Episode 02

「こ、これはいったいどういう事だ!?」


翌朝、ココルの泊まっている宿のドアを開けた村長は、目の前に広がる光景を見て思わず腰を抜かした。


「ああ、村長さん、おはようございます」


ドアの開く音で目を覚ましたココルが言った。


「運び屋さん、これはいったい・・・!?」

「ああ、これですか。なんか夜中に盗賊に押し入られたんで、軽く気絶させておきました。どうしたらいいか分からなかったんで、とりあえずそのままにしておいたんです」


ココルは部屋の床で白目をむきながら気絶している盗賊を指差しながら言った。


「・・・それは・・・なんとまぁ・・・」

「さすがに驚きましたよ。まさか寝込みを襲われるとは」

「運び屋さんが、この大男を?」

「ええ、死なない程度に軽くボコっておきました。こう見えても僕、意外と強いんですよ。まぁ運び屋なんでそれなりに危険な目には何度も遭っていますし、もしもの時のために鍛えていますから」

「・・・そうでしたか。それで、ノートは無事なんですか?」

「ええ、ノートなら無事です」

「それは良かった」


村長の安心した表情とは反対に、ココルは顔をしかめながら言った。


「それがねぇ、良くないんですよ村長さん」


ココルはベッドから出ると、ゆっくりと村長に近づいた。


「僕はね、共犯者がいるんじゃないかって思っているんですよ」

「・・・共犯者ですか?」

「ええ、実は盗賊の持ち物を漁っていたら、この部屋の鍵が出てきたんです。この部屋の鍵は僕が持っているのと、村長が持っているスペアキーの2つだけだと思っていたんですが、まだあったんですね。それに僕は予定よりも二日早くこの村に着いたのに、どうして盗賊は僕がこの宿にいることを知っていたんでしょうか?僕がここに泊まっていることを知るのは、僕と村長さんの2人だけのはずですよね?」

「・・・もしかして、私を疑っているのですか?」

「べつに疑ってなんていませんよ、ただ少し疑問に思っただけで。あぁ、それともう一つ、村長さんはどうして盗賊の目的がノートだと知っていたんですか?」

「え?」

「だって、いの一番に僕に聞いたじゃないですか。『ノートは無事なんですか?』って」


すると村長は、ゆっくりと近付いてくるココルから距離を取るように一歩下がった。そして上着の内ポケットに隠していた銃を取り出すと、銃口をココルに向けた。


「まさかこんな事になるとは思ってもいなかったなぁ。こいつもこいつだよ、高い金出して雇ったのに、デカいのは態度と図体だけだったとはねぇ」

「やはりあなたが共犯者でしたか」

「分かったらさっさとノートをよこせ。俺はこのデカブツみてぇに甘くはねぇからな、さっさとしないと撃ち殺すぞ」

「・・・いかにも悪者って感じのセリフですね。悪者は必ずそういうセリフを吐かなきゃいけないってマニュアルでもあるんですか?」

「ふざけたこと言ってんじゃねぇ!いいからノートを出せ!」

「床で気絶しているこの盗賊さんにも言いましたけど、僕はノートなんて持っていません」

「何を馬鹿なことを、運び屋がノートを持っていないわけが無いだろ!」

「残念ですが、本当です。荷物は全て僕の頭の中に入っているんで」

「は?何言ってんだ?」

「僕は見たものや聞いたものを一言一句違わず鮮明に記憶できるんですよ。『超記憶』ってやつです。だから、僕にはノートなんて必要無いんです」


そう言うと、ココルはバッグの中に入っているモノを全て床にぶちまけた。


「ほら、ノートなんて無いでしょ」


ココルの言う通り、バッグの中にノートは入っていなかった。


「嘘だ!きっと部屋のどこかに隠したんだろ!」

「嘘じゃないですって。べつに部屋の中を探してもらっても構わないですよ。あなたがノートを見つけるまで、僕はここから一歩も動きませんから。そもそもノートなんて最初から無いんですから」


村長は部屋中を探し回ったが、ココルの言う通りノートはどこにもなかった。


「・・・本当に、本当にノートは無いのか?」

「はい、荷物は全て僕の頭の中にありますから」

「そんな、嘘だろ・・・」


ようやくココルの言うことを信じた村長は、全身の力が抜けたかのように、その場に膝から崩れ落ちた。




この世界において、『紙』は一番といってもいいくらい貴重な資源であった。

昔は手紙を用いて遠方の人間ともやりとりをしていたようだが、今となっては手紙に必要な紙をそう簡単に手に入れることはできなかった。

そこで、ココルのような運び屋たちには一冊のノートが支給された。

運び屋は送り主から手紙の内容を直接聞き、それをノートに記した。

無事に届け先へ手紙の内容を伝えると、古くなった内容は消して、その上にまた新たな送り主から依頼された手紙の内容を記す。

そうやって1冊のノートを何度も何度も使い古しながら、ココルたち運び屋は『言葉』を運んでいた。




「そういうわけで、村長さんには少しばかり気絶してもらいますね」


ココルは盗賊の持っていた刀の鞘を使って村長の頭を思いきり殴ると、村長は口から泡を吹きながらその場に倒れた。

それからココルは村へ行き、昨晩から今朝にかけての出来事を村人たちに話した。そして村長や盗賊の今後の処遇については、全てを村人たちに一任することにした。




「こんにちは。改めまして、運び屋のココルといいます。お荷物を届けに参りました」


騒動がひと段落すると、ココルは村中の家を一軒一軒巡り、村人たちに大切な『言葉』を届けて回った。

親から子に宛てた手紙があれば、子から親に宛てた手紙もあった。恋人宛の手紙や友人宛の手紙、幼い頃に離ればなれになってしまった兄弟に宛てた手紙なんかもあった。

それらの手紙は決して形として残ることは無く、言葉だけが彼等の胸に残るだけである。

それでも、手紙の内容を聞いている彼等の嬉しそうな顔を見るのが、ココルは大好きだった。


「よし、ここが最後の家か」


ココルが家のドアを叩くと、中から一人の女性が出てきた。


「はじめまして、運び屋のココルといいます。ルシさんはご在宅ですか?」

「・・・ルシは、夫は先月に亡くなりました」


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