第24話あの孤児院の子たちみんな殺してよ。

 私はセルシオ・カルパシーノに恐怖心を感じなかった。しかし、耐えきれない嫌悪感を感じた。

 彼は私を憐れみ同情するような目で見てきたのだ。



「アリアドネ・シャリレーン⋯⋯もう、ゆっくり休むといい。俺は君を正妃として迎えるつもりだ。君のことを家族として守って行くよ」


 彼の言葉が死刑宣告のように聞こえる。

 純潔でないと思われているだろうから、私を正妃と迎えることはないと思っていた。

 きっと、彼は私に手を出さないだろう。

 でも、私はずっとシャリレーン王国に戻り国を建て直すことだけを夢見て動いてきた。目の前が真っ暗になった。


 わざと、彼を嫌がらせようと頬に口づけをしたりした。

 明らかに拒絶反応があるのを私は見逃さなかった。

 自分と同じような傷を持った私に寄り添いたいとでも思っているのだろう。


 私は誰かに心の傷を癒して欲しいとは思わない。

 人を殺め、陥れた私に神聖力を与えた神も失望しているだろう。

 でも、私は聖女である前にシャリレーン王国の姫で、私の存在はシャリレーン王国の民の為にある。

 

 私は結婚式を建国祭の最終日にすることを提案した。カリンに私の代わりにセルシオ国王陛下の元に嫁いでもらおうと思った。おそらく、彼は乱暴をしないし、カリンを汚すこともない。

 そして、彼は万が一彼女の正体に気がついても、彼女の境遇に同情し優しく接するだろう。


 私が王宮を出る前に、離宮に滞在中のルイス・パレーシアに接触しようとした時、あちらから使いを寄越して会いたいと行って来た。


 私の目的はシャリレーン王国を建て直す際に支援をお願いしたいと言う事だった。パレーシア帝国にとって何の利益もない支援をお願いするのだから、半ば脅しのようなカードを使う予定でいた。


 ルイス・パレーシアは特に女好きという評判も聞かない。悪評を全く耳にした事がないが、彼の兄のクリス皇子のようにお忍びで女遊びをしていたのかもしれない。。


 ルイス皇子は想像していた以上の方だった。帝国だけでなく、世界全体を見据えている。今まで見た事ないレベルの優秀な男で、まさに帝国の皇帝になるベくして生まれた男だと感じた。


 私を呼んだのは、皇帝陛下が会話もままならない程に衰弱している為、神聖力で治療して欲しいとの事だった。


 彼も私の神聖力がほとんどない事を分かっているはずだ。

 彼の目的は皇帝が自分を次期皇帝として指名させる事だと分かった。


 帝国の法律だと皇帝が後継者指名をせずに崩御した場合、第1皇子が自動的に次期皇帝になってしまう。

 クリス第1皇子⋯⋯あの男を世界一の権力者にしてはいけないと、私も強く思った。


 クリス皇子が帝国に連れて行かれてしまうと、聖女は2度と帝国から出してもらえず囲われると言っていた。

 

 本当は私がシャリレーン王国に戻り、王位を継ぎ王国を守りたい。

 しかし、ルイス皇子を次期皇帝にできればこれ以上ない恩を売れる。

 私は帝国へ行く事を了承し、代わりに交換条件を出した。

 

 彼は条件を飲み、自分が皇帝になった暁には私を皇妃にすると約束した。

 私は祖国に戻ることを諦め、遠くから愛するシャリレーン王国を支援しようと決意した。


 ルイス皇子は警戒心も強く、全く女に興味がなさそうだった。

 女に溺れる事がなく、天命を全うしようとする理想の君主だと感じた。


 そして、私はやっと会いたくて堪らなかった愛おしい妹を訪ねた。


 孤児院は想像以上に安っぽい建物だった。


 私は王女とは思えない生活をさせられたカリンが気の毒で胸を締め付けられた。ノックをすると、なかなかお目にかかれない貧乏そうな女がいた。


 見窄らしい髪にボサボサの赤髪で私を迎えたのはミレイアと言う女だった。


「ア、アリアドネ・シャリレーン王女殿下ですか。カリンのお姉様? すみませんカリンを読んで参ります」


 王族を前にして満足に挨拶もできず、声も大き過ぎて不快だ。

 そして、バタバタと走って中に入ったのに一向に戻って来ない。


 私は我慢できなくなって、勝手に中に進入した。


 カリンは一瞬で目を奪われるような天使のような子だった。

 太陽のような輝く瞳に釘付けになり、その清らかな美しさに私は気が付けば涙していた。


 私が地獄のような日々を過ごしていた間、彼女もきっと不遇な環境で過ごしたはずだ。

 それなのに、一点の汚れもないような姿をしている。

 

 人前で泣くのはみっともないから、いつもシーツを被って泣いていた。

 それでも、本当に涙が我慢できない瞬間があることを知った。


 感動の再会を期待していたのに、カリンの反応は冷ややかなものだった。


「私を捨てた両親の記憶……私にはないんです。私にとってはミレイアが私の母であり、この孤児院にいる可愛い子たちが私の家族です」


 彼女と会うのを楽しみにしていた。

 結婚式の日まで限られた時間でも、一緒にいられなかった時間を埋めるように2人で過ごせるのではないかと思っていた。

 

 私には彼女しかいないのに、彼女には自分にはもう家族がいて、私のことはいらないと言っている。


「ケントリン⋯⋯あの孤児院の子たちみんな殺してよ」

 自分でもどうかしていたと思う。

 ひどく虚しい気持ちで、彼女にも私しかいなくなれば良いと思った。


 気が付けば、孤児院は炎で囲まれていた。

 

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