大切なもの ~Minon Hosoda~

「なんて恐ろしい子なの」

 物心ついて間もない頃だった。突然、最愛の母親から発された言葉。それはあまりにも残酷なものだった。きっかけはそう、誕生日プレゼントにもらったクマのぬいぐるみ。あまりの嬉しさに私はそのぬいぐるみを抱きしめた。すると小さな破裂音がした。その破裂音と同時に抱きしめていたぬいぐるみが粉々になったのだ。

 一体何をしたのだろう。何が起きたのだろう。何故、最愛の母親に罵倒されなければいけなかったのだろう。その時の私には到底理解などできなかった。その事件を機に母親との距離は次第に離れていった。

■■■

 天野夏美と細田美音。二人は幼馴染で大親友。お揃いの赤いリボンを髪飾りにしている。出会いは幼稚園まで遡る。同じ幼稚園に通い、住まいも近所だと知った。それから二人はいつも一緒だった。小・中学校のクラス替えでさえ離れること無い強運の二人だった。そんな二人には鉄の約束がある。隠し事はしないだ。その約束を交わした原因は度重なる美音の異変が原因だった。

 最初の異変は美音の怪我だった。小学一年生時、美音が夏美とふざけてあったことで美音が怪我をしてしまった。夏美の母親は早急に美音の両親に謝罪しなければと血相をかくも不在。始めこそ買い出しにでも行っているのだろう、一度出直そう。そう思い一時的に美音を預かる事を決めた夏美の母親。帰宅した夏美の母親をいち早く出迎えたのは美音だった。そして「お母さんには話さないでください」と言った。その時の表情は小学一年生がするような幼いモノでなく、絶対に知られたくないという意志が込められているように見受けられた。

 その言葉や表情に夏美の母親は『話したくない理由があるのだろうか』と考える。同時に普段、噂話など気にしない性格の母親は美音の家庭環境について良くない噂が流れていることを思い出す。それは母親が頻繁に男性を連れ込んでいるというものだった。美音の父親は美音が物心つく前に離婚。父親は美音の将来を考えて父子家庭より母子家庭の方が経済的にも有利だと考え美音を母親に預けた。故に美音は母子家庭であると美音本人から少しずつだか聞かされていた。今回は「私から母に伝えます」という美音の言葉に甘える外なかった。

 二番目の異変は「私、一人暮らしがしたいんです」と美音が言い出した事だ。ちなみにそれを言い出したのは中学一年生の時だ。流石にそれだけは認めることが出来なかった。美音の思春期による暴走ではないのかと思ったからだ。しかし美音の口から出た言葉は「両親が離婚しているのは話しましたよね、その離婚の原因は母の浮気症と私自身の潜在能力なのです」と想像を絶するものだった。更に美音は続けて「度々変わる母の彼氏に暴力を振るわれこともあります。だけどそれ以上に私は自分の潜在能力が怖いのです。暴力に耐えられず暴走して相手を殺してしまわないか、それが酷く耐えられないのです」と。美音は情が不安定になった際、触れているのを破壊するというかなり危険度の高い能力の保持者だった。幼い頃に目覚めた能力が原因で母親との関係が不和であることを夏美の母親に話した。

 それを聞いた夏実の母は無言で美音を抱きしめた。その行為が美音にとってどれだけ至福だったか、想像もつかない。同時に美音の家庭環境と潜在能力のことは夏美の両親だけの秘密にしようと決めた。だが美音の家庭環境が少し歪である事を夏美は感づいていた。小・中学校で家庭環境に関していじめを受けているのを知っていたからだ。もちろん助けようともした。しかし美音は夏美を頼ることはしなかった。『きっと、頼ることが出来ないのだ』と夏美は自身に言い聞かせ常に美音の味方をした。クラスメイトから悪口を言われても、迷わず美音の味方をした。そんな夏美に美音も段々と心を許していった。暫くすると様々なことを相談するようになっていった。

 この時だ。二人の間に鉄の約束が出来たのは。だが、その約束は後に美音にとって負担になってしまうことを考えてなかった。ただ、やっとできた親友を失いたくない。それが美音の潜在能力の発動条件を抑えていたのだ。

 三番目の異変は高校に入学してから。人生で初めてクラスが分かれた二人。それが原因で話す時間が愕然と減ってしまった。秀才の美音は夏美と違い補習を受けることはなく、下校こそ一緒だったが夏美を待っている間の空白の時間を美音は様々な方法で潰していた。原因はそれだった。

 ある日は教室や図書室と言った屋内。またある日は体育裏の洋風庭園などの屋外。そうした空白の時間は美音にとって苦痛な記憶を思い出せてしまった。夏美に話せていない秘密がある 約束に反する思いは日に日に大きくなっていった。そしてあの日を迎えてしまった。

「何故、鬼になった《・・・・・・・・》」

「なぜ?何故ってそのような事、心に悲しみというと隙間を見つけた。ただそれだけ」

 喜結が怒りを込めた声色で美音に尋ねる。暴走した能力によって生み出された人格が答える言葉に自分の情けなさを痛感する。何度も何度も暴走した能力によって生み出された人格の中で泣き続ける美音という人格。

「私の親友を、美音を返して!」

 夏美の声に我を取り戻した美音は暴走した能力によって生み出された人格を何としてでも抑えてなければいけないと思った。

 全てが終わり夏美の泣く声が聞こえる。

―――――ああ、私はどれだけ夏美に助けられてきたのだろう。なにか伝えなきゃ…

「ごめんね、夏美。きっと私、夏美の事…。ずっと羨ましかったのね」

『そう、羨ましかった。夏美の家庭環境も明るい性格も。潜在能力に支配されていないことも。だけど今度は私が守るから、こんなになっちゃったけど、ちゃんと見守っているから。だから抱え込みすぎないで、私はいつもの明るい夏美が大好きだよ。』

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