第四話:雪の思い出

 街人の食卓にホワイトアスパラガスが並び始め、木漏れ日に春の匂いがする頃。二人で林檎の買い出しをしに行こうとした時。シュネーが、道中で倒れた──日中の晴れ間の気温に、耐えられなくなったのである。


「あつい…よぉ。……あうれーる…ちゃま。もう……しゅねー、還ら…ないと…。──でも…まだ、一緒に…本物の、ねこたん…、見…て、ない、」


「シュネー!!…っ見れるよ!!これから探しに行こう!大丈夫だ、しっかりしろ…!」


 虚ろな眼差しで譫言うわごとの如く、思い残したように呟くシュネーに、アウレールは張り裂けそうな胸のまま叫んでは深く抱き締めた。背で日を受け必死に日陰を作るが、シュネーの身体はアウレールの体温で徐々に蝕まれていく──


 弱々しく震える鼓動が伝わって来る──腕の中のシュネーの頬に、アウレールの瞳から雫が溢れ落ちる。


 ──雪は鬱陶うっとうしくて、勝手なヤツだ。シュネーと出会う前は、そう思って疑わなかった。けれども、今はそうは思わない。きっと雪は、一心不乱に生きようとしていただけなんだ。


「───…ふふ…っ。これが、〝温かさ〟…こういう、あちち…、なら、しゅねー…、すき、……、…の………。」


 雲の切れ間から降り注ぐ天使の梯子が二人を照らすと共に、シュネーの身体が薄まっていく──バサバサバサッ──天高く舞い上がったグラキエースが、二人を優しく包むように羽根を散らして行くと共に、シュネーは初めて身に伝う愛情の温もりに心底嬉しそうな笑みを残し、光の粒子と化しては天へと昇っていった。──アウレールの腕が宙を掻く。


「う"わぁぁあああ────」


アウレールは人目をははからず泣きながら、悲痛の声を街中に響き渡らせた。──


 ───アウレールは無気力で家に戻った。身体以上に心が寒い。シュネーが読んでいた絵本が、そのままの状態で床に散らかっている。まだ彼女が居た形跡を片付けたくはない。


 そして力無く椅子に座り、手持ち無沙汰な手でなんとなく引き出しを開けると、そこにはレザーベルトが斜めに巻き付いた一冊の手帳が入っていた。見覚えの無い手帳だ。


 その装丁は純白で、外側一周には読めない文字のような模様、四つ角には花模様、上下には神秘的な盾のような模様、そして中央には目立つ雪の結晶の模様が、金で繊細に施されていた。


 手に取り目を通すと、そこに記されていたのは、彼女の…〝雪〟の、思い出だった──


◯月×日

あうれーるちゃまが、しゅねーに笑ってくれるようになったんですのん!どうしたらもっと、笑ってくれるかな…。


◯月×日

しゅねーでも見られる花があるって、庭園につれてってくれたんですのん〜!あとね、お星ちゃま!お空にしゅねーたちがいっぱい?降りてくるしゅねーたちを下から見たら、こう見えるんですのん?


 ──無意識に頬が緩む。過ごしてきた日々を余す事なく記載されている。シュネーはこう考えていたのか。そして読み進めていくと、はたと手が止まった。


◯月×日

あうれーるちゃまは、しゅねーの王子ちゃま!だ〜いすき!!ですのん!でもしゅねーは、ずっといっしょに、いられない……いつまでお姫ちゃまでいられるかな…。


 ──それが最後のページだった。再び感情が込み上げては、その日記を大事そうに抱き締めた。そしてどこに行くにも、シュネーを忘れぬように肌身離さず日記を持ち歩き、一言一句覚える程まで読んだ。何度も、何度も──

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