第25話私、聖女とは程遠い人間になってしまったのね⋯⋯。

 「みんな! 家中の水を持って来い」

 あまりの出来事に呆然としていると、町中の人が必死に火を消していた。

 頭から水を被り、カリンの名前を叫びながら建物の中に入って行く人影があった。


 「みんなが生きていることが大事だよ」

 カリンの澄んだ声が聞こえてきて、彼女が生きていた事にホッとする。


 狂ったフリをし続けてるうちに、本当に私は狂っていたのかもしれない。

 嫉妬のような感情で罪もない子供たちにいなくなって欲しいと願った。


 危うく大切な妹まで殺してしまうところだった。

(本当に私、聖女とは程遠い人間になってしまったのね⋯⋯)


 カリンの手元から、目が眩むような光が発し火傷の跡が一瞬で消えていく。

 私がシャリレーン王国で初めて使った神聖力とは比べ物にならない。

 治癒の力と呼ぶより、神の起こす奇跡と言った方が良い。


 私は神がなぜ自分をつくったのかを察してしまった。


 神が本当に愛おしいのはカリンだけだ。

 愛する彼女に奇跡のような力を与え、彼女が汚れないよう模造品の私をつくった。

 世界のあらゆる悪意を彼女の代わりに受ける「身代わり」として⋯⋯。


 嫉妬心のようなものが芽生えたが一瞬で消えた。


 周囲のみんながカリンを自分の家族のように愛おしそうに見ている。


 誰もが一目で愛おしくなる聖女に、模造品の私が嫉妬するなんて烏滸がましいと神が言っている。


 カリンの指に強引に母の形見の指輪を嵌めた。


 その指輪を見て、彼女に私のことを少しでも想って欲しいと願った。

 ずっと会いたかったカリンの澄んだ声を聞きたかった。

 離れていても彼女を感じていたいと思った。


 でも、私の願いとは裏腹にその夜突然指輪からの声が消えた。

(湖の話をしていた⋯⋯城壁周りの湖に指輪を落とした?)


 次の日の早朝ケントリンが気まずそうに現れた。

 流石に王家に代々引き継がれた指輪の紛失の件を私に報告に来たのだろう。


「ケントリン、最後に城壁周りの湖をまずは探しなさい。それから、これから毎日隙を見て私のところにカリンの様子を報告しにくるのよ」

 私の指示にを受け、彼はすぐ城に戻って行った。


 私はルイス皇子が用意したホテルの部屋に潜伏していた。

 建国祭が終わったら帝国に行くが、それまでは隠れていなければならない。


 昨晩、沢山の人に目撃されていている気もするが、みんなカリンばかりを見ていたから認識されていない気もする。


 口封じに町の人間を始末することが一瞬頭をよぎった。

(ダメだ⋯⋯やっぱり私おかしくなってるわ⋯⋯)


 自分でも無慈悲な発想をする自分が怖くなっていた。

 ベリオット皇帝を会話ができるレベルまで回復させる神聖力は残っているかも怪しい。


 パレーシア帝国の医師がなす術がないと言っていて、わずかな奇跡に縋るレベルの容態だ。

(魔術⋯⋯魔術でなんとかならないかしら)


 エウレパ王国で、魔法使いワイズが私を見た時に「聖女であれば魔術を使えるはずだから、お気をつけください」と陛下に囁いていたのだ。

 

 私は古い魔術書を読んでいて、恐ろしい記述があり思わず本を落とししまった。

「時を戻す魔術⋯⋯」

 どうやら、聖女は魔力を持った高貴な人間と、神聖力を持った聖女を生贄にして時を戻せるらしい。


 恐ろしいこと、どの時点に戻るかが書いていない。

 誰が書いたのか知らないが、解釈がわかれる書き方だ。


 この書き方だと聖女は2人いるようにも読めてしまう。

 しかし、おそらく生贄は魔力を持った高貴な人間と、術師である聖女自身だろう。


 この聖女はまともな人間なのだろうか。

 生きたままの人間を使い、時を戻すと多くの人間の生きてきた時間を奪うことになる。

 私は必死に今まで生きてきた。

 戻りたい時間などないし、時間を戻ったとして、もっと上手くやれる自信もない。

 私がこの5年で感じたのは、いかに自分が無力な人間かだ。

 

 その後も魔術について勉強したが、治癒に役立つようなものはなかった。


 次の日の昼過ぎに、ケントリンが報告に来た。


「カリン様は帝国で5本の指に入る騎士に勝利をおさめられました。指輪は未だ見つかりません」

 私は思わず持っていた本を落としてしまった。

 

 

 

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