第11話 レオナ到着

お茶を飲みながらぼんやり考えていると、執務室に誰かが来たのがわかった。

この声はカールかな。


「イザーク様。あの……ラディア様へお客様が来たようなのですが」


「あ、ああ。来たのか。ここに通せ」


「あの、ですけど」


「ん?何か問題があるのか?」


私にお客が来たって、それはもしかして!

立ち上がって執務室へと向かうと、同時に執務室の中に人が入ってくるのが見えた。

その燃えるような赤髪を見て走り出す。

イザークが驚いているのもかまわずに、その人に抱き着いた。


「レオナ!」


「ラディア!良かった!やっぱり無事だったのね!」





(イザーク視点)




ラディアから話を聞いてすぐにカールには伝えてあった。

レオナという薬師の女性がラディアを訪ねてくるはずだ。

ラディアの親代わりらしい。丁重に案内するように、と。


それなのに案内するのを躊躇しているようなので不思議に思ったが、

中に入れるように促すと一人の男性が入ってきた。


真っ赤な髪を一つに結び、涼し気な一重の目は黒。

竜族でも赤色を持つ者は竜気が強い。

平民を装うためなのか古びた旅装束だったが、気品があって平民には見えない。


ラディアに聞いていたレオナとは違ったことに対応しかねていると、

中庭にいたはずのラディアが走って飛び込んできた。


「レオナ!」


「ラディア!良かった!やっぱり無事だったのね!」


やはりこの男がレオナであっているらしい。

声はそれほど低くはないが、女性としたら低い。

顔立ちは中性的で美しいが、真っ平らな胸を見る限り男性にしか見えない。


どういうことなんだと聞くよりも、ラディアがレオナに抱き着いているのが不快で、

つい引きはがしてしまった。


「イザーク、どうしたの?」


「どうしたじゃない。レオナは男だったのか?」


「……あれ、そういえば?レオナって男だったの?」


「あーこれはね、今は男の格好のほうがいいと思って。

 後宮のレオナを捜索されてもこれならわからないだろう?

 エンフィア王国の王都に入る時、検問を通ることになるんだが、

 十二年前は女性のほうが許可が下りやすいって聞いて女装したんだ。

 だが、そのせいで攫われて後宮にいれられてしまった。

 また王都から出る前に攫われたんじゃ後宮から抜け出した意味がないだろう?」


「レオナって攫われてきたんだ……知らなかった」


どうやらラディアもレオナが男だと知らなかったらしい。

女装していた理由もわからないでもなくて、ためいきをつく。

たしかに王都へ入る検問は女性にゆるい。

その理由はレオナが言っていたように、攫うためだ。


「あの王家は腐りきっているからな。というか、王都のものが腐っている。

 旅の者は攫って売り飛ばしていいと思っているらしい」


「そのようだな。後宮にはそんな女ばかりいた。

 連れの男は殺されて、ここに連れて来られたと。

 従属の腕輪をつけられてしまったら助けてやることもできない……。

 あぁ、ラディアは腕輪をどうしたんだ?」


「あのね、イザークが一瞬で外してくれたの!

 私って番なんだって」


「そうか。良かったな。

 公爵は竜人だと聞いていたから、そうかなとは思ってた」


俺の番だったと聞いてもうれしそうに笑っている。

レオナはラディアに恋愛感情はないと思ってよさそうだ。

番を守ろうとする本能なのだろうが、ラディアに近い男がいるのは許せない。

だが、ラディアはレオナのことを親代わりだとも言っていた。

それならばきちんと挨拶をするべきだろう。


「レオナと言ったか。イザーク・イルミールだ」


「レオナだ。ラディアが六歳の時から一緒に暮らしていた。

 母のリディアに頼まれてな。

 ラディアのことは娘のように思っている。

 腕輪から解放してくれてありがとう。

 あのままだと俺の力では逃がすことができなかった」


「いや、ラディアに馬殺草をまとわせて守っていたのだろう。

 番をここまで守ってくれて感謝する。

 後宮を出てきたのなら行き場はないのではないか?

 好きなだけ、ここに滞在してくれ」


「それは助かる……だが、そうだな。

 それならばいっそのこと俺を雇ってくれないだろうか?」


「雇う?あぁ、優秀な薬師なのだったな。

 薬師がいてくれるのは助かるからかまわないぞ」


エンフィア王国の薬は他にはない効果がある。

後宮から出てきたということは、もうエンフィア王家が売ることはないだろう。

そうなれば他国を含め困ることになる。

公爵家から売り出すのは無理でも、竜帝国を通して売ることはできるはずだ。


「あぁ、薬師の仕事もするけれど、ラディアの侍女になろうかな」


「は?侍女?」


「そう、侍女。どうせラディアのそばにつける侍女はいないだろう?

 俺なら毒耐性があるだけじゃない。ラディアの身も守れる」


「レオナが侍女になってくれるの!うれしい!

 ねぇ、イザーク、いいでしょう?」


「………とりあえず試しにつけてみるか」


「ありがとう!」


男が侍女ってどうなんだとか言いたいことはあったが、

ラディアがこれだけ喜んでいると断りにくい。


仕方なく許可を出すと、レオナは着替えてくると言って退室した。

侍女服が欲しいというからカールに出すように指示はしたが。

女装して侍女になる気なんだろうか。


少しした後、もう一度執務室に戻って来たレオナは別人だった。

赤髪をゆるく巻いてまとめ、同じように赤い口紅をひいて、

侍女服に着替えたレオナはどこから見ても女性にしか見えなかった。


「さて、あらためまして。レオナと申します。

 これからラディア様の侍女としてよろしくお願いしますね?」


「レオナにラディア様って言われるのは嫌だわ。

 いつも通りにラディアでいいわよ」


「それもそうね。じゃあ、ラディア。お茶を入れましょう。

 ここのところ飲んでいなかったんじゃないの?」


「さっき飲んだところだけど入れてくれる?

 レオナに入れてもらったほうが美味しいもの、お願いするわ!

 イザーク、お仕事の邪魔をしてしまってごめんね。

 また中庭で待っているわ」


「……あ、ああ」


うれしそうに笑いながら外に出て行くラディアと優雅に微笑んでいるレオナ。

慌ててデニーがついて行ったのを見送っていると、

横でダニーがつぶやいているのが聞こえた。


「……あれが男だとか嘘だろう」


あぁ、俺もそう思う。

あれが男だなんて、どうやってあの胸をつくったんだ?

化粧しただけであんなにも顔が変わるものなのか?

歩き方や声まで完璧に女性にしか見えない。

ラディアがレオナを女性だと思っていたのも理解できる。


まだ固まってしまっているダニーに声をかけようかと思ってやめた。

なまじ美女なだけダニーもショックなんだろう。

だが考えてみたら、最初に女性だと思ってしまわなくて良かったんじゃないだろうか。

あの顔はデニーとダニーの好みのど真ん中だ。惚れてしまわなくて良かったと思う。


まだ衝撃から立ち直れないのか、頭を抱えているダニーを見て、

それでも惚れたなんて言い出さないだろうかと考えを改めた。



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