3ー3
「心中じゃない? どうしてです」
「今は憶測に過ぎません。鍵の謎が解ければはっきりするでしょう」
その時、巡査に連れられて中年の女がやって来た。女中頭のおハナだという。
縞木綿の上に白い前掛けをしたおハナは、警部の質問におっかなびっくり答えている。年はとっているが気は小さいようだ。
「いいえ、ぜんぜん知りませんでした。並木先生と奥様がそんな関係だったなんて」
「だけど心中するほどですから、相当以前からそんなようすがあったんじゃないですか」
おハナは首を横に振って、「奥様のことを好きだったのは、坊ちゃまですし……」と言ってから、まずいことを言ったというように首をすくめた。そして誤魔化すように、「並木先生はお志津と仲がよかったんですよ。二人ともそりゃあ気が合うみたいで」と言った。
「今、日出雄くんが奥様のことを好きだった、と言ったね。本当かね」
「でも、今日だってお二人は仲よさそうにお話ししてましたよ。奥様が出かけてはいけませんとおっしゃるのに、言うことを聞かずにお出かけになって、怪我をして帰ってらっしゃいましたけどね」
「いい加減なことを言っちゃいかんよ。私が聞いた話では、二人の仲は非常に悪かったということだったが」
警部が胸を反らし気味にして、威厳のある声で言った。おハナは恐れ入って、なにも言えずただ下を向いただけだった。
次にお民が呼ばれた。やはり白い前掛けをつけている。年は十六歳でここでは一番若い女中である。童顔で色白、可愛らしい顔をしているがどこか気が強そうでもある。
「旦那様がお客様をお迎えに行かれたあと、少ししてから奥様はあのお皿を仕舞うために倉庫室のほうへ行きました……倉庫室へは旦那様と奥様以外は入ってはいけないことになってますので。奥様のようすがちょっと変でした」
「変というと?」
「お加減が悪いみたいで、少しふらふらしていました。心配していたんですけど、私のほうもいろいろ仕事があったので、そのまま忘れてしまったんですけど……」
「どうしました?」
「倉庫室の前に並木先生がいるのが見えました。あんなところで何をしているんだろうって、見ていましたら倉庫室に入って行きました」
「間違いないのかね」
「はい。以前から並木先生は奥様のあとをつけ回して、言い寄ってました。だからその時も、奥様が一人になるのを待っていたんだなと思いました」
廊下の前は薄暗いが間違いなく並木だったのか、と警部はまた脅すような口調で言った。
「間違いありません。私は目が良いんです」
お民の剣幕に
お志津はきれいな顔立ちの背の高い娘だった。今年、十八になるという。主家で心中があったことがショックなのだろう、ハンカチを目に押し当てて泣いていた。
「奥様と並木がこういう関係だったことを知っていたかね」
「並木先生はそんな人じゃありません。奥様だって不貞を働くようなかたではありません。なにかの間違いです」
お志津は泣きながらも、そうはっきりと言った。
警部はお志津が並木を好いていた、という話の裏が取れたとばかりに鏡花先生にうなずいて見せた。
「今夜、奥様はお加減が悪かったのかい?」
「いいえ。お疲れのようでしたけど」
「ふらふらしていた、と聞いたが」
「そんなことはありません。お客様をたくさんお迎えしていたので、気を張っていらっしゃいました」
鏡花先生は、「日出雄のことを訊いてください」と警部に耳打ちした。「ああ」と警部はおハナの言っていたことを思いだしたようだ。
「日出雄くんが奥様のことを好きだったというのは本当かね。私は仲が悪かったと聞いたんだが」
「仲はとても悪かったと思います。二人が穏やかに話をしているのを見たことがありません。いつもけんか腰でした。坊ちゃまのほうがですけど」
泣いてばかりいる志津からは特に新しい話も聞けなかった。
「心中に間違いないですな。特に怪しい人物もいない。客や嘉門の話とも矛盾するところはない」
警部はこれで仕事が終わったとばかりに、晴れやかな顔で伸びをした。
「ところで日出雄にも話は訊きましたか?」
鏡花先生の問いに、藤ノ木警部は目を丸くした。
「日出雄は出掛けていましたからね。さっき帰ってきてこの騒ぎに驚いていたくらいですから、なにも知らないでしょう」
鏡花先生が、口をすっとすぼめて眉を上げた。とたんに警部は居心地が悪そうになって、咳払いを一つすると、「佐々山日出雄くんをここに呼んでくれ」と巡査に命じた。
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