No.82【短編】運び屋 ~記を運ぶ者~

鉄生 裕

Episode 01

世界中に“白い灰”が降った。

灰は人々を死に至らしめ、世界は荒廃していった。


法も秩序も無に等しくなった世界で、ココル・ハウリッツは齢16にして『運び屋』として世界中を旅していた。


「ココルちゃん、もう行っちゃうの?」

「はい、色々とお世話になりました」

「それは残念ねぇ、もっとココルちゃんの話を聞きたかったのに。また泊まりに来てちょうだいね」

「女将さん、僕も一応は男なんで、“ちゃん付け”はちょっと・・・」

「そう?でも、ココルちゃんが一番しっくりくると思うんだけどなぁ」


たしかにココルは16歳の男子にしては身長も低く華奢なうえ、肌も雪のように白く綺麗な顔立ちをしていた。


「そんなことより、コレ持って行ってちょうだい」


そう言うと、宿屋の女将はココルに水とチョコを手渡した。


「こんな貴重なもの受け取れません。宿代だってタダにしてもらったのに」

「遠慮しなくていいのよ。ココルちゃんたちがいてくれるおかげで、こんな世界になっても私達は希望をもって生き続けることができるんだから」

「・・・本当にありがとうございます。それでは、遠慮なく頂戴します」


ココルは女将から貰った水とチョコをショルダーバッグに入れた。


「ところでココルちゃん、あなたネジキリ村に行くって言っていたわよね?」

「はい、その予定です」

「実は私の息子もネジキリ村にいるんだけど、もう3年近く会っていなくて。直接会いに行ければいいんだけど、私ももう歳だから長旅はちょっとねぇ」


ようするに彼女のお願いというのは、自分の代りにネジキリ村にいる息子に荷物を届けて欲しいというものだった。

彼女の息子は3年前にネジキリ村に住む娘と結婚すると言って家を飛び出したきり、一度も家に帰ってきていなかった。


「もちろん良いですよ」

「ありがとう、ココルちゃんが泊まりに来てくれて本当に良かったわ」


宿屋からネジキリ村までは10日もあれば着けるだろう。

もちろんこんな荒廃した世界では車やバイクといった便利な乗り物は一部の人間しか所有しておらず、ネジキリ村までの移動手段は徒歩のみである。




ココルは一日でも早く村人たちに荷物を届けるために、ネジキリ村を目指して歩き続けた。

幸い盗賊や野獣に出会うこともなく、ネジキリ村には予定よりも二日早く到着することができた。


「お疲れ様です、随分とお早い到着ですね」


村に着くと村長がココルを出迎えた。


「すいません、予定よりも随分と早く着いてしまって」

「全然かまいませんよ。村人たちは運び屋さんの到着を首を長くして待っていましたから、彼等もきっと喜ぶでしょう」

「それなら良かった。それでは早速荷物を届けて回ろうと思います」


すると村長はココルの肩を掴んで止めた。


「もうこんな時間ですし、今日はゆっくり休まれてはいかがですか?もう寝る準備を済ませている村人も多いだろうし、荷物を届けて回るのは明日の方が良いでしょう。宿を用意していますので、今日はそちらでゆっくり休んでください。少しですがお食事も用意していますので」

「そうですか?それなら、お言葉に甘えて」


ココルは村長に連れられ、村を出て15分程の場所にある宿へと向かった。


「それでは明日の朝にまた来ますね。狭い部屋ですがごゆっくりお過ごしください」


村長はココルに深々と頭を下げると、自宅のある村へと帰っていった。

ココルは用意された食事をあっという間に食べ終えると、そのままベッドに潜り込んだ。

体力には自信があったが、さすがに8日間も歩き続けたせいでヘトヘトだった。

ベッドに入ると、まるで気絶するかのように深い眠りについた。




「・・・きろ!おい、さっさと起きろ!」


聞き馴れない男の声でココルは目を覚ました。


「おまえ運び屋だろ?ノートはどうした?」


いったい何処から入ってきたのだろうか、ベッドの横には刀を持った大柄な男が立っていた。


「・・・どちら様ですか?」

「見りゃ分かるだろ、お前の持っているノートを奪いに来たんだ。いいからさっさとノートをよこせ」

「いやぁ、それはちょっと・・・」

「早くノートを出せ!」

「いやぁ、それはちょっと・・・」

「ノートだよ、ノート!」

「いやぁ、それはちょっと・・・」

「・・・うん、分かった。とりあえずベッドから出ろ」

「いやぁ、それはちょっと・・・」


こんな状況でも頑なにベッドから出ようとしないココルに、さすがの盗賊も呆れかえった様子だった。


「お前、馬鹿にしてんのか?」

「決してそんなつもりは・・・」

「さっさとノートを出さないと、本当に殺すぞ」

「いやぁ、それはちょっと・・・」

「この刀でお前の首と胴体を切り離してやるからな」

「いやぁ、それはちょっと・・・」

「とりあえず、『いやぁ、それはちょっと・・・』だけで全て済まそうとするのをやめろ。馬鹿にしてるようにしか聞こえねぇから」

「・・・」

「何か言えよ!!」

「だって、あなたが喋るなって」

「喋るなとは言ってねーよ。『いやぁ、それはちょっと・・・』って言うのやめろって言ったんだよ」


さすがにココルもこのままではマズいと思い、盗賊に言われた通りベッドから起き上がった。


「どうしてわざわざ僕を起こしたんですか?僕が寝ている間に盗めばよかったじゃないですか」

「もちろんそのつもりだったさ。でも、いくら探しても見つからないからこうして聞いてんだろ。ノートを何処に隠した?」

「バッグの中に入ってませんでしたか?」

「入ってねぇよ」

「ちゃんと探しましたか?」

「何度も探したって言ってんだろ」

「あれれ?それじゃあもしかして失くしちゃったのかな?」


ココルの挑発的な態度にしびれを切らした盗賊は、持っていた刀の刃をココルの首元に近づけた。


「お前、いい加減にしろよ。ノートは運び屋にとって命よりも大切なものだろ。そんな物をそう簡単に失くすはずがねぇ。いいからさっさとノートを出せ!」


その言葉を聞いて、ココルの目の色が変わった。


「命よりも大切なものと分かっていて、盗もうとしたんですか?」

「当たり前だ。ノートにはそれだけの価値があるからな」

「・・・そうですか。そうだ、思い出しましたよ、ノートを何処に隠したか」

「何処だよ!さっさと言え!」

「ここですよ、ここ」


そう言うと、ココルは右手の人差し指で自分の頭をコンコンと二回叩いた。


「お前、この期に及んでまだ俺のことを馬鹿にしてんのか?」

「馬鹿になんてしていません。僕が預かった荷物は、全て僕の頭の中に入っています」


すると、盗賊はココルに向けていた刀を下ろしてゲラゲラと大声で笑った。


「ここまで馬鹿にされたのは初めてだ。随分と度胸のある運び屋だな」

「だから、馬鹿になんてしていませんよ。本当に全て頭の中に入っているんです」

「そうかそうか、分かったよ。もういい、ノートのことは諦めるよ。だが、悪いがお前には死んでもらう」


盗賊はそう言うと、持っていた刀をココルめがけて振りかざした。

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