第7話 竜人

「あの腕輪に動かされていただけだろう。

 殺気もなかったのにラディアに責任があるとは思えないよ。

 それに、俺になら殺されてもいいと言ってくれただろう」


「言ったわ。今でもそう思っているもの」


「ははっ。そんな熱烈な求婚されて、お前を離せるわけないだろう」


「……求婚!?」



あれが求婚になるの?驚いていたら、イザークが面白そうに笑う。

そのままゆっくり顔が近づいてきたと思ったら、そっと口づけられる。

ふれたところが気持ちよくて溶けてしまいそうだ。

あぁ、そうだ。あの時、あのまま混ざり合ってしまいたいって思ったんだ。


「……あ」


もっとしていて欲しかったのに、離れてしまう。

こんなことをしている場合じゃないのはわかっているのに、

それでもしてほしいと思ってしまう気持ちが自分でもわからない。


「離れるのが嫌だって顔している。

 俺もだけど、説明しなきゃな」


「……うん」


イザークには心の中を見られているようだ。

離れたくないと思ったのも、もっと口づけてほしいと思ったのもわかられている。

それでも話をしなきゃいけないのなら仕方ない。

あきらめてイザークの胸に頬をよせたら、優しく髪をなでられる。


「ラディアは俺の番だ。

 番というのは竜帝国の者ならわかるんだが、

 ラディアは知らないようだな?」


「知らないわ」


「番というのは生まれた時から決まっている恋人のことだ。

 竜の血が騒ぐんだ。この者が自分の相手だと。

 ラディアは俺に会った時に何か感じなかったか?」


竜の血とかはわからないけれど、イザークに会った時に感じたのはわかる。


「初めて会うのに、イザークのことを懐かしいって思ったの。

 顔も匂いも存在も、昔から知ってるような気がした。

 それに殺さなきゃいけないのなら、一緒に死にたいって思った。

 私だけ生き残るなんて嫌だって思ったわ」


「それが番に会った時の感覚だ。

 番は会ってしまったら離れたくなくなる」


「うん。離れたくない」


それはとてもよくわかる。

こうして話している間も、イザークは私を抱きしめたまま離れない。

髪だけじゃなく頬や肩もなで、もう片方の手は私の指にからんでいる。

私も離してほしいなんて思えない。このままずっとこうしていてほしい。


「国王から釣書が来た時、一緒に刺繍されたハンカチも入っていた。

 あれはラディアが刺したものだろう。

 その匂いをかいでラディアが俺の番なんだと知った。

 それでも万が一に違うこともあると不安で……馬車まで迎えに行った。

 一目見て間違いなくラディアが俺の番なんだとわかった」


「私が番だとわかったから結婚を承諾したの?」


「ああ。竜人は番以外に興味を持つことができない。

 貴族としていつかは結婚しなくてはいけないとわかっていたけれど、

 四十になるまでは番を探そうと思っていた。

 こんなに早く会えるとは思ってなかった。しかもすぐに結婚していいと言われて」


うれしそうに笑うイザークに申し訳ない気持ちでいっぱいになる。

私はそんなイザークの気持ちなんて知らないで殺そうとしたんだ。


「国王に嫌われているのは知っていたが、

 王女と結婚させることで俺を懐柔するつもりなのかと思った。

 まさか暗殺しようとするほど嫌われていたとはなぁ」


「多分、ミリーナのほうを選んでいたらそうなっていたと思うわ」


「ミリーナ王女は会ったことがあるが、番ではないし、

 番が見つからなかったとしても結婚相手に選びたいとは思えないな」


そういえばミリーナはイザークのことを女性嫌いだと言っていた。

頭のてっぺんに口づけて来るイザークを見ている限りそうは思えない。

番じゃなかったから相手にしなかったということかな。


「本当はゆっくり説明してから逆鱗を飲ませる予定だった。

 番になるということは竜人になるということでもあるから、

 ラディアの心が決まってからにするつもりだったんだ」


「竜人になる?人じゃないの?」


「そう。そもそも人族と竜族は違う種族なんだ。

 ラディアは竜族だ。どこかで竜帝国の血が入っているはずだ」


「あ。ひいお祖母様とひいお祖父様が竜帝国から来た貴族だったって。

 先々代の側妃についてきた女官と護衛騎士だったって聞いているわ」


先々代の側妃、つまり先代王弟の母は竜帝国の伯爵令嬢だった。

同盟国になることになって、お互いの貴族令嬢を交換するように王族が娶った。

その時に竜帝国から女官と護衛騎士が数名ずつエンフィア王国に来ている。


女官と護衛騎士から生まれた娘がアッペン侯爵家の侍女になり、

アッペン侯爵家の嫡男に手籠めにされて妾になった。

そうして生まれたのが母様のリディアだ。


「そうか。俺のお祖母様についてきた女官と護衛騎士か。

 番は竜族の中にしか産まれない。

 だから、ラディアも竜族だとわかるんだ」


「竜の血が入っているから、番がわかるってこと?」


「そうだ。血が騒ぐように求めるんだ。

 こうして腕の中に閉じ込めておけって、うるさい」


「ふふ。わかる。このままここにいたいって思うもの」


どうして離れていられたんだろうと思うくらい、ここにいたい。

生まれた時から離れてはいけないと言われていたんじゃないかと思うくらい、

離れていた時間が苦しく感じる。


「女として生まれてきた竜人には逆鱗はない。

 代わりに竜玉というものが腹のあたりにある」


「りゅうぎょく?」


「そう。それがあるから女は子を竜人として産むことができる」


竜人として産むという意味がわからなくて聞いてみる。


「竜人として産むって?」


「竜気、人族でいう魔力のことだ。それが桁違いに多い。

 そして寿命が長い。三百から五百年は生きる」


「そんなに?」


「女の竜人から生まれた子は必ず竜人になる。

 だが、男の竜人は番が相手じゃない場合は竜族しか生まれない」


「番だと違うの?」


「竜人の男は一度だけ、竜族の番に逆鱗を飲ませることができる。

 身体の中に入った逆鱗は女の身体を作り変えていく。

 そしてそれが終わった後の逆鱗の結晶は腹に集まって竜玉になる」


そっとお腹の上あたりにイザークの手がのせられる。

大きな手でさわられると温かい。


「ここに竜玉ができたら、ラディアは竜人になって、

 ようやく俺との初夜ができる」


「え?」


「これがすぐには初夜ができないって言った理由だ。

 ラディアの身体が竜人になってからするつもりだったんだ。

 だけど、番だとか逆鱗だとかいきなり説明してもと思ってたんだが。

 説明するどころじゃなかったな……」


「ご、ごめんなさい」


「いいんだ。ラディアのせいじゃない。

 ただ、殺してもいいのなら、俺のものにしてもいいだろうと思った。

 選ばせなくて悪かったな。まぁ、嫌でも俺のものにするが」


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