落ち着く場所 ~KIYU YUKAWA~

「喜結は夏休み、旅行とかいったりするの?」

「んー多分、学校にいるかな」

「休みなんだから休まなきゃ!」

 期末テストも終わり、同じ生徒会メンバーである天野夏美と岐路の途中。夏美は楽しそうに喜結に尋ねた。しかし黙々考え事をしていたせいで話を半分以上聞いて折らず、適当に返答してしまった。喜結の態度に頬を膨らませ拗ねる夏美。他愛もない日常的会話だ。夏休み。和風住宅の縁側で避暑を楽しんでいる中、そんな会話を思い出し笑いする喜結。喜結の反応に近くにいた一人の男性が過剰に反応する。

「急に笑い出すなよ、不気味だろ」

「不気味って、ひどい」

「喜結だって笑う権利はあるでしょ」

 男性の発言に反抗する喜結。二人の会話に割りはいる一人の女性。この家の主である柚河舞依ゆかわまいだ。そして喜結に不気味と言い放った男性は喜結の一歳上で従弟、柚河純平。

 喜結が居るこの場所は喜結の母の生家。母は三人兄弟の末に生まれ、家は上二人の兄が継ぐも結婚や仕事の関係などで管理が全う出来ずにいた。そこに名乗りを上げた者が喜結の従兄で純平の兄でもある柚河純一。しかし純一は結婚して暫く経たないうちに能力者による暴走で事故死した。故に現在は純一の妻である舞依がこの家の主となっている。

「で、喜結が笑った理由はなんの?笑える要素なんてこの家になかったと思うけど」

「たいした理由なんてなくて、ただの思い出し笑いだよ」

「「思い出し笑い?」」

「ずっと退屈だったんだけど、この前入部した新顔が、ね」

 舞依の質問に答える喜結。だが、思い出し笑いに引っかかり、質問で返す舞依と純平の二人。そういいながら最近あった出来事を思い出しながら説明を始める喜結。もちろん個人名などの機密情報はさせながら。

 ひと時の平和を過ごすのはこの物語の主人公。ではなく、主人公の部活動のパートナー柚河喜結。主人公、天野夏美と同じクラス、部活動に在籍する謎多き少女だ。実際に分かっている事は、生徒会執行部の副会長で都内の高セキュリティーマンションに一人暮らしをしていること。頭脳明晰で定期テストでも上位をキープしているはずなのに馬鹿の集まり賞賛されているG組に在籍しているということだけだ。

■■■

「要するに、喜結の思い出し笑いの原因はその新顔ちゃんってわけね」

「高等部に上がる前までは親父さんのことでかなりギクシャクしていたからな、Gクラスだっけ?案外その選択が幸を呼んだのかもな」

「あの人との関係性は今でもギクシャクしたままだよ」

「ってことは、司さんは相変わらずなのね」

 喜結の説明を聞き終わった二人はそれぞれ感想を述べた。司に対する発言に舞依が相変わらずと言うのには訳があった。東ヶ崎司。喜結の父親であると同時に学園長でもある司。実の親子ではあるが喜結が初等部で姓を理由にいじめられた事をきっかけに母の旧姓、柚河を使うことを提案したのが始まりで二人の間に小さな亀裂が入った。しかしその場は母という存在が接着剤の役割を果たしていたため、然程開くことはなかった。だが母が亡くなった事で小さな亀裂は速度を増し大きくなっていった。喜結は幼いながらも父と接しようと頑張ってきた。それでも司は業務が忙しいためか学園内の敷地にある自宅にすら帰宅するはほとんどなかった。喜結は孤独というものを知り、あまりの負荷に耐えかねていた。親子の会話をしたいと願っても叶うはずもない。そして喜結は我慢が限界を迎えた。それが一人暮らしだった。

更に中等部在籍中まで 親の顔に泥を塗らないためと少しでも振り向いてもらいたい。その一身で頑張ってきた功績も全て捨て、G組に進級した。喜結の諦めで亀裂は更に深くなり、直感的だが司に恐怖を感じ始めた。それらを知っていうからこそ舞依は相変わらずとため息をつけるのだ。

 一方で純平の親父さんの事という言葉に反応した喜結は苦笑しながら答える。喜結の言葉に舞依が頬に手のひらを当て呆れながら言う。その様子に「禁句を口に出してしまった」と猛省する純平。その様子にすらも呆れる舞依。

「母の生家ここも飽きなくていい」

「そう簡単に飽きてもらったら困るんですけど」

「それもそうだね」

「ちょっ、純、カメラ!カメラ持ってきて」

「なんでよ?」

 舞依と純平の様子を見て喜結が呟くとすぐに反論する。舞依。その言葉に『ここが一番落ち着く場所だな』と思いながら満面の笑顔を放つ喜結。喜結の笑顔はとても珍しく、貴重なものだと知っている二人は冗談なのか本気なのか、判別できない勢いでカメラを探し始めるのだ。

 こうして柚河喜結の短いようで長い夏休みの幕が上がるのだ。

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