第5話 初夜

部屋で夕食を取った後、一人で湯あみをする。

公爵家の侍女が手伝おうとしてくれたけれど、一人でするからと断る。

これも王家の儀式の決まりだといえば納得してくれた。


用意されていた薄絹の夜着に着替えて、隣の部屋へと移動する。

公爵と私の部屋の間に伽用の部屋があるらしい。

その部屋は大きな寝台が一つ置かれているだけだった。


「本当にするだけの部屋なのね……」


ぽすりと寝台の上に正座するように座る。大きすぎて転がっても大丈夫そうだ。

呆れたようにつぶやいてしまったら、後ろから返事が聞こえた。


「この部屋が嫌なら、違う部屋を用意できるが……」


「え?」


ふりかえったら、湯上りなのか夜着の前をはだけたままの公爵だった。


「こんなに急に初夜だとは思わなかったんだ。

 だから家具も最低限の物しか置いてなくて……」


「いえ、大丈夫よ。急かしたのはこちらだもの」


「ああ、たしかにずいぶんと急な話だったな。

 婚約の申し込みを承諾して一週間もせずに姫が来られるとは思っていなかった。

 ましてや、着いた初日に初夜をしろとは……。

 ラディア姫は本当にそれでいいのだろうか?」


公爵が寝台に座ると重みでぎしりと音がする。

あらためてみると本当に大きい人だ。肩も腕もがっしりしている。

さっき降ろしてもらった時に比べてみたら、私の背は公爵の胸にも届かなかった。

こんなに身長差がある人を見るのは初めてだ。


「……何を見ている?」


「あ、ただ、身体が大きいなって……思って」


「ああ。竜の血をひいているからだな。

 といっても、竜帝国の人間すべてが大きいわけじゃない。

 俺は少し特殊というか竜の血が強いから」


「竜の血……」


竜帝国の帝王の甥だと思い出したけれど、目の前の人は少しも偉そうじゃない。

私が第一王女だと思っているからかもしれないけれど、元から優しい人なのかもしれない。


「というわけで、今日は一緒に寝るだけだ。

 陛下にはちゃんとしたと報告しておけばいいだろう」


「ええ!?」


「だって、この体格差だから。

 初夜なんてしてしまったら壊してしまうだろう。

 とりあえず報告だけすませておいて、後はゆっくり考えよう」


そんなことを言われても困る。

どうせ殺さなくてはいけないのなら、ここで純潔を失ってもいいと思った。

最後に国王ではなく、この人の物になってから死にたい。

それなのに、私から距離をとるように離れた公爵にしがみついた。


「嫌です!今日、してほしいの!」


「いや、でも」


まだ断ろうとする公爵の口に唇を押し当てる。

残念ながら何もかも初めてだからやりかたなんてわからない。

身体の大きい公爵にどの程度の毒で効いてくれるかはわからない。

口づけだけで死ぬようなことはないと思うけれど、ずっとしていたらわからない。


どうか、毒が効くのが最後までしてからでありますように。

きっと純潔を失って血が流れるようなことがあれば、

さすがに公爵の身体が大きくても殺せるはずだ。


ただ押しつけるようにぎゅっと唇をあてていたら、頭をなでられた。

どうしてと思ったら、一瞬だけ唇が離れて、もう一度優しくふれる。

ふわふわするような気持ちで受け止めていたら、公爵の舌が唇の中に入ってからんでくる。

小さな口の中がいっぱいになるようで苦しくて、でも気持ちいい。


お互いにふれる手が溶けてしまいそうだ。

このまま身体ごと溶けて混ざり合ってしまいたい。

そう思ったのに、公爵が唇を離した。


「さっき抱き上げた時に気がついたが、ラディア姫は馬殺草をまとっているのだな」


「……え?」


「一人で湯あみをしたと報告がきたが、お付きの女官には毒耐性がないせいか」


「………どうして馬殺草だと」


「ん?匂いでわかるだろう。この甘い匂い。いい匂いだ」


うっとりするように私の首に顔をうずめるようにして匂いをかぐ公爵に、

頭の中が真っ白になりそうだ。


「この匂いが毒だとわかっていて?」


「毒?あぁ、知らないのか。竜人に馬殺草は毒にならない」


「……は?」


毒にならない?何を言っているのかと思ったら、じっと私を見てくる。


「なるほど。俺を殺しにきたのか」


「っ!!」


どうしよう、バレてしまった。

どうせ死ぬなら純潔を失ってからにしてほしかったのに。

殺したくないのに、従属の腕輪によって身体が勝手に動く。


公爵に抱き着いたまま、見えないように収納空間から短剣を出す。

そのまま迷いなく公爵の首の後ろへと勢いよく刺した。

……さすがにここを刺されたら死んでしまう。そんなのは嫌なのに。


カキンっと固いものに弾かれて短剣が飛んでいく。

少し離れた絨毯の上に落ちるのが見えた。

……剣で切れなかった?


「……申し訳ないが、剣で俺は殺せない。

 身体がすごくかたいんだ。刃物は通さない」


「通さない……?」


「あぁ、姫の手が傷ついてしまったか。すまない」


見たら、私の指先から血が流れていた。

弾かれた剣で切ってしまったらしい。

公爵がその手を取ろうとするのを見て、思わず叫ぶ。


「ふれちゃだめっ。血も毒だから」


「…大丈夫。俺なら毒にならないと言っただろう」


「本当に?毒にならないの?」


信じられない私を安心させようとしたのか、血が流れている指をぺろりとなめられた。

普通の者ならすぐに倒れてしまうような猛毒だ。

なのに、公爵は平然としている。本当に私の毒は効かないのか。


「それで、殺して来いと命じたのは国王か?」


「そうよ……」


「さっき、殺意がなかったのに、姫の身体が動いたな

 ……これのせいか」


従属の腕輪に気がついたのか、両腕を抑えられる。


「これがある限り、私は公爵を殺そうとするわ。

 だから……その前に私を殺して?」


「姫を殺す?」


「そう。できれば……その前にあなたのものになりたかったけれど、

 無理なのでしょう?だったら、せめてあなたの手で殺してくれない?」


嫌なお願いだとは思うけど、私の毒が効かないのなら殺してほしい。

死ぬのは怖いけれど、殺せなくて良かったと思う。


「……死にたいのか?」


「死にたいわけじゃないけれど、そうしないと従属の腕輪から逃れられない。

 私の意思とは関係なくあなたを殺そうとするわ。もう嫌なの。

 どうせ死ぬならあなたに殺してもらいたいのよ」


「じゃあ、俺にその命をくれないか?」


「命を?」


聞かれている意味がわからない。私を殺してくれるという意味なのだろうか。


「ええ、いいわ。全部あげる」


ここで私を殺してすべてを終わらせてくれるというのなら、何をあげてもいい。

そう思って目を閉じたら、カシャンと音がして両腕の従属の腕輪が外れた。


「……え?」


「このくらいの従属の腕輪なら簡単に外せるんだ。

 腕輪にかけられた魔力よりも強い竜気を流してしまえば壊れるからな」


「外れた……うそ」


「これでもう俺を殺そうとしない?」


なぜか面白そうに聞いてくる公爵に素直にうなずく。

国王の命令というよりも、従属の腕輪があるから逆らえなかっただけだ。

外れてしまえばあんなクズのいうことなんて聞くわけがない。


「もう殺さないわ。殺したいなんて思ってないもの」


「そっか。良かった」


「じゃあ、私を殺してくれる?」



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