第12話 竜帝国の帝王

レオナが来てくれてから、三週間が過ぎた。

最初はレオナに戸惑っていたイザークもすっかり慣れ、

レオナも公爵家の一員として扱われている。


私のイルミール公爵家での生活もより一層快適になり、

朝食後にレオナに馬殺草のお茶を入れてもらい、

その日の予定を話すようになった。


イザークの側には侍従のデニーとダニー。そして私の後ろにはレオナ。

他の使用人たちは私とレオナには近づかないように厳命されているようで、

遠くから見かけることくらいしかない。


テーブルの上には通常の人間なら一口で死んでしまう馬殺草のお茶。

この状況では毒耐性がないものを近づけるわけにはいかないのだろう。

甘い香りを楽しみながら飲んでいると、イザークが一通の手紙を取り出した。

あれは竜帝国の紋章かな。


「竜帝国に送った手紙の返事が来た。

 伯父上は非情に驚いたようだ」


「驚く?」


「ラディアが元王女だと手紙に書くわけにいかないだろう?

 仕方なく平民の旅人を見初めたと書いた。

 伯父上としては俺に番が見つかったのが予想外なんだろう」


「番が見つかるのはめずらしいことだから?」


たしかイザークは四十歳になるまでは番を探すつもりだったと言ってた。

それでも見つからなければ貴族として跡継ぎを作るために仕方なく結婚するとも。


番でなくても子はできるが、竜人は生まれない。

それだけでなく、結婚相手にまったく興味を持てないために、

薬を使って夜伽をしなくてはいけないそうだ。

毒耐性がある竜人が使う薬はかなり強力なものなため、苦痛を伴うという。


そんなことにならなくて良かったと笑うイザークはうれしそうだったが、

それが竜帝国の帝王に認められるかどうかは別問題かもしれないと思っていた。

特に私はエンフィア王国の王女だったわけだし、イザークを殺そうとしていた。

真実を知った時には反対される恐れがある。


「……伯父上も竜人なんだ。

 伯父上と母上を産んだ先代帝王妃が竜人だったから」


「えーっと。お祖母様が竜人だったから、

 番が相手じゃなくても生まれたのは竜人だった?」


「そう。お祖父様とお祖母様は番ではない政略結婚だった。

 先々代の帝王の息子と公爵令嬢だ。

 竜人の女性はかなり貴重だから生まれた時点で妃になると決められた。

 必ず竜人を産むとわかっているからな」

 

「……そういう意味で重宝されるってなんだか嫌ね」


まるで竜人を産むために幼い頃から囲われているみたいに聞こえる。

私が嫌だなと思ったのがわかったからか、イザークは困ったように笑う。


「そうだろうな。だから、母上はこの公爵領に逃げてきたんだ」


「え?逃げてきた?」


「そう。母上が帝王になれば、また王族は竜人となる。

 竜帝国は竜気の強いものが帝王になると決められている。

 伯父上も強いんだが、母上のほうが強かったらしい。

 だが、母上は気性の激しい人だからね。

 帝王になるのも勝手に婚約者を決められるのも嫌がって家出したんだ。

 で、ここに着いた時に父上を気に入ってそのまま居着いた」


「それは番ではなくて?」


「番だと言い張ったらしいけど、どうだろう。

 竜帝国から逃げるための言い訳だったんじゃないかと思ってる。

 そんな母上から生まれた俺が番を見つけたと言い出したんだから、

 また言い訳なんだろうと思われているかもしれないな」


番だというのが言い訳?首をかしげていたら、後ろからレオナが説明をしてくれる。


「イザーク様のところには竜帝国の王女から見合い話が来ているのよ。

 それを断る口実に番が現れたと言っているんじゃないかと思われているってこと」


「王女との見合い?

 エンフィア王国だけじゃなく、竜帝国からも釣書が来ていたの?」


「おそらく、竜帝国から話が来たことを知ったから、

 エンフィア王国も釣書を送って来たんじゃないかと思ってる。

 二代続けて竜帝国から王女を降嫁させてしまったら、

 公爵領が竜帝国に奪われるとでも思ったんだろう」


「あーそれはそうかも。

 あまりエンフィア王国に属している意味もなさそうだし」


エンフィア王国では公爵領は王領と同じ扱いになるため、

税を納める必要がない。公爵も王族だからという理由だ。

公爵領独自の騎士団もあるし、竜帝国との取引もある。

エンフィア王国の王都よりも竜帝国の王都のほうが近い。


「父上は好きにしていいと言っていたんだがな。

 無理に争ってまで独立する理由もなかったんだ。

 まぁ、今後はわからないけれど」


「それで、帝王様は結婚を反対しているの?」


「一度会わせろと言って来た。竜帝国の王城まで来いと。

 めんどうだが、会わせておかないと後々めんどうになりそうだ。

 一緒に行ってくれるか?」


「ええ、行くわ。その王女にも会わないとね」


私が生きていることをエンフィア王国に知られるわけにはいかない。

そのためにも竜帝国の後ろ盾が無くなるのは困る。

それに、イザークはもう私の物だから王女にはあきらめてもらわなければならない。


こうして私とイザーク、レオナとデニーとダニーは竜帝国へと向かうことになった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る