」

「先程の天野さんへ発言は」

「考え物だな」

「もっと素直にならないとね」

「ほっといてくれ」

 一瞬の出来事のように思えるが拓哉が口出しをしなければ全員がホール入ることが出来たかもしれない。そのため拓哉に視線が集まり、盛大なため息が聞こえた。夏美以外のため息を聞いた拓哉が口を開くと喜結、珪、雅也、雅が順番に文句を言う。四人の言葉は拓哉の心に突き刺さった。

「しかし振り出しに戻ったな。他に策を考えたほうが」

「雅也先輩、ここは夏美に任せてみませんか」

「喜結に賛同。してあげたいところだけど天野さんは病み上がりなのよ。容認は出来ないわ」

「医者は意識が戻れば問題ないと言っていました。それに…」

 束の間の冗談を終えるも現状は芳しくない。何か策を練らねばと発言する雅也に喜結が提案をする。しかしその提案は雅に止められてしまう。理由は病み上がり。筋の通った反対意見だ。だが喜結は「木梨茉奈は天野夏美を受け入れた。その事実に賭けて見たいんです。それに夏美流の鬼退治にも興味がありますし」と申し出る。喜結の言葉に打つ手なしの現状では夏美に一任するしか手はない。つまりは喜結の意見を受け入れるしかないのだ。

■■■

「開けてくださりありがとうございます」

「何故、ここを選んだかわかる?」

「最後のピアノコンクールですよね」

 ホールに入ると施錠される音がした。その音が聞こえた直後、扉を開けようとするが完全に施錠されており、ビクともしない。扉を開けることを諦めた夏美はステージへと足を進める。大規模なホールとは聞いていたがそのスケールは想像以上。滅多にはいる事の無いホールに感動を見せる夏美。

 座席の先にあるのは広い壇上と大きなグランドピアノ。ピアノの椅子に座っている茉奈にひとまず礼をいう。そして唐突に問いかける茉奈。その答えを夏美はホールに向かう途中、タクシーの車内で喜結に聞いていたため、すぐに答えた。

「さすが生徒会、全部お見通しって事ね」

「今回の事件、本当に茉奈先輩がやったことなんですか?」

「YESと答えたら夏美さん、あなたは私を殺すの?」

「いいえ、殺さない方法で茉奈先輩を助けます」

「そう、それは期待してしまうわね…」

 夏美の回答に悲しそうな声色の茉奈。そんな茉奈にいきなり本題を切り出し『喜結だったらもう少し頭脳的に出来るのに』と後悔する夏美。だが美音の二の舞だけは避けなくてはいけない。茉奈の言葉に夏美は首を横に振り自分なりのやり方で助けると断言する。そんな夏美の言葉に茉奈の小さく返事をするといきなり演奏を始める。シューマンのトロイメライだ。正直、音楽に精通していない夏美でもどこかで聞いたことのある曲と分かるほどの名曲。すると演奏に集中しているはずの茉奈の声がホール内に響き始める。

「わたしね、この曲が一番好きなの。人生で初めての発表会で弾いたこの曲がね。でもね、この曲弾いているときに観客も審査員も全員寝ちゃったの。きっとみんな疲れていたのね。おかげで発表会は中止、後日私の番から発表会が再開された。でもね、今度は違った。観客の一人が発狂して隣の人に暴力を…それをとめようとした警備員も感染したみたいに同じように発狂したわ。もちろん発表会は再び中止になったわ。原因はわからなかった。でも私は気づいたの、もしかしたら潜在能力が関係しているんじゃないかって。でも大きな検査とかはしなかったの、両親に心配とかかけたくなかったから。その日を境に私はピアノを辞めることを決めた。でも、好きな事を辞めるってすんごく大変で、なかなか辞められなかった。だから逆に試してみたの。ピアノの演奏を教室や公共の場ではなく家の中に限定して。最初は戸惑っていた両親もコンクール事がトラウマなんだろうって潜在能力の事なんか疑いもしなかった。そんな両親を裏切らないように悪いようには使わなかった」

 時折声を重ねながら茉奈はこのホールで起きた事を話し続けた。演奏を聞いている夏美は初めて美音と喧嘩をしたときの事を思い出していた。その時、母が言った。言葉は時として刃物になる。その言葉を思い出し静かに涙を流した。

「それからは家族のためになるような願いをこめて演奏をしたの。それが試したかった事だったの。自分の潜在能力の属性を知るためにも一番早い方法だと思ったから。最初は妹だった。勉強が苦手で母を困らせてた妹に勉強できるように願いを込めて演奏した。するとね、その演奏を聞いたその日から妹は勉強に励むようになった。次は父と母だった。仕事で疲れてやけ酒をする父には酒ではなく対話でストレスを発散させるように、毎日レシピで悩む母には心を落ち着かせて考えれば悩むことなんてないと願いをこめて。演奏が終わるとね、二人とも願い通りになったわ。妹の時と同じように。正直、嬉しかったの、悪い印象が強かった潜在能力が人の為になるって知ったのだから…。だから私の潜在能力は思いをこめて演奏するとその通りになるという能力だと思っていた。でも実際は違った。本当はね、思いをこめて演奏をするとその演奏を聞いた人に思い通りに操れるっていう催眠術の一種だったの。その事に気づいた時には次第に綻びが生まれていた。気づかれる前に私は演奏することを辞めたわ。今回の事件はただの自己満足。能力を開花していない人たちはとてもお気楽に潜在能力の事を話すの。実際はこんなにも恐ろしい能力を持っているのに。それが悔しくて…。思い知って欲しかったの。でも人間って分からないものね、この結果は私やあの方が望むものじゃなった、それだけは分かったわ。ねぇ、夏美さん。もし、この能力が術者本人にも有効なら私の願いも叶うわよね」

「茉奈、先輩?」

「この願いが叶った時は…また、友達になってね」

 演奏が終わると同時に茉奈の声も聞こえなくなった。長くて短い演奏に夏美は声を殺してなくしか出来なかった。そして最後に茉奈が夏美に言葉を残すとそのまま鍵盤に体を預けるように気を失い、同時に扉の鍵が開錠された。

     

「お疲れさま」

「喜結」

「落ち着いた?」

「うん、茉奈先輩は?」

 夏美がホール内に入って数分が経った。たった数分が何時間にも感じられた。すると開錠される音が聞こえた。その音を聞くや否や喜結がホール内へと足を踏み入れる。中に入ると真っ先に夏美に駆け寄る。事が終わっても泣き止む事が出来ない夏美。そんな夏美の頭を撫で、労いの言葉を発した。そんな喜結に夏美は思わず抱きつく。茉奈の元へは雅たちが近づく。茉奈はピアノの鍵盤に体を預けるようにして気を失っていた。一先ず病院に搬送するため救急車を呼ぶ。

 救急車の到着を待っている間、喜結は夏美の隣の座席に座り落ち着かせる。落ち着きを取り戻すと真っ先に茉奈の心配をした。そんな夏美に雅也は「気を失っているだけだ、心配する事ない」と言う。その言葉に安堵の息を吐く。そうしているうちに救急車が到着し、茉奈は病院へと運ばれた。

■■■

「失礼します」

「あら、夏美さん!来てくれてとても嬉しいわ!ありがとう」

 一ヶ月後。茉奈の退院が決まった事を聞き、病室を訪ねた夏美と喜結。個室の病室に入ると鬼化したとは思えないほど回復した茉奈が出迎えた。その表情は夏美と茉奈が知り合った時と同じ笑顔を見せていた。茉奈には事件の記憶は無いと医者から告げられていたため、茉奈の笑顔にほんの少しの背徳感が夏美にはあった。

 あの演奏で茉奈が発した『この願いが叶った時はまた、友達になってね』という言葉。記憶がない理由は定かでは無いが後日の調査で茉奈が秘かに綴っていた日記帳がヒントをくれた。能力に翻弄されない生活をしたい。その強い思いが茉奈の記憶を消してしまったものと考える。故に夏美へ贈ったあの言葉を覚えてはいない。だが催眠術である以上、いつか綻びは出る。しかしそれまでは手を下さないと生徒会内で話し、それを学園長に報告した。学園長は「記憶が無いのでは調査のしようもないからね、その条件で手をうとう」と了承を得た。

■■■

「茉奈先輩、元気そうで良かった」

「これもひとえに夏美の尽力のおかげだね」

「ひとえ?」

「 もっぱらとかいちずにとかひたすらって意味」

「やっぱ頭いいよね、喜結。何でG組にいるの?」

「…。ひみつ。とりあえず、これで残りの仕事も頑張れるね」

「そうでした…」

 茉奈との会話を終えた夏美たちは病院から学園へ戻る。その途中の他愛もない会話。現状は茉奈の容態が回復しただけで全てが終わったわけでない。事件を収拾させるため生徒会の仕事はまだ終わらない。茉奈がばら撒いたとされる催眠術を施した音源の回収が残っているからだ。既にインターネットやソーシャルネットワークなどを通して日本各国、下手すれば世界中に拡散されている可能性を示唆し、警察や政府などとも協力して音源の全回収に力を注いだ。ここまで国家レベルとなると事件解決に尽力を注ぐことが出来なくなる。

 夏美たちの仕事は些細なことでも能力に関する事件が起これば解決にあたる事だからだ。そしてこれが生徒会執行部と言う場所だ。それから時は流れ、気づけば十二月。怒涛の日々に終止符を打ったのは生徒会会長である真殿雅の「ねぇ、聞いてほしい事があるんだけど…」という言葉だった。雅の言葉に耳を傾ける仕草をとるも全員、疲れきっているため机から上体を起こすことが出来ないでいる。

 疲労が溜まっているのは百も承知。雅自身も生徒会と学業で二足の草鞋だったのだから。それでも話を聞いて欲しい雅は能力である氷を右掌に作り上げ「人の話、聞く気あるのかしら…?」と生徒会室に冷気を充満させる。雅の態度に恐怖を覚えたメンバーは一斉に上体を起こす。メンバーの反応に嬉しそうに「あぁ、よかった、ちゃんと聞いてくれる気になったのね」と話す雅。そんな雅の対応にメンバー全員が『完全に脅しだ』と青ざめた表情で訴える。

「あのね、今回の木梨さんの事件、一時保留とはいえ無事解決したわけじゃない…」

「雅、この際だ…。はっきり言ってくれ」

「そうね、じれったいのも時間の無駄だものね…。私、生徒会を卒業していいから?」

 雅の回りくどい言い方に痺れを切らした雅也が呆れた口調でいう。雅也の発言にけじめをつけたように雅が言うとメンバーは音を鳴らして唾を飲む。そしてビックニュースの様に声を大にして言葉を発する。その言葉に夏美以外のメンバーは堕落する。初めての事で一人、阿呆面を見せる夏美。今一つ理解が出来ていない。しかし他のメンバーは三年生の部活動卒業、つまり雅の退任と後任を完全に忘れていた。

「雅会長の卒業?が遅れているって事?」

「すっかり忘れてた…。まぁ、そういうこと。本来なら十月を目処に後任を決めて引継ぎをしないといけなったんだけど」

「木梨の事件で手一杯だったからな…」

「会長が退任を望むとなれば副会長組は忙しくなりますし、ここは一つ拓哉はまず天野さんに謝罪をして」

「なんでだ。会長の退任と天野への謝罪は関係ないだろう」

「散々な事を言っておきながら謝罪がないのでは天野さんの協力を得るのは難しいからです」

「協力?何を協力するの?」

「現役副会長である喜結と舘宮先輩はこの先、卒業式の準備などで忙しくなりますからね。その間、生徒会に舞い込んでくる雑務は僕ら三人でやっていかなければいけないのです」

「な、なるほど」

 昨年のスケジューラーを確認しながら夏美の質問に答える喜結と雅也。そして喜結と雅也が忙しくなるのを見込んだ珪は自分と拓哉、夏美の三人で生徒会の雑務を遣り繰りしなければいけないと悟り、一つの提案をする。だがその提案に納得がいかない拓哉は反論する。しかし拓哉の態度に夏美は更に関わりたくないと無視をして珪の話だけ聞くことに専念した。そんな二人に大きな溜息をつく珪。横から見ていた喜結と雅也はその大変さを分かっているため手持ちのメモ帳に紫享珪 次期副会長と書き足した。

■■■


――――――三月

「肌寒い風が吹きつつも暖かい日差しが私たちを照らす今日この日。私たち卒業生のためにこのように厳かで、晴れやかな卒業式を挙行していただき心より感謝いたします―――。最後になりましたが学園長先生はじめ、諸先生方のご健勝と学園のさらなる発展を祈念し、卒業生の答辞といたします。卒業生代表、真殿雅」

 十二月からの巻き返しでどうなる事かと思われた卒業式も無事、開催する事が出来た。卒業生の答辞が始まると式も終わりへと近づき教師や保護者席から涙ぐむ音が響く。二分ほどの答辞が終わると拍手喝采が起こる。式が終わると卒業生は花道を通りホールの外へ案内される。会場の外では告白を受けるものや最期を惜しむように仲良く写真を撮る者。各々がこの祭典を最後まで楽しんだ。

「ふぅ、なんとか卒業できたわ」

「そうですね…」

「…まあ、今回ばかりは仕方ないものね。みんな本当にお疲れ様。特に天野さんは途中入部で大変だったでしょ…」

「会長…。ありがとうございます…。ご卒業おめでとうございます」

「ありがとう!」

 卒業証書が入った筒を持ち嬉しさを露にする雅。その横には盛大に隈を作った夏美たちがいた。その様子に小さく溜息をつくも今回ばかりは異常事態ということで労いの言葉を送る雅。そんな雅に涙ながら笑みを浮かべ言葉を贈る夏美。夏美に続き他のメンバーも卒業の言葉を述べた。その言葉に満面の笑みを浮かべ礼を述べた。その直後、クラスと卒業生の写真撮影に呼び出された雅はその場を離れた。

「雅会長、すごいなぁ」

「何がすごいの?」

「なんというか、茉奈先輩の事件があったっていうのにあっさり大学受験クリアしているんだもん」

「釘を刺すようで悪いが、特別、受験勉強とかはしてないぞ」

「へ?」

「まぁ進学先は東ヶ崎学園ここの大学部だし、高校の成績が反映するだけのエスカレーター式だから」

「でもそれってすごい事じゃ」

 夏美が雅を賛美すると「そんな事ない」と雅也と喜結が言葉を返す。そんな二人の言葉に珪と拓哉も首を縦に振る。その様子に返す言葉をなくした夏美は『エスカレーター式ってそんな感じなんだ』と拍子抜けしてしまう。

 昼に近づくにつれ卒業生らは帰路へと足を進める。一方生徒会メンバーは来賓客の昼食への誘導など慌しくしており、気づけば夕方になっていた。

「やっと終わった!」

「明日は一日睡眠に費やす…」

「そういや、舘宮先輩はどうした」

「先程、会長が誘拐していきましたが」

 施錠の確認をするためホール周辺の見回りを行う生徒会の一年生メンバー。夏美の一言に喜結が賛同する。ふと辺りを見渡し、雅也の姿が無い事に拓哉が気づくとすかさず珪が答えた。珪の回答に「これは見に行くべきべきでは?」と全員の意見が一致し、雅と雅也を探す事にした。暫くして二人を見つけた四人は草木の影に隠れながらその様子を伺っている。所謂、覗き見というやつだ。

「喜結たちに施錠任せたままなんだが、つまらない話なら」

「つまらない話ねぇ…。せっかくチャンスを与えてあげたっていうのにその言い草はないでしょ」

「告白をせがまれるとは」

「せがんでない、待ちくたびれただけ」

「待ちくたびれたというならもう少し言動をだな…」

「学園長のことでしょ?学園長に対しての感情は雅也も知ってるじゃない」

 雅也の発言に呆れながら答える雅。そう雅が与えたチャンスというのは告白の事だ。告白だと分かると小さく呟く雅也。その言葉さえも聞き逃さず、待ちくたびれたと言い張る。雅也が言動に気をつけて欲しいと言えばすかさず返される雅。今日の雅はいつも以上に扱いづらい事に気づく。しかし時すでに遅し。愚かだったと反省する雅也。同時に草木の影に隠れている夏美たちに気づき小さく溜息をつき、大胆にも雅の腰に手を回し抱き寄せた。雅也の行動に驚き声が裏返る雅。

「な、なに、どうしたの」

「喜結たちが見てんだよ。どうせ公開処刑されるなら大胆な方が燃えるだろう」

 雅也の言葉に視線を草木へ向けると夏美の赤いリボンがチラつくのが分かる。下手な隠れ方に思わず笑みを浮かべる雅。そんな雅の隙を狙い、唇を奪う。大胆過ぎる行動に困惑する雅。その大胆さを一体どこに隠していたのかと呆れる。だがそんな雅也だからこそ好きになったのだと恋をした瞬間を思い出す。幼馴染だけど一つ違い。家同士の仲が良く「雅、お前はいつか雅也君のお嫁になるんだよ」と父や母から聞かされていた。だけど恋に落ちた理由は両親の言葉などではない。普段は見せないが何事にもまじめで雅を一番に思っていると知ったからだ。最初こそ自分と同じで両親に言われたからだと思っていたがそこはきっぱり否定した。それが理由だ。雅也の行動で余計な事を思い出してしまった雅は頬を染める。そんな姿すらも可愛いと思ってしまう雅也。自身の重症化を目の当たりにした。そして「雅、ずっと好きだった、付き合ってくれるか?」と決め台詞を耳元で囁く。そんな告白の仕方にYESと答えない方がおかしい。雅は小さく返事をし、今度はお互いの同意の下、再びキスをする。雅也たちの行動に『やっとくっついたか』と呆れる喜結と珪と拓哉。夏美はその様子に感動することしか出来なかった。しかし茉奈の事件の爪痕はとても深く、潜在能力の恐ろしさを未だ知らない夏美は身近な所で猛威を振るっていること未だ気づいていなかった。

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