第10話 公爵家の使用人

体内の急激な変化が落ち着いてきたからか、次の日からは朝に起きて行動することができた。

イザークの話によれば、この十日間は番になって一番変化の大きい時で、

身体が弱ってしまう時でもあるため他の者を近づけることができなかったという。

ようやくそれが終わったことで公爵家の屋敷にいる使用人たちを紹介されることになった。


イザークに縦抱きにされて連れて行かれた広間にはたくさんの使用人が集められていた。

私たちが広間に入ると、全員が深く頭をさげる。

まるで王家の謁見のようだと思ったけれど、先代公爵は先代王弟だったことを思い出す。

王家でのしきたりがそのまま公爵家のしきたりになっているのかもしれない。


「頭をあげていい」


「「「はっ」」」


使用人たちの前に三人の男性が立っている。

五十過ぎに見える男性が一人、二十代と思われる男性が二人。

この三人が使用人たちを束ねる役目なのかな。


「私の番になったラディアだ。

 まだ公表することはできないから、外に情報はもらさないように」


「かしこまりました。竜帝国へは報告いたしますか?」


「そうだな。伯父上には報告しよう。後で手紙を書く」


「わかりました」


偽王女となってしまったし、死んだことになっている。

戸籍もない女性が番だと知った使用人たちの反応が気になっていたが、

見る限りでは誰も嫌そうな顔をしていない。


「ラディア、この屋敷の使用人頭のカールだ」


「カールと申します。屋敷内で使用人への采配を行っております」


「ラディアよ。これからよろしくね」


「はい。ラディア様と呼ばせていただいてもよろしいでしょうか?」


「ええ」


「ありがとうございます」


カールも竜族なのか黒髪黒目だ。物腰が柔らかく、穏やかそうな感じがする。

その隣にいた男性二人を呼ぶと、二人を紹介してくれる。


「息子のダニーとデニーです。イザーク様付きの侍従をしております」


「ダニーと申します」


「デニーと申します」


「ラディアよ。二人は兄弟なのね。これからよろしく」


「「よろしくお願いいたします」」


緊張しているのか、強張った感じの微笑みだった。

こちらも黒髪黒目で、すらりとした体型だが筋肉はついている。

王宮の騎士よりも強そうだと思ったが、よく見たら広間にいる使用人はみんなそんな感じだった。

女性の使用人ですら女性騎士よりも筋肉がついている。

竜族というのは筋肉がつきやすいのかもしれない。

……私の手を見てみたけれど、まだそれほど変化がないようだ。

そのうち私の身体も筋肉質になるんだろうか。


「どうした?」


「私の身体も筋肉がつくようになるのかと思って」


「どうだろうなぁ。まぁ、背は伸びると思うぞ」


「本当に!?そうしたら、

 もうこうやって抱き上げて運んでもらわなくても大丈夫になるわね」


「……いや、背が伸びてもこうして連れて歩くつもりだが」


「どうしてよ。歩けるわよ?」


使用人たちの前だというのにそんなやり取りをしていたら、

側に仕えていたダニーが吹き出している。

それを咎めるようにデニーがダニーの脇を肘でつつく。


「……申し訳ありません」


「ううん、大丈夫よ。気にしないで」


「よし、みんな解散!今後はラディアを俺と同じように扱ってくれ」


「「「かしこまりました」」」


ぞろぞろと使用人たちが広間から出て行く中、デニーとダニーだけは残っている。

侍従だと言っていたから、これからはイザークの側に控えているのかもしれない。


「イザーク様、そろそろ仕事を再開してもらえますか?」


「もうか。番ができたばかりなんだから、もう少しのんびりさせてくれよ」


「そうしたいのは山々なんですけど、

 処理しないとまずい書類がいくつかあるんですよね」


「はぁ。仕方ないな。ラディア、少し仕事をしてもいいか?

 その間はお茶でも飲んで待っていてくれ」


「わかったわ」


うなずくとまたどこかへと歩き出す。

私を連れたままでいいのかと思っていると、執務室の前についた。


執務室の中にはいると、

イザーク用の机の上にはたくさんの書類が積み上げられている。

十日間もお休みした分なのかもしれないが、結構な量だ。

仕事をするように急かされるのも無理はない。


イザークはそのまま窓の方に行くと、外につながるドアを開けた。

そこは中庭になっていて、大きなソファとテーブルが置かれていた。

軒の下なのか、ちょうどよく日陰になっている。


「わぁ。素敵な中庭ね」


「仕事で疲れたら、ここで休憩するんだ。

 ラディアはここで待っていて。俺も仕事を終えたら来るから」


「ええ。お仕事頑張ってね」


イザークは私をソファに座らせて、執務室へと戻った。

でも、大きなドアが開けられたままになっているから、

ここから仕事をしているイザークが見える。

お互いに見える範囲にいないと不安になるのか、

思ったよりも離れていないことにほっとする。


「ラディア様、お茶をご用意いたします」


「あ。大丈夫よ、自分で入れるわ」


「え?」


収納空間からお茶の用意を出して、馬殺草のお茶を入れる。

もう毒をまとう必要はないと思っていたけれど、まだ安心はできない。

イザークと相談した結果、

正式に妻だと公表できるようになるまでは飲み続けることになった。


「……ラディア様、もしかしてそれは馬殺草では?」


「そうよ。デニーが私に付けられたということは毒耐性あるのよね?」


「はい。侍女がつけられないと聞いた時は疑問でしたが、

 こういう事情ではしかたないですね」


「あぁ、もしかして私のことをわがまま王女だと思っていた?

 だから侍女なんていらないって言っていると?」


紹介された時、顔が強張っていたのを思い出した。

わがまま王女の相手をさせられるかもと思っていたのならわかる。


「いえ、ラディア様がどうというよりかは、もう一人の王女を知っていますので、

 エンフィア王国の王女というものにいい印象がなかったのですよ」

 

正直なのか、あっさりと王女の印象が悪いというデニーに笑ってしまう。

公爵の家臣としてはめずらしい性格をしている。


「ふふ。わかるわ。ミリーナのことでしょう?」


「ええ。イザーク様に執着しているというか、なんというか。

 夜会で会うたびにダンスを踊れだの、エスコートしろだの。

 あげくの果てには夜に部屋に来いだなんて言われて」


「……そんなことが」


力が入ったのか、茶器の持ち手が割れてしまった。

もしかして身体の変化によって腕力が強化されている?


「あ、もちろん、何を言われてもイザーク様は断っていましたよ!」


「そうよね、つい」


不快に思ったと誤解されたのか、デニーが慌てて訂正する。

大丈夫、イザークには冷たくされたってミリーナが言ってたし。

女性嫌いだなんて思うくらいだから、心配はしていない。


でも、それも考えておかないと。

今後も夜会に出たらミリーナに会うことになる。

私のことを妻だと公表するためにはいくつかの問題を解決しなければいけない。

かといって、イザーク一人を夜会に出さすのは嫌だな。


お茶を飲みながらぼんやり考えていると、執務室に誰かが来たのがわかった。

この声はカールかな。


「イザーク様。あの……ラディア様へお客様が来たようなのですが」

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