第三話:芽生えたモノ

 翌日、人間の日常を見たいというシュネーの要望を叶えに街へ赴いた。物珍し気に彷徨くシュネーが迷子にならぬようアウレールが気を回していると、冬越しに対する鬱憤うっぷんの籠もる街の人の声が至る所から聞こえてきた。


「──こんな雪じゃ、蓄えの食糧の買い出しにも行けたもんじゃない!飢え死にしちまうよ!」


「──あぁヤダわ、暖炉に使う薪が湿ってしまったじゃないの。凍えてしまうわ!まったく、雪さえなければねぇ。」


「…あうれーるちゃま、みんな雪、邪魔?追い出したい…?しゅねーも、きらわれちゃう…?あうれーるちゃまも、しゅねーの事…きらい?しゅねー、人間ちゃまと仲良くなりたいだけ、ですのん…」


 シュネーはアウレールの裾を引きながら不安そうな声色でか細く紡ぎながら見上げ、目いっぱいに浮かべたのは雫の海。下唇を噛み締めながらぽろぽろと零したそれは、頬を伝う途中からダイヤモンドのような雪の結晶と化し、足元に降り積もるのは雪の小山──それに見かねたアウレールは、シュネーの目線の高さに屈み込んでは微笑みかけ。


「…。シュネー…。…よし!オレがシュネーの友達になってやるよ!だからそんな顔すんなって!そうだ、森に行くか。見せたい物があるんだ。」


 気分転換をさせるべくそう提案しつつ、目的地へと歩を進める。──到着した先は、森からそう深くない場所。轟々ごうごうと滝壺を打ちつけていた流水の名残が顕然と形作られた、氷柱と雪の衣が織りなす神殿と見紛う程の威風堂々とした氷瀑。アウレールは両腕を大きく開きながら声色のトーンを明るく上げ、シュネーに優しく視線を送り。


「すっげぇ綺麗だろ!これ全部、お前達がやったんだぜ。もしかすると、爺さんの別荘かもしんねぇぞ?──お前の力は、こんな素敵なモンも作れるんだな…!」


 それを聞くや否や、影を落としていたシュネーの表情には、スノードロップが咲き笑ったように光が差した。そして目尻を桃色に染めて瞳孔を仄かに開かせては、じっ…とアウレールを穴が開く程見詰めた後、無邪気に飛び跳ねながら、手中のグラキエースに嬉々と何度も唇を羽毛に落とした。


「…きゃははっ!聴いた?ぐらきえーすっ。しゅねー、褒められたのん!あうれーるちゃま、優しい!ですのん〜っ。」


 ──その日以来、決まって毎晩シュネーはアウレールに隠れて何かをするようになった。覗き込もうとしても、どうしても見せてくれない。


「ふふっ見ちゃダメですのんっ、しゅねーの秘密っ!ですのん〜。それより、明日はなにして遊ぶんですのん?」


 いつもこんな調子だ。──アウレールは、ある日には御伽話を幾つも聴かせてやり、ある日には雪で沢山のシマエナガを作って並べ、ままごとをしてやった。いつの間にかアウレールにとって、シュネーは本当の家族のようで、掛け替えのない存在になっていた。


 特にシュネーが好きだった物語は、お姫様が王子様に救われる物語。多感な時期のシュネーにとっては、とても刺激的だったようだ。


「大きくなったら、あうれーるちゃまとケッコンするんですのん!」


 そんな事まで口癖になる程には。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る