第13話 竜帝国の妃と王女

こうして私とイザーク、レオナとデニーとダニーは竜帝国へと向かうことになった。

竜帝国の王都までは馬車で一日ほど。

それほど遠くはないが、私の身体がもう少し落ち着くまで待ってから出発した。


エンフィア王国とは違って裕福な竜帝国の街道は綺麗に整備されている。

公爵家の馬車も大きく、ほとんど揺れることなく窓の外の景色を楽しめる。

この分ならあっというまに竜帝国の王城へ着くことができそうだ。


「それで、イザークのお見合い相手の王女ってどんな人?」


「側妃の娘だ。伯父上は正妃と側妃を娶っている」


「竜人なのよね?番はいないの?」


「いない。帝王の仕事を終えたら番を探しに行くつもりらしい」


「終えたら?」


どういうことなのかと思って聞いてみたら、竜人としてはめずらしくない話のようだ。


「竜族の寿命は百年ちょっとくらいだが、竜人は三百年以上生きるだろう?

 王族として生まれた以上、義務として仕事や結婚をし、

 それを終えた後は王族から外れて好きなことをして生きるんだ。

 父上と母上もそうだ。俺に公爵を継がせた後は二人で旅に出てしまった」


「だからあの屋敷に両親がいなかったのね。

 まだ若いはずなのにいないから、どこにいるのかと思っていたわ」


「父上の寿命が尽きるまでは二人でいたいと言ってた。

 父上は竜人ではないから」


「そっか。寿命が違うとそういうことになるのね」


竜人の女性には逆鱗がない。

だから、もしお父様が番だったとしても寿命を延ばすことができない。

先に亡くなってしまうのがわかっていて、そばにいるというのはどんな気持ちなんだろう。


「俺が結婚したって知ったら一度帰ってくるはずだ。

 その時に会えると思うよ」


「じゃあ、早く公表できるようにしないとね」


「伯父上さえ認めてくれれば問題ない。

 会わせろというくらいだから認める気はあるんだろう」


「それはどうかしらね」


イザークの言葉を否定したのはレオナだった。


「レオナ、何か問題があるの?」


「その側妃って、アレッサンド国から嫁いできた侯爵令嬢でしょう。

 おそらく竜人の番のことを理解できていないと思うわ。

 ラディアが平民の旅人だとしても番のほうが重要だと思うのは竜帝国の人間だけよ。

 側妃はこう考えるでしょう。平民が相手なら王女のほうが上だわ、と。

 きっとラディアのことを排除しようとしてくるでしょう」


「番の重要性がわからない?

 さすがに嫁いできてもう二十年近くになるんだぞ?」


「残念ながらカサンドルはそんな性格をしていないわ」


「……知り合いか?」


「昔ちょっとね、いろいろからまれることもあって」


レオナの昔。エンフィア王国に来る前にどこにいたのか知らない。

昔のことを聞くと悲しそうな顔をするから聞かないことにしていた。

もしかしてアレッサンド国の出身なのかな。レオナも貴族階級の出なのはわかる。

これだけスキルを持っているのに平民だというのはありえないからだ。


アレッサンド国は竜帝国の奥にある国だ。

めずらしく実力主義の国らしく、今の王妃は身分が低かったはず。

エンフィア王国とは接していないため、あまり交流はない。

竜帝国とは同盟国だから側妃を娶ったのだと思う。


「カサンドル妃が産んだのは王女一人だけ。

 カトリーヌ王女だ。今は十五歳だったと思う」


「まだ十五歳なのにお見合いしようとしたの?」


「正式なのはこの間来たのが初めてだが、竜帝国に行くたびに求婚されていた」


「は?」


「もう十年くらい言われ続けている気がするな。

 結婚して帝王になってほしいと」


「それは王女自身が望んでいること?」


五歳の王女がイザークを見て結婚したいと思う気持ちはまだわからなくもないけれど、

王女と結婚して帝王になってというのは少しおかしい気がする。


「よく考えてみたら、側妃が言わせているのかもしれないな。

 側妃は王子を産めなかったし、竜帝国の出身じゃないから立場が弱い。

 まぁ、側妃が王子を産んだとしても、王妃が産んだアロイス王子がいるんだが」


「王妃に王子がいるの?だとしたら王女がイザークと結婚したとしても、

 アロイス王子が帝王になるんじゃないの?」


エンフィア王国では王妃以外に王子が生まれるのは許されない。

それだけ王妃の力が強かった。

竜帝国でも王妃と王子の力が強いのかと思ったが、イザークとレオナに否定される。


「……いや、俺が王女と結婚したなら帝王になれと言われるだろうな。

 竜帝国は竜人のほうが身分が上になるから」


「だからこそ、側妃と王女は簡単にはあきらめないでしょうね。

 ラディア、王城では私から離れないで。

 そのために侍女になっているんだから」


「排除するために何かされるかもしれないってことね。

 だけど、その側妃と王女って毒耐性ないんじゃないの?

 私に傷をつけたら危険だと思うんだけど。

 さすがに殺してしまったらまずいわよね?」


迎え撃つつもりでいたけれど、さすがに側妃や王女を殺したらまずい気がする?

レオナもそれに気がついたのか、眉間にしわが寄る。


「王女はともかく、カサンドルは人族よ。毒耐性はないわね」


「……まずは先に伯父上に挨拶をしよう。

 帝王に婚約者だと認められたら、もう側妃や王女が何を言っても覆らない。

 その上で文句を言ってくるようなら多少は反撃してもいい。

 出来れば殺さない程度にしてくれると助かるが」


「……難しいけど、わかったわ。

 できるかぎり近づかないように頑張ってみる」


「そうしてくれ。レオナ、俺が一緒にいられない時は頼んだ」


「もちろんよ」


もう一度レオナに絶対に離れないようにと念をおされて素直にうなずいた。

初めて行く王城ではぐれてしまったら困るのは私だ。

ただでさえ帝王に会うのに緊張していたのに、側妃と王女に会うかもしれない。

イザークの番としてしっかり対応しなくてはいけない。





次の日の昼、到着した竜帝国の王城はとても大きかった。

竜人や竜族の身体の大きさに合わせているからだろうが、私には大きすぎる。

いつものようにイザークに抱き上げられて移動すると、

王城の騎士や侍女が驚いて見ているのがわかる。


「自分で歩いちゃダメ?」


「番だと見せつけるためにもこのままで」


「そっか。じゃあ、仕方ないね」


竜族よりも身体の大きいイザークが小さい私を抱き上げているのが目立つのか、

遠くからも人が見ているのがわかる。

そのうちの何人かが慌ててどこかに行くのを見て、

どこの王宮でも似たような感じなんだなと思ってしまった。


報告に行った先が側妃なのか王女なのかわからないけれど、

こちらに来る前に謁見してしまわなければいけない。

イザークに抱き上げられたまま移動して正解だったかも。

私の足では倍以上時間がかかっていただろうから。


王城の謁見室前にたどり着くと、騎士が開ける前に扉が中から開いた。


「イザーク!!よく来たな!」


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