第6話 王女の命

「じゃあ、私を殺してくれる?」


「は?なんでまだ殺されたいの?

 俺に命をくれるんだろう?」


「私を殺すっていう意味じゃなかったの?」


「そういう意味じゃなかった。死にたくないって言わなかったか?」


なぜ公爵が驚いているのかわからない。

こうなってしまえば私が生きていられるわけなんて無いのに。


「……私は暗殺に失敗したのよ。

 失敗したのがわかったら、国王は私を捕まえて処刑するでしょう」


「バレなければいいんだろう?」


「もうすでに失敗したと報告するために女官たちは王都へ戻ったわ」


「もうすでに?失敗するとわかっていて殺そうとしたのか?」


「そうよ。暗殺して王都に戻るのは無理だと思ったの。

 でも、失敗したことがわかれば、私は偽王女だったことにされるでしょう。

 公爵を殺そうとしたのは国王の命ではなく、

 第三国の仕業だとでも言われ、捕まって処刑されることになる。

 ……ね?どっちにしても生きていられないのなら、ここで殺されたい」


王都まで連れて行かれて処刑される時は、きっと土に埋められる。

これが体液が毒な私を安全に処分できる方法だから。

大っ嫌いな国王の手によって苦しんで死ぬくらいなら。


「私はせめて好きになった人に殺されたい」


「……俺が好きだと?」


「こんな風に思うのは初めてだから確証はないけど。

 あなたになら殺されてもうれしいと思うから」


「……そうか。じゃあ、約束通り命をもらうことにするよ。

 あーまぁ、説明はあとでいいか。口を開けて?」


「口を?」


どうしてだろうとは思ったけれど、素直に口を開けた。

公爵が手にしているのは赤い宝石。親指より少し大きいくらい。

見たこともない宝石だけど色が濃くて綺麗だと思ったら、口の中に入れられる。

最初は硬い感触がしたのに、一瞬で溶けて消えた。

ふわりと甘い匂いがして味は感じなかった。


「今のは何?私でも死ねる毒?」


「いいや、毒じゃないよ。あれは竜人の逆鱗」


「なにそれ?」


「番になる人に飲ませるもの。

 逆鱗は竜人の男にとって命と同じくらい大事なもの。

 それを生涯ただ一人の恋人に飲ませるんだ」


「生涯ただ一人の……って、どうしてそんな大事なものを私に!?」


「君は俺の大事な番だから」


「……つがい……って…なに。私死ぬん…じゃ……」


どうしてだろう。身体が急に重く感じる。目が開けられない。


「身体が変化し始めたんだ。眠いだろう。

 説明は起きたらしてあげるよ。ゆっくりお休み」


「………置いて…いくの?」


どこかに行ってしまうんじゃないかって、目を閉じたまま手をのばした。

どこにも行ってほしくなくて、離れていかないでほしくて。


「大丈夫。起きるまで一緒にいる」


まるで泣いてる子をあやすように優しく言われ、抱きしめられた感覚がした。

ここにいてくれる。そう思ったら安心して眠りに落ちていく。


「もう二度と離れないから」


そう聞こえたのは本当だったのか、私の願望なのかわからない。






目を開けたら真っ暗だった。

まだ夜なのかと思ったら、すぐに明るくなる。


「起きたのか。身体は痛くないか?」


「……公爵?」


「ああ、イザークと呼んでくれ」


「イザーク?私、どうして生きているの?」


真っ暗だと思ったのは、イザークに抱きかかえられていたかららしい。

身体を離してくれたら明るくなって、私を見ているイザークの顔が見えた。

赤い目が熱を帯びているようで、目をそらす。

このまま見ていたら、離せなくなりそうで怖かった。


どうして抱きしめられたまま寝ていたのかわからなくて、

眠る前のことを思い出して起き上がろうとする。


「無理に起きようとするな。まだ身体は不安定なはずだ」


「……だって」


言われた通り、うまく身体がうごかなかった。

何が起きているんだろう。


「ラディアは丸三日寝ていたんだ。

 まずは食事をしようか」


「三日も?」


隣の部屋へと抱き上げたまま連れて行かれ、

ソファに座ったイザークのひざの上に座らされる。

体格差があるから、大人のひざの上に座らされている子どものようだ。


テーブルの上に用意されていた食事は粥だった。

薄めの粥をひとさじずつすくって、口元に運んでくれる。

人に食べさせてもらうのは恥ずかしいけれど、腕がだるくてあがらない。

仕方なく口をあけて食べさせてもらう。


「ゆっくり食べて、水分補給しよう」


「……ん」


「話は食事のあとでな?」


聞きたいことはいっぱいあったけれど、食事が終わるまでは話さないと言われ、

用意されていた粥を食べきってお茶を飲む。

私のお腹がいっぱいになって、やっとイザークが満足した顔になる。


「イザークは食べないの?」


「後で食べる。今はラディアのことを優先しよう。

 聞きたい事があるのだろう?」


「うん。どうして私を殺してくれなかったの?」


まずは、どうして私を生かしたのか知りたかった。

国王の手によって処刑されるくらいなら、あのまま死にたかったのに。


「とりあえず、国王には手紙を送っておいた。

 王女だと名乗る不審な女が俺を殺そうとしてきた。

 捕えようとしたが歯向かわれて殺してしまった、と」


「……え?」


殺してしまった?私は生きているのに?


「暗殺者の女は毒持ちだったようだが俺には毒が効かない。

 剣はそれほどではなかったから女騎士ではないだろう。

 一緒にいた者たちもいつのまにか消えてしまっていた。

 どこの手の者なのか心当たりはないか?とね。

 おそらく国王はそんなものは知らないと言ってくるはずだ」


「それは……そうだと思うけど、どうしてそんな嘘を?」


「死んだことにすれば、もう処刑されないだろう?」


「はぁ?」


「遺体は埋葬したと報告したし、従属の腕輪を証拠だと送っておいた。

 これならさすがに疑われないと思う」


どうやら寝ている間に私は死んだことになったらしい。

従属の腕輪は死ななければ外れないと聞いていた。

あれが外れたのを見たら、死んだと信じてくれると思う。


「でも、イザークはそれでいいの?

 私はあなたを殺そうと短剣で刺したのよ?」


「あの腕輪に動かされていただけだろう。

 殺気もなかったのにラディアに責任があるとは思えないよ。

 それに、俺になら殺されてもいいと言ってくれただろう」


「言ったわ。今でもそう思っているもの」


「ははっ。そんな熱烈な求婚されて、お前を離せるわけないだろう」


「……求婚!?」



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